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「当意即妙」の例文

知らない言葉や知っていても使ったことのない言葉に遭遇したときは忘れぬよう書き留めるがいっこうに身につかない。そういう言葉を見つけてメモを開くと既に書いてあったりする。使わないから覚えないのだ。「当意即妙(とういそくみょう)」を使ってみる。

 怪物が襲ってくる。
 動物園で見るカバくらいの大きさで、YouTubeで見るアフリカのカバくらい速い。だったら最初からアフリカのカバで例えればいいのだが、動物園でカバの巨大さを初めて目の当たりにしたときの驚愕に近い感覚だったから先ずそっちが思い浮かんだ。動物園のカバの温和な印象とは異なり、目の前の怪物は猛スピードで突進してくる。アフリカのカバも撮影者が乗っているジープに追いつかんばかりなのだから相当速いのだろうけれど、比較物が映っていないサバンナの動画では実感が薄い。今は日本の町なかなので、建物が並んでいるし人や自動車が走っているのでその速さが分かりやすい。また一人、逃げ遅れて原チャリごと食われた。

 はたして怪物の胃はバイクを消化できるのか。ヘルメットや衣服はどうだろう。しばらくしたら排泄物として肛門から出てくるのか。そもそもあいつに肛門はあるのか。胃は? 腸は? 四肢があり顔があり口があるからといって既知の生物と同じ身体構造とは限らない。ひょっとしたら、あいつに食われることがイコール死ではないかもしれない。咀嚼せずに丸飲みしてるし。などと、悠長に考えている場合ではない。怪物は、すぐ目の前まで迫っている。

 でも大丈夫。私は怪物を消すことができる。

「コーラアップ」
 そう叫ぶと、怪物は煙のように消え去った。魔法の呪文ではない。あの怪物の名前だ。たった今名付けた。名前を呼べば怪物を消すことができる。これは私の特殊能力ではない。誰が名付けても怪物は消える。そういうことになっている。名前はなんでも良いわけではない。相手に適したものでなければいけない。今消した怪物は、赤黒く半透明で弾力のある体から連想したグミの名前をつけてやった。
 こう説明すると、怪物退治なんて簡単だと思うかもしれないが、人を食う得体の知れない生き物を前にして当意即妙に名前をつけるのは意外と難しい。一体ならまだしも、同時に複数現れると慌ててしまう。今まさに、ビルの上から十数体の怪物がこちらを見ている。

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