鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、…

鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、考えたこともつらつらと。

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

本棚のない文学部学生。

 近年、活字離れがよく取り沙汰されるが、いち文学部生として少し考えたことをまとめたい。  読書を取り巻く現状として、近年よく叫ばれることではあるが、読書という行為自体に割かれる時間がほとんどないという点がある。(以下を参照)  さらに、一般的な文脈上で語られる“ 読書 ”とは、いわゆるビジネス書や自己啓発系の話題作を読む、ということを指していて、小説は含まれていないと感じている。書店の話題書のコーナーに小説が置かれていることはほとんどないし、芥川賞や直木賞が発表された時に

    • バディ。

      「ついに、揃ってしまったね」 バディは性格の悪い悪魔みたいな笑顔を浮かべながら、それでいていささかの悔恨が残るような、感情が混沌と入り乱れた表情を浮かべていた。嘘と現実が混濁して、彼自身もそれが悪い冗談だったのか、本心だったのか、判別ができないようだ。でも僕の方は、なぜかとても堅牢に覚悟が決まっていた。(覚悟と呼ぼれるもののほとんどは、技量というより運命の匙加減なのかもしれない)僕達はこれから、バードストライクを偽ってこの飛行機を堕落させる。航空学校からの約束が、ついに果た

      • 八月の眼球。

        なんや今日、目ェぱきぱきするなって思っていたら、眼球が転げ落ちてしまった。でもそこに痛みはなかったし、視界にも変化がなかったから、それが現実事ではないことは分かった。夢なのかせん妄なのか、何なのかは定かでなかったけれど、害のない妄想の類いだろう。でもその割に、眼球の描写はよくできたスケッチみたいに精緻で、重さもぬめぬめとした感触も、とても現実感を帯びていた。なんや変な気分やな。俺は気分が悪くなって目をぱちくりさせたけど、それは奇妙なくらいいつも通りの瞬きだった。 ぱちくりを

        • 背中の奢り。

          恋と呼ぶほどでもなかった。でも僕と君はあの頃、お互いの背中にその全てを預けきって、静かに襲い掛かる津波を耐え忍んでいた。僕は君を信頼していたし、君も僕をわりに気に入ってくれていた。だから、僕と君がすれ違ったのは、運命の諍いと言う他がない。でも、僕達はすれ違ったきり、二度とは座標が結ばれることはなかった。重力が都合よく引き合って公転するというのは、正直言って奇跡に等しいのだ。それを前提として生きてしまうのが、まったくの奢りに等しいのだ。 つまり、僕は君に恋していなかったのに、

        マガジン

        • 一万編計画
          1,223本
        • Handmade Stories
          4本

        記事

          焼き肉。

          焼き肉を食べるといつも、あぁ自分もこんな風に死ねたらいいなと思う。自分の生きた肉体を余すこと無く、黒ずんだ内臓まで丁寧に下処理を施され、大皿に載せられる。頬張られてしまった方が自然の摂理に叶っているように思うし、あの無機質な箱に収められて焼き付くされてしまうより(地獄の業火にしか見えないあの炎が昔から嫌いだった)、焼き目が付くくらいの温度が丁度いいのではなかろうか。僕は網目を塞ぐ焦げに、いつも羨望の眼差しを向けていた。 僕は時々真剣に、それを行動に移したくなる。だから、網を

          花を殺す。

          今朝、俺はスウェーデンウォッカの瓶に冷凍庫につっこんだ殺風景なそれに)、切り花を移した。こいつは唯一生き残りで、ナデシコだった。他の切り花ははさみで切り刻んでしまって、ある残滓は埃に塗れ、ある残滓は生ゴミと一緒に袋で窒息死をしている。花を殺すことに快感を覚えたのは、ちょうど先月くらいにあった、季節外れの真夏日のことで、汗に厭気が差した俺は青いカーネーションを陵辱してしまった。貞淑な青いお前は、否定もせず俺を受け入れた。それが俺には気持ちがよかった。花は痛いとも辛いとも、生きた

          パンセモ。

          一七九(モ113/ペ69) 人生の形容詞として、歯車はしばしば濫用される。好転することを、歯車がカチリと噛み合うと、不運が襲ってくることを、歯車が狂うと。歯車はまるで人生そのものみたいに語られる。つまり、あなたの人生と何かもう一つの外的な要因が存在していると。 しかし、人生というのはまったく一つのもので、それは歯車ではなくねじ巻きである。あなたは、巻く/巻かないで区切られ、その上に巻くことを躊躇う時期というものが存在する。ねじを巻くことはとても勇気が必要だ。(それはその

          スズラン。

          「君はバラというより、スズランだね」 かつて関係を持った教師は私をそう評した。例に漏れず自分の行いを正当化するクズだったが、数年前に亡くなった。 「バラの方、分かりやすくていいじゃない」 教師は、まるで教え子を諭すように続ける。(言っておくけど彼はみすぼらしいくらいに裸だ) 「君はその棘を隠すじゃないか。でも、好きなんだ。君が持つ、そういう陰湿な美しさが」 彼がスズランのブーケを買ってきた時、私の背筋には氷柱が走った。 「君にぴったりじゃないか」 私は情動的にな

          袋詰の生涯。

          あぁ、やるせない。俺は袋の中で生まれてしまった。なぜ俺が思考しているかは分からない。周りの羽虫はただのたうち回るばかりで、俺の言葉に答えてくれない。酸素が薄くなり、頭がぼおっとしてくる。為す術はない。俺が奇跡的に獲得できた思考をもってしても、きつく結ばれた袋から脱出する方法は思いつかない。 俺は人間を悪いとは思わない。袋の中で蠢く俺たちを見て、人間は蔑みの視線をぶつけた。恐らく、俺たちは忌み嫌われる存在なのだろう。俺たちが何の害悪になるのかは分からないが、わざわざきつく縛る

          顔のない指揮者。

          運命は重奏する。顔のない指揮者が、運命を司っている。僕が停滞している時は、とことん孤独に苛まれるし、僕がとても精力的な時は、スタッカートを効かせてくれる。例えば、いささかの勇気をもって誰かに連絡をすれば、他の人から同じように連絡が来たりする。僕はそれを因果だと思っていたが、どうもそれは違うらしい。僕の中には顔のない指揮者がしゃんといて、運命の抑揚はそのタクトによって司られている。それは、侘しくもあり、愉しくもある。

          光の彼方へ。

          1年ぶりの健康診断で、右の視力が上がっていることが発覚した。僕は元より不同視で、右眼は1ある視力が、左眼は0.1にも満たなかった。 「本当に、何も不便がないんですか?」 医師を何度か逆撫でしてしまったことがある。しかし、生まれつきということもあり、そこにあるべき頭痛や不都合は僕にとって日常だった。つまり、その不都合なるものを追いかけるように知覚することはできないのだ。 記念碑みたいに同じ視力が続いた人生だったのに(右:1.0 , 左:<0.1)、その法則が瓦解した。僕の

          波打ち際の落書き。

          五年ぶりに来た彼からの連絡は、同窓会の誘いだった。名前を見ただけでどこか面映ゆくなるような友人の輪に、私がまだ含まれていることが嬉しかった。それと同時に、五年間の空白が過去をも消し去ってしまったのではないかと思えた。彼と私の交際が、まるで波打ち際の落書きのように、過去から消えているような気がしてならなかった。 彼の家を飛び出して、私は人知れず泣いたことを覚えている。彼は裸になっても堅牢な壁を整備したままで、門番を置いてもくれなかった。私を本当に卑下しているから、彼は害のない

          マゾヒズム宇宙。

          乳房がなる木々を抜ければ、一方通行な無重力がはじまる。電源のオンオフがある訳では無い。乳房を掻き分けて行くのには、それ相応の覚悟がいる。重力と決別をすること。少しの重力で壊れてしまうほどに、身体が脆弱になること。それらを引き受けた君は、くらげになって宇宙へ漂う。脳は壊死して、思考を放棄する。誰もが夢見る無為の世界へ、必要なのは君の覚悟だ。 覚悟がもろければ、無重力はそっぽを向いてしまう。君はひしゃげて、出来の悪いしゃもじになってしまう。少しの怯えも、少しの疑いも、無重力は見

          恋12年。

          恋がウイスキーを追い越してしまった。 シーバスリーガル12年。僕はそのラヴェルを見て、過ぎ去った過去に思いを馳せた。フレンチオークから琥珀色が溶け出す間中、君は感じの良いコロポックルみたいにみたいに僕の心に棲み着いていて、僕が抱いた恋心もかつてから熟成されている。この12年がいささか香ばしいものであったから、とても味のある仕上がりになった。 僕はその700mlを、一思いに飲みきってしまうことができる。君が目の前にいたら、きっとそうするだろう。12年という長い歳月は確かに貴

          都市のキリン。

          「あれは、キリンよ」 徹頭徹尾、キリンだ。キリン以外の可能性を探る方が難しい。道路の、真ん中に、堂々と、キリンが立っている。 「止まらないの?」 熊の胆みたいに、キリンのどこかに用途があるわけでもない。目的の乱獲ができるほど、社会に余裕もない。 「減速、しないの?」 キリンは悠然としていて、時速六十キロですれ違う車に動じる素振りを見せない。見定めているのだ。自分が蹴り上げるべき相手を、見定めているのだ。 「ねえ、写真くらい撮らせてよ」 すれ違う瞬間に、眼を瞑る。

          青いカーネーション。

          無言の愛。僕はそれが好きだ。大好きな君を青いカーネーションに込める。忘れられないあなたを青いカーネーションに捕らえる。青いカーネーションは沈黙で僕を受け入れる。僕は青いカーネーションを、ウイスキーの空き瓶に挿し続けている。 静かな夜、僕は青いカーネーションに接吻をする。舌で会話をする。口づけをして、生き霊の反応を確かめる。LEDライトに照らされながら、僕はオーラルな交流を楽しむ。邪魔するものはいない。交流はとてもスムーズに執り行われる。君もあなたも、鮮明に僕へ語りかける。青