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デザインはたくさんの脳でつくるーミニ読書感想「だれでもデザイン」(山中俊治さん)

デザインエンジニアの山中俊治さんが中高生に行った体験型授業の様子をまとめた「だれでもデザイン」(朝日出版社、2021年11月初版)が面白かったです。デザインのアイデアを探し、考え、実際にプロトタイプをつくるまでの行程を、生徒と一緒になってやるように追体験できる。一番興味深かったのは、デザインというものがたった一人でできるものではないということ。それはたくさんの仲間の脳の協力を得てつくるものでした。


4日間の授業を終えてある生徒が「班のメンバーが自分のアイデアに改良を加えてくれたことが何より嬉しかった」と振り返ります。そこで著者はこう返答する。

 この授業の目的のひとつはそれで、他人の脳を借りて考えること。アイデアが生まれる瞬間だけ見れば、たったひとりの人から生まれるように見えるかもしれません。でも実際は調査にも、ブレストにも、プロトタイピングにも、たくさんの人がかかわっています。
「だれでもデザイン」p347

著者は別のパートで、「多数決で決めるとアイデアがつまらなくなる」という話もしています。多数決をすると粗探しやリスク回避、批判的な意見がどうしても出てきて、アイデアが無難で万人受けするものにスライドしてしまう。そうならないようにするためには、アイデアを出した人の個人的思いを尊重する必要がある。

だけど著者は、「アイデアはひとりでつくるもの」と結論づけない。そう見えるかもしれないけど、実際には「他人の脳を借りている」。この部分に力点を置く。

このことは、グループでどのアイデアをプロトタイプしていくか決める部分でも著者が強調しています。

(中略)グループワークは自分のアイデアを通すゲームじゃない。そして、ここに並んだアイデアは、どれも誰かひとりから生まれたものじゃない。みんなの共有財産です。分解している時の他人のちょっとした仕草や、話し合っているときのちょっとした言葉が、あなたのアイデアのトリガーになったはずです。それは、たまたまあなたの脳の中で発生したけれど、生み出したのはこの場そのものなのです。
「だれでもデザイン」p279-280

「誰か」の存在が「自分の」アイデアにリンクしている。きっと著者自身が製作の現場でこうした体験をしてきたからこそ、他人の脳の大切さを何度も強調しているのでしょう。

これは、アイデアの「脇役」も勇気づけられる言葉です。革新的なアイデアは一握りであり、それを生み出す人も当然少数。もし勝ち負けだけで考えれば、勝者が極めて限られるゲームがデザインの世界なのでしょう。でも、一見して「敗者」になった人の一挙手一投足が、実はその革新的なデザインにつながっている。そう考えれば気持ちは変わってきます。

自分が生み出したものであっても、自分だけの成果ではない。この発想は全ての組織人に求められると思います。この発想がない人こそ上にのし上がっていくきらいもありますが、それでは充実した仕事人生は望めない。

大人になる、成長するというのは、自分がいかに他人の脳を借りているか気づくことだと言ってもいいでしょう。そして、率先して自分が、誰かにとっての「他人の脳」となって貢献していくことでもあります。

デザインの世界も組織人の世界に通じるものがあるんだというのは率直に驚きでした。もしくは、著者がこうした利他的発想を重視するからこそ、著者がデザインした製品にはどこか優しさ、人間らしさが漂うのかもしれない。

他人の脳に感謝し、積極的に自分が「他人の脳になっていく」ことを、これからも日々の仕事で実践していきたいと感じました。

つながる本

本書の中でも登場しますが、D.A.ノーマンさんの「誰のためのデザイン?」(新曜社)につながります。ノーマンさんはデザインとは何かを人間的観点で考え直し、誤った使い方を招くのはデザイナーのエラーで、「使いやすいデザイン」は可能だという結論に至ります。ここでもやはり、利他性が鍵になる。

「『ついやってしまう』体験のつくりかた」(玉樹真一郎さん、ダイヤモンド社)も平易な言葉でデザインを語る本。マリオがなぜ左から右に動くのか?などがわかります。

「誰のためのデザイン?」の感想はこちらに書きました。


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