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2022年 中高生部門(中学生の部)最優秀賞『セミ』

受賞者
鈴木 琢杜さん 中3

読んだ本
『セミ』 ショーン・タン作 岸本佐知子訳 河出書房新社

作品
 セミの「顔」

 皆さんは絵本についてどんなイメージをお持ちだろうか。絵がたくさん描いてあって、字が少なくて、小さな子供が読むもの?少なくとも僕はそう思っていた。しかしショーン・タンの『セミ』という絵本を読んで考えが大きく変わった。
 この絵本の主人公は高層ビルでデータ入力の仕事をするセミだ。十七年間、欠勤やミスはしたことがない。しかし昇進もしたことがなく、上司や同僚のニンゲンからは蔑ろにされている。そしていよいよ定年を迎えたセミはビルの屋上に向かうと、愚かな人間達を笑い、森へと飛び立っていく。
 最後のページを読んでゾッとした。表紙のセミの目を見るのが怖くなった。森に帰っていったセミはニンゲンのことを考えると「わらいが、とまらない」と言い、「トゥク トゥク トゥク!」と笑う。僕は会社で蔑ろにされるセミに同情していた。ニンゲンとは少し違うところもあるけれどそれもセミの個性じゃないか。それだけで差別するなんて可哀想――本当に?本当に君はそう思ったの?可哀想なセミに同情していい気分になっているだけじゃないの?森に帰っていったセミに、そう言われているような気がした。確かにそうだ。定年退職して屋上に登っていくセミを見て、自ら命を絶つつもりなのではないか、と僕は思った。しかし実際には、セミはニンゲンの生きる世界よりももっと大きな世界に飛び立っていった。置いていかれたのは僕たちニンゲンの方だった。屋上に上がるセミを見て、僕が咄嗟に自死の可能性を考えたのは無意識にセミを下に見ていたからではないか。会社で十七年間もあんな仕打ちを受けるなんて、セミには到底耐えられないだろう。セミにはこの狭い世界から飛び立つことなんてできないだろう。そう思いこんでいたのではないか。僕は相手を自分より「弱いもの」だと決めつけて、勝手に同情して、憐れんで、何の解決策も考えていなかった。僕はただ「読者として正しい反応」を無意識に追っていただけだった。これでは会社でセミを馬鹿にしていたニンゲン達と同じだ。
 これは僕たちが生きる現代社会にも同じことが言えると思う。自分よりも弱い立場にある人に同情するのは気分がいい。自分がすごく優しい人間になれた気がするから。しかし同情だけで問題は解決しないし、同情することでその人たちを「可哀想」というステレオタイプな枠に閉じ込めてしまっているのではないか。僕達が他人を憐れむとき、その人の「顔」が、みえているのだろうか。森へ飛び立っていったセミは愚かなニンゲンの問いに答えてくれるだろうか。

受賞のことば
 今回のコンクールで、僕の作文が最優秀賞に選ばれたことを大変光栄に思います。自分が本を読んで感じたこと、考えたことを分かりやすい文章にすることは難しかったですが、「絵本の読書感想文を書く」という挑戦をして良かったと思っています。
 この貴重な機会をくださった皆様と、素晴らしい絵本に出会えたことに、感謝したいと思います。どうもありがとうございました。

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※応募者の作文は原則としてそのまま掲載していますが、表記ミスと思われるものを一部修正している場合があります。――読書探偵作文コンクール事務局

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