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(加筆修正)エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」   第6回 レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演1985年

エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」
第6回
レナード・バーンスタイン指揮
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演1985年


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⒈  レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演1985年


公演曲目

プログラムA

マーラー 交響曲第9番ニ長調

(マーラー生誕125年記念)

(バーンスタイン マーラーサイクル25周年記念)


プログラムB

バーンスタイン 「ハリル」

「ウェストサイド物語 より シンフォニック・ダンス」

ブラームス 交響曲第1番ハ短調


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公演スケジュール

1985年

9月3日 大阪 フェスティバルホール  プログラムA

4日 同 プログラムB

5日 名古屋市民会館第ホール A

7日 ザ・シンフォニーホール B

8日 NHKホール A

10日 聖徳学園・川並記念講堂 B

11日 NHKホール B

12日 同 A

14日 同 B


後援 外務省・文化庁・イスラエル大使館・朝日イブニングニュース
制作 ジャパン・アート・スタッフ


※筆者が買ったチケットは、大阪国際フェスティバルの学生席 2階KK列7番

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1985年の秋、大阪国際フェスティバルの一環である来日公演で、バーンスタインを初めて観た。そして、これが最後の機会となってしまった。かえすがえすも残念でならない。のちにバーンスタインが最後の来日をした際、チケットを取っていたのに、病気でキャンセルとなってしまったのだ。
それはともかく、文字どおり筆者にとってはバーンスタインとの一期一会となった85年の来日で、伝説の名演といわれるマーラー9番を聴けたことは、人生の一大エポックだった。
バーンスタインがマーラー交響曲全集を再録音していたこの85年、ちょうどアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と9番を録音した。筆者がこのCD録音を聴いたのはイスラエル・フィルとの大阪公演の後だった。実演での印象があまりに大きかったため、今も名盤といわれるこのアムステルダムとのライブ盤が、筆者には生ぬるく感じてしまう。
おそらく、演奏の精密さという点では、バーンスタインのマーラー9番の数種ある録音の中で、アムステルダム盤がベストだといえる。しかし、大阪公演でのバーンスタインとイスラエル・フィルの演奏に込めた気迫、全身全霊を傾けた音楽づくりは、これ以上に深い音楽体験もありえないとまでいえるレベルだったのだ。
近年、85年の大阪公演の直前に収録された、同じコンビによる同曲のライブ録音盤がリリースされた際には、早速買って聴いてみた。だがそれでも、あの夜のフェスティバルホールでの鬼気迫る演奏には敵わない。もちろん生演奏とCDとでは差があるのは当然だが、両者の演奏の燃焼度が、段違いに思えるのだ。


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⒉ バーンスタインとマーラー


さて、筆者はバーンスタインのマーラー演奏を最初、ニューヨーク・フィルとのマーラー1番のLPで聴いた。これは筆者がマーラーのLPを買った最初の、そして最後の1枚となった。当時、高校生だった筆者には、マーラーの交響曲のLPがそうであったような、2枚組レコードを買う金銭的余裕がなかった。だから、マーラーをもっぱらFM番組で、エアチェックしたカセットテープで聴いた。今では考えられないことだが、当時のFMでは、LPレコードを丸ごと放送してくれることもしばしばあったのだ。カセットテープで録音しようとすると、マーラーの長い交響曲は、途中でカセットを裏返さないと録音しきれなかった。だから、ラジカセでエアチェックしながら、マーラーの交響曲の楽章の間のわずかな合間で素早くテープを裏返す、というようなアナログ作業を、必死になってやっていた。これは、平成生まれ以降の人には、なかなか実感されない作業だろう。本当に、楽章と楽章の数秒、長くても数十秒の合間で、カセットを裏返して入れ直し、録音ボタンを押さなければならなかったのだ。
80年代半ばにCDが日本でも発売されると、筆者は安いCDプレーヤーを手に入れて、簡単なステレオコンポに接続して聴くようになった。そうなると、マーラーの交響曲のCDも買うことになる。とはいえ、当時のCDはLPレコードより割高なものが多く、厳選して年間に数枚を買うのでやっとだった。そんなわけで、バーンスタインのマーラー1番の旧盤LPの後に、次に手に入れたのはアバド指揮シカゴ交響楽団のマーラー1番のCDだった。
マーラー1番のホルン演奏を夢中で聴いていた吹奏楽部の高校生にとって、同じマーラーでも9番はさすがに難解で、理解しきれない部分が多かった。それでも、9番を聴いていて最も惹き込まれるのは、やはり4楽章だった。特に、ホルンの印象的なコラールは、何度聴いても飽きなかった。
マーラー9番を最初に実演で聴いたのは、朝比奈隆の指揮する大阪フィル定期演奏会だった。この時は高校生優待券で聴いたのだが、500円で聴ける代わりに席は大阪フェスティバルホールの最前列に近い場所だった。
ご存知の方にはわかると思うのだが、旧・フェスティバルホールの最前列は、ステージの位置よりかなり低く、舞台上がほとんどみえない。広大な平土間のため、音響的にも最悪の場所だった。この時も、朝比奈隆の指揮姿を見上げるように眺めながら聴いた。指揮をする朝比奈のうなり声がよく聞こえた。演奏的には、おそらく当時の大フィルの合奏力の限界もあって、マーラーの交響曲をアンサンブルとしてきちんと合奏できていなかった。特に金管楽器のミスが目立ち、完成度の低い演奏だと感じたものだ。だが、それでも4楽章だけは、さすがに入魂の弦楽合奏だった。
その後、マーラー9番をFMで色々聴き比べたあと、同じフェスティバルホールで、バーンスタインの極め付けの伝説となった名演を聴いたのだ。感動であまりにのぼせてしまった筆者は、どうしてもバーンスタインのサインが欲しくなった。演奏会後、フェスティバルホールの楽屋口を探してウロウロし、ホテル・グランドのあたりを探し回ってサインをもらう機会をうかがったのだが、バーンスタインは現れなかった。ザ ・シンフォニーホールの場合と違い、大阪フェスティバルホールはホテルと同じ建物内にあるせいで、楽屋口がわかりにくかった。


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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/