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異世界M&A小説【転生ビジネス・カオスマップ】第四部セクスタンスKK(前編)

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第四部セクスタンスKK(前編)

第1話 社長

「セクスタンスKKは売却されることになった」
「はあ?」

 おれは耳を疑った。

 おれはついさっきまで、地方の異世界へ出張して買収交渉をしていた。
 それが、いきなり本社へ帰れと呼び戻され、社長室に呼び出された。

 その第一声が、これだ。
 ふざけた社長だと思ってはいたが、今日は格別ふざけている。

「冗談なら、今手掛けている買収案件が完了してから聞きますよ」

 おれはあきれて回れ右し、社長室を出ようとした。
 だが、社長は冷静な口調でオレを止めた。

「ハルト、本当の話だ。すでに買い手候補先も二社に絞りDDも完了した」
「……DD完了?」

 DDとは買い手候補者が売却される会社を調査するプロセスのことだ。
 DD完了ということは、売却交渉は最終局面になっているということか。

「社長、本気ですか?」
「ああ。この会社はおれが創業してここまで育ててきた。
 そろそろ、この会社を売却して、売却益も使って転生しようと思うんだ」
「……」

 あくまでもまじめな表情の社長。

 たしかに……
 社長がこの、転生マッチング企業『セクスタンスKK(株式会社)』を立ち上げてからすでに100年近く経っている。
 いまでは業界6位の中堅企業だ。
 創業者として、いくらかの株式も持っているだろう。
 会社売却できるのであれば……
 かなり豪華な転生を実現できるだけの売却益が手に入るかもしれない。

 これは、どうやら冗談ではなさそうだ。はぁ……
 おれは青天の霹靂と言うべき状況を前に、ゆっくりとため息をついた。

第2話 買い手候補

「本気だということはわかりました。
 でも、なんでおれを売却交渉チームにいれなかったんですか?」
「確かにお前はわが社では最高のエージェントだ。それは認める。
 だが……」

 社長は頭を掻きながら答えた。

「お前はフェアすぎる。おれとしては高値で売り付けたいんだ。
 だから、最もがめついエージェントを売却チームにした」

 なるほど、確かに。
 おれは、高値で売り切るという戦略は、あまり得意ではない。

 それにしても、おそらくはこの売却案件を仕切っているのはトミーか……

 おれの頭の中に、きらいなやつの顔が浮かんだ。
 でも、この際そんなことはどうでもいい。

 大事なのは買い手候補がどこかだ。

 会社売却して引退する社長にとってはどうでもいいことかもしれない。
 会社に残るおれたちにとっては、買い手=次のボスということになる。
 最重要ポイントだ。

 社長はおれの考えを予想していたのだろう。
 質問する前に、教えてくれた。

「買い手候補はヘルクレスとヴァーゴだ。
 どちらも悪い相手ではないだろう?」

 おれはごくりとつばを飲み込んだ。

『ヘルクレスカンパニー』
 転生マッチング業界No1のシェアを持つトップ企業。
 かなり強引なことをしているという噂もある。
 正直、気に食わない。

『ヴァーゴ・ホールディングス』
 業界2位の高級異世界への転生マッチング専門企業。
 質で勝負している。
 契約数は劣るものの年間売上はヘルクレスに肉薄する。

 参考までに、おれたちが所属する『セクスタンスKK』は業界6位の中堅。
 おれたちは大手があまり注目しないミドルクラス転生に焦点を絞った。
 そして、視察サービスを始めとした手厚い顧客対応でシェアを伸ばした。

 6位のおれたちが業界1位や2位に買収されるのであれば。
 今まで以上に積極的な事業展開もできるようになるかもしれないが……

第3話 お迎え役

「社長、ヴァーゴならまだしも……
 ヘルクレスなんかに買収されたら、うちの会社は速攻で壊滅しますよ」

 解体され、おいしいところは吸いつくされる。
 搾りかすは容赦なく捨てられる。
 ヘルクレスはそんな会社だと、おれの直感が訴える。

「そうかもしれないが、それも含めて総合的に判断する」

 ……結局、高い金額を出した方に決めるということか。
 だから、おれをチームに入れなかったんだな。
 おれは絶対にヘルクレスへの売却には反対するだろうから……

「で、オレを呼び戻した理由は何ですか?
 状況を教えてくれるためだけ、ではないんでしょう?」

 社長は、はっと思い出したような表情を浮かべた。

「そうそう。
 DDも終わったので、今晩最終ビッド大会を開こうと考えているんだ」
「どこで?」
「近くのホテルのレセプションホールを貸し切ってある」
「それは、なかなか奮発しましたね」
「まあな。そこで各候補から最終ビッドのプレゼンをしてもらう予定だ」

 ビッドとは入札のことだ。
 ヘルクレスとヴァーゴの二社を呼ぶ。
 その上で、最終ビッドの提示とプレゼンを求める。
 どのような条件(価額他)で買収するつもりかを提案させる。
 その結果、より良い条件を出した相手と最終契約を締結することになる。

「それで、おれは何を?」
「ヴァーゴのプレゼンターを迎えに行ってほしい」
「なるほど。相当な役職の人物がプレゼンされるということですね」
「ヴァーゴのCFOが来てくれるとのことだ」
「なるほど。その方をお迎えするということであれば、重要な役目ですね」
「正直、ハルトにしか頼めない」

 異世界へ行くためには、4次元空間をワープする必要がある。
 四次元空間を隔てた異世界間へのリアルタイム通信手段はない。
 異世界間は電話もインターネットも繋がらないからな………

 手紙は送れるけど、何日何時間かかるかわからない。
 だからこそ、要人が異世界間移動を行うときは要注意だ。
 四次元海賊に襲われても警察に助けを求めることすら難しい。

 ヴァーゴのCFOといえば、かなりの権力を有する要人だしな……
 責任重い役目だ。

「わかりました。で、ヘルクレスのお迎えは誰が?」
「トミーが迎えに行く」

 けっ……やっぱり奴が仕切っているのか。

 まあ、いいや。ヘルクレスはなんだか好かないからな。
 ヴァーゴのお迎え役の方が100倍気分が良い。

「わかりました。では、四次元リムジン借りていきますよ」
「ああ、よろしく頼む」

 こうして、おれはヴァーゴのCFOを迎えに行くことになった。

第4話 四次元リムジン

 おれは内心わくわくしていた。

 今まで四次元をワープするためには、公共バスか、たまに社用車(四次元バン)に乗るくらいだったが、今日は四次元リムジンを使うことができる。

 このリムジンはVIPを送迎する目的で、特別なときしか使えない。
 おれにとっては初めてのことだった。
 そりゃ、わくわくもするだろう。

「ふん、ふん、ふん……」

 柄にもなく鼻歌を歌っている。
 まあ、いいか。おれしか乗っていないんだし。

 おれは運転席のコンソールに、四次元ワープに必要な情報入力を行った。

 現在座標、行く先の異世界座標、搭乗人物の重量……

 これらの入力データがリムジンに積まれた高級四次元AIに送られる。
 あとは、AIが自動で経路計算を行い、勝手に目的地まで航行してくれる。

 じゃあ、お任せしてひと休憩させてもらうか。

 リムジンの運転席の隣には、VIPリビングルームがある。
 おれはその部屋に設置された大きなソファにドカッと座った。

 指を鳴らせば、リビングロボットが酒や食事を出してくれるだろう。
 もちろん、仕事前に飲んだりはしないが。
 さらにリビングルームの奥にはバスルーム、ベッドルームもある。

 VIP送迎用のリムジンは、まさに移動できるスイートルームだった。

 おれはソファで目をつぶると、リムジンが自動運転を始めるのを待った。

 やがてアナウンスが流れる。

『ただいまより自動航行によって異世界サンワールドへ出発します』

 リムジンはそっと宙に浮く。
 そして、そのまま四次元へ空間転移し、四次元ジャンプを開始した。

第5話 アラート

『エラー発生、エラー発生。
 リムジンは予定航路を大きく外れています』

 アラートに起こされたおれは、慌てて運転席に戻る。
 そして、AIナビに問いただした。

「何が起きた?」
『わかりません。目的地から大きく離れた軌道に入っています』
「計算ミスか?」

 そういいながら自分で首をかしげる。
 リムジンのAIが計算ミスするなど考えられない。

『失礼なことは言わないでくださいね!』

 流石にAIも怒ってる。まあ、いいんだけどね。

 ということは……

「外敵攻撃か?」
『そのような兆候は見られません』

 違うのか。
 ほっとしつつも、真相はさらに遠いらしい。

「では……なぜだ?」

 AIは少し間を置くと、申し訳なさそうなトーンで答えた。

『入力情報にミスがあったようです』

 それはつまり、おれのミスか。

「どんなミスがあった?」
『はい、おそらく登場人物の重量が入力ミスされたようです』

 おいおい、自分の体重を入力ミスしたってのか。
 おれは自分にあきれて、入力内容を確認したが……

「ん?おかしいな。おれの体重は合っているぞ?」

 AIは少しどもりながら答えた。

『はい。ですが、入力漏れがあったようです』
「はあ?入力漏れって……」

 ちょっと待てよ?それって、まさか……最悪な状況ではないのか?

「まさか、密航者がいるのか!?」

 だとすれば、やばい。
 どこかの暗殺者か?

 おれはあわてて武器を探す。
 だが、運転席には武器になるようなものは何もない。
 こんなことなら最新の多次元共鳴ガンでも準備しておくんだったか?
 
 いや、そもそも、おれは戦闘は苦手なんだ。
 武器があってもまともには使えないだろう。

 とはいえ、そうは言っていられない。
 念の為に助手席にさしておいた日傘をつかむ。

 素手よりはマシなはず……

 そして、おれはリビングルームに駆け戻った。

 すると、奥のベッドルームのドアが半分開いていた。
 そして、聞こえるのは甘えたような可愛らしい声……

「こ、こんにちわ?」

 ドアの隙間から、申し訳なさそうな顔をちらっと見せている女性。

 見間違うわけがない。

 メイだった。

第6話 涙

「メイ!?なんで勝手に潜り込んでるんだ?」
「あ、いや、あの、ね?
 ハルトさんが新しい任務に行くって聞いたから……」
「あのな、メイは新入社員期間終了してチームは解消したんだぞ?」
「うー、わかってますよ〜」
「わかってないだろ、職務規定違反だぞ?」
「むー」

 そんな可愛い顔したってダメだ。
 さすがに、無視できない重大な状況だ。

「……しかも、今回はトップシークレット指令なんだぞ」
「えー?そうなんですか?どんな指令ですか?」
「あの、ヴァーゴのお偉いさんを迎えに行くという仕事だ。危険も伴う」
「じゃあ、補佐役がいた方がいいじゃないですか」

 危険と聞いてもまったく物怖じしない。 
 こんなところは最初にあったときと変わらない……
 とか浸っている場合じゃない。

「本当になんでこんな無茶な真似を……」
「だって……」
「ん?」

 メイが下を向いて小さな声で呟いた。

「またハルトさんとコンビ組みたかったんです……」

 ……泣いている?

 そうだ。
 メイと3回目のミッションを失敗で終えた後、社長はこう言った。

『流石に新入社員の現場実習はこれ以上できない。チームは今日で解消だ』

 メイはだいぶ食い下がっていた。
 特例でもう一回だけ、もう一回だけ……と。

 とはいえ、社長の指示は絶対だ。
 でも、またいつか一緒にパートナーを組める時が来るはずだ。
 おれはそう思い、指示に従った。

 ただ、最後のミッションが失敗で終わったのが心苦しいのは事実だ。
 あのとき、メイの瞳に涙が浮かんでいたのを、おれは見逃していない。

 そのあとおれは、ひとりミッション体制に戻った。
 その間……メイがいないと何か物足りなかったのも事実ではある。

「……ついてきちまったものはどうしようもないな。
 途中では降ろせないし」

 ぶっきらぼうにそう言うと……
 メイの泣きそうな顔がみるみる明るく輝き始めた。

 まったく、現金な奴だ。

「本当?やった。ありがとう、ハルトさん。
 やっぱり密航した価値あったわ」

 そういうと抱きついてくるメイ。
 おれはメイを胸で受け止めた。

「まったく、二度とやるなよ」
「はーい」

 この匂い、久しぶりだが、落ち着く。

 ……なんて言っている場合じゃなかった。

第7話 裸より大事なもの

『パラメータ修正を急いでください。
 航路修正が不可能になります。パラメータ修正を……』

 AIのアナウンスが刻一刻と悪化する状況をリアルタイムかつリアリティを込めて伝えてくれる。

 おれは運転席に戻るとコンソールに向かった。

「メイ!」
「はい」
「体重は何キロだ?」
「……はあ?」

 ボカっ!
 いてっ!

「何すんだよ?」
「こっちのセリフですよ。レディに何て質問するんですか?セクハラです」
「ちょ……違う。
 自動航行の軌道設定には搭乗者の体重をインプットする必要があるんだ」
「え?……そうなんですか?」

 メイはモジモジし始めた。

『早くパラメータ修正しないと間に合いませんよ。急いでください』

 AIの口調が若干馴れ馴れしくなっている。
 タイムリミットが近い証拠だ。

「わ、わかりました……あの、さんじゅう……」
「30?」
「にきろ……」
「32kg、よし入力したぞ」

 おれはホッと一息ついた。
 まったく、なんで体重くらいさっさと言えないんだ?
 女心はよくわからん。
 まあ、あとはAIの再計算を待つだけだ。

 しかし……

『ミスマッチ。ミスマッチ。パラメータ修正はエラーです』

 まさかのAIからのエラー通告。ちょっと待てよ。

「え?おい、キチンと入力したぞ、どういうこと……」

 嫌な予感がする。
 
 メイに顔を向けると………
 メイは、一瞬おれと目線が合うと恥じらうように目を逸らす。
 まるでJKが初恋のDKと放課後の帰り道に偶然すれ違った時のような……

 いやいやいや!
 そんな純粋な恥じらいじゃない。

 あの表情は……鯖を読んだときの女性の表情だ!

「メイ、なんで嘘の体重を言った?」
「だって、本当の体重なんて言えるわけないじゃない!」
「はあ?」
「体重をハルトさんに知られるくらいなら、リムジンから降りる」
「ええ!?」
「体重知られるなんて、裸を見られるより恥ずかしいもん。
 バカハルトー!!」
「ええええ!?」

 これが女心?
 理解が数光年分追いつかない。

 が、時間切れ。
 結論は出た。
 軌道修正は失敗したということだ。

『タイムリミットだよー。
 一旦、適当な異世界に不時着するから、あとは手動運転でよろしくねー』

 AIはあきれて職務を放棄した。

第8話 アルデバラン

 四次元リムジンはガガガと振動したかと思うと、ゆっくりと停止した。
 どこかに不時着したようだ。

「一体、ここはどこなんだ?」
「外見てみますね」

 メイはリムジンの扉を開けた。

「ばか、いきなり開けるなんて……」
「ふふふ、大丈夫ですよ。
 四次元リムジンは生命に危険があるような場所には不時着しないですよ」
「……全く、もう」
「あ、ハルトさん。あそこ!素敵なお花がありますよ」

 そこは心地よい風がふいている草原。
 ちょっと先に、確かにオレンジとピンクと黄色の花が咲き乱れている。
 メイは子供のようなはしゃぎようで、花の近くへ寄っていった。

「ハルトさんも来てくださいよ」
「いや、おれは目的地への航路を探さなきゃいけないから、作業するよ」
「あら残念。こんなに綺麗なのに……」

 まあ、危険はなさそうだ。
 無邪気にはしゃぐメイを見ていると、なんだかほっとする。

「遠くには行くなよ」
「はーい」

 そしておれは運転席に戻るとコンソールと睨めっこした。
 リムジンのAIには全異世界データが格納されている。

「そもそも、ここってどこだっけ?」
『ここは異世界エルナトワールドです』
「どんなところだ?異世界運営会社はあるのか?」

 すると、AIはモジモジしながら答える。

『以前はアルデバランGmbHという異世界運営企業が統治していました。
 アルデバランは、複数の異世界を統治し事業化する珍しい複合企業です』
「以前は?ということは今はどうなっている?」
『事業化がうまくいかずアルデバランはすでに撤退し、現在無人です』

 なるほど。無人異世界か。
 こういうところを再開発する事業も面白いかも知れないけどね。
 まあ、うちの守備範囲ではないんだけど。

 ん?ちょっと待てよ?

「今、アルデバランと言ったか?その会社の概要を出してくれ」
『あいあいさー』

 目の前に、会社概要が表示される。
 さすが、高級車だ。
 積んでいるデータベースもそれなりにしっかりしている。

 それにしても……悪い予感は的中するもんだな。

「やはり……あの有名なアルデバランだったのか」

 おれは背筋が凍る思いがした。
 それと同時に、外から悲鳴が聞こえる。

 しまった!
 もっと早く気づいていれば……
 おれはメイがいたお花畑に向かい猛ダッシュした。

 残されたディスプレイにはこう表示されている。

『アルデバランGmbh。
 ドS男性およびドM女性向けのエロティック転生体験を提供するR18企業。
 ハーレム転生希望者向けです』

第9話 どこ見てるんですか?

「メイ、どこだ?」

 お花畑に到着すると……

「ハ、ハルトさん、これ、解いてもらえますか?」

 メイが植物の蔦でがんじがらめに縛られて身動き取れずにもがいていた。

 これって、いわゆる触手ってやつか?
 つまり、アルデバランが撤収時に放置していたエロ道具だ!

「ハルトさん!早く助けて」
「あ、ああ。わかってる。ちょっと待ってろ」

 おれは、転がっているメイの横に片膝を立てて蔦の先端を掴んだ。
 すると蔦はキュッと力を入れてメイをさらに縛り上げる。

「キャッ」
「だ、大丈夫か?」
「ハイ、大丈夫です。それよりも早く……」

 蔦の締め付けがキツくなるたびに、メイが熱い吐息を漏らす。
 大きな胸が絞り上げられて強調される。

「ハルトさん、どこ見ているんですか?」
「い、いやいや、どこもみてない」
「……見たければいつでも見せてあげますから。
 今は早く解放してください」
「だから。見てないって」
「キャ、なにこの触手、変な液出していますよ?」
「え、液?」
「なんか……服が溶けてるみたいです」
「えええ?」
「……ちょっと、ハルトさん、喜んでません?」
「ま、まさか。そんなことない。今解くから待ってろ」

 おれは触手をブチブチとちぎっていった。

「ハルトさん……やっぱりすぐできるじゃないですか。
 一体、どこを見ていたんですか?」

 メイがぷんぷんして、服の溶けた部分を手で隠す。

 いや、おれは何もみてないぞ。
 うん、ちょっとしか……

第10話 スリーサイズ

「航路計算し直すんだから体重教えてよ」
「ぜーっっっっっったいに、嫌です」

 絶対に体重を教えてくれないメイ。
 それなら……っと、試しに聞いてみた。

「じゃあさ、スリーサイズは?」
「……聞きたいんですか?」
「まあ、もしかしたら航行データの参考になるかもしれないし……」

 体重がダメなら、スリーサイズなんて絶対ダメだろうな。
 と思ったんだけど……

「上から、86−59−85です。ちなみにEカップですよ」

 え?体重はダメなのにスリーサイズはすんなり教えてくれるの?
 おれは女心が掴めずあたふたしてしまった。
 そんなおれを見て、メイは意地悪そうに笑いながらおれを見る。

「ひょっとして、むらむらしましたか?
 ちょっと、触って確認してみます?」

 おれは唾をごくりと飲む。

「ええい、今はそういう場合じゃない。
 一刻も早く現場にたどり着かねばいけないんだ」
「……ちぇーっ、はいはい、わかりましたよーだ」

 そう言って、リムジンのドレスルームで予備の服に着替えしに行くメイ。

 全く、からかうのは任務が完了してからにしてくれ。

 さて、今聞いたデータを入力すると……AIが動き出した。

『再起動しました。手動運転はできるようになりましたよ』

 はあ、よかったー。

第11話 リムジン再起動

 要人護衛用超高級リムジンには様々な緊急対策手段が積み込まれている。
 たとえば、4次元伝言用無人運転ドローン。
 他の異世界へ自動で伝言を送り届けてくれる超高級機器だ。
 もちろん、それなりの時間は要するが。

『トラブルに見舞われて不時着。
 改めて現地に向かうもスケジュールは厳しい。
 念のため応援を求む』

 念のためセクスタンス本社へと無人機を送っておくか。

 続いて、4次元リムジンの次元跳躍エンジンを再起動する。
 ブルルンと音がした。どうやらうまく動き出したようだ。

 ハンドルを持つ。
 ギアをドライブに入れる。
 ハンドブレーキをリリースしアクセルを踏む。
 それとあわせて、クラッチペダルを徐々にリリースする。

 それに合わせて、エンジンの唸りがリムジン自身の動きに変わっていく。

 よし、行けそうだ。

 再び宙に浮いた4次元リムジン。
 おれは目的地へと手動運転を始めた。

 全く……せっかくのリムジンなのに、自動運転でくつろげないなんて。
 これじゃ商業用ワンボックスを運転しているのと変わらない。
 むしろ、ワンボックスの運転の方がオートマで楽なくらいだ。
 まったく、ついてない。

第12話 トラブルメーカー

 リムジンに用意されている予備のドレスに着替えたメイが運転席にやってきた。

 運転しながら、ちらりとみる。

「ねえ、ねえ。このドレス素敵ですよね。
 なぜかサイズもぴったりです。
 どうですか?似合いますか」
「……ん?あ、ああ、似合うんじゃない?」
「ふふふ、この胸元とか。ちょっと露出しすぎですか?
 ねえ、ちょっとだけならよそ見運転してもいいですよ?」

 ……確かに、巨乳のメイが胸元開いたドレスで前かがみの格好をすれば。
 そりゃその谷間は一瞬で男を滅ぼす威力を持っていることは認めるよ。

「あ!今、見ましたよね?見ましたよね?私の谷間、セクシーでした?」
「ああ!もう!」

 おれはハンドルを握り前に向き直した。

「からかうなと言ってるだろ。
 それに、そのドレス。
 本当は今から迎えにいくVIP用に準備された予備の衣装なんだからな」
「……はーい、わかってますよーだ」

 ……おれの視界の外で舌出してベーってやっているだろ?
 見えてるんだからな。

「そもそも、なんでメイと一緒にいると、こうトラブルが続くんだ?」
「どういう意味ですか?私がトラブルの元みたいな言い方じゃないですか」
「違うとでも言いたいのか?」
「ええ。もちろん。違いますよ」

 ……え?
 ここまで自覚がないとは……

「スピカではメイが安請け合いしたせいでドラゴンと戦う羽目になった」
「……ま、まあ、結果的には偽物だった訳ですし……」

「ミルファクではアキオに捕まってもう少しで陵辱されるところだった」
「……あれは確かに危なかったけど、ギリギリ見られてないはずだし……」

「シャウラでは大声出したせいで屈強な男達と交戦する羽目になったし」
「……あ、あれはユナの隠し武器でなんとか切り抜けましたよね……」

「で、さっきはドMの緊縛プレイに捕まってハァハァしちゃうし……」
「ちょっと、人聞悪いこと言わないでください!
 ドMじゃないしハァハァしてないです。
 それって、かなりセクハラに近い発言ですよ?」
「事実ばかりだろ?」
「うー……」

 返す言葉なく真っ赤に赤面してプルプル震えて恥ずかしがっているメイ。
 これはこれで、可愛いんだけどな。

「まあ、でも、君がいなかったここ最近は仕事が楽しくなかったかもな」
「……!?本当ですか?もう一度、もう一度言ってください」
「ええい、うるさい、何度も言うか」

 それでもお構いなしにみっちりと腕に絡みついてくるメイ。
 その……Eカップが、腕に絡みついてくるんですけど?

「こら、運転が乱れるだろ?」
「大丈夫ですよ、リムジンがそんなことで乱れたりなんか……」

 その瞬間。

 ドドーン!

 大きな音と衝撃がリムジンを貫いた。
 とたんに鳴り響く警報音。

「……メイ、やっぱり、君がトラブルメーカーと言うことで異論ない?」
「……それは困ります。
 本当に私がトラブルを持ってきたみたいに聞こえるじゃないですか……」

 警報音は止むことなくけたたましくなり続けていた。

第13話 攻撃

「結局、どうなってるんだ?」

 AIに聞くと、すぐに答えが返ってきた。

『砲撃を受けたようです』

 それを聞いて、びっくりして、おれはメイと目を合わせた。

「4次元空間内で攻撃されただと?そんな馬鹿な……」

 しかし、次の瞬間、二度目の爆音が聞こえる。

 ドーン!!

「……ま、まあ、今乗っているのは要人護送用のリムジン。
 そこらの暴走族が使う武器程度でダメージを受けることは……」

 だが、AIはアラートを強める。

『左舷後部のウインカーが被弾し破損。ブレーキランプも中破』

「このリムジンの高耐久外装にダメージを与えるって、どういうことだ?」

『おそらく軍用兵器が使われていると思われます』

「はあ!?」

 ちょっと待て。
 軍に狙われるようなことなんか……かなり昔にしたことはあるが……
 さすがに時効だし、いまさら攻撃なんてしてこないだろう。

 てことは……
 おれはメイを見る。

「ちょ、ちょっと。
 私だって軍に襲われるようなことした覚えありませんよ」

 違うのか……じゃあ……

「最悪の事態かもしれないな」
「……どういうことですか?」
「4次元海賊に襲われている可能性が高くなってきた」

 ドドーン!

 言っている間に第三弾の被弾。

『後部トランク破損』

 鳴りやまない警報。

「ええい、なんとか目的地の異世界までは切り抜けよう」
「わかりました。私、ナビします。
 目的地はサンワールドの第三惑星、地球(アース)でしたね」

 言うが早いか、メイは4次元レーダーの前のナビ席に座った。

第14話 フレアとチャフ

 おれは、ハンドルを左へ右へと切り替えながら蛇行運転で追撃をかわす。

 相手もびっくりしているだろう。
 リムジンは普通自動運転。
 このような回避運動は、本来絶対しない。
 メイが体重を教えてくれなかったことが、ここにきて幸いした。

 ……いや、違う!
 最初に体重を教えてくれていたらすでに地球に到着できていたはず。
 惑わされてはいけない。
 やっぱり、メイはトラブルメーカーだ。

「急がないと、どんどん攻撃が迫ってますよ」
「わかって、いる、よ」

 会話する余裕もない。

 ドどどーん!
 今回はひときわ大きな振動だ。

『左次元跳躍エンジンに着弾。エンジンスローダウン』

「えー!?ハルトさん、大丈夫なんですか?』
「大丈夫だ。まだ右のエンジンが残っている」

 正直、本当に大丈夫かわからなかったが、大丈夫と言わざるを得ない。

「メイ、ワープアウトする。その瞬間にフレアとチャフを全弾放出だ」
「はい。それで逃げ切れます?」
「まあ、時間は少しは稼げるさ」

 ワープアウトとは、4次元から3次元に次元遷移することだ。
 当然追手の追尾から一瞬逃れることができるチャンスではある。
 その瞬間にフレアやチャフで邪魔をすれば、時間を稼げるかもしれない。

「いくよ、3、2、1、今だ」
「はいっ」

 その瞬間、ゴゴゴゴゴと凄まじい衝撃が聞こえる。
 チャフとフレアが打ち出された証拠だ。

 そして、リムジンの運転室の目の前の窓には、青い惑星が映し出された。

「よし、ワープアウト完了。そのまま大気圏に突入する」

 こうして、おれたちは科学技術がまあまあ発展している異世界サンワールドの惑星『地球』へと降下を始めた。

第15話 たま

 激しい振動が収まると、リムジンは大気圏を滑空し始めた。
 体に重みが戻ってきている。重力だ。

「メイ、次元迷彩を展開してくれ」
「はい……展開完了。これでしばらくは見つかりませんね」

 次元迷彩は目視で見えなくするだけではない。
 時空をゆがめて機体を隠す。
 だから、通常レーダーなどでは簡単には発見されないはずだ。

「ああ。でも、さっき襲ってきた連中は間違いなくプロ。
 見つかるのは時間の問題だ」
「それまでに、VIPと合流しないといけないと、いうことですね」
「そういうことだ」
「合流場所は、日本という国の東京という地域ですね。
 座標は35.63, 139.77。丸い球が目印です」
「わかった。あれだな。見えてきたよ」

 大きな湾の奥にいくつかの大きな橋、島。
 その奥に高層ビルが立ち並んでいる。

 一番奥の橋のふもとに、ひときわ目立つビルがあった。
 ビルの高層階に、完全な球体が乗っている。
 高さは約100mちょっと。

「あれの横につければいいんだな」

 それくらいなら、四次元普通運転免許しか持っていないおれでもできる。

 そして、おれたちは次元迷彩に隠されたリムジンを空中にホバリングさせたまま、球体の施設に乗り移った。

「すみません、少し遅れてしまいました。セクスタンスのハルトです」

 球体に入り、大声で挨拶をしてみるが、誰もいない。

 球体の中は、ほぼ半球の大きな空間。
 周囲の窓からほぼ四方八方を見渡せる。
 近くの海や橋、電波塔、そして高層ビルの摩天楼。
 遠くには夕日が落ちていく山々。

「景色はいいんだけどね。VIPがいないのはなぜだ?」
「……VIPって、ヴァーゴのCFO、メアリーのことですよね」
「ああ。ここで待ち合わせの段取りだったんだ」
「……あのね、ハルトさん……」

 メイが何か言いかけたとき、外から複数のサーチライトが照らされた。

 まぶしさに思わず手で目を覆う。
 容赦なく、大きな放送が聞こえてきた。

『大人しく、ヴァーゴCFOのメアリーを引き渡せ』

第16話 サーチライト

「さっきのやつらか。早くも見つかるとはな。
 というか、もともとCFOのメアリーが狙いだったのか」

 おれは、メイを手元に引き寄せる。
 目を細めてサーチライトの方向をチェックをした。

 どうやら、大型ドローンを複数台用意しているようだ。
 当然無人コントロールだな。
 おそらくはこの球体施設を破壊しうるだけの火力も有しているのだろう。

「しつこいですね」
「先ほどの軍用艦といい、このドローンといい。
 装備が本格的すぎる。
 狙いはヴァーゴのCFO。
 競合相手のヘラクレスカンパニーからの依頼を受けた傭兵部隊か?」

 ヴァーゴが最終ビッドに来なければ、ヘラクレスの言い値条件で決まる。
 それを考えれば傭兵を雇うコストなど安いもんだということか。
 それにしても、本当にやり方が汚いやつらだ。

『もう一度言う。ヴァーゴCFOメアリーを引き渡せ』

 おれは大声で答えた。

「そんな人はここにはいない」

『そんなはずはない。隠すとこの球体ごと破壊することになるぞ。
 さっさと引き渡せ。あと1分待ってやる』

 くっ、1分とはせこいやつらだ。
 絶体絶命だ。
 どう切り抜けるか……

 おれが思考を巡らそうとしたとき……

 メイがおれの手を突き放して窓に向かって歩き出した。

「メイ?何をしている?危ないから……」
「ハルトさん!!」

 背を向けたままのメイの口調は今までで一番力強いものだった。

「やつらは私を狙っています。
 だから、私が出ていけば、これ以上の犠牲は発生しません」

「……何言ってんだよ?」

「……ここでお別れです。お達者で……」

 メイは振り返らずにサーチライトに向かって真っすぐ歩き出した。

 ……待てよ。
 認めない。
 おれは絶対に認めないんだ。
 そんなことは……

第17話 花火

 今考えれば、おれはもっと前に気付いていたんだと思う。
 普通、こんなにたくさんの偶然は連続して発生しない。

 新入社員なのにとんでもない知識と度胸を持った才女の能力。
 ターゲットが『ヴァーゴのCFOのメアリー』だと知っている情報力。
 四次元リムジンに密航する実行力。
 スピカやミルファクの宿であえて一部屋だけ残し相部屋にする経済力。
 異例の3回目の新入社員現場実習を許可させた政治力。

 ……ヴァーゴの巨大な力が関与していたんだとすれば理解できる。

 ずっと、おれのそばにいた。
 おれとの実習続行に3回も4回もこだわった。
 買収DD(調査)なら2回で十分なのに。

 なんで、おれのそばから離れなかった?
 なんで、密航までして、おれのそばにいるんだ?

 おれは、その答えを知っている。
 メイは、ずっと教えてくれていた。
 おれの心も、ずっと認めていたじゃないか!

 だからこそ。
 ここにCFOメアリーがいるなんて事実は認められない。

「おれは……おれは認めない」

 その言葉を聞いたのか、メイは少し驚いた表情でゆっくりと振り返った。

「ハルトさん?」

 サーチライトがおれたちを照らす。

「ここにはCFOなんていない。
 ここには、おれの大事なパートナーしかいないんだ」
「……ハルトさん……」

 メイは驚いた顔をして……
 そして、その瞳に大きな涙が浮べた。

 敵が引き続き何か警告を言っている。

 だが、もうおれの耳には届かない。
 サーチライトも眩しくない。

 おれには、メイの声しか聞こえない。
 メイの姿しか目に入らない。

 おれはメイの手を掴むと、強引に引き戻した。
 メイは力なくおれの胸元に吸い込まれる。

「お前はおれの大事なパートナーだ。だから、おれから離れるな」
「……はい。ハルトさん」

 おれはメイを強く抱きしめ、その唇を奪い取った。

 おれは、今まで知らなかった。
 こんなに柔らかくて暖かい唇があったなんて。

 敵の威嚇射撃が始まった。
 その爆音と閃光は、おれたちの初めての接吻を祝うバックグラウンド花火のように美しく煌めいていた。

第四部(後編)はこちら

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