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メディア・コメントの難しさ

 「マスコミが言っていることは、全部ウソだぜ」(岡村靖幸「どぉなっちゃってんだよ」『家庭教師』)とは言わない。しかし、判断保留すべきところに目をつぶってメディア自身が打ち出したい視点で書いてしまうと、分かりやすいが論点がズレた記事になる。このことを今回、インタビューを受けて痛感した。そこで改めて記事掲載前にメディアに提出したコメントを再掲したい。

                     2023年6月17日
中野立てこもり事件について
               能勢桂介(立命館大学生存学研究所)

 この前のインタビュー受けてから、再考・再度ポイントを整理しました。参考になさってください。コメントの方針としては、我々社会が立てこもり事件と共有して抱える問題についてのみコメントします。したがって、このコメントはあくまでも社会的背景についてであり、今回の立てこもり事件の特異性・固有性についてではありません(それは今後裁判などで明らかになるでしょう)。しかし、共有する問題については、社会として意識的になる必要があります。それが再発防止につながります。

A 現代の孤立問題――時代背景
80年代の未婚、フリーター(非正規)、不登校現象による体制の揺らぎ・批判から90年代後半以降の「構造改革」への転換をへて現在に至る長期的な視野を持つ必要がある。結果としてデフレ不況が改善されず(30年以上の低成長率)、そのため喧伝された「選択の自由」は思ったように増えず自己責任ばかり強調された→必然的に落ちこぼれる人が増えた。

例:政策的に誘導された非正規公務員の増加、政策の失敗としての博士取得者の就職難、法科大学院 これは高学歴の例だが、高卒は一層厳しいのではないか?

そのため、人々は学校、受験、就職、離職などの各場面でドロップ・アウトしやすくなっている。中野の事件の容疑者は、高校ぐらいからの周囲との関係の不調があり、それが大学をやめ、ひきこもり状態の原因になっていたようだ(社会学者としては、統合失調、発達障害などなどの精神医療的な判断はしない。ただそうした精神医学的な症状は社会関係によって影響され、社会学的に読解できるので、そこを分析する)

こうした人はひっそりと暮らしているので目立たないが、現在の地域社会に一定数いる。
若年無業者: https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h27honpen/b1_04_02.html
この現実をしっかり押さえるべき。だからと言って彼らが犯罪を犯すわけではない。
ただ今後、この層は8050問題に直結していく。

とくに容疑者が幻聴していた「ひとりぼっち」はさとり世代(1987年生~2004年生まれ、現36歳~19歳)のキーワードであり、この世代の精神をよく象徴している。この世代が中学生の頃出た本が、土井 隆義『友だち地獄』ちくま新書、2008年である。この世代は「身近な他者の承認」にとりわけ敏感になっている世代である。
参考:子ども白書の拙稿
2020年「不登校と未婚の40年①」 2021年 「不登校と未婚の40年②」

男性であることのキツさ
拙著『未婚中年…』5章では、何とか出来ないのは「自分のせいだ」「不甲斐ない」と自分を責める男性がいた。「やれば出来る」と思い込み、出来ないのは自分の責任だと思っている。努力しても雇用の状況が悪化している状況では誰かが落ちこぼれることは自明の理なのに‥‥。こうしたある種勘違いしている男性は多いと思う。

構造的にがんばっても報われない社会であることを意識、共有するべき

家族や世間に期待される「フツーの自分」と現実の自己のギャップが誰にも言えぬ(失語症的な)孤立を産んでいた。今や女性を養える(少なくとも女性より給与がいい)仕事をすべき、という「フツー」は昭和時代のことであり、誰でも可能なわけではないのに、それに固執している。それが男性を苦しめている。

例:男性の方が自殺が多い https://honkawa2.sakura.ne.jp/2759.html
低収入な男性ほど未婚率が高い https://honkawa2.sakura.ne.jp/3256.html 
男性の暴発的な犯罪(ひとりぼっちテロ)

こうした男性に対するプレッシャーが、容疑者を苦しめていただろうことは容易に想像がつく。したがって、自他への加害に至らないまでも、その憤懣を何かに/誰かに「転化」せざるをえない、非常に精神的に不安定な状態にある男性が一定数いることは知っておくべき。

 女性も、フツーから外れ非正規や家居している場合もある。ただ男性より競争のプレッシャーから降りやすく、コジレを生みにくい。またそれが友だち関係を形成しやすくしている。

対策:
①今自分がどういう時代に生きているか客観的に把握し、自分を責めない

私は大学や一般教養の講義では、私たちがおかれている時代状況(仕事状況、未婚の増加など)を教えている。すると、学生(とくに社会人)は素直に自分の苦しみ(仕事の不安定さや処女コンプレックス)を言葉にするようになる。変に自分を責めないことが非常に大事。

② 内面の豊かさとしての孤独と孤立を区別する

この区別は重要。音楽や文学など想像力の豊かさは現実の困難や孤立への耐性、他者に向う意欲を形成する。漫画家の水木しげるは一見、現実適応能力がない夢想家だったが。豊かな内面をもっていたがゆえに戦争に生き残れた。

③ ①、②を養うことは、それを共有し理解してくれる仲間、恋人を持とうとする動機付けになる

自分が昭和のフツーから外れているからと言って卑下せず、可能な長所を伸ばすことが可能になる。 例:稼げなくても、外で働く女性のストレスを緩和出来るような聞き上手な男性になるなど。

④そうした苦しみを仲間と共有し、表現することによって発散する

読書会からデモまで。能勢主催の読書会の例 https://note.com/shiminzeropoint/

⑤男女平等を先進国内並みに実現する

ジェンダーギャップ指数が超‐低位の現実
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2022/202208/202208_07.html

これでは男女ともその歪みによって苦しまないわけがない(人々の自己実現を妨げている)。
加えて夫婦別姓、共同親権、性教育、ピルの普及など男女平等に必要な対応が遅れている (LGBTQへの対応も)←今回のような事件は男女平等の掛け声とは裏腹に平等を達成できていないことが遠因となっている 

⑤ ただ今回のような地方都市やある一定の年代には昭和的なフツーが根強いので、それ対しては、粘り強く啓蒙していく必要がある(昼間から大の男がブラブラしていることは、現代では十分あり得る)。また精神医療体制ももっと受診しやすく、もっと地域に開かれたものに改革すべきだ。

*表紙は https://ja.wikipedia.org/wiki/考える人_(ロダン) より



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