カンフーの殺り手(直球) 第壹部 第壹章

なろうで連載している小説、削除対策として、ここでも載せてみようと思ってます。

――――――――――――――――以下本文――――――――――――――

 昔、世界は一つだった。

 猿どもがまだロクに二足歩行できず、その一部が樹から下りて地にのさばり始めたばっかりな頃、電脳を発見した。電脳というのは素晴らしい代物で、自分を発見した猿に進化させる力を授けた。そして、猿どもが自分を人類と称せたのは、世に散らばっていた電脳を繋ぐ手段、『万国網(インターネット)』を発明したからだ。それによって、人類はようやく自分を、他の種族と区別できた。人類にとっての世界は、一つになれた。更に月日が経ち、膨大な 万国網が絡みに絡んで、出来た電子塞婆空間が、人類文明の証とも言える。

 しかし、400年前、謎の大分裂(グレートデバイド)が起こり、人類の世界は再びバラバラにされた。大いなる文化的な衝撃でもあった。その衝撃によってほぼ全てを失った人類はこの数百年間、諦めずに各地で自分なりの文化を発展させ、力を蓄え、相違する形で再び世界を繋ごうとしている。

 それが、彼の小さい頃、自分の母親から知ったこの世界の歴史だった。

 まさかこの物語が「世界をもう一度繋ぐ」話だと思ってる?

 違う。

 単なる復讐劇さ。彼の復讐劇。

      第壹部

(フォールアウトオブシンセン)

     漂泊深圳港

第壹章  遭難者

 水。辺り一面に水。あまりにも冷たい水に下肢を繰り返し打たれ、彼は目を覚ます。

 意識がまだ完全に回復していない故か、それとも体温が水に奪われている故か、膝以下の感覚が全くない。

 朦朧しているうちに、徐々に手が動けるようになった。動かしてみると、体の下からチクチクする痛みを感じ、動きに連れて砂礫の摩擦する声が耳に伝わった。

パシャ、パシャパシャ。

辛うじて瞼を開けてみると、僅かに反射してくる光のおかげで自分が今砂浜に倒れていることに、彼は気付いた。砂の粒が大きく、もはやその半分以上が小石と呼べる程に。そんな尖った小石の上に寝ていたら、痛くなるのもおかしくないわけだ。

自身が置かれている環境を理解するのに時間かかったのだろう、彼は暫くそのまま呆然としていた。

辺りを見回しても、何もかも暗くてはっきりしない。根気よく向かって来る水に、指を浸けて、舐めてみた。苦くてしょっぱい、砂も混じってる。海水だ。ほんの一瞬、それを舐めた自分がバカだと、彼は素直に思った。脳がまだ使えそうな状態じゃないのか、それとも単に切り替えとしての刺激が欲しかったのか。なぜ舐めたのだろう、それがわからない。

 何とか両手で上半身を起こし、立つことを試みたが、足が言うことを聞かない。まだ筋肉は麻痺から回復してない様だ。「那娘(ナーニャン)」、と、軽く罵った後に、「ペッ!!」、口の中に残ってる砂を吐き出す。

 砂浜には、波の音しか聞こえない。当然、彼の一挙一動に連れて砂と石は軋んで音を発するし、彼自身も呼吸が荒れているが、そんな音はすぐに揉み消される程、波が騒々しい。それと対照になるのは、彼を包み込む静かな闇、夜の暗闇。空に雲はないが、何故か月光が仄暗い。やや遠い場所から、人工光も宙を貫いてここに投射しようとしてるが、その2つの光が畳み掛けても、到底夜には敵わなかった。静夜と潮騒が織り成す布(フートン)が、彼を覆いかぶさった。

 もう暫くすると、体力が徐々に回復していることを実感して、今度こそ立ち上がろうとする。

 その時、背後から来る声に、びっくりした。

「Hey,兄弟(Bro)!What's up?」

後ろから眩しい光が差した。懐中電灯か。波がうるさくて人が近寄ったことにも気づけなかった。

彼が反射的に手を目の前に翳そうとしたせいか、体のバランスが崩れてまた転びそうになった。

 その瞬間に、「アイヨ、危ない危ない」と、

その人が助けの手を差し伸べてきた。

 声からすると男、しかもまだ若い。

視線を上げてみると、電灯の光とそれに引き裂かれた闇以外、何も見えない。

幽霊か?と思ったら、白い歯だけが宙を浮いている。

一瞬で思考がまた固まったが、すぐにその現状を理解できた。

目の前にいるのは黒人だ。

「おお、立てるか?兄弟」その人はずっと自分の腕を掴んでいるが、悪意は感じない。

「ああ…」

ろくに返事できないのにも関わらず、その人は彼に肩を貸した。

「大変そうだな、ずぶ濡れじゃないか。しかも海水、乾いたら服がねばねばして気持ち悪いぞ。」

「……」

こういう気さくな人はやや苦手の様な彼。

「俺は朱可夫(ジューコフ)。あんたの名前は?」

「斡羅思(ヲロシヤ)系の名前を持ってる黒人…初めて見た…」

返事をするよりその名前への好奇心が勝った。

「おお~いきなり人の肌色に関してどうこう言うのは良くないよ~良くない。それにこれ、漢姓だか          ら。」

「…?!」

「苗字は朱(ジュー)、名前は可夫(コフ)なんだ。」

「ああ…帰化か。」

「いや、ここ生まれなんだよ。晩上好(マンソンホウ)~」

「こんばんは」の粤語(えつご)。その意味を考える余裕もなく、会話は続けられていく。

「で、そっちはどう呼べばいい?ミスター遭難者(Mr.Fatality)?」

「…フェイタリティ…フェイタリティ…いい呼び名だ…」

「?」

「それで構わん。フェイタリティと呼んでくれ。」

「……、OK、わかったよ。フェイタリティ。」

すぐに納得したみたいだ。そう呼んでほしい理由も、一切聞いてこない。多分、聞いても返事が得られないことを察しているだろう。

「とりあえずうちへ行こう、怪我とかあったら手当してやるよ。」

「い…」

「どうせ行き場ないでしょ?」

「……」

言葉に詰まったフェイタリティだった。

 朱可夫ジューコフはフェイタリティの片側を担いだまま、ゆっくり歩き出した。

今度は質問する役がフェイタリティに変わった。聞きたいことは山ほどあるだろう。

「朱先生(ジューさん)は…こんな時間で…散歩…か?」

「可夫(コフ)でいいよ、可夫で。この辺でゴミ拾いしてるんだ。集めたビンやカンなどで換金。賄いにもなれない金額だけどね。」

 少し離れた所に電灯の光を当てると、確かにデカい麻袋が一個置かれていた。あれに拾ったゴミを詰めているのか。

「Mr.フェイタリティ、ちょっと待ってくれよ。これも一緒に持って行かないと。」

「ああ…もう一人でも歩ける。大丈夫だから。」

だいぶ身体機能が回復してきたので、自分で歩けると主張する。

「OK~」と、麻袋を肩にかけて、先頭を歩く可夫。

その後ろでちょっと距離を置いて、鈍い足で付いていくフェイタリティ。

 街の灯火はこの場所を照らせないが、騒がしさは折々耳に伝わる。

大海の脈打ちでさえ、聞き慣れていれば気付かぬうちに静かなものに変わるのに。鼓膜に伝わる浪打が無音になる中、薄々聞こえてくる空気圧ピックが地面を打ち砕く音、緊急車両のサイレン。それらの音が遠ければ遠いほど、今いるこの浜が、切り離された別世界の様に思える。

 なぜか、懐かしい感じがした。

久々にこの国を、この地を、もう一度足を踏み入れることができたことからか。それとも、単に子供の頃、よくこんな静かな夜で都会の騒めきを聞いていたからか、わからないけど。

「可夫。」

フェイタリティの声はこの静けさを破った。

「ここはどこだ。」

「?」歩みは止めなかったが、質問の意味を理解できない顔で振り向く可夫。

「さっきの粤語えつご…俺はどこに漂着した…ここは広東か?」

「ああ、

 さっきあんたが倒れていた所は大亜湾。ここは深圳(シンセン)だよ、深圳。」

「……」

黙り込むフェイタリティ。

「…ずいぶん…

 随分遠い所に来たな…」

「お前さんのあの様子、もしかして海難に遭ったのか?」

「船が、難破した。」

「よく生きていたな!何というラッキーガイ!

 …で、どこから来たんだ?どこへ行く?」

「…」ちょっと考えて、フェイタリティは答えた。

「東の島国から船に乗ったんだ、上海が目的地。

 …故郷に帰るんだ。」

「小東洋の島から来たのか!」

「いや、日本國(ニッポン)から。」

「おお!聞いたことある。ジパング!ジパングだな。」

なぜか興奮してきた可夫。

「確か百年前に忽必烈大可汗(クビライ カアン)が二度も攻めて落とせなかったな。

 絶対すげぇつわものいるでしょ?あれだな、ニ…ニン…」

「ニンジャ?」

「そう!ニンジャ!あの国で見たのか?ニンジャを!」

「その姿見ただけで人は震えて錯乱するってのが本当なのか?」

……

「どうだった?ニンジャどうだった?」

……

「リキシ?リキシはなんだ?!」

 異邦の伝説に興味津々な可夫コフだった。そのおかげで見知らぬ場所と夜が齎す寂しさも、しばらくはフェイタリティの心から拭い去られた。

 愉快に話す二人の声が暗闇をかき混ぜていく。主に可夫だったけど。

 程なくして、可夫の云う「うち」に着いた。

そこは、町外れにある…『家』というより、『集落』だった。いや、『貧民街』というのが妥当かな。

そこの人は石と煉瓦を適当に積み上げてきた垣、竹竿などの上に麻布(あさぬの)を張って、生活スペースとしている。壁に凭れ掛かって座ったり、荷物の上に座ってる人が多い。

 ここでは逆にフェイタリティのような亜細亜系が人数少なくて目立つが、ボロボロの浮浪者は皆見慣れているからか、彼の到来に興味を示す人は子供以外あまりいなかった。

 可夫はその街の一角、三面が壁の残骸に囲まれている廃墟に入った。

「Come on.」と、フェイタリティを招き入れる。

 その廃墟の天井は所々抜けている。中は可夫以外に、他に二人の青年がいた。歳がそんなに離れていないに見える。

二人とも「Hey,kov」と言って、そして入って来たフェイタリティにも「Hey」と軽く挨拶。

「兄弟か?」

「いや…んん、でも似たようなもんだ。俺、親いないからな、三人で今一緒に生活しているよ。」

可夫は言いながら何か緑色のものを出した。多肉植物の葉だった。

「ほれ、蘆薈(アロエ)。傷口があったら塗った方がいいよ。」

フェイタリティは微笑んでそれを受け取った。

 彼が自分に手当している中、可夫は他の二人と話をしていた。粤語はわからない故、何話しているのか、フェイタリティにはさっぱりだ。

 しばらくして、可夫はまたフェイタリティの方に振り向いた。

「武館(ドウジョウ)へ案内する。あんたに何があったのかは分からないけど、饒舌人(Rap Man)なら道を示してくれるはずだ。」

「ラップマン?」「ここで一番博識なやつだ、上海へ行きたいなら、その方法もあいつに聞いてみよう。」

そう言いながら立ち上がって、出かけようとする可夫コフ。

「そのラップマンが武館にいるのか?」

「そう。あいつ、功夫(カンフー)の使い手だからな。」

それを聞いて興味の湧いたフェイタリティは、彼のあとを追った。

 その『武館』はすぐ街の隣。貧民街と呼応するようなボロさ。門前で対になるはずの狛犬の像が一座しかなく…いや、半座だ。肩以上の部分がない。

多分もとから廃れている武館を勝手に使っているだけだろう。夜ではただの廃墟に見える。どうりで街に入った時気づきもしなかった、と、フェイタリティは思う。

 門に入ると、微弱な月明かりを頼って中の様子を窺う。手前の部分が庭の様な露天、総面積の大半を占めている。足元の土は平坦でぎっしり、ここにいた人は練習を怠らなかった証拠だ。敷地の奥に屋根の付いている部分もあるが、暗くてよく見えない。

 可夫が口開けようとする瞬間、屋根の下で、「プシュ」と、燐寸が付けられた。続いて蝋燭が一本、二本。

 人がいる。

 二本の蝋燭に照らされた人は、片方の肘を隣の机に置いて、椅子に座っている。可夫と同じ肌の色、しかしカンフー着を着ていた。

 「Hey,Rap!」「Hey,kov」

 可夫が奥に歩いていく。それに対して奥にいる人も椅子から立ち上がり、向かってくる。

 「あんたが新入りを連れて来たことは、街の人から聞いた。」

 そのラップマンという人は可夫と軽くハンドシェイクを交わし、フェイタリティに視線を向けた。

 「コフのトモはオレのトモ。

  ご遠慮するのは No No No。

  今住んでるここはボロだけど、

  ドウジョウとしては使えるよ。」

 ラップの終わりに、拱手(きょうしゅ)を加えた。

 「ニーハオ、我は饒舌人(ラップマン)。」

 フェイタリティはその動作と言葉に反応し、目が見開いてはまた何か考えているように細くした。

 やはり、可夫の言う通りだった。その人はカンフーの使い手、好漢(こうかん)だ!

 「ニーハオ、我はフェイタリティ。」

 そして、二人は一斉に「コフ」を呼んだ。

 「??」

 まだ困惑中の可夫に、ラップマンは言う。

 「ちょっと離れて。」

 そしてフェイタリティも言葉を足す。

 「でないと怪我する。」

 「オ、オオ…」まだ現状を理解してない可夫だが、大人しく後ずさりはする。

 無理もない。

 カンフーのわからない人には到底理解できない。

『江湖(こうこ)』という、人が渡るこの世間のことを指す言葉がある。

そんな『江湖』を行き来するカンフーの使い手とは、好漢たちのこと。

 さっきの拱手は『揖(ゆう)』、その『揖』の後に「ニーハオ」の言葉を足したら、立派な招呼(ショウコ)だ!カンフーの使い手である好漢にしか使わない挨拶、招呼。それは、お手合わせの合図になる!

 聞きたいことが山ほどあっても、招呼をされたら必ず応じる、それが江湖の礼儀。

 だが、

タイミングが悪かったようだ。

 突如に、街から悲鳴が聞こえた。続いては何かが軋む音、石がぶつかり合う音。

 子供が泣いて、叫び出す。それを聞いた三人はいったん中止し、すぐさま門外へ駆けつけた。

 街は燃え上がるように松明の火に照らされた。格子柄のシャツを着ている何十もの人が松明を手にして、街の人々を追っかけている。

 その光景を見たフェイタリティはすぐに前に出ようとしたが、饒舌人に腕を掴まれ、引き止められた。

 その焦りと困惑が入り交じってる表情に対して、饒舌人は首を横に振る。

「君はここの人ではない。巻き込まれたら後々が面倒だ。」

 シャツの野郎どもは人々を一箇所に追い込み、囲もうとしている。

 コフが一足先に街の人を助けに行った。饒舌人も一緒に向かおうとしたが、今度は逆にフェイタリティが止めた。

「奴らはなんだ。何が起こっている!」

「あれはパクリグラマー、馬龍会の走狗(そうく)だ。」

 急を要する事態に、饒舌人はたった一言で答えとし、人々の方へ向かって駆け出した。益々困惑するフェイタリティをその場に残したまま。

 突如、後ろから襲ってくる雑魚の気配を感じた。フェイタリティは振り向くこともなく、右手の上腕を挙げ二の腕を回転させ、背後へ向かって叩き付ける。

 骨が軋む鈍い音。特に見る価値もなかろう、後ろに一人のパクリグラマーが顔を凹ませて倒れただけだ。それよりフェイタリティが気になっているのは、もう一人の傍観者がいること。

コフはともかく、饒舌人が助けに入っても、既に多くの人が囲まれていて、情勢の逆転は難しい。そんな中、その人物はフェイタリティを気にも留めず、この巻狩を遠くない場所から静観している。

 そやつは松明を持ってない故、暗視能力(ナイトビジョン)の低い人だったら不明瞭な輪郭しか見えないだろう。暗色のシャツに白いジレ、髪型はオールバック。その身なりからすると、街の人ではない。だとしたら…

 もう暫く様子を見よう、と、フェイタリティはそう思った。

 大勢に囲まれる中、押し寄せて来るパクリグラマー、自分に向かって刺して来る小刀(こがたな)を躱し、前腕でその手を払い除けつつ間合い詰めた饒舌人。骨を折る勢いで相手の腕に肘打ちを入れ、その一人一人の顔面と胸板に、拳を振り下ろす。まるで大雨が地面を叩くように。彼が狙うのは体の正中線、敵の顔、首、胴体。特徴がこうも鮮やかな拳法は他ならない、

『詠春(エイシュン)』。

 流派の多い南拳の中でもずば抜けの粘り強い拳法。数名の使い手が名を挙げたことで、まだ歴史の浅い詠春拳はこの数十年間で大いなる発展を遂げた。今では向こうの大陸でも門下の弟子が活動している程名だたる。

 近距離が得手のこの拳法、一説によると、その由来は祖たる 厳詠春(ゲン エイシュン)という女性が少林寺拳法達人の父を持ち、幼い頃から修行を積んできた。そんな日、彼女は鶴と蛇が争う場面を目撃し、その両者の動きから閃きを得て、南派(なんは)少林拳法と合わさって作り出したもの。他には、少林寺武術僧出身の五枚比丘尼(ゴマイビクニ)という尼僧(にそう)が、悪人に狙われた厳詠春に伝授した説、至善禅師(しぜんぜんし)が南少林寺の「永春殿」でこれを考案し、のちに広州の光孝寺(こうこうじ)で広めた説もある。

ともあれ、少林拳法と深く関わっていることが、お分かり頂けたのだろうか。

 話は戻るが、どれ程すごい拳法を持ってしても、多勢に無勢。まさに『両の拳が四の手に敵わぬ』。本来ならば詠春拳では「八斬刀法(はちざんとうほう)と「六点半棍法(ろくてんはんこんぽう)」という武器を持った技もあるが、どうやら饒舌人は丸腰で迎撃に出たみたいだ。今更武器を取りに行く隙もなかろう。

 どんどん縮めてくる敵の囲み、カンフーの使い手であっても、流石に大勢の敵からは後ろの人を全て庇い切れないでしょう。可夫は同じ廃屋に住む二人の青年を守ろうと、身を張っている。だが、こんな劣勢の中でも、饒舌人は諦めなかった、攻撃を止めなかった、足掻き続けた。いや、むしろ先程より拳の出が速くなった、勢いが一段激しくなった、敵誰一人の侵攻も許さなかった。松明が照らし出すその眼は、火を宿っているように光を反射している。まっすぐに敵どもを睨みつけ、怒気を放つ。

 パンッ(CLAP)、パンッ(CLAP)、パンッ(CLAP)。

パクリグラマーどもの背後から、拍手の音がする。

それを聞いて、奴らは攻撃を止めた。一つの影が闇の中から前へ出た、さっき傍観していた男だ。

 そいつが出た途端、饒舌人の表情が更に険悪になった。後ろの群衆の中から、女性の悲痛な泣き声が伝わる。影から姿を現したのはその男だけではない、その左右の腕に抱えられている子供も一緒だ!野郎は両手でそれぞれの首を絞めている。か弱き子が泣こうとしても声が出せなくて、辛い顔をしたまま。

得意気な顔をして、そいつは口を開く。

「いい戦いっぷりだった、称賛しよう。

名は…?」

「……」

饒舌人は返事する気もなく、ただ真っ直ぐ、その男に殺意の眼差しを向けた。

「……まぁいい。取引だ。

抵抗をやめたら、すぐに子供を解放してやろう。」

 それを聞いた饒舌人は渋々、ゆっくりと構えを解く。

「ギェギェギェギェギェギェ…そうだ、それでいい。」

不気味な笑い声を漏らす男は、その後ろにいる人々にも声を飛ばす。「お前らもだ!大人しくしろ!」

「大体、最初からそうすりゃよかったじゃねぇか。なぜそこまでして我社のサービスを拒む。理解できん奴らだ。」

ふと、思い出したように、フェイタリティが立っていた場所に視線を寄越す。

「そこの妙な奴もだ!さっさとそこかr……ッ!?…ッ!」

 だが、そこにもうフェイタリティの姿はない。

 脳がこの状況を処理する先に、腰の両側に激痛が走る。

「ッ!!!」

 痛みのあまり悶えるその男は、反射的に両手を放した。地上に倒れた時に目に映ったのは、自分の後ろに立つ無慈悲な瞳、フェイタリティだった!

 腎臓。オトコにとって心臓より大事な器官。全員の視線がオールバック野郎に集中している時、フェイタリティはこっそりその背後に忍び込み、両手の指で二つの腎臓を躊躇なく突っついた!腰の柔らかい部分が物に当たった経験のある読者なら分かるでしょう、その瞬間、息も出来ないほどの痛みが体を襲う。ほんの二、三秒でも、機会としては充分だ。周りのパクリグラマーが反応できてないうちに、フェイタリティは二人の子供を囲まれた人の集りに投げ飛ばした。

「雑すぎんだろおま…うぃぃぃっ!」

そして背後に収めた一本の棒を抜き出し、文句を言ってる饒舌人に投げ出す。

 子供の安全を確認した饒舌人はまた突拍子もなく飛んでくる棒におったまげたが、何とかしてそれをうまく受け止めた。よく見てみたら、この場所に散在してある、ありふれた竹竿だった。

「これがあれば十分だろう。六点半棍、見せてみな。」

フェイタリティは逃げもせず、逆に回り込んで、敵の前で立ちはだかる。

「き…汚ぇぞ……突襲(アンブッシュ)なんて…」

「汚ぇあんたにはお似合いだ。」

 辛うじて立ち上がったオールバックの男が目にするのは、

殺気を放つ瞳。

その眼が語っている感情は、具現化できる程に鮮やか。

「見える」怒り。

目の前にいる、ボロボロな素衣を纏う一人。松明の光が映る中、夜の闇が彼の頭上から降り注ぎ、加護を授けるようにその肩、その背中を覆った。

 やがて、彼は手を挙げ、拱手をし、口を開け、淡々と云う。

「ニーハオ、我が名はフェイタリティ。」

「…ッ!!」 招呼を聞いた男は後ずさり、距離を取った。

「請(どうぞ)。」フェイタリティが構えを取り、相手を誘う。

「……」

「どうした、来いよ。クソまで叩き出してやろう。」

迷う敵、怒り心頭。

復讐劇は貧民街で、初開演。

第壹章  完

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