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沈黙の裡の対話

長い沈黙、永い眠りから醒めたように彼女は話しはじめた。
ボクは嬉しさのあまり一言も逃さないように心を澄ませる。
彼女の懐しく柔らかな言葉が五線譜をくぐり抜けるように響く。
ボクは目をつぶり一言ひとことを味わう。

でもボクの嬉しさも喜びも長くは続かなかった。

彼女の輝いて見えた言葉にふいに雲がかかったように見えた。
ボクの喜びは不安に変わり、思わず目を明けてしまった。
彼女は笑って言葉をしぼりだした。
確かに笑っている。
笑っているにもかかわらず苦しそうなのだ。
頬に口に顎のラインに笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
目の輝きが、かすみに覆われた。
どんな輝きも雲がでるまでの運命なの。
曇って光を遮ったら輝きは消えるのよ、といいたげな目だった。
それでも微笑むことはできるでしょ?こんな風に、って。

ボクは息をひとつついた。
ボクは彼女の目にむけ黙って頷けばよかったのだろうか?
彼女の微笑みのむこうにある苦しみも納得も、、、
全部黙って抱きしめればよかったのだろうか?
泣き顔を隠したまま笑えばよかったのか?
ボクは長い時間考えていた。
黙ったまま伏せ目がちに。
考えていた……
どれくらい時がたったのだろう?
気がつくとボクは一言彼女にむかって呟いていた。

とても苦しそうだよ、、、、、

ほんの一言。余計なひとことだったのか。
きっとボクは彼女のことが好きだったのだろう。
気がついたら呟いていたんだから。

ボクが黙っていればそのまま彼女は話し続けたかもしれない。
ほんとは、それでよかったのかもしれない。
確かに、人にはなんともできないことがある。
納得できなくても受け入れなければならないことがある。
彼女はそんな長い沈黙の後に話はじめたのかもしれない。
じっと耐えてやっと話はじめたのかもしれない。
ボクの一言がまた彼女を沈黙に戻らせたとしたなら、、、、
戻らせたのだろうか?
ボクは彼女が沈黙に戻ったと感じ始めた。
感じ始めると辛くなった
できることならdeleteのボタンを押し削除したくなった。
100の言葉を並べて言い訳したくなった。
やはり黙っていればよかったのかと自問している。
結局、ボクは言い訳をすることもなく、逃げたくなる心を抑えてここにいる。
彼女の沈黙をじっと黙ってみつめている。

沈黙とは自己の裡なる対話。

本音の自分と立場の自分の対話。
自然な自分と社会の自分の対話。
夢の自分と現実の自分の対話……
外界に言葉を発することなく、自分の裡なる世界でどこまも続く対話。
いつか心から笑顔になるための対話。
いつか自分の世界が輝くまでの対話。
それが沈黙。
ボクは彼女の沈黙につきあおう。
彼女にこれ以上言葉を重ねることも、彼女の裡に入ることも、
何をすることはできないけれど。
彼女の沈黙を邪魔することはしない。
ボクはぼくに問い続けよう。
ただ一言の言葉が彼女をふたたび沈黙させたなら、
ボクはその一言を背負いつづけよう。
黙って背負うこと、
それがボクの裡なる対話。
それがボクの沈黙。

沈黙は人の成長に必要なスッテプなのだから……


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