マガジンのカバー画像

長夜の長兵衛 七十二候シリーズ <短編小説>

37
長夜の長兵衛 二十四節気シリーズに続き、七十二候のシリーズです。 短編の連作です。読み切りですので、どこからでも、お読みいただけます。全部地の文で出来ているこの世界は、一体いつ、… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

長夜の長兵衛 蛙始鳴 (かわずはじめてなく)

袋角  一行は地蔵さんの辻を越えて峠へ向かい、山の深いところまで分け入った。金兵衛は夏…

長夜の長兵衛 牡丹華(ぼたんはなさく)

春時雨     菓子屋の店先、右手に置かれた鉢に金兵衛は顔を寄せた。やさしい香りであるこ…

長夜の長兵衛 霜止出苗(しもやみてなえいずる)

御玉杓子  苗代田に水が張られた。  畦道に草どもがゆらぐ。水面に映された雲が、流れたり…

28

長夜の長兵衛 葭始生(あしはじめてしょうず)

目刺  細く尖った芽が水面を穿つように、あちこち姿をあらわしている。  葦の角に出会うと…

33

長夜の長兵衛 虹始見(にじはじめてあらわる)

躑躅の衣  丁寧に衣を広げ衣紋掛けに吊るすと、蘇芳の色目が金兵衛の心の奥を掴んでくる。や…

34

長夜の長兵衛 鴻雁北(こうがんかえる)

花筏  吉野の山桜は、夢かうつつかわからぬほどの見事さと聞きおよびます。行者さんの御神木…

41

長夜の長兵衛 玄鳥至(つばめきたる)

駘蕩  辻にて長兵衛は一旦立ち止まる。左へ行けばお社さん、右なら畑へ至る道、まっすぐ進めば峠。  ほわりほわりとした気の流れを辿りながら歩いていると、峠へ向かう一本道から少しく脇へそれていく。なだらかな斜面にみつばつつじの群生するのを見つけ、傍に大の字になってみた。  桜が白に思えるほど、濃い花びら。小さな三揃いの葉は新しい春の色をしている。その向こうに、すっかり霞の晴れてきりりと締まった青が透けて見える。切れ切れに雲がわたっていく。  風が土の匂いをそよがせて。寝転んだま

長夜の長兵衛 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

海猫渡る  鳥居をくぐると、すぐのところに宮司さんが待っておられた。  金兵衛さん。初雷…

47

長夜の長兵衛 桜始開(さくらはじめてひらく)

花時  久兵衛の手にある黒塗りの横笛を、お天道様が撫でていく。うららかな日和に、川べりを…

38

長夜の長兵衛 雀始巣(すずめはじめてすくう)

白木蓮  ときに木肌に触れながら、源兵衛はその周りをぐるり、と一周する。身を屈め、大きな…

39

長夜の長兵衛 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

彼岸西風  橋の真ん中で、婆さまがじっと川を見つめておられる。どうなされたのであろう…

40

長夜の長兵衛 桃始笑(ももはじめてさく)

草雛  両手に抱えたものを揺らさぬよう気を配りながら、長兵衛は安兵衛の屋敷へ着いた。  …

41

長夜の長兵衛 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)

 蟇目鏑    お社さんで蔵の掃除を手伝っておると、見慣れぬ矢が仕舞われてある。矢尻に大き…

47

長夜の長兵衛 草木萠動(そうもくめばえいずる)

堅香子    おい、銅十郎。  坊は背を向けたままでものを言わぬ。銀兵衛は近づくことはせず、もう一度呼んでみた。  銅十郎よ。  坊の背はぐっと丸められ、両の拳は固く握りしめたままで。  木を。それだけ言うと、ひくひくと肩を上下させた。ぽたりと地面にこぼれるものがある。足元で赤茶色の犬が鼻を鳴らす。  兄いに倣って、木を。でもうまく切れなんで、兄いに斧を取り上げられてしもうて。あとは全部兄いが。  まだ、頭一つ小さい後ろ姿へ銀兵衛は語りかける。  のう、銅十郎よ、斧を使うに