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第14話| 物に証される練習

僕の学校のいいところ。それは... 

夏休みの宿題が、ない!!

校長先生が決めたんだ。僕たちが勉強しなくなるとか、学力が落ちるとかって、反対する大人がいっぱいいても、校長先生はにこにこしながら言った。「嫌々ながら得た知識は身につきません」。そうだ、そうだ!

その分、夏休み前の宿題がちょっと増えるのは、しょうがない。がんばってやれば完全夏休みが待ってる。でも今やってる宿題(正法眼蔵のことだよ)は、ぜんぜん嫌じゃないな。なんか、未知の世界に向ってるような気がするんだ。ビブリオのおじちゃんは、これを読んだ子どもはまだいないって言ったけど、もしかして大人もいないんじゃ?僕とダザイが人類初? ダザイは AI だけどね。

台風が近づいて蒸し暑い。こんな夜だって、読書は素敵だ。ダザイ、用意はいいかい?

いつでもOK。さあ行こう。同時通訳モードは ON でいいか?

もちろんだ。

仏道をならふといふは自己をならふ也 仏道を学ぶとは、自己を学ぶこと。 自己をならふといふは自己をわするるなり 自己を学ぶとは、自己を忘れること。 自己をわするるといふは万法に証せらるるなり 自己を忘れるとは、自己が万象に証されること。 万法に証せらるるといふは自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり 万象に証されるとは、自己の身心・他者の身心を脱落させること。

ダザイ、なんかすごい。学ぶことは忘れることだって!

「夏休みは勉強なんか忘れて遊びなさい」って言った校長先生は、これを読んでたのかもしれない。

そうかもね。でも自己を忘れるって、どういうこと?

自己のまわりのありとあらゆる事物に証(あか)されることだそうだ。

よくわかんない。

「身心はツールだ」って、覚えてる?

うん。身はフィジカルのツール、心はメンタルのツール。でも使いこなすのは簡単じゃないし、ツール自体にも性能の限界がある。

そうだ。鏡のようには影を映せない。目と心を反射率100%の鏡にするには、どうしたらいいと思う?

目ってレンズだよね。磨くしかない。

磨いて、磨き抜いて、限りなく透明に近づいていく。それはもう、何もないに等しくないか?

透明すぎて、無いみたいになるってこと?

うん。それを「脱落」というらしい。ツールである自己の目や、耳や、心を脱落する。君のお父さんが言ってた「不射之射」っていうのも、きっと、そういうことだ。

弓が要らなくなるまで弓を練習するんだよね。どんな練習するんだろう。

「あらゆる事物に証される練習」だ。

???

今わかんなくても、いいよ。

じゃもう一個、質問。

なに?

自己の身心を脱落するってのは、少しだけどわかってきた。でも「他己の身心を脱落する」って?それって、自分以外の誰か他の人の身心ていういみでしょ?

そうだ。自分だけ脱落して不射之射ができるようになるのが仏道の目標じゃない。不射の技を他の自己たちにも伝えよって言ってる。

どうして?

自分だけ名人になるんじゃなく、全員名人になったら、すごくないか?

どうすごいの?

世界が変らないか?

(つづく)

挿し絵|富澤大輔

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