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Sol-Pac(1)

ちょっとした短編です

気がつくと、私はひたすらに捲(まく)し立てていた

自分の中で蟠(わだかま)っていた、あらゆる怒り、悲しみ

しゃべりだしたら、もう止まらなかった

目の前の相手が、絶妙な頃合いでうなずきつつ「なるほど」や「たしかに」などと肯定の相槌を挟んでくれることも、その勢いを助長していた

堪え切れなくなり、いつのまにか嗚咽していた

涙が溢れそうになる

そのときだった

「泣かないでください、どうか泣かないで。というか、涙は特にやめてください」

こういうときは泣かせておくれよ
涙が癒やしてくれるものではないの?

というか、何、その変な言い回し?
理由はなんなの?

「もったいないからです、エネルギーが散ってしまう」

なにそれ?
せっかく乗ってきたのに

なんだか拍子抜けして、もう何も語りたく無くなってしまい、黙りこんだ

すると、それを見計らったかのように、大きめの袋を手渡そうとしてきた

「何色にみえますか?」と聞かれたので、

「緑色……それに黄色い模様」と答えた

「なるほど」と

その巾着袋のような袋を開き、それを両手で持つように言われた

中は真っ黒で、なにも入っていない、少なくとも色のあるものはなにも入っていないことは間違いない

たっぷりと息を吸い、袋の中に思い切り吐き出してくれ、という

仕方なく……いや、なんだろう
仕方ないくらい、そうしたくなった

吸えるだけの空気を吸う
そして、袋の入り口に口をつけ
思い切り吐き出し続けた

〈ちゃぷん〉

ちゃぷん?

なんだか粘り気のある液体が、深い井戸の底に落ちるような音がした

袋の中をチラリと覗いたが、あいも変わらず真っ黒で、真っ暗闇で、漆黒で、要するに何もみえない

もう少ししっかりと視ようとした、その途端、やたらと細長い指が目の前に現れた

その指は袋の入り口を鷲掴み、しっかり閉じてしまった

そのまま、その袋は、取り上げられるかのように回収されてしまうのだが、なぜだか逆らうことが出来なかった

というよりも……
先程までの蟠りが消えていた

起きた出来事は、憶えている
たしかに憶えているのに

その出来事を思い描いても、なんの感情も湧いてこないのだ

スゥーと消えてしまっていた

友人の恵(めぐみ)から電話があったこは先週のことだった

「あのね、梅子(うめこ)、騙されたと思ってさ」

役所で児童施設や相談所を担当している私は、些細な育児問題から虐待まで、ひっきりなしに次から次へと寄せられる相談に、見事に呑み込まれていた

もう、いったい何に悩んでいるのかもわからないくらいにヘトヘトになっていて

感情なんてものは、とっくのとうに無くなってしまっていると思っていた矢先、担当していた児童の虐待事件によって、いまさらながら打ちのめされてしまっていた

気がついていたのに
どうすることもできないまま、二つの幼い命が失われた

私の落ち込みぶりは、自分では気がつかないほどに、表情や所作に現れていたらしい

見るにみかねた友人からのオファーだった

友人は付き合いも長く、私の性格をよく知っている

普通にカウンセラーや精神科医を薦めたところで、なんやかや理由をつけて有耶無耶にしてしまっていただろう

ところが、彼女はうまかった

謎を散りばめ、まるでミステリーかのごとく私の興味を煽ったのである

やたらと細長い謎の男
会って息を吐くだけ

それだけでモヤモヤが晴れるというのだ

本人も二度ほど救われたというし、何より同席すると言っている

それならば、効果の有無などもはや問題ではなく、なにはともあれ、そのあとに酒でも付き合ってもらえばいいのだ

そこで多少の愚痴でも吐けば、それはそれで気晴らしにはなる



何もかもが細長い人間だった
身長は二メートルはあるだろうか

手足も長ければ、顔、この場合、頭というのが正しいのか、とにかく長細い

あとで長髪をクシがなにかで丁寧に撫で、後ろでしっかりと結んでいることに気がついたのだが、最初は、やたらとしっかりとしたオールバックだと思っていた

細長い顔の先に小さめの額から、そのオールバックに続くものだから、もし紅かったなら、まるでマッチ棒のよう

黒、もしくはかなりダークなグレーのタートルネックのようなシャツ、その上に襟のない、まるで学ランのような、これまた黒系のジャケットを羽織っている

よく見れば、ズボンも靴下も靴も黒い

胸もなく、太く、そしてやたらと深みのある声

まぁ、男性だろう

というより、もはや、人間なのかしら、と

死神というのが、もし現実にいるのだとしたら、こんな感じではないかしら

友人の紹介、さらには同席がなければ、けして会うことはない、交わることはなかったはずだ

袋にナニカを吸われてしまってから一週間が経っていた

ふと思い立ち、私から細長男に連絡をとった

自分が抱えている児童も相談させてほしい、とお願いするためだ

簡単ではあるが、その子がどんな状態かを説明した、すると

「その依頼を受けることはできないですね」

なぜ???

虐待されている児童ほど、この救いを必要としている相手はいないじゃないの

なんで???

理由を尋ねると、あまりにもっともらしい答えに、思わず「なるほど」と呟いてしまった

つづく☟



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