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現実に虚構を埋蔵する

原広司『住居に都市を埋蔵する』の中に "unreal city" というフレーズがある。その日本語訳も絶妙なんだけど、思い出そうとして思い出せない。原さんの設計してきた建築には、梅田スカイビルにせよ京都駅にせよ、札幌ドームにせよ、real な物質で建設された構築体の上に unreal な風情が漂っている。

unreal の設計。これが至難の業であり、挑戦し甲斐のあるテーマであることは明らかだけれど、それは建築に限ったことではない。唐木順三は藤原定家についてこう書いている:「定家において、歌は感情の自然の流露という趣を失った。心情の直接吐露が歌ではない。歌は現実生活との断絶の上に始めて成立する。...北村透谷の言葉を借りていえば、実世界を超えた想世界、人生と相渉らざるところに詩の世界がある」。

unreal –– 透谷のいうところの想世界 –– は real の「色」みたいなものか。もちろん現実世界に色はついているけれど、その上にさらに、実には見えない色を加える。それを描くのも、見るのも、修行が必要だ。修行して見えるようになるのなら、ぜひ修行しない手はないだろう。歌詠みも、建築家も、その修行をしているわけだ。

古代日本にあって和歌は主要な unreal を与える道だった。古今集仮名序によれば、歌は「スサノヲノミコトよりぞ起こりける」とされているけれども、その「スサノヲ」はどこからやって来たのだろう。『古事記』に書いてあるのはわかっているが、その『古事記』が物語っている元の事実は何だろう。古代史に疎い筆者でも確実にわかっていること、それは、書字と仏教と和歌が日本列島でほぼ同時に始まったということだ(「ほぼ」は広めにとってくだされ)。

ここは慎重に論を組み立てるべきところなんだけど、いま「論」の気分じゃないので、空想を落書きしてると思ってください。空想によれば、「スサノヲ」は大陸からの移民を集合的に示す名で、かれらが漢字を和人に教えた。漢字のテキストに書いてある内容は仏教と漢詩だった。漢字を習いながら、詩というものを和人は知った。それは日常会話の real 言語とはちょっとちがう、unreal を構築する言語だった。同じことはヤマト言葉でもやれると気づいた人々が、漢字から万葉仮名を作って歌を作り始めた。もちろんそれ以前から、人々は歌を歌っていたでしょう。問題はそれが real か unreal かにあるわけで、ここでは後者のみを歌(詩)と限定するわけなのです。

漢字テキストに書かれていたもう一つのもの=仏教は、これはもう間違いなく unreal そのものでした。「菩提」だの「無我」だの「空」だの。それは発祥の頃はもうちょっと real に近いもので「犀の角のように一人歩みなさい」とか「人は生まれじゃなくて、行ないによってバラモンになるのだ」みたいな、生活指針的な教えも含んでいた。けれども流沙を越え、大海を渡ってくるうちに、高度に unreal な形で日本列島に到達した。それでも漢字で書いてあるのは、詩と同じ。

空想が辿り着くとりあえずの結論はこうです。仏教と和歌は、ペアなのだ。だから道元と定家は、通じてるはずなのだと。五百年かかって和歌は「実世界を超えた想世界」に達した。やはり五百年かかって日本仏教は実世界を覆いうる想世界に達した。とすると、道元のテキストの解釈は定家の歌の解釈と交叉するものになるべきである。

こりゃ、たいへんだ。

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∙ 唐木順三のテキストは村尾誠一『藤原定家』(コレクション日本歌人選011 笠間書院 2011)から、古今集仮名序は谷知子『和歌文学の基礎知識』(角川選書 2006)からの再引用です。


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