取っ手
取っ手なんてものは、本来、ひとつの引き出しごとに、ひとつ、ふたつ
それが、そのタンスには……その少し大きめのタンスには、たくさん付いてたんだ、ところ狭しとね
あまりにもたくさん付いていたものだから、タンスの引き出しの境目がわからない
どんな大きさの引き出しがあるのかも、いくつあるのかもわからない、当然、何段あるのかも
それくらい、びっちりと取っ手が付けられている、まるでテトラポッドに張り付いたフジツボのよう
眺めていると、なんだか気味悪く、気持ち悪く、ムズがゆい感じまでする
しばらく眺めていたが、意を決して開けてみることにした
つまりは、取っ手を引いてみるわけだ
なんでこんなにたくさん取っ手が付いているのだろう
さて、どの取っ手から引いてみたものか
しばらく思案したのち、せっかくなら、と、左端の一番上から、順番に引いてみることにした
ゆっくりと取っ手に触れ
ゆっくりと引いてみる
なんだか、おそるおそるになってしまった
開かない
しっかりとした壁に取り付けられたかのように、ピクリとも動かない
ブレもしない
相当重く、硬く、しっかりとした造りのタンスであることがわかった
さて、どうしよう
右→にひとつ進むか、下↓に進むか、それともまったく別の取っ手を引いてみようか
別の取っ手を引いてしまうと、もはや、どの取っ手を引いたのか後々わからなくなってしまうので、しばらくは順番に引いてみることにした
横に長い引き出しなのかもしれない
そうなると、端を引いたのでは、開かない
うまいこと両端を引き当てるか、真ん中あたりの取っ手を引くか
あとでよく考えてみると、タテに長い引き出しの可能性だってあったかもしれないけれども、そのときはヨコに拡がる引き出しのイメージしかなく
しかも、引き出しではなく扉かもしれない
いずれにせよ、それはしばらく後になって気がついたこと
この段階では、ひとつだけ右→の取っ手を引いてみることにした
そうやってひとつずつ、右横→にシフトしていこうとおもう
ふたつ目を引いた
これまたピクリとも動かない
かなり強めに引いたり、上下に揺らしてみたが、動かない
さらにチカラをいれてみた
何回か上下に繰り返し、繰り返し
普通なら、多少なりともグラグラとしそうなものだが、まったくと言っていいほど、微動だにしない
よほどの職人の、見事な細工なのか
チカラではどうともならないらしい
とはいえまだ、たったふたつ目だ
三つ目
チカラをいれたからか、なんだか手のひらがやたらと汗ばんでいた
やたらと心拍数が上がっている
誰もいない静寂の頭蓋骨の中で、自分の鼓動だけが響いている
どうやら、気味悪いほどに大量の取っ手が付いているタンスをみたときから、心拍数は上がり始め、そこから上がり続けていたみたいだ
樽に剣を刺すたびに、いつ飛び出すかわからないオッサンの人形に一喜一憂する
アレはあくまでゲームだ
身の安全は保障されている
そういった観点からいえば、いつ実弾が飛び出すかわからない、リアルなロシアンルーレットのごとしか
さすがに、開けた途端に爆発するようなことは、ないだろう……ないよな?
異常に早く高鳴っている鼓動に気がついてしまってからは、ひとつひとつ、それはそれは、いまにも心臓が破裂するんではないかと
ところが、最上段の取っ手を端まで引き進めても、どのひとつも微動だにしない
まったくの無反応なままだったのだ
ひとつだと違うのかもしれないと、両手を使って、少し離れた位置の取っ手を引いてみたりもした
それでも、状況は一向に変わらなかった
二段目、三段目、四段目……
途中から、全部で18段あることがわかった
もしかしたら、引く順番があるのかもしれない
金庫の番号を合わせるように、決められた順番に、決められた取っ手を引かないと、開かない
しかも、同時に引く必要な箇所もあったり
もしそうなのであれば、もはや成すすべがない
あまりにもパターンがありすぎる
とはいえ、もう十段目までは、ひとつひとつ引き終えてしまった
とりあえずは、このまま最後まで、ひとつひとつ引いていくことにしよう
そう決めてからは、パっ、パっと、次から次へと一気に引いていった
気がつけば、一番右下の最後のひとつ
もはや作業と化し、どうせ開かないだろうと、頭の中では「次はどういうパターンでいこうか」ということにシフトしていた
そのときだった
最後のひとつを引いた瞬間
バンっ!!!
すべての引き出しが一気に開いたのだ
あまりの不意打ちに、後ろにもんどり打って倒れた
その拍子に後頭部を硬い石のような床にしこたま打ちつけた
衝撃と、そのあと襲ってきた痛みとで、目のあたりがチカチカして、しばらくはうずくまったまま動けなかった
まだガンガンしていたが、やっと横目でタンスを見やることができた
開いてる、ぜんぶ、開いてる
なんと、取っ手ごとすべてに、引き出しがついていたのである
そのひとつひとつ、すべてに
つまりはとんでもない、引き出しの数
なんで開いた?
最後のひとつがカギだったのか?
それとも、全部、ひとつひとつ引いたからか?
今となっては、すべての引き出しを閉じ直したのち、一番右下の取っ手を引いてみるなど、あらためて検証してみるしかない
いまは……まずは、せっかく開いているのだ
なんとか起き上がり、引き出しの中を見てみることにした
すべて開いてしまっているので、とりあえず確認できるのは、一番上の引き出しだ
そこには、何かしら文字が書かれた紙が一枚、入っていた
よくみてみると、一文字だけ、書かれている
隣の引き出しも、またその隣の引き出しも、また同じように、一文字だけ書かれた紙が入っていた
この場合、順番に並べたら、なにか意味のある文章になるというのが、セオリーだろう
もしそれが、モノグラム、つまりは、並べ直さないと意味を成さないのであれば、かなり厄介だ
しかも、文章ではなく、意味のある単語でもない
そうなると、引き出しの数だけ、それだけのたくさんの文字があれば、どんな文章でも、どうとでもなってしまう
考えていても仕方がないので、すべて取り出して、順番に並べてみることにしよう
手を入れたら突然閉じたりはすまいな
取り出したら、あとで戻さないといけない
よく考えたら、取り出す必要はないのだ
メモをとり、ひとつひとつ引き出しを閉じていけばいい
文字をひとつメモっては、引き出しを閉じ、また次の引き出しへ、その繰り返し
その作業も三段目まできたところで、辞めたくなってきてしまった
その先を続けても、きっと想像を超えることはないだろうからだ
カキ写したメモには、とってつけたような美辞麗句ばかりが並んでいた
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