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2022年 中高生部門(高校生の部)最優秀賞『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン伝』

受賞者
西村 皓輝さん 高2

読んだ本
『自ムーンウォーク マイケル・ジャクソン伝』 マイケル・ジャクソン作 田中康夫訳 河出書房新社

作品
 およそ二年前、突然ではあったが僕はマイケルに出会って一瞬にして心を奪われ、そこからはすぐにのめり込むようになっていった。アルバムを入手したり、ライブ映像を漁っていったり、彼に関する事を調べたりしていくうちにあっという間に二年が経過した。その間、以前には知ることのなかった、彼の受けた差別、肌色の変化による批判、整形疑惑、マスコミの根も葉もない噂によるバッシングなどの、成功した人生の影に隠れた彼の苦悩を知った。そこで今一度彼が直接綴ったエピソードを読んでみたいと思い、この本を手に取った。この本は自伝ということで、亡くなってもなお世界中で有名である彼の生い立ち、家庭、仕事、心情、苦悩、成功などが他のどの媒体よりも詳しく、鮮明に書かれている。この本は六つのチャプターに分かれており、小さい頃からバンドで活躍していた子供時代から成長して世界的スーパースターになる、という時系列でその過程が書かれている。
 第一、二、三章は有名な「ジャクソン5」(後のジャクソンズ)として活動していた子供時代や青年時代について。マイケルの家庭は九人兄弟の十一人家族であった。そんな大家族を支えた両親の優しさが多々書かれていた。彼の母親は病気持ちであったが、九人の子供がいても一人一人に対してまるで一人っ子のように接して家族のために尽くし、怪我をして出血している見ず知らずの人を家に招き入れるなど、絵に描いたような親切で理想の母親として書かれていた。父親に関しては、子供時代から「ジャクソン5」という、マイケルがボーカルである男兄弟五人で結成されたバンドで、デビューから四つのシングル曲が連続で全米一位を獲得するなどスターであった子供達のお金、不動産やその他の投資といった現実的なビジネスの方面を全て取り仕切るマネージャーであった。また子供達の演奏のリハーサルを見るコーチでもあったが、非常に厳しかったらしく、演奏で下手なところを見せようものならベルトやらムチやらで殴られたというエピソードが書かれていた。彼は、自分には歌やダンスの生まれ持った才能がある事を親に認められ、自分でもそれを分かっていた。そして「僕は完璧主義者です」という言葉がこの本で何度も出てくるように、毎日練習を続け、誰よりも努力し続けていた。しかし彼自身や兄弟達が音楽で成功することが出来たのは、親の優しさ、温かさ、心尽くし、厳しさがあったからこそであると痛感し、同時に親の偉大さというものを感じた。その後この章では、子供から青年へと成長し、兄弟と共に演奏を続けて行く事でより多くの人と出会っていき、より有名になっていく事が書かれている。しかしその栄光の裏には、学校から帰ってくるやいなやスタジオに向かい、子供ならとっくに寝ていなければいけない時間まで歌っていた事。スタジオの向かいの公園で遊んでいる子供を眺めて、何も気にせずに楽しく遊ぶ子供達を羨んでいた事などの苦労があった。この本を読み、彼の子供時代は決して普通とは言えず、ほとんど無いような物であったと分かった。後に彼が出した曲「チャイルドフッド(子供時代)」の歌詞には、「人々は僕を変だと言う。なぜなら僕は子供じみた事が好きだから。でも埋め合わせる運命なんだ。知らなかった子供時代を。」という箇所があり、当時彼が感じた辛さが曲に込められていたと改めて認識した。
 第四章では、オズの魔法使いの映画「ウィズ」の撮影の際に、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズと出会い、グループ活動からソロ活動へ移り変わっていく過程が書かれている。「ジャクソンズ(移籍して改名した元ジャクソン5)」のアルバムがヒットした後、彼は自分の最初のソロアルバムも出来る限り最高の仕上がりにしたいと考えていた。そして彼はクインシーと手を組み、ジャクソンズとは違うサウンドにするという狙いを定めてアルバム制作に取り掛かる。この章では主に最初のソロアルバム「オフ・ザ・ウォール」の曲一つ一つの詳細が語られていて、聞き親しんだ曲の裏話は興味深かった。また、あのビートルズのポール・マッカートニーをはじめとする多くの人々がアルバム制作に携わっていて、その人達の多くの努力があってこそアルバムが成り立っていると思い知らされた。結果的にこのアルバムはかつてないほど成功したのにも関わらず、彼はこの時期を(この本を書いた一九八八年時点で)人生で一番辛い時期であると言っていた。その後の「成功は確実に孤独をもたらす」という言葉が印象に残った。そこには「当時自分には全く親友がおらず、自分が世界で一番孤独である人間の一人と信じている。自分が誰なのか知らない人と出会いたい、自分と同じように友達を欲しがっている人を求めていた。成功すれば何でも出来ると考えるのは的外れであり、人は基本的な物を渇望する」と綴られていた。僕は彼の事を、世界中にファンを抱える大スターであり、ただそこにいるだけで騒がれる、僕達には到底手が届かない存在であると認識していたがそれは違った。やはり、彼も僕達と同じ人間であり、たとえ人から騒がれるスターであっても内心は孤独を抱えているのだなとしみじみと感じられた。「オフ・ザ・ウォール」はその年最も売れたレコードの一枚であった。しかしその年のグラミー賞では、R&B最優秀ヴォーカル賞のたった一部門だけのノミネートであり、その事は彼を落胆させるのと同時に、次のアルバム制作に向けての熱意を注がせる事となった。
 第五章では、世界一売れたアルバムとしてギネスに認定されている「スリラー」の制作、そして彼の代名詞ともいえるムーンウォークの誕生について言及されており、この本の一番の見どころとも言える。「オフ・ザ・ウォール」の次に史上最高の売り上げを記録するアルバムを目標としていたが、チームのメンバーには非現実的な望みに聞こえたのか笑われてしまう。その時の彼の「自分で自分を疑っていては、最善を尽くす事など出来ない。前と同じ事をするだけでは不十分だ。手に入れられる物は何でも手に入れるよう心がける」という言葉が胸に響いた。何事も上手くこなす為にはまず自分を信じて、更なる高みを目指す事が大切であると教わった。自分を完璧主義者と称する彼は、自信と経験を持って必死になってアルバム「スリラー」を完成させた。それからは世界を震撼させた「ビリー・ジーン」「ビート・イット」「スリラー」のミュージックビデオ制作に取り組む事となる。彼はそれを、人々がテレビに釘付けになるような最高の短編音楽映画にするため、最高のカメラマン、最高の監督、最高の照明スタッフといった業界で最も才能のある人々を探し始める。「ビリー・ジーン」では映像の中に踊りを入れるという提案で視聴者に強烈な印象を残した。そして今まで黒人の音楽を流す事のなかったMTV(アメリカのケーブルチャンネル)でこのビデオが流れる事となり、人種の壁を破る快挙を成し遂げた。「ビート・イット」はストリートギャング達の争いを思い浮かべて書いたため、ビデオには役者ではなく本物のギャングを現場に入れ、共にダンスをするという様子は大いに衝撃を与えた。今でもなお最高のミュージックビデオと称される「スリラー」は十三分にも及ぶ長編となっており、ゾンビを従えて踊るという独創的な内容は世界にとてつもないインパクトを与えた。この事は彼のプロ意識と本気が伝わってくるエピソードであった。そして、彼はモータウン(前に所属していた音楽市場)の二十五周年記念の祭典に出て、約五千万人がテレビで見ている中で「ビリー・ジーン」を演奏している時に初のムーンウォークを披露する事になった。実はムーンウォークは路上ダンサーの黒人の子供達が作り出したステップを教えてもらい、それを応用した物、最初のムーンウォークは実は上手く行かなかったなどの裏話を交えつつ、曲の間奏で初披露したムーンウォークは世界中に彼の名前を知らしめたと語っていた。この事で非常に多くの人から賛辞を受け、アルバム「スリラー」はグラミー賞で八部門を獲得し、狙い通り史上最高の売り上げを記録する事となった。ただし、ブームの代償としてプライバシーをほとんど失い、絶えず公衆の目に晒される事となった。マスコミには嘘が真実として報道されるのがしばしばで、自分のことを歪められて報道される。その事から、彼はこの本を出す事で自分に関する誤解が少しでも解ければいいとまで言っている。更にペプシのcmの撮影時には、演出である爆発の火花が頭に燃え移って後頭部に火傷を負うなど散々な目にあった。そんな事があっても、彼は兄弟達と共に五ヶ月以上にわたり、初のライブツアーである「ビクトリーツアー」で五十五回ものライブをやり切った。このツアーを経て考えた事として「結局、一番大切なのは、自分に、そして愛している人たちに対して正直である事、また、一生懸命働く事。練習を積み、努力する。出来る限り自分の才能を鍛錬し伸ばす事。自分がしている事にベストを尽くす。この世の誰よりも自分の専門分野に精通する事。」とあった。幼い頃から誰よりも努力をして鍛錬してきた彼の言葉には大いに説得力があった。
 最終章である第六章はスリラーの次のアルバム「バッド」についてやその他諸々。スリラーの大成功による大変な緊張感の中、完璧を目指し、五年もの長い時間をかけて「バッド」を制作した。結果、「スリラー」こそ超えなかったものの大ヒットを果たし、アルバムに収録されている曲のシングルが何曲もチャート入りするなどの快挙を挙げた。本の続きには、嘘を広めるマスコミに対しての不満と苦悩、大人とは違って自然で純粋な子供達に対しての愛情、自分がステージに立つ時の心情、自分はどんな人間かという問いに対しての答え、自分にとってのパフォーマンスとは何か、などが綴られてこの本は終わりを迎える。
 この本を読み終わってまず思った事は、どれだけ努力して報われても、幸せになれるとは限らないという事だ。もちろん、幸せな瞬間も多々あったが、常に監視され、自分に関して誤っている事を広められ、それを信じてしまう人達からバッシングを受けるなど不幸な事の方が上回っている風に思えた。また、終盤に子供達への愛情を語っていたが、後に児童性的虐待疑惑が提起され、無罪であったものの多くの批判を受ける事になると知っていたため、胸が痛んだのと同時に、唯一の心の拠り所であった子供達さえ利用されて叩かれる事に理不尽さを感じた。また、この本からは彼の歴史だけでなく彼の教訓も学べた。「自分を信じて最善を尽くす」や「一番大切なのは自分や愛している人達に対して正直である事」「出来る限り自分の才能を鍛錬して伸ばす事」など、これらの言葉には彼自身の魅力が詰まっているように見える。僕のこれからの人生で壁にぶつかるような事があった時は、印象に残った彼の言葉を思い出しながら、「完璧」を目指して「努力」をする事を心がけようと思わせてくれる本であった。

受賞のことば
この度は、栄えある最優秀賞にご選出いただきありがとうございます。自伝を読むというのは初めての経験であったため、その分受賞を嬉しく思います。
他の人には分からない、本人の視点でのエピソードやその時の気持ちなどを読むのは、新鮮で興味深いものでした。
以前からマイケルを知っている方も知らなかった方も、彼の言葉や生き方から何か学べる事があれば幸いです。
読んでいただきありがとうございました。

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