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とりっくアート

※ショートショートに挑戦してみました

一人旅というのは、誰にも気兼ねせず自由気ままではあるが、反面、非常に退屈極まりない時間も多い

その退屈こそが醍醐味と感じる日もあれば、今日はその逆、退屈を持て余していた

ふと道中でみた看板を思いだす

ちゃんとは観ていなかったが、たしかその看板には〈とりっくアート〉と記されていた

トリックの部分が、片仮名ではなく平仮名で〈とりっく〉となっていたからか、もしくは、その看板があまり質素でなんの飾り気もなかったからか

そのあたりのことで、なんとなく印象に残ってしまっていたのだろう

トリックアートを主題とするようなテーマパークの看板が、文字だけというのは、なんとも簡素すぎる

看板自体が陳腐なトリックアートになっている看板なら、地方をまわっていると良く見かけるものだが

地方に行くと、トリックアート館なるものが、たいてい存在する

なぜそんなものが、当たり前になってしまったのか?

それはひとえに費用対効果の賜物、産物だという

本当に客を呼べるような美術品を飾ろうものなら、たしかに美術館として成り立つかもしれない

たが、その美術品を飾り護るための建物も、物々しくなるであろう警備も、限られたシーズン以外は客足しも乏しくなる観光地にとって、ときに負債でしかない存在と成り下がる

その点、トリックアートは、誰が描いた?だとか、真作か?贋作か?などと野暮なことは一切問わない、問う必要すらない

なにせ、すべてがニセモノといえば、ニセモノなのだから

どこぞの誰が描いたかわからない〈騙し絵〉を、さしたるメンテナンスの必要もなく、ひたすらに飾っておけばいい

その割には、意外と来場者を楽しませてくれるものだから、気がつけば、観光地における定番のテーマパークになっているという次第だ

タネも仕掛けも驚きも、すべて想定されてしまう範囲のものでしかないが、退屈を持て余しているよりはいい

しかも、子供のときに行って以来、もう二十年以上は行っていない

もしかしたら、デジタル化されて、さらなる進化を遂げているかもしれない

いずれにしても気になってしまったわけだし、その好奇心を満たすだけの時間は存分にある

問題は、そんな風に世の中に三流だと認識されてしまって久しいテーマパークが、ちゃんと存続し稼働できているか、だ

この際、ちゃんとでなくていい
やってさえいてくれたら

受付のスタッフが常駐しておらず、ケータイで呼び出さないといけない仕様であろうと、中がもうボロボロで目もあてられなかろうと、そんなことはこの際、お構いなし、すべて許容の範囲だ

この間など、民芸館なるものに入ろうとしたら、誰もおらず、こちらに連絡を、と、ケータイ番号が記されてあったので鳴らしてみると、聴こえてくる音から察するに、明らかにパチンコ屋にいた

最初は、いやいやながらもやって来て開けてくれたのだが、簡単に案内すると、そそくさと戻って行ってしまった

そのまま開けっぱなしでいいですから、と

よほど、パチンコが気になるとみえる

看板通りに進んでいくと、大きな蔵のようなものが見えてきた

酒蔵のようだ、と思っていると、本当に酒蔵だった

目当ての看板しか見ていなかったが、酒蔵への案内もあったような気もする

そのうち酒蔵見学も悪くないが、今日はとりあえず

酒蔵の少し先に民芸品のおみやげ屋さんのような建物があって……

その先は、何もない

仕方なく道を聞こうと、そのおみやげ屋さんに入っていくと、コケシがたくさん並んでいた

よく見ると、コケシの焼き物のようだ

道を聞こうすると、すでに何人か客がいる

店の人と思われる人は、その対応をしていたので、悪いと思い待っていると、そのままの流れで客のひとりとして対応されてしまった

まぁ、これはこれでいいか……

いやだったら内容を聞いてから辞退すればすむことだし

簡単な説明を受ける

どうやら、だいぶ昔に観光地で流行っていた〈ラク焼き〉の類らしい

ラク焼きとは、真っ白なマグカップなど、ベースとなる陶器を選び、それに専用の塗料でおもいおもいに絵付けをする

それを焼いて、ちゃんと使えるように仕上げてくれる

気軽に陶芸家を疑似体験できるという遊びだ

子供のときに軽井沢で、何度か楽しんだ記憶がある

そういえば、大人になって実家で荷物を整理していたときに、ダンボールの中から出てきたな……

ああいうものは意外と捨てられないし、本当に使うこともない割には、生存率が高い

奥に通されると、そこは教室のようになっており、水差しやら絵の具やらが並ぶ作業台がすでに用意されていた

陶器は選ばないのだろうか?

できればマグカップ以外がいい

あれは丈夫すぎて、また何十年も先にダンボールから出てくることになってしまうしね

どうやら、絵付けをするベースとなる陶器は、すでに机の上に置いてあるという

この水差しのようなものだろうか……

ここですべて合点がいってしまった

それは〈とっくり〉だった


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