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【映画】今年は本数が少なくてベストが選べないから、観たやつの感想全部貼る【1~6月】

 こんにちは。
 そういう記事です。
 この1~6月編と、後日更新する7~12月編、足して全部で150本くらいあります。
 見出しは 日付/タイトル/監督名/時間 の並び、「★」がついてるやつは、劇場鑑賞作です。
 劇映画から心霊投稿ビデオまで、雑多に突っ込んであります。
 
 それでは、はじまりはじまり。

【1月】

2日『上海から来た女』 オーソン・ウェルズ 87分
 1947年。オーソン・ウェルズはやっぱりすげぇなぁ。暴漢から助けたのが縁で弁護士夫妻にヨットの船員として雇われた男が巻き込まれる陰謀。
 最後はちゃんと勘定が合うもののこれはサスペンスとは思えない。ニヘニヘ笑う汗まみれの男、理屈に合わぬ依頼、2つの異国、笑いの絶えない法廷。一種の不条理劇のような趣きであり、そう考えるとヌッと現れる水族館や遊園地、ラストの鏡の演出などの異様さも頷ける。
 勘定合わせのための無理も散見される筋書きだけど優美かつ華麗な演出とカメラワークでそのへんはチャラといったところ。62年前で制約もあるだろうに今の映画より圧倒的に贅沢で困ってしまう。これはもう今とか昔とかじゃなくオーソン・ウェルズの才能としか言いようがないのだろう。ちょっと変わった豊穣さを持つ怪奇映画だと思った。皆が褒める鏡のシーンよりヒロインの顔を斜めに捉えるヨットのシーンや「サメ」の語りなどの方が印象に残る。




3日『ひみつの花園』 矢口史靖 83分 
 1997年。優勝。子供の頃からお金だけが大好きな主人公・鈴木咲子。お金を数えるのが好きだから銀行員になってみたはいいがコレって人の金だしなぁ~と虚しく思っていたら、からはじまるノンストップ脱力ハイスピードコメディ。あとの展開は何も知らずにご覧ください。
 とにかく主人公のメンタリティが「お金」だけであり、恋愛にも友情にも家族にも終始、人並みを下回る興味感情しかないのが最高で、お金のためなら正攻法でコツコツ何でもするし貯め込んだお金も湯水のように使ってしまう(矛盾!)様が押せ押せで展開していく。しかし主人公はのんびり系のなんだか間の抜けたキャラなのでガリガリな守銭奴物語ではなくホンワカ成功物語みたいになっちゃっているのがさらに輪をかけて最高。
 とにかく前向きで大概のことはうまく行って不幸になる人がいない(若干死者が出るがまぁそれはそれで)という明るくハッピーな映画であった。たまに雑な特撮が挟まるのもまたこの作品にピッタリ。それは違うやろと言われそうだけど今敏『千年女優』を思い出す。トリャーッと疾走する物語×能年玲奈をもっとアホにしたような西村尚美の素晴らしさ×ムダはないのにハッとさせる映像がゴロゴロ転がっていく最高の逸品。観ると元気になれます!




7日『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』 セルジオ・レオーネ 165分
  1968年。タイトルの意味は、『昔々、西部で』。他に書くことは何もない。

※心から愛する映画がまさかの全長版で劇場公開。記事のヘッダーもこの映画です。「これを観たため、今年はもう消化試合です」と冗談半分で書いたけど、まさかこういう年になっちゃうとはなぁ。





16日『たちあがる女』 ベネディクト・エルリング 101分
 2018年。な、なんだこれは。こんなやわらかな邦題で爽やかなポスターだけど原題は『戦争のただ中の女』。アマチュア合唱団の先生をやりつつ、「地球を壊すグローバル企業!! それを誘致する政府!! 許さん!!」と実力行使(破壊行為)をやっている女性。そんなある日、数年前に出した外国の孤児の養子申請が通ってウクライナの女の子を引き取ることになったのだが……
 変な言い方になるけどとんだ「食わせもの」な映画である。主人公のマジメな環境テロリストっぷりを観ていると100%本気な映画にも見えるし、それにしてはBGMを担当する楽隊・合唱隊が本編中に出てきて(?)主人公と目が合ったり音楽を促されたりする。そんなふざけた演出にしては物語は政治的でサスペンスフルだし、でも「政府による盗聴を恐れてスマホは冷蔵庫にしまう」なんてシーンがあるので主人公がマジにしてもマジすぎてどんな顔で観てよいのかわからなくなってくる。
 ただそんな奇ッ怪な作品であるにもかかわらず(またはそれゆえに)、破壊行為からはじまり世界の終わりの匂いすらするラストまで目か離せない素晴らしさに満ちている。主人公の本気な内面世界と外の世界とのスリリングな対立とズレを描いているとも観てとれる。そういう意味では頭から尻尾まで「マジ」な映画であった。これだけ曖昧と確固たるものが平然と両立してるのはすごい。グレタさんに捧ぐ。




17日『ドラゴンボール超 ブロリー』 長峯達也 100分
 2018年。その昔、秘めたる力を疎まれ惑星ベジータから追放された赤子・ブロリー。荒廃した星で父親と共に暮らしていた彼は悪の帝王フリーザに拾われ一路地球へ。そこで孫悟空&ベジータのコンビと戦ドゴァッドゴアッヌアアアアーーー!!!!ボゴォッボゴォッビシュビシュビシュビシュデヤァーーーーッ!!!グォアーーーーーッッッ!!!ドゥアアアアア!!!!!!!ドゴォンドゴォンドゴォンドゴォンドゴォンズガァンッウオオオ!!!!
 無限の強さ比べ=パワーインフレなど揶揄されがちなバトル作品その最右翼であるドラゴンボールがとうとう「パワーインフレがどうしたというのか」と完全に開き直ったどころか開きすぎて裏返しになった超絶弩級のしばき合いアニメ。
 前半こそアリバイ作りのように設定とストーリーが展開されるが驚嘆すべきはその後半。若干の休憩を挟みつつ戦い続けブロリーvs悟空&ベジータ双方がとにかくパワーアップを繰り返しほぼ無尽蔵に戦闘が続くという素晴らしく潔いバトルが繰り広げられて脳が痺れて激ヤバである。
 そのバトルのスケールの広がり方と手数の多さ描写の豊富さにも度肝を抜かれる。よくぞここまでと感嘆するほどに動きまくり大地は割れ山は消失しマグマが噴出ついには亜空間すら出現。『マン・オブ・スティール』でマネッコされた高速戦闘描写だったがこちとらアニメだ。アニメでしかできぬ描き方で進化・深化しホンモノの貫禄をこれでもかと見せつけてくれる。ただただ気持ちよくてここまで気持ちよくていいのかと不安になるレベル。
 これだけでも充分にカルト的な作品だがドラマパートの編集のキレが悪いのが惜しい。もうちょいパシパシ進んで10分短かったら観た者全員が失禁するような代物になっていただろう。これが日本のアニメだ、とちょっと国粋主義者になりそうになる、そういう狂ったテンションのアニメだった。これが全国公開されたって事実がすごい。




『ほんとにあった! 呪いのビデオ』[86] KANEDA 76分
 2020年。つらい。とてもつらい。つらいものがある。個人が部屋の隅に置いたものを「シリーズ監視カメラ」でまとめていいものかとは思うが控えめな音と控えめな怪異で控えめながら悪くはないぞと感じたもののそこからショ~ン……と萎んでいく86巻。本当は76分あるよ。
 相も変わらず面白くも怖くもない短編に面白くも怖くもない長編。「煽り運転」の流行りを取り入れる速は気に入ったがこの素材にしては、という印象。そもそもがどれもこれも説明をくっつけすぎでオッと感じても後のナレーションで因果や理由が登場するので興醒めもはなはだしい。
 前述の自室監視カメラと長編の箱アタックシーンだけは痛快であったのでそれだけが救いだけど、ワークショップのスケベ講師とスタッフのネチネチしたやり取りなど時間を食うだけ食って不快になるばかり。あと有識者の方はキャラは面白いのだが話が長くダレる。ハンド(指)サインの意味あいなど誰が長々と聞きたいのというのか? とは言えこれは有識者氏ではなく話をカットしない人の責である。
 99年からずーっと観てきて20周年を数えもう数本で全通算100作、あと14本で前人未到の100巻に届かんとする歴史ある本シリーズがここにきてこの体たらくというのには哀しさを越えて悔しさが沸いてくる。もはや惰性で観るしかないと割りきっているが、まさか次巻も、演出はこの人のままである、とでも、言うのだろうか……




19日『呪われた心霊動画XXX NEO』[3] 76分
 よし! とりあえずはよし! 不満もあるけどそれなりによかったのでよしとしたい。まず収録作が4本しかないのが不満。心霊DVDなら6本は欲しい。で、数が少なくてもその1本1本に3本分くらいの強さがあればオールOKなのだが、「屋上」以外のやつはまぁ1本分くらいの強さなのでやっぱり物足りなさは残る。
 ニコ生で起きた怪異はたいしたことは起きてないものの生放送だった映像ゆえ臨場感があり○。「呪い部屋」はちょいと長いし壁に浮き出る顔面はチャチいけどカップルのナチュラルさと虫の声がスウッと消える怖さ、写真だらけの部屋というインパクトでカバーされてて○。ラストは他ビデオとのリンク性を重視するあまり本陣たる怖さが薄くていまひとつながら画像の乱れで鼻/首から上が見えないというイメージが○。とまぁそこそこのビデオが並ぶ。
 抜きん出て(※4本しかないけど)よかったのは「屋上」だった。階下にいる変な女を撮影するがちゃんと撮れないという引き込み方からはじまり、そして発生する理不尽でわけのわからぬ現象。後日の映像は蛇足だとは思ったが、このわけのわからなさが最高だったので総合的には「よし!」となった。なお本作は字幕による説明が過多だったので、XXXチームさんにはあまりスケベ心を出さず、1本1本の映像だけでゴツンと怯えさせるような代物のチョイスをお願いしたいところ。4も期待してます。




22日『心霊×カルト×アウトロー』 谷口猛、大平彩華 79分
 2018年。よかった。失踪した仕事仲間が映った妙な動画について調べてほしいと依頼された東京在住の心霊ビデオ制作会社。動画が撮られた福岡と本社の東京を往復しつつその動画(※オバケよりまずいものが映っている)について調査を進めていくが……
 北九州をメインの舞台にし、ヤンチャな奴らの横の繋がりを噛ませて織り上げていくオカルト/アウトロードキュメンタリー。様々な手法で「心霊DVD」の新たな地平を開拓せんとしている野心的な人物・作品は多いが、本作は「ヤンチャな奴らの存在感」と「裏社会」、この2つの車輪でもってかなり厚みのあるリアリティを与えることに成功している。イイ顔してる取材組・協力者・証人たち、北九州というオーラ漂う街。それらのおかげで、オカルトに止まらず本格的に「ヤバい」ものが横たわっているらしいこの事件が実に生き生きとデンジャラスに立ち上がってくる。
 ジャンプカットの多用はいささか気に障るものの編集はピシピシと小気味良く無駄がない。このタイトルにして三題噺の要素が少しずつ物足りなく思う部分もあるが、茫漠として輪郭しかわからない、わかりそうでわからないけど考えたらわかりそうな(もう2歩くらい深入りしてほしいか)真相も、個人的に大変好ましく感じる。この事件を、とは言わずともこのチームでまた別の取材作品を作ってもらいたいと切に願う。好きっちゃ! 北九州!!



22日『フォードvsフェラーリ』 ジェームズ・マンゴールド 153分
 2019年。いやぁよかったよかった。イタリア・フェラーリ社にナメたマネをされたアメリカの大衆車カンパニー・フォード。「あっちが勝ち続けてる24時間レース『ル・マン』でこっちが優勝しちゃれ!」と立ち上げられたレースカー部門、元レーサーのシェルビーと頑固一徹カーキチ野郎ケンが、背広組のいやがらせをかわしつつ打倒フェラーリに挑む!
 いわゆる「ワン・パーフェクト・ショット」や目を引く構図とかで見せる作品ではなく、小気味良い編集とリズムと音響(音楽)で牽引しまくる作品。映画の中に出てくる的確なシフトチェンジのようにピシピシ小気味良く刻まれるような流れに身を任せて150分があっという間だった。それに合わさるのは背広組の邪魔は入れども痛快に進む物語と役者連中のどっしりした演技。出てくる男衆は一部を除いてみんな物理的にもどっしりしていて重厚だし、その間を縫うように悪態をつきながらスッ飛ばしていくケンの細い身体がまた印象に残るのだ。
 無茶を言う背広組に現場組が時に苦渋を舐め時に反抗しながらも「やるべきことをやる」ことの尊さを高らかにうたうお仕事がんばろうぜ映画でもあるし、歴史に隠れた人間たちにスポットを当てる物語でもあり、また男の熱い友情ストーリーでもある。贅沢。腹に溜まる感じよりも一種の軽やかな余韻の残る、いい映画です。



24日『工作 黒金星と呼ばれた男』 ユン・ジョンビン 137分
 2018年。いやぁ、面白かったなァ……。90年代、北朝鮮の核開発を調査すべくやり手ビジネスマンとして北の上層部と接触を持たんとしたスパイ「黒金星」、しかし野党が政権交代を捉えた本国韓国側にも謎の動きが……。スパイや起きる各種事件は実際のものだが本作そのものはフィクションと銘打たれている。
『義兄弟』『鋼鉄の雨』などに連なる南北融和モノでありつつ、北の底知れなさや怖さ良くなさにきちんと触れながら、同時に娯楽性もたっぷり見せつける政治/スパイサスペンスで、さらに現代韓国史にも触れられて、なおかつ男と男の熱い友情物語でもある。驚くべきはこれらの要素がバラバラになっていず、うまく混ざったあんかけ焼きそばのように(どんな比喩だ)綺麗に絡まっていることだ。
 導入部がもたつくのと、テンポを出すためだろうがカチャカチャした編集がいささか気になりはするものの、スパイ→陰謀→陰謀阻止→その後、と移り変わりゆく緊張感を持続しながらどんどん尻上がりに面白くなっていくのがすごい。アクティブにうさんくさい奴をやらせたら天下一品のファン・ジョンミンと、別作では彼の宿敵だったイ・ソンミンの感情を押し殺した演技が響き合って最高だった。アクションからシリアスまでどんどんやっていってる、好景気に沸きまくる韓国映画の余裕が感じられる。いいなぁ、予算があるって……。




26日『九十九本目の生娘』 曲谷守平 83分
 1959年。日本のチベット(作中表現ママ)、岩手の山奥に、奇怪な因習を持つ集落があった! 10年に一度の忌まわしい儀式が失敗した時、惨劇の幕が開ける! ……みたいなあらすじからするとゲテモノ映画だが実は旧文化と新文明との軋轢、そして一握りの情愛を描くまあまあ真面目な映画。
 血なまぐさい儀式ではあるのだが「狂った部落(差別用語に非ず)」ではなく、以前村と対立したがゆえにどうしようもなくそれに囚われているという描かれ方をしているのが結構丁寧に感じた。むしろ山を降りねばならぬとの掟を「馬鹿馬鹿しい。祭りは皆で盛り上がるべきですよ」と一蹴する神主の方が頭が固く見えさえする。まぁ儀式のために人を殺すのはメッチャまずいけど、それはそれとして。
 終盤は儀式と平行してまさにムラvs文明(弓・岩石と銃!)の戦闘映画と化すダイナミズムがすてきである。人間味ある描写をされる部落の人々と、軍隊の如くズンズン進んでくる警官隊。罠まで出てきてベトナム戦争を先取りしたかのようだ。まだピチピチで同じく新東宝の「海女映画」に出ていた頃の菅原文太もいるがあまり目立っていない。教科書のような怪しさと道理がわかる部分を両面併せ持つババアと、村の掟に拘泥しているが狂ってはいない長が好演だと思った。



28日『守護教師』 イム・ジンスン 100分

 2018年。ぼくらのマ・ドンソク、今度は元ボクサーの高校教師となって、社会の暗部と絡む女子高生の失踪事件にでっかい体で迫る。
 韓国映画にしては99分という短さを見ればわかる通り、田舎コワイサスペンスではあるもののバイオレンスやアクション、ドロドロ性の薄い、全体にあっさりと仕上がっている。トリッキーな展開も用意してあるが登場人物は少なく、悪い奴は悪い奴でいい奴はいい奴というわかりやすさ。女子高を舞台にしながら世界観が狭いのがもったいなく、韓国的濃縮還元モードを期待しているとアレーッと感じるかもしれない。
 しかし本作のキモはやはりマ・ドンソクなのである。仁義にもとる相手を殴っちゃうドンソク、女子高に配属されてとまどうドンソク、UFOキャッチャーではしゃぐドンソク、不器用ながらやさしいドンソク、そして圧力を受けながらも人としての道を(主に拳で)通す怒れるドンソク……。近年多い「マ・ドンソク映画」の1本でありつつ、その中でも一番見やすい作品かもしれない。マ・ドンソク性に負けぬ強い女子高生ぶりを発揮するキム・セロンの演技もシャープ。『犯罪都市』でドンソクにしばかれていたチン・ソンギュが再びしばかれている。




30日『CATS キャッツ』 トム・フーパー 100分
 2019年。名作と名高いミュージカルの映画化。ロンドンの街の隅に捨てられたヴィクトリア。その夜は奇しくも「生まれ変われる」猫を選ぶ、野良猫たちの舞踏会。様々な猫たちと触れ合いながらのパーティーの裏では、魔法を使う悪い猫が生まれ変わりを狙っていたのだった。舞台版を未見のまま感想を書くことをお許し願いたい。
 本作は「すごい映像技術」と「ダンスと歌を見せることに絞った脚本」と「すごいダンスと歌」が、見事に噛み合わずに生まれた逆・奇跡のような作品である。舞台演劇とは元より「作りもの」テイストが強い。その手作り感も含めて観客は「そういうモノ」として鑑賞しつつ、それでもなおガッチリ心奪われていく。だが、映画はその「作りもの」テイストは相対的に薄い。さらに21世紀のすごい映像技術は「猫を演じる人間」ではなく「人のような猫」or「猫のような人」を現出させてしまった。気持ち悪いのではない。見たこともない何かが、あまりにリアルに存在しすぎているのだ。顔がメッチャ人間のままなことも「これ猫? 人?」感に拍車をかける。もはや人でなく猫でもなく「ヒトネコ」という生き物である。リアルであることはリアリティを担保しない。あるいは、このビジュアルの凄さを受け止めるには人類はまだ若すぎるのかもしれない。
 この「ヒトネコ」がヒトネコとしてドラマを紡いでいけば、あるいはそういうモノ、そういう生き物、そういう世界観として観客も徐々に受け入れていかれようが、この映画は歌とダンスを見せることに絞ってドラマが最小限になっている。舞台版の通りなのかもしれないが、これは映画なのだ。説明もなしに観客はロンドンのヒトネコが跋扈する裏町に放り込まれる。そして説明も台詞もなしに歌とダンスが始まる……。舞台演劇であれば生身の肉体が跳ね踊りナマの歌声が「ちょっと不思議なビジュアルだけど、俺はここにいるぞ!」と問答無用で主張できよう。だがこれは映画で、スクリーンという薄膜がある。「なんか見たことのない生き物が画面のあっち側で歌い踊る」様子が目の前に立ち現れる。
 さらにここでヒトネコたちはよく歌いよく踊る。猫のような動きと人のような表情と共に。ここでさらに映画は「なんか見たことのない生き物が画面のあっち側で朗々と歌いグルングルン踊る」の領域に達する。この上に「あまりになまめかしいヒトネコたちの肢体」「よくしつけられたゴキの隊列」「背景やセットと猫たちの比重がかなり間違っている」「歌い手(ヒトネコ)の顔をじっくりと映しすぎるカメラワーク」などが加わる。私たちは全く未知のゾーンに引きずり込まれることになる。アニメでも実写でもないが実写にしては見慣れないナニカが、華麗なる歌と踊りだけを伴ってこれでもかと繰り広げられることによって、私たち(特に舞台版を知らない者)の脳はバグる。
 ストーリーやキャラが(映画としては)通りいっぺん以前にあまりに薄味に過ぎたり、前述の「歌い手を捉えすぎるカメラ」などの問題点もまたこの異様さにひと役買っている。「映画としての旨味・強み」に乏しいのも問題であろう。要約すると、話がよくわかんねぇうちに、見たこともない人間に似た猫要素の強い生物が、メッチャ歌いメッチャ動きメッチャ踊る映画である。なかなかに得難い劇場体験だった。




31日『パラサイト 半地下の家族』 ポン・ジュノ 132分
 2019年。ウワーッ……ちょっとビックリするくらい面白い……と言っていいものやらわからないが、面白かった。半分地面の下にある部屋に住む貧乏一家。ある日長男が掴んできた超絶金持ちの家の家庭教師の仕事を一端に、姉父母もスルスルスルッとうまいことその家に入り込んでしまうのだったが……
 脚本も映像も演技も何もかもが素晴らしく磨き上げられているものの、「どうです、よくできているでしょう」的なイヤラしさ一歩手前で踏みとどまっている。なのでたとえば脚本の編み上げられっぷりとか「上/下」の動きとかをここに書くと途端にこの感想が賢しげでイヤラしくなってしまうという罠が仕込んである。そんなわけで、「観てもらえればわかる」としか記しようがない。観て絶対に損はしません。
 みんな大好きソン・ガンホ(トーチャン)は今回も見事だが、姉に弟にカーチャン、金持ちサイドのご家族と他の方々の演技も際立っていてしかもそれぞれに演技で競い合うのではなく不穏なハーモニーを奏でている。嗚呼、久しぶりに「全部良すぎて書くことがない」映画だ。お金がない人もある人も必見の映画。冒頭のWi-Fiを探すシーンは似たような経験があるので身につまされまくった。

【2月】

3日『コンジアム』 チョン・ボムシク 94分
 2018年。うむ。韓国最強の心霊スポットと呼ばれる精神病院「コンジアム」、そこに動画配信によるゼニ目当てで突入したボケナスどもが予想×期待通りにひどい目に遭う、フェイク・ドキュメンタリー&POV風味の劇映画(「編集者」が存在しないため)。「コンジアム」は実在の場所である。バチアタリ!
 韓国映画はとにかく娯楽をやるからには頭から尻尾までガッツリやる癖がある。しかしこと本作のようなホラーとなると、その大盛り感によって「ご、豪華~! 豪華な怪奇~!」みたいなお得感が生じてしまい、恐怖が薄れてしまう。ビックリホラーであることは承知だが舞台と出てくる小道具が魅力的であるがゆえに、ここまでやっちまうとなぁ。あと充実した撮影が「出来すぎ」ていて、綺麗に収まりすぎている。ホラーであれば観る者を揺るがすなにがしかが一発欲しい。
 ナンパなチャラ野郎どもが病院に着くまでのお遊びタイムがたいそう長いのだが、ナンパなチャラ野郎どものはしゃぎぶりがリアルで「チッ……」程度に適度にヘイトが溜まるので割と好きである。ただそれにしては彼らが遭遇する「ひどい目」があんまりひどくないので(個人の意見です)ちょいと物足りなかった。リッチだけどそれがゆえにおとなしすぎる、ライトな人向けのホラーだと思った。




4日『隣の影』 ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン 89分
 2017年。それぞれに問題を抱えた隣人同士。「おたくの木の影が庭にかかるんですけど」というプチ揉め事ではじまり、坂を転げ落ちるように悪化していくお隣さん抗争の行方を描く、ステキな北欧イヤ話。
 映像や演出に新味はないものの、抑制されて語られる双方の家庭環境を背景に、ちょっとしたひずみと被害妄想と自分可愛さが最悪へと向かっていくのを「そういうこと言うな!」「心療内科に行かせろ!」「お前は落ち着け!」「バカ!」などと感じながら、地獄が煮詰まっていく様子をただただ眺めるしかない最高……じゃなかった最悪の脚本映画。次男の家庭のくだりがもう少し本編に絡んでいればもっとよかった。
 お話の組み立て方とそれを作り上げる人々の造形が本当にイジワルで、しかも説得力のあるやり口なのでタチが悪い。たとえばある人物の「誘拐」以降のくだりなんてもう本当に最低で最悪なのに、その人物のことを考えるともちろん本人の悪さもあるけど「家族がケアをしておけば……」と数ミリ思ってしまうのである。アホとろくでもない人たちばかりなのに、根っからで改善のしようがないアホやろくでなしではない、でもこうなっちゃう、という皮肉。いやぁ~これはよくないなぁ~、よくない映画です!




7日『ホール・イン・ザ・グラウンド』 リー・クローニン 90分
 2019年。諸事情あって小学生の息子を連れ田舎の一軒家に移り住むことになった母親。謎の婆さんや新生活に馴染めない息子を心配に思っていたある日、森の中で見つけた大きな穴を見に行ったとおぼしき息子の様子が…………
 知人が少しと謎の老夫婦が出てくる以外は、家・森・学校を行き来するだけのミニマムな作品で、そのミニマムさが途中まではいい具合に機能している。『ババドック』あたりに連なる育児つらいmeets疑心暗鬼映画として、息子がおかしいのか母親がおかしいのかの緊張感を保ちつつ、60分過ぎあたりまではなかなか魅せてくれる。目を引く演出はさほどないけどハッタリが空回りする部分もなく、どっしりした怖さがある。食事からの「遊びましょう」のシーンなんてゾクゾクしてしまった。
 そこからの「タネ明かし」のウ、ウーン、それかァ~、っぷりでかなりションボリしてしまうのは事実なのだが、最後の最後の割りきれぬ、いやな感じがなかなかによろしかったので、「よし」という気持ちになった。尖った部分はないけれどふぬけた部分も少ない、ウェルメイドな90分弱、面白く見せてくれる作品。




7日『ベテラン』 リュ・スンワン 123分 【再見】
☆20年2月7日再見:当時ファン・ジョンミンを知らなかったので「一見特徴のない顔立ち」などと書いていて恥ずかしいものがある。腹の立つ展開が割り込んできても即解決する展開の転がし方が素晴らしい。チームだけでなく買収を突っぱねた上に署まで来てハッパをかける奥さんが痛快。ケガ人は大勢出るが、実は死者が出ていない。終盤唐突にあの人がカメオ出演する。 




9日『ネメシス』 アルバート・ピュン 95分
 1992年。そうそう、こういうのですよね、こういうの……。人間が身体の一部を機械化することが普通になった2027年の地球。半機械のボディで犯罪者を追う捜査官が世界を覆おうとする陰謀を追うSFアクション。
 とにかくドラマは最小限、設定も最小限で命は安く、銃撃戦×爆発×肉体言語の三段重をどんどん食べさせていく潔くイキのよすぎる作品で気持ち良かった。この爛熟ぶりは92年というよりか86年っぽい(伝われ)。廃墟と、南米か東南アジアあたりで撮っているとおぼしき安手のロケーションだがその分アクションのサービス精神が旺盛で、若干人権を軽視しているような場面が頻発するし、「どうじゃ、かっこええやろ」と言いたげなショットが自分の中のティーンの心にバシバシ食い込んでくる。行きあたりばったり感しかないストーリー展開もこの「かっこええやろ」っぷりを見せつけられたら(そんなに)気にならない。
 女戦士やテロリストが登場しおっぱいが出たりするのだが、男性への媚びやお色気性がまるでないのが素晴らしい。女に負けじと男も脱ぐし尻も出す。舞台の泥臭さもあろうが、サイボーグSFながら男女ともに生きた肉体の香りが強く漂っていて、それゆえに破壊された時や分解されるシーンの衝撃が強く押し出される。本筋とはまるで関係のない、「婆さんがでかい銃をブッ放して毒づく」場面の無駄さも好き。無駄とはつまり贅沢のことである。完成度が高いとは言えないが「完成度が高い/低い」云々というヤワな意見を消し飛ばす、愛すべき映画だと思った。




11日『大脱出3』 ジョン・ハーツフェルド 97分
 2019年。まぁこう、さほど、書くことがない感じというか……。監獄建設に関わっていた会社の令嬢が誘拐され、自身のパートナーもさらわれたスタローンが、ダチのバウティスタ、令嬢と親しかった男2人を引き連れて監獄へと殴り込む。なので「大脱出」というか「大突入」ですかね……
 前作にあったトンチンカン近未来刑務所はなくなり、さらわれた人を助けに悪党をしばきに行くというシンプルな筋書きになったはいいが、お話も(一部を除く)アクションも設定もキャラも、全体にしぼんだパンケーキみたいなボリュームのなさで、それをさみしくモソモソ食べてるような気持ちになる。これなら前作の「なんだこりゃ?」と思いながらの鑑賞の方が楽しいと言えば楽しめる。
 そんな中ブイブイ言わせていたのが中国からのゲスト、マックス・チャン。傘アクション、垂れる髪、ウインク、指差しからの指クイッ、かっこえぇ構え、そしてしなやかなる肉弾戦。すごい炸裂弾をぶちかましながらノシノシ歩くバウティスタや敵に説教しながら一方的に殴り続けるスタローンにも大御所の重みはあれど、マックス・チャンがいなければもっとパンケーキは悲しくしぼんでいたであろう。マックス・チャン偉い。もう一人の中国人俳優がなんで出てきたのか全然わかんねぇのだがそれはそうとマックス・チャン偉い。
 中国マネーで作られてるのは別にいいしマックス・チャンを呼べたのは僥倖なのだろうけど、どうも薄味でペラペラで、「ライトに観れる」にしてももう少しこう、ねぇ? マネーパワーでもっとこう面白くならないものであろうか。まぁ4が出来たら一応観ますけど……




12日『13日の金曜日 Part3』 スティーブ・マイナー 96分
 1981年。Part2のラストにて死んだかに見えたが、どうにか生きていたジェイソン。ようやっとトレードマークのホッケーマスクをつけるようになって湖にやってきた男女を再び血祭りにあげていく。
 1の監督が再登板したことで、なんだかほのぼのしちゃった2から、演出も撮影も格段に引き締まっている。だがグロがトム・サヴィーニじゃないことや森の暗さや深度が浅いこともあるのか、1にあって2にもほんのりあった「呪われた」感じというのは失われ、よくも悪くも普通のスプラッタホラーに仕上がっている。しかも本作、3D作品として作られたので「ほらっ! 飛び出しますよっ!」ってなショットが頻発して、もちろんDVDで観ると飛び出さないので「あぁ、映画館では飛び出したんだろうなぁ」としみじみしてしまうことになる。予算も少ないのかどうもちんまりしていけない。
 とは言え洗濯物を使った焦らし(『ハロウィン』だ)や、納屋での反復を使うシーン、あと1への見事なまでの目配せなど見所は多い。きちっとホラーをやっている印象。しかし今観ると、清純な女の子が生き残るのは定石だとして、非リア充の小太りの奴がエッチな雰囲気になるでもなく殺される(致命傷を与えられる)瞬間ナシに退場させられるということに深い悲しみを覚えてしまう。ホッケーマスクを持ってたのは彼なのに、バージン少年はいいトコなしで死ねということか!




12日『劇場版 騎士竜戦隊リュウソウジャーvsルパンレンジャーvsパトレンジャー』 渡辺勝也 58分
 2020年。大変楽しめた。幽閉されていたギャングラーが解放され、騎士竜たちが能力の源として取り込まれたことから、ルパレン&パトレン、リュウソウジャーたちが力を合わせて戦う久しぶりの「劇場版」。
 お宝を探すノエルと婚活キャラカナロ、そしてリュウソウ組の蛮族的性質という便利要素(こらっ)をうまく使った、遭遇からの共闘の流れが強引ながらもものすごく心地よい。ルパパトの登場も、先輩風を吹かせるのではなく1年彼らが培ってきた物語の厚み(正しいと信じることと大義の対立)をたっぷり感じさせた上でリュウソウジャーと共鳴させていてよかった。
 アクションも生身や各戦隊ごとのカラーを打ち出したモノに止まらず「武器交換」まで繰り出してくれて心踊るばかり。欲を言えばルパパトのテレビで導入されたあのものすごいカメラワークのアクションをもう少し長く観たかったか。後日譚としてのルパパトの「仲良くケンカしな」な関係性もファンとしては胸熱。コンパクトながらネタも豊富で、vsモノではベスト級の出来だったと思う。目ん玉飛び出るダンスについてはキラメイジャーの方の感想にて……




12日『魔進戦隊キラメイジャー エピソードZERO』 山口恭平 30分
 2020年。もうすぐ始まる新戦隊・キラメイジャーのエピソードゼロ、というか悪の組織の侵攻から、地球における赤を除いた4人のメンバーの集合までを描くお話。戦隊VS映画のオマケのような位置だが、ガッツリ本編と言ってよいのではなかろうか。
 男2女2、それぞれがアクション俳優とゲーマー/陸上選手と外科医と、身体を使う/手先が器用で半々なバランス、そして赤は「絵を描くのが好き」という大変珍しい文化系キャラというのが興味深い。ただ、これだとテレビ放送は「赤の加入」からはじまることになり、はてここまで映画館でやっちゃってえぇのかしら? というくらいまで語ってしまっているのだけど、どうなるんですかね。youtubeで配信とかしてあげてほしい。
 さすがにこれで30分やるには長いよなと思ったり、姫様の顔がキカイダーみたいで映るたびに「キカイダーみたいだなぁ」と頭をよぎったりしたものの、それらの不満もオーラスにおける、「キラメイジャーと『キラやば』……同じ!」と言わんばかりな問答無用のニチアサ全員完全大集合ダンスによって押し流されてしまうのであった。バンダイが玩具部門の男女の別を無くしたのと呼応したような、数年前までは考えられなかったこのコラボにちょっと唖然としながらも、新時代の到来を見た。次はプリキュア映画に戦隊orライダーの客演ですよね!
(☆筆者「この心配なゼロ話からこんだけ面白くなったんだからすげーや」)





18日『スマホを落としただけなのに』 中田秀夫 116分
 2018年。だれでもわかる、インターネットはあぶないからきをつけようサスペンス。スマホを忘れた彼氏のせいで、恋人同士がえらい目にまきこまれるぞ! みんなネットはちゅういしてつかおう! 原作未読。
 近年の作では深い失望しか与えてくれない中田秀夫監督作の中で言うなら、説明山盛りでハイパーDXかったるくて登場人物がみんなしてひどくばかな点を除けば、まぁまぁ、まずまず、それなりに、「ただ一切が過ぎていきます」的に観れる、と書こうと思ったのだがやっぱりつらいッス! つらいッス! 「インターネット雑知識」とか「ネットでやっちゃいけないこと その1」とかが積み重なっていって、さらに後半説明祭りとかが加速ついてくるあたりから心身に蓄積したダメージが効いてき気がついたらこめかみを押さえていたりした。
 軽めのサスペンス原作を、今をときめく(死語)役者たちを集めて限りなくわかりやすくサッと仕上げたはいいがサッと仕上げすぎて味付けもなんにもねぇしこれ麺が伸びてるよね、みたいなそういうやつ。ただ理解不能な演出やら場面はなく(全部説明してくれるので)、救いようのないダメ映画ってのではない。その代わりに突っ込みながら観るにしてもいささかぬるい内容であります。他に書くことはとくにないです。




19日『果しなき欲望』 今村昌平 100分
 1958年。おもしろかったァー。10年前に埋めた軍医局からくすねたモルヒネを掘り出しに来た男4人と女1人。ところがその土地にはガチャガチャと町ができ、モルヒネの真上には肉屋が建っていた……5人ははす向かいあたりの空き家の床下から横に穴を掘ることにしたが。
 監督・今村昌平でキャストが殿山泰司、西村晃、小沢昭一、加藤武、渡辺美佐子という、それはもう欲望と策謀たっぷりの煮込み鍋になりそうなメンツだか観てみると存外に快調で軽みがある。土と泥にはまみれてもちろん仲間割れも起きるが全体にはネッチョリした感触はなくアメリカ映画のような乾いたトーン。でもこれはこれで面白いのだ。
 因果応報・勧善懲悪(?)な内容の娯楽犯罪映画でありながら他方、キャスト陣の存在感によって簡素な「娯楽映画」に収まらぬ熱っぽさ、汗ばんで熱に浮かされたような空気がある。キャラクターがみんなして生き生きしているので生々しいのだ。殊に渡辺美佐子のたくましさと小沢昭一のねじくれ具合がステキである。戯画化したような漫画みたいな上/下の描写も巧みで濃密な代物ではないけど大変に楽しめた。




20日『永遠に僕のもの』 ルイス・オルテガ 118分
 2018年。不満は多少あれど、楽しめた。70年代のアルゼンチンに実在した反社会的性質の連続強盗・殺人犯の美青年を描く。原題は『天使』
 主人公は虐待や契機もなく、ごく自然に「他人の物なんてないもん。欲しいものはもらってなにがいけないの?」と感じていて、他人の家に忍びこみモノを盗み、それをしれっと女の子にプレゼントしたりする。そんな倫理観がポコッと抜けている美青年が、同級生で盗みもやっている青年と知り合い、さらなる「悪」を開花させていくがその見境のなさに青年がビビっていく、というお話。
 不謹慎上等で言えばかなり美味な設定であり、俳優も美しく、映像の色味も綺麗で、アッと思ったらすぐ銃を撃つ主人公の躊躇のなさにもときめいてしまうのだがしかし。肝心のその主人公はもっと美麗であってほしかった。いや本人は綺麗なのだが演技の付け方や撮り方が甘い部分が散見される。こちらとしては映像作品で何人ものうつくしいひとを観てきているので、「もっと美しく撮れなかったのか」と欲が出てしまう。唇が扇情的とは言え、それに寄って撮ればいいというわけではないのである。
 とは言え話が進み彼の欠乏感があらわになってくるにつれ「美しさ」は増していくし、全体に青春の一ページのように語っているのは好ましい(人は死ぬ)。倫理のなさや犯罪を糾弾するようなことのない体温のちょうどよさもいい。しかしどこかしら物足りなさを覚えなから見ていた。ちょっと惜しい。ちなみにググってみると、方向性は違えど本物の犯人の方が別嬪であるという珍しい実話映画である。




21日『プリズンボンバー/地獄のサティアン』 カート・ラッブ 76分
 1982年。地元民を酷使し島を支配する軍人たち。島民の女と恋仲になった兵士が、まぁなんやかんやあって悪い奴らをやっつけるやつ(なげやり)。島民がやたらと女性ばかりなことからもわかるように、女が支配下に置かれ蹂躙されるも最後はどうにかなる、いわゆる「女囚」映画の一種である。
 作品に合わぬ爽やかにいかしたテーマ曲、余韻もクソもない編集、シーンが変わったからハイッこっちも終わりッ、とばかりに叩き斬られるBGMなどからして実に乱暴な映画で、主眼であろうお色気も何故か少ないし、そのくせやっぱりお話はテキトウであるし、なんのために作られた映画なのかよくわかんねぇ。
 ツッコミながら観るにもどうにもぬるくていけない。とにかくめったやたらに爆弾を埋めるので逃げようとする人々が普通に巻き込まれかけてるのとか、現地の信仰が急にマジのパワーを発揮するあたりはちょっと面白かったかも。主演がドイツの怪人ウド・キアーであることと、毒蜘蛛に噛まれた男の末路の様子がやけに力入ってる点が見所。なおVHSからの流用配信なので画面はビデオ画質、字幕はフィルム焼きです。う~ん、あじわい。




21日『La limita de jos a cerului』 Igor Cobileanski 80分
 2013年。手製のモーター付きハンググライダーで空を飛ぶことを目指している友人と共に大麻を売りながら、好意を寄せる女性はいるが後はこれといった目標も夢もなくモルドバで生きる無職の青年Viorelの物語。
 母親からは「アンタ、いつまでも遊び歩いてないで……死んだ父さんの知り合いに仕事のツテがあるらしいから……」などとやんわりと言われ、ハッパの販売は金にはなるが先行きが怪しいし、グライダーもいまひとつ、さらに好意を持っていた女性には……。そして空は常にどんよりと曇っていて、色調も黒か灰色か薄い緑。昼夜問わず街にも家にもまばゆい明かりはどこにもない。
 そんな出口なしな中身にもかかわらず何故か嫌な、つらい気分にはならない。描き方が乾いているのではない。犯罪も失恋も失望も、けばけばしく語るのではなく「そういうもの」として丁寧に扱っているのだ。なので同じくあまり幸福でない自分の心に沁みてくる。この「しょうがない」な感性はどことなく日本人のものに近いような気がしないでもない。
 youtubeのルーマニア映像文化庁公式チャンネルにて英語字幕付きでトライしたので、理解がかなりあやしいというか多分にフィーリングと気合で補った部分はあれど、台詞は多くないし優しくて助かった。でもたまに字幕消えるのメッチャ早くて焦る。日本語字幕の1秒4文字までという決まりの優しさを実感した。寒々とした野原で「これからハンググライダーで飛ぼう」というのに高揚感や興奮の欠片もない冒頭がとても印象的。




25日『裸のキッス』 サミュエル・フラー 92分
 1964年。まさにブン殴られるような面白さがあった。後ろ暗い過去を抱えた女・ケリーが降り立った町。警官に邪魔されたり周囲でトラブルが起きたりしつつも名士の青年と知り合い愛し合うようになり、幸せな日々が待っているように思えたが……
 あらすじはこれくらいにしておきたい。これはとにかく何も知らずに観ていただいていきなり「ッッッ!?」となってもらうに限ると思う。不幸な女の幸せ物語としてゆるゆると進みながらもたまに不穏な空気や暴力がよぎって不安が膨らむ中盤までからの後半。半世紀前にも関わらずこの内容、この社会性と指弾性、この女の強さといじめられ方のバチバチっぷりは目が醒めるようで、それまでの展開をおっ倒したが故にどう進むのかわからずかなりドキドキしながら観てしまった。
 説明のしなさはともかく、場面転換の編集がかなり荒っぽいことはかなり気になってしまったがそれを振り落とすほどの力強さに満ちている。『マッドマックス 怒りのデスロード』『ハスラーズ』のご先祖様みたいな作品。終わり方も通りいっぺんなハッピーエンドではないのもまた相当にすごい。ごっつい強い映画である。タイトルが出るまでの冒頭3分だけでも観ていただきたい。




25日『さらば愛しきアウトロー』 デヴィッド・ロウリー 93分
 2018年。面白かった。俳優ロバート・レッドフォードの引退作(※2020年現在)。80年代に実在した、銃は見せるけど決して撃たず、「こんにちは。銃を持っているよ。ではこのカバンにお金を……」と紳士的に銀行強盗を繰り返したジェントルジジイを描く。原題は「老人と銃」
 レッドフォードの引退作ともあり、老人を追う刑事にケイシー・アフレック(これは監督の前作にも出演した縁だろうか)、ふとしたきっかけで知り合う老未亡人にシシー・スペイセク、仕事仲間にダニー・グローバー&トム・ウェイツとかいうすげー面子が集まっちゃったが中身はと言えばアクションもほぼナシ、70・80年代くらいの肩の力の抜けたクライム・ドラマといった面持ち。キャストもスタッフも「ゆるみ」はありつつ弛緩はしていない。ジジイの犯罪者で実話となるとイーストウッド『運び屋』を思い出すがあそこまでピッチリしておらずまた説教臭くない。
 軽めのBGMと共に、適度な省略とオールドスクールな演出といい具合の照明なのがまったく「ちょうどいい」といった案配の映画でとてもよかった。まぁ犯罪者云々を抜きにしても悪いとは言わずともダメな爺さんなのだか、ここまで「楽しく生きる」を貫き通されると粋にすら見えてくる。危なっかしい場面もほとんどないし、ゆるやかではありつつたるんだシーンもないのでゆったりと眺められる、よい映画だと思った。




26日『コブラ』 ジョルジ・パン・コスマトス 88分
 1986年。このポスター/ジャケットの「STALLONE COBRA」の文字と、この立ち姿がほぼ全てである。夜の街で殺して回る殺人集団を目撃し狙われる女。彼女を守るのは、蛮行上等はぐれ者、社会の病気を消し飛ばす劇薬、猛毒刑事コブラ! 
 個人的には『コマンドー』よりもざっくりした味わいでありつつ、ハードボイルドでカッコいいスタローンを「ハードボイルドでカッコいいなぁ」と感じながら観る、そんな映画である。改造したクラシックカー(ニトロ搭載なのでワイスピのご先祖様だ)を乗りこなし、デカいグラサンにコブラを描いた握りの銃。仕事人間らしいそっけない家と食事。上司の言うことは聞かず、綺麗事を抜かすマスコミには凄む。可愛いところも見せながらもさほどのピンチなしに極悪集団をぶちのめして完。これはそういうスタローン映画である。
 危険思想団体の貧乏臭くて変にリアルな襲撃の場面や汚れた街ロサンゼルス/チープなロボットを配したグラビア撮影のカットバックなど珍妙に目立つ部分もある。だがこの映画の基本はスタローン、アクション、バイオレンスの三題噺であり、85分の短さでその3つをそれなりに味合わせてくれる。それでいいのだ。正しい。まぁ正直もう一味くらいオオッと思わせるものがあってほしかったが……。80年代らしい人間臭さと手作り感に浸れた。




28日『ミッドサマー』 アリ・アスター 147分
 2019年。たいへんよろしかった、が、あぶない映画でもある。悲しい出来事に心を病む大学生・ダニーが、彼氏とその友人と共に学術調査も兼ねてスウェーデンの小さな共同体、ホルガへ出向き、えらいものを目撃したりえらい目に遭ったりする明るくきらびやかで「歪んだ」スリラー。
 そうホラーと呼ぶよりはスリラーであろう。さらに言うなら「ヒーリング・スリラー」であり、同時に「鬱病スリラー」である。家族の身を案じるダニーの、今にも不安が溢れそうな顔を延々映し続ける序盤からして尋常ではない。周囲からは煙たがられ、恋人も知人はいるのにぼっちな鬱病のダニーに映画は寄り添う。つらい冬から一転、夏。白夜の夏至祭の明るい村。そこにダニーは行くわけである。
 そう、本作は心が絡め取られていくor救われていく様を、主人公の心理心境・作り込んだ美術・主人公をうまく本筋の蚊帳の外に置いた脚本によってそれはもう懇切丁寧に、語る映画なのである。その上それが悪or善かの判断はダニー視点から描いている&ダニー以外の連れは「よくないこと」をするが故に絶妙に棚上げされている。この映画は美味しい毒、あるいは危険な果実なのだ。
 演出に前作『ヘレディタリー』と被る部分が散見されて気になったし、よく考えると前作とまぁだいたい同じ話なのだが、監督自身の「治癒」として撮られた2部作と考えれば頷ける。しかしこの内容をこの映像全体の説得力をもってして語りきってしまっていることにビビるほかない。いやぁ映画って、何をやってもいいんッスね。




28日『初恋』 三池崇史 115分
 2020年。よかったよかった。こういうのだよこういうの。所は闇鍋の街、新宿歌舞伎町。ヤクザと中国系マフィアが睨み合い、麻薬の横流し計画が進む中、余命短いボクサーと薬物中毒で体を売らされている少女が交差した瞬間にはじまる怒濤のボーイミーツガール&バイオレンス戦争。
 よく練られているようで実はだいぶ乱暴ながら勢いのある脚本が、そういうのにピッタリの三池崇史スタイルで映像となって紡がれていく。悪党どものどんちゃん騒ぎは、ん?ご都合展開?それの何が悪いの?とでも言いたげなグルーヴに満ちているし、その合間合間に挟まれるボクサーと少女の交流が泥に咲く一輪の花のようにアクセントになっていてひときわ美しく見える。
 さすがに115分は長く、つまりもっと乱雑で無責任でもよいと思ったし、最終決戦が「ここ」なのに「ここで期待されること」はやらないんだ……と拍子抜けしたりもしたがそれもまたよかろう、と思わされるコトが済んでからの終盤。なるほどこのささやかさを描くにはラストバトルでブチ上げてはならないのかもしれない。特にラストショットの素晴らしさにはあらかた全部許せてしまう気持ちになった。いい意味でよくできたVシネマのような感触。MVPは異様に強いはだしのゲンならぬはだしのベッキー。




29日『皇帝のいない八月』 山本薩夫 140分
 1978年。ものすごく面白かった。深夜の岩手の路上にて追跡中のパトカーが機関銃で撃たれ爆発炎上。元自衛隊員を中心としたクーデターの匂いが立ち込める中、政治家、調査部、自衛隊、日本の黒幕、首謀者とその関係者たちがそれぞれの思惑と共に行動していく社会派サスペンス。原作未読。 
 オールスター大作映画特有のおおらかさと多少強引な筋運びが気持ちよく、ここにイイ顔の役者たちの演技が乗る。政治劇はいささか鈍重なのだが「悪い政治家」然としたベテラン俳優たちの存在感が格別だし、クーデター首謀者側の狂って熱い演技も見物なのだが特筆すべきはやはり渡瀬恒彦。
 絵に描いたような極右の「愛国者」をものすごい迫力で演じていて、これだけでも観る価値がある。「その拳銃は重いだろう。引き金を引いてみろ。お前のふやけた平和などいっぺんに吹っ飛ぶぞ!」という台詞をこれほどの説得力で言える男が現在とは言わず過去にもどれだけいることか。
 革命のロマンシズムも庶民的な反戦気分も愛も正義も全てが「政治」の中に呑み込まれて消えていく終盤はただただ圧巻。おおらかにしても雑すぎじゃん? な編集も散見されるのだが爆発とか無慈悲にも程がある銃撃戦とかのパワーで「よし!」となってしまった。よくはない。不安なご時世だからこそ観たい一本だ。

【3月】

2日『ハード・ターゲット』 ジョン・ウー 100分 
 1993年。yeah!と言いたくなる90年代アクション。便りのなくなった父を追い、闇夜にまぎれて密かに「人狩り」ゲームが行われている町へとやってきた女をヴァンダムが助けるジョン・ウー印のアクションムービー。
 とにかくカッコいい画が炸裂しヴァンダムが走り蹴り撃ち鳩が飛ぶ映画でありその勢いに細かいことは後方に吹き飛ばされていく。しかしジョン・ウーとは言えこれはさすがにスローモーション過多ではなかろうか。主演はヴァンダムなのであるからして彼の足技をスローにしちゃいかんと思うのよ僕。すっごいスローになるんよ。
 そのスローを除けば各種アクションは文句がないし、後半に行くに従って爆発が(むやみに)多くなりさらには実質西部劇の世界へと突入するクライマックスは問答無用で素晴らしいし、それまでのスキの多いストーリーが帳消しになってお釣りが来る。そういえばヴァンダムは元軍人の船員とはなっているが西部劇的な「名もなき男」に近い。さらには悪の親玉ランス・ヘンリクセンの存在感が全編を牽引する。でかい拳銃をリロードするあの手つきと険しい顔つきを君は見たか。そんなこんなで実質傑作である。日々こういう映画を観て生きてゆきたい。




10日『呪われた心霊動画 XXX NEO』[4] 65分
 悪くはない。悪くはないのだが、良くもない。巻を追うごとになぜか収録作が減っていってついに3本となった第4弾。「おかしな家族」の布越しの隠し撮り+荒っぽい言動ではないのに反応が鈍い夫婦+声や音のする家の中など中盤までの緊張感はじっとり汗ばむようでよかったけど、その他で特筆すべき点は見当たらず。
 余計な取材ナシ、の姿勢を研ぎ澄ませていった結果として濃密な3本で構成されているなら文句もなかろうものだが、さすがにこの中だるみの多いぬる~い投稿する3本が並ぶと「逆にもう調査パート入れて締まった方がいいのでは?」とさえ思ってしまう。
 とまれ、一つの試みとして3本に絞ってやってみた、な実験的巻としてならばアリ。ただしこの具合のままならナシなので、素直に1巻5~6本に戻すかシャープでディープな3~4本を極めていくかしていただきたいものです。




15日『けんか空手 極真拳』 山口和彦 88分
 1975年。空手是殺人拳。全日本選手権に出て優勝したはいいものの当時の空手世界で主流を占める「寸止め」流に嫌気がさした実践空手の祖・大山倍達の若き日々(暴力、殺人、牛殺しなど)を描く。
 マス大山の力強さが宿ったが如く大会!対決!失望!強姦!告白!弟子!修行!牛殺!喧嘩!逮捕!悲劇!殺人!とノンストップでかつ必要最低限でキッチリ語りきるスタイルで進んでからの贖罪物語がやけに長くバランスが悪い。しかしその贖罪からの空手解禁が「子供が人質にとられた」とか「大切な相手を傷つけられた」などによらず、遺族に許された直後、すぐ襲われたので、即殺す、という激烈さであるため、物語の不均衡がどっかに飛んでってしまう。
 さらにタガが外れたようなラストバトル。道場殴り込み~神棚破壊・挑戦状叩きつけ~野原での多数の敵どもへの一方的な暴行を見せつけられるに至り細かいことはまるでどうでもよくなる。さっきまで「ウヌヌッ……空手はできん……!」とか言っていた奴が棒で人間の顔面を貫通させるのだから素晴らしいとしか言いようがない。元気が出る、むしろ元気以外の何をもらってもいけない体力増強映画である。




17日『ザ・ソウルメイト』 チョ・ウォニ 96分
 2018年。これはもうひとつだったか。襲われ意識不明となった警官が生霊となり、マ・ドンソクの助けを借りながら悪党に迫っていく。
 こわいシーンは多少あるが直接的な描写はない。基本はコメディ人情恋愛ドラマで、韓国特有の面白いやつなんでもぶちこむモードの映画である。ただ本作の場合それらの要素がガッチリ噛み合っていないので全体に散漫な印象が残る。細部においてもたとえば生霊となったことを生かした面白さとか、物語や撮影のハネ方がいかにも物足りない(※生霊に怯えるマ・ドンソクは超面白い)。感情で押し切ろうとする終盤も積み重ねが弱いのでグッとこない。
 マ・ドンソクの太腕繁盛記としては「正義感ゼロで幽霊が見えるようになった道場主」との役どころ。複雑なキャラなのだがマ・ドンソクが一定の説得力をもって演じきっていてやはり偉いものである。しかしこう、最近のマ・ドンソク映画はマ・ドンソクに寄りかかりすぎではないか?と感じたりも。アクションがごく微量なのはもったいないが、どうも膝を悪くしているような様子が見えて心配である。




17日『激突! 殺人拳』 小沢茂弘 91分
 1974年。45年前! 日本には! こんなに雑……もとい力任せ……ないしパワフルな、パワフルなだけの映画があった! 綺麗も汚いもなくどんな仕事も請け負う男・剣が、石油王の遺産を巡る争いの中で壮絶な殺人拳法顔面をこれでもかこれでもかと見せつけるアクション巨編。
 ブルース・リーの香港カンフー映画から乱暴さと気迫を受け継ぎ両者を五倍にした上で東映独特のバイオレンスがブチ注入されている。しかしそれだけならば比較的おとなしい作品に収まったろう……千葉真一の顔面がなければ。
 無論ホンモノの空手家を含め他の役者たちのコクまろぶり&大鉈を振るったような狂って熱い台本&無駄な暴力力(ぼうりょくぢから)のハーモニーも大事ではある。だがこの、「クォォォォッ…コッッ!!」「カァァァァッ…クァッ!」などの怪声と共に繰り出される千葉のアクションと顔面。いや顔面アクションが本作を別次元の何物かに変えてしまった。
 わずか90分でここまで濃厚で大味な映画ができてしまう。90分である。そんな馬鹿な。90分を越える映画は本作の「いいんだよ、細けぇことは!」精神を見習ってほしい。丹田に力が与えられ活力がみなぎる、そんな逸品だ。




21日『祟り蛇ナーク』 ポンタリット・チョートクリサダーソーポン 108分
 2019年。トニー・ジャーとウィーラセタクンの国、タイで大ヒットを飛ばした映画が降臨。「見習いが僧になる前に死ぬ」呪いのかかった寺に出家するためやって来た3人が世にも恐ろしい目に……。のだが、そのうち2人が「オネエ」なため「やだァ~ッ!」「怖いわァ~!」「どうにかしてよォ~~!!」と大層かまびすしいことになるホラー添えのコメディ、人情話風味。
 ビックリでもJホラー風でも、唐突さも段取りを踏むこともなく、どこにも属さないようなザックリしたホラー演出。喜劇ベースのお話とは言えものすごく大味で普通なら怒るところなのだが真相が実にこぢんまりしてる上に前述の2人がほぼずっとテンション高く「やぁ~~ん!!」とかリアクションとるのでそんだけ騒がしいんならもうえぇわ! よし! と許せてしまうのであった。
 大味なのはホラー演出だけでなくぶっちゃけ全体に大味。すぐズームするし軽薄に効果音とかつけちゃう。平たく言うとバカっぽいのだけど「出家することの深さ」「“オネエ”であることのしんどさ」などを最低限の描写で挟んでいてふざけすぎてはいない、と思う。たぶん。
 とりあえずみんな騒がしいししょうもねぇギャグもふんだんに揃えてあるので無闇に元気の出る映画です。白石晃士『カルト』を思わせるシーンがあってこのアイデアは国境を越えるのか、と感慨深かった。




24日『テキサスの五人の仲間』 フィルダー・クック 95分 
 1965年。再見ながらやはり面白いのだった。ポーカーキ●ガイ5人組による、数日間に渡って繰り広げられる年に一度のカードバトル。野次馬どもが騒ぐ中、一夜の宿を求めて質素な夫婦と子供が町にやって来る。チップの換金を目にした旦那、「ポ、ポーカーを、やってるんですか?」と目の色が変わり……
 西部劇らしからぬドンパチ無しのギャンブル物語ながら、実にいい面構えの役者をぞろぞろ揃えたまさにポーカーのような映画。ここに気の効いた脚本とグリグリぶん回すような演出が加わってただただ素晴らしい。説明もなしにポーカーバカの面子が集まって野次馬連中が「おい来たぜ!!」とワイワイし始める冒頭の躍動感と、それとは対照的なカード部屋のじっとりと汗ばむ空気が素晴らしい。
 あんまり内容に触れるのも野暮な作品なのでとりあえず観ていただきたいと思う。歴史に名を刻むような名作ってんじゃないけど「隠れた良品」として末長く愛されるであろう作品である。あと西部劇は顔だけじゃなく「声」も大事なのだな、というのがよくわかる。




26日『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PRAY』 キャシー・ヤン 109分
 2020年。危険な道化師ジョーカーに惚れて尽くしてきたアブない女子ハーレイ・クインがとうとうプッツン。彼氏ナシでも生きてけるもん!と言った途端に秘密のダイヤを巡る騒動に巻き込まれ、急造の仲間と共にお気楽ドタバタバトルを繰り広げるDCコミック映画。
 味方サイドはみんな女、敵は強権的なクソヤロー男というわかりやすい構図で、「女の一人立ち」というテーマに合わせて無理にねじこんだような女いじめシーンや台詞もあるが基本的には勝手気ままでバカ明るく軽いアクションといった味わい。人は無残に死ぬ。
 お話はテキトーでゆるゆるなのだがハーレイ本人が「よっしゃ! やっていき~!!」くらいの体温なのでこれはこれでよいと思った。ただ、バトルシーン。軽やかな動きやギミックの放り投げっぷりそのものは楽しい一方撮影・演出が全体にいまひとつで盛り上がれず。なりゆきまかせの女子会の楽しそうな様子がよかったばっかりに、アクションが充実してりゃあもっと楽しかったろうなぁともったいない気分に。
 ともあれワーッガチャガチャーッやったるでー! と女たちが男に頼ることなくぶっかましていくこのよい意味の軽薄さは好ましいと思った。メタな語りや前後する物語など、ライバル会社にいる赤いくて死なないアイツの映画にそっくりというのは言わないでおこう。




27日「旧日本軍の病院」 三宅雅之 25分
 1996年。稲川淳二プロデュースのオムニバス映画『心霊』より1本目。本当は25分。新米看護師が病院で婆さんに脅かされたりエレベーターが壊れたり拘束されたりする。
 暗さや演出が甘くて、古さもあってあまり怖くはない。でも銭がかかっている、かなり銭がかかっていることがわかるリッチさ、映像作品としての余裕みたいなのがあって結構見ごたえがある。安直なホラー映像作品が多い中でおおっイカす、と目を見張るような「どことなく不気味な」ショットも多い。
 旧日本軍の人体実験シーンでは生きてる人間をむやみにでかいノコギリで刻んだりする。旧日本軍、ナチスばりに便利に使われているな。まんま『ゾンビ』『ポルターガイスト』なシーンもあったりしてほほえましい。四半世紀前の作品、予算と時間があっていいなぁ、と余計なことを考えてしまう。




27日「サーファーの死」 三宅雅之 25分
 1996年。稲川淳二プロデュースのオムニバス映画『心霊』より2本目。海へやってきた青年たちのうち一人が溺死体で発見され……
 水中から遊泳者を狙うようなショット、設定としては間違いではなかろうがこれ『ジョーズ』とか殺人鬼映画の文法じゃね? と恐怖がちょっと薄れてしまう。クライマックスでひっついているやつが造形物丸出しでガッカリするし、本当は「よく見ると長い」なのが「もっこりしている」に変更されていて怖さ半減。
 1本目に引き続いて「どことなく不気味」な映像のハッタリが効いていてローギアながらじっと観続けさせる程度の力はある。あと何故かおっぱいが出る。何故だ。出さんでえぇやろ。そんなイチャついてた奴らが死ぬので、これはやはり殺人鬼映画ということなのだろうか(?)




27日「首なし地蔵」 稲川淳二 25分
 1996年。稲川淳二プロデュースのオムニバス映画『心霊』より3本目。明治の頃、度胸試しに「首なし地蔵」に行ったら反物をもらえると聞いた貧しい母親を襲う恐怖。
 導入部、囲炉裏ばたで怪談を語り旅行者の女子を怖がらせて満足げな淳ちゃんだけでもファンとしては満足な一本。こちらもまたまるで怖くないけど、貧乏がすぎて地蔵に祟られる前からギンギンに祟られてるような母親の顔面と執念の圧力すさまじく、その必然としてのオチの強引なスプラッタぶりに押し切られる。貧困はおそろしい。
 怖くないけど(2回目)「あれぇっ、誰もいないよ……」のシーンがゾクゾクするほど素晴らしい。これだけが稲川淳二本人の監督作なようだが、彼は凡庸な映像作品でも1つは凄いシーンを入れてくる。




31日『千年女優』 今敏 90分
 2001年。再見。30年前に突如として引退し山奥の家に住んでいた伝説の女優。取材にこぎつけた男が持参した「鍵」に触発され、虚と実がないまぜになったような人生が彼女の口から語られていく。
 虚実混交は今敏の十八番かつテーマ。本作はこれに色んな女優や作品を思い起こさせる(これももちろん虚実混交)邦画の歴史が重なり、虚実とともに「人生」と「映画」がほぼ不可分に混ざり合いアニメ的な演出がそれを支える。「だから君も座って、彼女と時代を飛び回ろう」とはエルヴィス・コステロ『ヴェロニカ』のMVの導入だがまさにそういう映画である。
 突っ込み役がいたり最後にわかりやすい台詞があったりと噛み砕いて語られているのと、他作に比べると相対的にお話の作りが甘いためもうひとつ没入感に乏しいのが欠点。それでも圧倒されるような場面が頻出してラストには泣かされる。『千年女優』というタイトルが素晴らしい。

【4月】



2日『心霊マスターテープ』 寺内康太郎 25×6話=130分
 2019年~20年。日本初の心霊ドキュメンタリー映像(以下心霊DVD)作品の監督として中村義洋(『ほんとにあった!呪いのビデオ』)を取材していた寺内。しかし彼から「『日本初』の作品は別にある」と言われ、その伝説のビデオ『知られざる心霊世界』を、現役で活躍する心霊DVDのスタッフたちと共に探索していくドラマ……そうなんです、これは完全なる「ドラマ」なのです。
 厳密には連ドラなのだがあえてここに感想を。心霊DVDの監督やスタッフがぞろぞろ出演するというマニア感涙な「アベンジャーズ」的物語なのだが、もちろん内輪受けでは終わらない。この手の作品に詳しくない人も「こわいDVDを世に送り出してきた強者どもが勢揃いしている」くらいの認識で観れると思う。顔つきもキャラもわかりやすいので混乱はしないはず。
 本作の髄となるのは、「撮ってきた/作ってきた者が、怪人物に撮られる側になる」という立場逆転による恐怖である。さらに怪人物を目にする/撮られることによって害が及ぶに至って、今まではほぼ安全な位置にいた心霊DVDのスタッフたちが当事者になってしまう。この倒錯。並ではなく面白い。
 さらに目的となる『知られざる心霊世界』の探索もまた蛇行と足踏みを繰り返しながらもスリリングに展開していく。「若手アイドルをアシスタントにつけろと会社に言われて愚痴る監督」「そのアシスタントを決めるあまり熱気のないオーディション」がカットバックで映される、狙われてビビり倒すスタッフなどなど笑いも含んだぬるめの序盤中盤から急転直下、ハードな終幕へと引きずり込まれるこの手練手管は見事としか言いようがない。
 さらに言うなら本作は「心霊DVD」のある種の総決算であると共に、次世代への魂のバトンタッチとも言える内容になっている。時代や世代や表現媒体が変わっても、俺たちにはお前たちには「これ」があるんだぜ、と背中を押しつつ挑発してくるような危険な熱さ。ただただ素晴らしく感涙した。心霊DVDドラマなのに。寺内監督&スタッフキャストの皆さん、本当にありがとうございました。必見。




3日『けんか空手 極真無頼拳』 87分 山口和彦
 1975年。牛殺しのけんか空手の大山倍達、今度はヒグマを殺す! 
 邪道と蔑まれやさぐれた大山はヤクザの用心棒となって自分の名を語るインチキ薬売り&その恋人と友人になり、乱暴な米兵をしばいたあと空手道に復帰するがそこにいきなり日本刀の刺客が現れそれはそれとしてライバルの空手家どもにインチキ薬売りとその恋人が殺されたので復讐を果たし、彼らの行きたがっていた北海道へ骨を埋めに。
 知り合った子持ちの酒飲みのオヤジを諭したもののそのオヤジが大ケガを追い治療費を捻出するためヒグマと戦った直後ライバル空手家の弟に挑戦状を叩きつけられ仲良くなった子供を置いて汽車へ。対決は苦戦するも本編途中で遭遇していた達人に教わった「円」で勝利するのだった……とこの話を87分でやる。乱暴な部分も多々あるが昔の映画のスッ飛ばし加減は実に心地よい。
 ほぼ無から生えてくる日本刀の刺客どもや完全な無からいきなり現れる達人、クライマックス直前の棒術&鎖鎌部隊──お前ら空手はどうした! 千葉も「空手」と言いながら武器を奪い応戦。空手はどうした!! そんな野暮な指摘も終わって思い返せば、な代物であり視聴中はこのグルーヴに酔うばかりである。
 説明を最小限にガシガシ進むノリのよさは痺れるがたまに異様に間延びする場面が。黙って汽車に乗った大山を子供が「おじちゃーーーん!」と追いかける。王道な場面だがこれが3分もある。長い。子供の持久力すごい。目玉こひとつであろうヒグマ(きぐるみ)とのバトルは今一つ盛り上がらぬがモブが無駄にひとり死ぬのがいい。傷は多いがこれはこれでよし、と思わされる。




4日『el santo contra las mujeres vampiro(エル・サント対女吸血鬼)』 Alfonso Corona Blake 88分
 1962年。200年の眠りから覚めた女吸血鬼軍団とそのしもべたちが、女王の後継者となる娘や市民を襲う。だがここメキシコにはヒーローがいた! プロレスラー兼みんなのヒーロー、エル・サント! 悪の野望をくじくため、レスラーそのままの格好で戦いに挑む!
 メキシコの国民的プロレスラー、エル・サント。あまりの人気に彼主演の映画が40本以上作られているが、覆面レスラーであることもあってどれもこれもが「レスラーのエル・サント本人がプロレスもこなしながら悪い奴らを倒す」という凄みのある内容となっている。
 泥臭さは強いがきちんとした吸血鬼ホラーとしての冒頭からいきなりサントのプロレスのリングでの試合に接続され、またホラーに戻ったと思ったら狙われている娘の家に「どうしました」とマスク・上半身裸・マント姿で現れるサント。「どうしました」じゃないよそれ不審者の格好だよ、と一瞬思うのだが考えてみればスパイダーマンだって全身タイツの正義の不審者お兄さんである。これが彼のヒーローコスなのだ。
 こうなるとvs吸血鬼とプロレスシーンの解離が気になるが、中盤に「あのサントという男が邪魔だ」と吸血鬼のしもべの一人がレスラーに化けてリングに上がる展開になってアッこれは見事だ、と舌を巻いた。プロレスを楽しみつつ悪との戦いも楽しめる一石二鳥ぶり。オールドスクールながら「幅」の楽しめるプロレス/バトルは眼福である。その分普通のアクションはモッタリしてるけど……
 スローテンポとどことなくゆるめの空気感は昭和の特撮番組を思わせ、ローテクな演出も今観るとワクワクする。ラスト5分の巻きに巻きを重ねたような壮絶なる流れには唖然とした。心のオアシスのような作品といえよう。




5日『空手バカ一代』 山口和彦 91分
 1977年。大山倍達立志伝その三。牛を殺し熊を殺したマス大山、今度は沖縄でヤクザ相手に大暴れ。
 心の弱さに流されながらも最後は悪どいライバル空手家を倒すフォーマットが崩れた、それ自体はかまわない。でも沖縄で負け役プロレスをやらされて、弱味があるわけでなく単に我慢できなくて相手を倒して現地の悪党に目をつけられるスーパー自業自得ストーリーには正直乗りきれず。しかも、2回。しかも、2回目は「言う通りに戦うので」と宣言しているのに。困るのが大山だけならいいけどそのせいで人が死ぬのでいたたまれない。
 沖縄を舞台にして戦争孤児との交流や大和人と沖縄人の断絶をちらりと見せる設定だけは大変に面白いとは思ったが、いざこれがお話になると大山のわが道を行きすぎる姿勢と噛み合わずどうもちぐはぐである。終盤はまるで任侠映画の殴り込みでありついでに『燃えよドラゴン』の丸パクりで、せっかく脂の乗っている千葉vs石橋雅史の美味ぶりを台無しにしちゃっている。もったいないなぁ。もったいない。




13日『女必殺拳 危機一髪』 山口和彦 86分
 1974年。女ドラゴン・紅竜、再び降臨! 密輸ダイヤと可哀想な女たちを握る悪党と、さらに無駄な迫力を増した悪の武道家どもがすごい勢いで出てくる力任せのシリーズ2作目。
 ご都合主義などと安い批判は言わせない速度で展開する物語、華麗さはないがゴツゴツと重みのあるアクション、そして墨痕鮮やかな字幕と共に紹介される「武剛流空手・本位田蝶三郎」「モンゴル天空剣 キング・ヘシウス」などの敵たち。これらが一体となってそこに志穂美悦子のシュッとした美しさ強さかっこよさが一本通り、とにかく読ませる劇画の如く心を掴んで離さない。
 いかした字幕と共に敵が出てきたと思ったら30秒も経たずにやられたり、そ、そんなバカな、と言いたくなる目茶苦茶な話の繋ぎだったり全体にライブ感がとてつもない。っていうかなんだよ「モンゴル天空剣」って。検索したけどそんなのねぇよ。「モンゴル」と「天空」って組み合わせはなんなんだよ。しかしながらこういうのこそがこういう映画の長所なのである、と断言できる。いんだよ、細けぇことは。ただただ最高。




17日『帰ってきた女必殺拳』 山口和彦 77分
 1975年。女ドラゴン・紅龍の親友が失踪(3人目)、彼女を追う中で暗黒街の黒幕に(またもや)ぶつかり、大切な人を失い傷つきながらも(3回目)怒りの拳が炸裂するシリーズ3本目。
 筋立ては前作前々作とまぁだいたい同じである。今回も異様にキャラの立った刺客たちが10人ほど出てくるが、敵のボスの鶴の一声で選抜戦がはじまりでかい黒人や謎のターバンおじさんなど5人がすぐ退場。なぜ全員に襲わせないのか。お前は鬼舞辻無惨か。ハッタリしか効いていない迫力字幕もなく、無駄な勢いは鳴りを潜めている。さみしい。
 OPの演出が前作と同じ、少林寺拳法の偉い人によるバックアップシーンなし、など時間と予算の都合が見え隠れするが、アクションは旧作には劣らずそれなりに充実している。ただ倉田保昭推しが過ぎて敵の両巨頭2人を1.5人くらい倉田が倒しちゃうのはいかがなものかと思う。でもまぁ、77分とコンパクトにまとまった作品と言ってよいだろう。戦いの最中、敵の攻撃で紅竜の髪がほどけるシーンの尋常でない色気だけでもOKといった気持ち。




24日『犬神の悪霊(たたり)』 伊藤俊也 103分
 1977年。人里離れた村の山奥でウラン鉱脈を発見した青年たち。発掘会社は誘致でき、そのうちの1人は地元の有力者と結婚、大出世して幸せな人生が待っているはずだったが彼らは忘れていた。探索時に山奥の古い祠を轢き壊していたこと、犬を車で撥ね飛ばしていたことを……。今、呪いが目を覚ます。
 因習! 祟り! 首がもげ、人は狂う!! 呪いじゃ!! なハイテンションゲテモノ映画を期待していた(悪趣味!)。実際、結婚式場での突然の発狂、青白いライトの下で手紙メッタ刺し、オニギリを身体に近づけられ身悶える若い娘、飛ぶ犬の生首、アクティブ憑りつかれ娘などなど迫力あるシーンも多々見られる。
 だがそれより、「血筋を背景にムラから差別されている家」「ジメジメした因習」「それらによって引き起こされる悲劇と復讐としての呪い」など、妙に重い展開が多く、現代の情勢とも重なってションボリしてしまったのだった。100分越えの長さといささか迷走気味な展開も胃にもたれる。とまれ、これはこっち側の受け取り方・精神状態に追う部分が大きいと思う。確かにこれはカルト映画であろう。教育のために民放の夜9時から放送してほしい。




27日『ストーミー・ウェザー』 アンドリュー・ストーン 78分
 1943年。第二次大戦中、「戦場には黒人兵士もおんねんで!」と作られたオール・ブラック・キャストの慰問ミュージカル映画。 
 あるショウマンの半生を振り返るような、まぁほのぼのとした構成と演出の中、タップの鬼神ビル・ロビンソン、歌姫リナ・ホーン、粋なピアニストファッツ・ウォーラー、ナイスなオッサンキャブ・キャロウェイなどなどすげー奴らがこれでもかとばかりに出てきて歌い踊る。ただあくまで粋で上品なトーンが保たれていて、ダンスもタップも歌もさほどブチ上がるような凄さではない…………
 と、思っていると終盤、主人公とヒロインがヨリを戻し、キャブ・キャロウェイが軽快に歌ってハッピーエンドとなろうかと思った直後にいきなり現れる二人組、ニコラス・ブラザーズ。デザートのような位置のこのダンスシーンが仰天、驚愕、圧巻の代物で、なんかもうすごい踊りと曲芸と人体の限界を越えた何かが繰り出され続けオワーッ!? オェーッ!? と脳がでんぐり返る。
 マイケル・ジャクソンの先輩でタップの神様と呼ばれるフレッド・アステアが「超やべぇ(意訳)」と褒め称えるのも納得の、常識破壊のダンス。これを最後に見せられて終幕の勢揃いになだれこまれたらそりゃあ満足しますよ。ねぇ。そういう意味では最強にずるい映画だった。




29日『ほんとにあった! 呪いのビデオ』 中村義洋 56分 
 1999年。再々見、かな? 99年の『リング』のブームを受けたタイトルイタダキものが、まさか20年続いた、とでも言うのだろうか……っていう決まり文句はまだなし。音響分析や丁寧な検証、サッとはじまりサッと終わるビデオなど、荒削りであるがゆえにリアリティがにじみ出る。
 大学教授が殺されたという学舎に入りぼんやりした人影を見るやつや井戸を除く20秒ほどの映像など、簡素で現象がそっけないがゆえに心の表面に染みてくる。特に前者はすっかり忘れていたが、古典的な怖さと面白さがあり、歴代ベスト10本には入れておきたい出来。




30日『殺人拳2』 小沢茂弘 83分
 1974年。コアァァァァアッ……! コッ!! 武術の達人にしてどんな仕事も請け負う闇の仕事屋、剣(つるぎ)を主人公にした特濃シリーズ第2弾。心の師と仰ぐ男と敵対する空手組織とその背後に蠢くマフィアと戦うことに。しかしそこには、あの男の姿が……!!
 前作より流血とダーティーさ、それに千葉の顔面武術は減ったものの、相変わらず無茶しかやっておらず素晴らしいの一言。冒頭、「取調室にいるこの男を消してくれ」と依頼されどう殺るのかと思えば「バイクで暴走してアメリカ大使館に飛びこみそのまま逮捕されて警察署で暴れ殺す」とか言うバカの計画が挙行される。しかも逃亡方法が「取調室の壁を蹴って壊す」である。もうリアリティラインがグチャグチャ。心が踊るとはこのことだ。
 ヌンチャクに槍にトンファーなど各種武器を使う敵がワンサカ出てきて好景気であるし、意味もなく挟まれる面白シーンでは山城新吾のオチャラケと素で笑ってるように見える千葉ちゃんが見れて、さらに「あいつ」まで出てきちゃうのである。アクションも前作から変化をつけて雪山(なお主人公が何故雪山に行ったのかは全く不明)、ソープランド、暗がりなど多彩だ。
 これで全編、千葉の顔面が爆発していたら申し分なかったのだが今回は点在して爆裂する。そして前作の回想が5分くらいあり水増し感がパない。83分なのに。やはりこのへんがいささか物足りなかったか。ただすごい顔でバナナを食い、すごい顔で酒を飲み食べかけのバナナと共に傷口に吹きかけ、さらに酒を飲むように浴びる(浴びるんですよ)問答無用のシークエンスには脳をえぐられるような衝撃があった。前作ほどの狂乱はないが、十分に狂っている。得たいの知れぬ力がわいてくる一本だ。

【5月】

1日『吼えろ鉄拳』 鈴木則文 95分
 1981年。ジャパン・アクション・クラブの秘蔵っ子、真田広之主演の2作目。大富豪の双子の弟であることを知った青年が日本へ渡り、自分の生家の背後で蠢く陰謀に立ち向かう。
 勧善懲悪の復讐譚だがカラリと明るいトーンがあり、真田広之の顔、色香、アクション(そして肉体)がものすごく、さらには千葉真一、志穂美悦子、石橋雅史ら70年代のレジェンドどもがゲストで出ていて香港ロケもゴージャスで力の入り方が違う。人権を若干投げうったアクションやスタントの数々も頭がおかしくて見物である。
 のだがしかし。若くてイケメンでピチピチした真田を売りに出すにしては、演出も内容もノリもあまりに70年代東映のままなのだ。何かが失われているのではない。時代が違うのに、昔のやり方のまま撮られている。新しい食材なのに、古い味付けのままなのだ。ここに大きな齟齬がある。空回りしている。真田広之の美しさ、すごさが存分に引き出されているとは感じられない。
 面白いことは面白いのだけど、千葉、志穂美、石橋らが制覇していた「いかがわしい」70年代と、フレッシュで若々しい清潔なアイドルの80年代の温度差を感じざるを得ない寂しさもよぎった。同時上映が松田聖子主演の『野菊の墓』だってんだから、つまりはそういうことなのである。




1日『華麗なる追跡』 鈴木則文 83分
 1974年。表の顔はスーパーカーレーサー、裏の顔は父の死の真相を追い求める秘密捜査官。彼女が華麗なる変身と拳法で麻薬組織を壊滅に導くアクション。ねじれたエロもあるよ!
 志穂美悦子が変装七変化をこなすアイドル的映画である。ちゃんと「例の名乗り」もやるのでまんま多羅尾伴内だ。ドレスも男スーツもメガネの事務員姿も着こなす志穂美悦子の幅の広さは見応えあっぷり。志村けんみたいなババアの変装はそんな馬鹿なと言いたくなるが鈴木則文監督作なので仕方ない。ゲスト出演のマッハ文朱もかなり強くて扱いもよい。でもその父親役が由利徹ってのは鈴木則文監督作とは言えこう、ひどくねぇか?
 一方で友人がやけに無残に死んだり(とは言えこれは女必殺拳シリーズも同じだが……)、敵のボスがクマのぬいぐるみを着てネットリと女を抱いたりとソフトとハードの差が激しく、水と油を無理くり飲まされているような気分に陥る。特に廃人寸前になった女性が全裸で甲冑の中に押し込められているシーンなど現代から観ても相当にフェティッシュだ。しかも特に意味がないのがすごい。
 志穂美のアクションは書くまでもなくピカイチであるし東映特撮を思わせる砂利山爆発の中を駆け抜けるグレイトな場面もある。ただラスボスの天津とのロープウェイ内での戦いがいかんせん絵的に地味で最後の最後に締まらなかった。その直前に石橋雅史がほぼ無意味に爆死しているのでなおさら。あと画面がマジ暗くて殺陣が堪能しきれず。勿体ない映画だと思った。




1日『世界最強の格闘技 殺人空手』 山口和彦 74分
 1976年。日本にも、モンド映画(胡乱な文化や行いをケレン味たっぷりに記録したドキュメンタリー)が存在した! イタリアのヤコペッティに対し、日本は山口和彦! テーマは……殺人空手!!!
 大塚剛によって創設された「プロ空手」(興行的空手試合。K-1のご先祖のようなものか)、その選手たちを追う前半。強者を求めて大塚が香港、マレーシア、ネパールへ飛び、ネパールで対戦相手を殺して帰ってくる(服役しろ!)までを描く後半の二部構成。
 打撃や空振りにもビシィッ! ブゥンッ! と効果音が当たり前のようにつく。「どう見ても別撮りのかっこいい映像」「野良のイノブタを鍛練と称してボコり殺害」「野生のマムシを殺して生き血をすする」「生肉を殴ってえぐってトレーニング(ロッキーか?)」「秘地と呼ばれたカンフー武館に案内されるも突如として襲われる」「大塚を尾行してくる男が何故か劇映画のように撮影される」「大塚、ついに相手を殺害」
 ……などなどなど、あなた「ちょっと盛る」とか「やらせ」にしてももうちょっとこう、やり方というものがあるでしょう、と説教したくなる演出ぶり。昔の倫理観はどうなっておるのか。だけどここまで突き抜けていればもうね、いいんじゃねぇかな、よし。劇画の世界を大真面目にドキュメンタリーとして構成したツラの皮の厚い、ぶっとい映画である。




3日『必殺女拳士』 小平裕 81分
 1976年。志穂美悦子の「女○○」モノ最終作。悪党たちに再起不能の傷を負わされた父親に鍛えられた女格闘家がアメリカから帰国。巨大な空手組織を作り上げていた仇の首魁に挑む。
 父親が千葉真一で、志穂美を鍛えた末に死ぬというのはいかにも「禅譲」といった趣で熱いけど、元は醜悪な世界にビッと咲く花の如き存在感で鳴らしていた彼女にそういうモノを背負わせてしまうのは逆行してやしないかとの違和感がつきまとう。同姓からのアイドル的人気がすごかったという志穂美のしなやかな美しさと殺陣は充実している分その重みが気になってしまう。
 それはさておき書いた通りアクションは安定しつつもかなりよい。vs倉田戦の執拗な前蹴り連発など最高でかなりテンションが上がる。他方撮影がもうひとつといった印象で、他監督に近い演出だと言うのに何故かこう、なんかこう、うまいこと回ってない。不思議なものである。こういう作品に縁遠そうな佐藤蛾次郎と加藤嘉が出ていて、「石橋雅史に攻撃されて死にかける加藤嘉」という激レアなものが見れる。




5日『ポゼッション』 アンジェイ・ズラヴスキー 124分
 1981年。どうかしている。何やら怪しい長期の仕事を終え妻子の待つマンションに帰ってきた夫。しかし妻の様子がおかしい。精神も不安定そうで、男を作ったのかと問いただせば「そうだ」と答える。家出したり帰宅したりを繰り返しいよいよ様子が変だ相手はどんな野郎だと探偵を雇ってみると……
 双方そこそこにメンタルをやっている夫婦の不仲と妻の不倫を描く映画、かと思っていたら中盤から「オイオイオイ」後半は「ちょっとちょっと」と未知の世界へと誘われるジャンル横断というかジャンル蹂躙ムービー。予知などしようがない展開に驚きはする。だがつきまとうようなまといつくような、ネッチョリとした撮影の禍々しさと空も街も呪われているような色合いによってこのトンデモ展開に一定の説得力がある。
 アジャーニの壊れそうな美貌とサム・ニールの崩れそうな雰囲気も秀でているけどやはりこの異様な撮影とカメラワークが秀逸なのだろう。いやしかし「妻を寝取られる」「妻が変わってしまう」ことをこんな風に描くって監督、やっぱどうかしてますよ。『ザ・ブルード』の歪みと『反撥』の神経症ぶりを悪魔合体させちゃったような悪い夢映画。いや変なの観ちゃったねぇ……




5日『女必殺拳』 山口和彦 86分
 再見。やはり『危機一髪』の方が好きかな。




6日『暴走パニック 大激突』 深作欣二 85分

 1976年。ヤケクソという言葉がこれほどふさわしい映画があるだろうか!! 電光石火の強盗を繰り返す大阪の2人組の男。不幸にも若い方の奴が脱落し、残った山中はふとしたはずみで知り合っていた女と共に警察、若い奴の兄、一般市民や暴走族から逃げに逃げまくるカーアクション。
 くすぐりのようなクラッシュや暴力シーンを挟み込みつつ、主人公たち/しょうもない平警官/自動車工の青年の3つの話がエロや人情やフラストレーションを振り撒きながら平行して進む。この平行進行はいささかギクシャクしてるけども、それぞれ追い詰められイラついていることは共通。
 そしてこいつらが一本の道に合流してついになだれ込むクライマックスその膨れ上がるヤケクソっぷりに脳からガンガンに汁が噴出。疾走する渡瀬、追う室田、吠える川谷をトップ集団に理屈も理性もかなぐり捨てて渦を巻く狂人暴走集団。大阪なので「うるせーバカ!」ならぬ「やかましいわアホ!」な勢いに涙すらにじむ。
 男と女のハードボイルドなやりとりもかっこよいし、深作印のゴチャついた撮影もこのヤケクソ(3回目)ぶりに火をくべ油を撒く。ラストの「よし!!!」と言わせてねじ伏せる快感も素晴らしい。尻上がりによくなる、終わりよければすべてよしのお手本のような映画。明日も頑張れる(頑張れなければ暴走して逃げたらよい)気になる逸品。

 


8日『女必殺五段拳』 小沢茂弘 77分
 1976年。志穂美悦子「女○○」モノの4本目。とは言え3までの女捜査官・紅竜とはうって変わってこちらは空手大好きな呉服屋の娘さん。親友の擬似的兄妹が絡む麻薬の密輸を暴こうと、見合い相手として紹介された麻薬Gメンの言うことも聞かず素人暴力探偵をやっていく。 
 前年の『華麗なる追跡』の流れを引いて、これまでのエログロはほぼナシとなり明るいトーンが混ざる。高名な空手家だったはずの鈴木正文がアクションもなしに東北弁のお父ちゃん役でコメディリリーフとして出てきてこれがけっこう楽しい。和服から侍まで志穂美の七変化も華やかでいい。
 でも擬似兄妹の受ける差別や彼らの顛末、麻薬Gメンから旧時代的なことを言われてシュンとする志穂美など重苦しい場面もあってどうもチグハグである。さらにそのGメンが渡瀬恒彦だってんだから画面にちょいちょい殺意が走るし彼の拳は「マジ」なやつなので怖いのである。しまいには刀まで振り回すし。こわいよ。
 コメディタッチな冒頭からしたら、真面目な渡瀬の捜査を素人探偵の志穂美&ミッチーがかき回して最後は三人揃い踏み、悪党全員フルボッコ、みたいなんを期待していたのだが。「アクションだけでないエッちゃんを可愛く前面に押し出したい」のはわかるし確かに可愛かったけど、どうもどこに行きたいのかよくわからない惜しい映画なのだった。大立ち回りの舞台が撮影所なので相当な早撮り・撮って出しなスケジュールだったのだろうなァ。




12日『競輪上人行状記』 西村昭五郎 99分
 1963年。久しぶりに魂を掴まれた。坊主をやっていた兄が死に、身体を悪くしている父親と兄嫁の住む寺を継がなくてはならない流れになった清く正しく生きようとしている教師。しかし貧困や薄汚れた世間に直面し疲弊。そこでふらりと入ったのが、競輪場……
 小沢昭一だし坊主が競輪にハマるなんてあらすじなので喜劇かと思いきやこれが重い苦しいつらいの三重苦ドラマ。教師をしていても坊主をしていても現実の壁にゴンゴンぶつかり心は血まみれ。そして壁を乗り越えるか回避するかしようとして頭をぶつけるのが博打でも熱々の鉄火場・競輪場ってんだからもう救いようがない。悲惨すぎてなんかもう半笑いである。
 それでもなお本作は「トラウマ映画」なぞではない。そんな所にとどまるタマではないのだ。苦難を突き抜けて真っ黒い奔流がほとばしるようなヤバい熱気、ドロついた人間の邪な生気に満ちていて首の後ろからクワッと血が頭に上ってくる。まさに博打のようなアブない高揚感のある映画だ。それまでしれっと流していた競輪の本編をクライマックスにガツンと持ってくるなんざもう、憎いですね。
 脚本の今村・大西コンビのおかげもあろうが、終始貧乏臭くて泥臭い世界観といい意味でせせこましい演出があまりに見事で、ここに貧相な顔(こらっ)の小沢がバッチリはまってしまう。驚くような方向にゴロゴロ転がって落ちていく筋書きからの、終盤の謎の解放感までまぁ本当に見事な映画だった。あと何があっても競輪はやるまい、と思った。




12日『逆襲!殺人拳』 小沢茂弘 83分
 1974年。いかなる仕事も引き受ける闇の仕事屋・剣。大企業と政治家の汚職に絡んだ盗聴テープを巡る争いに巻き込まれるダーティーヒーローアクション3撃目。
 テープとカネの行方がこんがらがり圧力と裏切りと転向が噴出し二転三転する筋書きそのものは面白い。妹分の志穂美悦子を客演としたアクションもシリーズでベストの充実ぶりだし剣の汚さにも磨きがかかっていて魅力たっぷり。でもどうもこの、パワーが足りない。1に満ち満ちて2にもあった圧倒的なサムシングに欠けている。色々考えるとやはり「千葉真一の顔面力の不足」に行き着く。
 ハッタリのすごい本シリーズの象徴とも言うべきだったのが「千葉真一の顔面力」であったろう。あの理屈を越えた、歌舞伎や琥珀さん(HiGH&LOW)を凌駕する濃厚さが映画に魔力を与えていたのであり、それは気の効いた脚本や濡れ場などで補えるものではなく、機動性の高い役者たちの高品質な立ち回りでもまだ足りなく、メキシカン衣装のビームを出す暗殺者とかいうおかしなキャラが降臨してもなお足りない。
 ゆえにこの映画はそれなりに楽しめる作品であっても、シリーズの中の1本としては腹六分目といった仕上がりに落ち着いてしまっている。やはり映画には過剰さが必要だ。ビーム暗殺者が山城新吾が司会をやってるテレビのビックリ人間ショーに出ているあたりの狂いぶりは好ましかったのだが……




14日『ザ・カラテ』 野田幸夫 87分
 1974年。偉大なる空手家の父を持つ山下タダシは、世界空手大会に出るため米国から日本へ。青年らしく無理を通そうとしながら好敵手たちと出会い、その大会の裏で動く陰謀へと肉薄していく。
 千葉真一に続けとばかりに全米空手連盟の理事長でありかつブルース・リーとも繋がりのあった山下忠にオファーが行き作られたカラテアクション。
 日系アメリカ人の山下をはじめとして、戦う空手家たちは全員外国人。激烈に動ける人々ばかりだけど演技がアレだし、「ドチラーガ ハヤイーカ タメシーテ ミマスーカ?」「オレ コロスィヤ デハナイ!」「ヤパーリ キテヨカッタ!」などなどみんなしてカタコト。でもやっぱりアクションはすごい。
 ついでに師匠役の鈴木正文も空手家のため、ヒロインとお笑い担当(山城新伍)と悪の偉い奴ら以外は全員「演技があやしい」ことになる。ついでに言うとタダシを育てたメキシコ人?のバーチャンは声優による吹替がなされている。演技で魅せる作品ではないとはいえこの凸凹感、凄みがある。
 主演の山下の動きのキレはブルース・リーを基礎に千葉、志穂美、倉田に引けをとらない素晴らしさだけど、いかんせん主演として華がない。ラストのすごい顔のおじさんとの激闘などかなり魅せてくれるのだがいかんせん華がない。ここも凸凹である。本格派空手から文字通りの飛び道具まで取り揃えたアクションはすごいけど、なんかこう、パッとしない。でも愛嬌があって嫌いになれない作品だ。映画というのは奥深いものだとつくづく思った。

 


15日『天使にラブ・ソングを……』 エミール・アルドリーノ 104分
 1992年。on金曜ロードショー。




18日『仮面ライダージオウ NEXT TIME ゲイツ、マジェスティ』 諸田敏 64分 
 2020年。「将来の夢は王様」と語る変わった奴ソウゴとちょっと心を寄せるツクヨミが友達の、柔道に打ち込む普通の高校生・景都(ゲイツ)はある日、試合中に大怪我をしてしまう。失意の中謎のロボットに襲われ、白っぽい服装の変な奴から時計のようなものを渡されるのだったが……
 巻き戻り書き替えられ平和になった「仮面ライダージオウ」の世界で始まる新章。元々過去改変、未来、平行世界、異世界など何でもアリな作品である。ゲイツの背景ももう少し掘り下げて描いてもよかったかと思うのだけど(それとも記憶が改変されてるだけなので本当の過去は存在しない?)、いわゆる2号ライダーが完全に主役となるようお膳立てされる筋書きと加えられたヒネリが巧みで唸る。
 ファンとしては平和に暮らしているレギュラーメンバーの学園生活や、尋常でなくガードが堅い衣装だったゲイツの脇とか半ズボンとか普通の服装が見れてよい感じである。しかしウールくんは新世界でもこういう扱いなのか……。2号ライダーたちの適材適所な客演も嬉しい。一方でアクションが通りいっぺんといった感触で驚きがないのが瑕瑾であろうか。ジオウ新編ではなく完全なる新作として「ツクヨミ」「オーラ」「ウール」ともう3本くらい続いてほしいものだがさて次はいつになるのやら…………




20日『直撃!地獄拳』 石井輝男 87分
 1974年。警視総監により集められた忍者の末裔、元刑事で今は義理堅い殺し屋、拳法の達人で死刑囚、そんなクセのある3人が、日本を蝕む麻薬ルートの撲滅を狙いつつヤクの横流しも目論んじゃうアクション娯楽映画。
 カラテアクション映画で世界に羽ばたいた千葉を主演に据えた明るく軽い作品で、下品でしょーもねぇギャグもあるし、つらい暗い過去や復讐譚などではなくちょいワルな奴らがスケベ心を出しつつ仲良くケンカしながら麻薬組織と戦うってなマイルドな内容。
 けっこう適当な展開やキャラの出し入れは味があるけど、気の狂ったようなデザインの奴らが出てこないのは寂しい。男3人のガチャガチャやる様子は観ていて概して楽しく、たまに無駄にカッコいいショットや演出が混ざるのもよい。千葉の大バトルと佐藤が運転する車の乱暴な運転のカットバックなどワクワクしてしまった。こちらも相当にざっくりした作品なのだけども続編の方がもっとアレらしいので今から楽しみである。 




22日『ほんとにあった!呪いのビデオ』② 中村義洋 56分
 1999年。再見。レンタル落ちを買ったんだけどAmazonプライムにあるのね……




23日『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』 山本迪夫 93分 
 1970年。恋人の元へと出向き1週間以上音沙汰のない兄を追い、山奥の洋館に行った妹とその恋人。しかしそこに兄はおらず、兄の恋人も少し前に亡くなっていた。洋館には不気味な雰囲気と人影が……
 東宝がジットリした怪談モノから離れて作ってみた和風ゴシック怪奇映画。古びた洋館、女主人、死んだばかりの娘、不気味な使用人などなど道具立ては揃っているし、草っ原にスッと立っていたり横切ったりする女の姿はJホラーのご先祖様っぽくて目を引き付けられる。とは言え禍々しさより美しさの方が先に立つのだが。
 作品としてはカラーだし画面が全体に明るくてまるで怖くないのが痛い。一番怖いのが老医者の語る戦地怪談であったりする。終盤も説明的で、カタストロフの如く吹き出る血にはテンションが上がったけど、恐怖を期待するとなかなかにつらい。ポコッと現れる地味に豪華な役者陣が儲けもの感あるけども、「邦画ゴシック怪奇映画である」点を除いてはこれといって特筆すべきこともない、かなぁ……




29日『EXIT』 イ・サングン 104分
 2019年。やったぁっ!! 最高だッ!! 大学を出たはいいが無職で数年、実家暮らしな青年がカーチャンの古稀のお祝いで都会のビルへ。そこで昔告白した後輩の子と再開、と思ったら街中で毒ガスが発生! 上へ上へと迫り来るガスから逃げられるのかっ!!
 韓国映画で街に毒ガス、ともなれば人がバタバタ死んだり家族友人が無残に死んだりを想像するが(偏見)、残酷なシーンや流血などはまるでない、明るく楽しくハラハラドキドキ、テンポのよろしい痛快無比なスーパー娯楽作品である。序盤、絶妙な無職あるある描写(親戚の集まりで肩身が狭いなど)でしみじみ笑わせつつ後輩女子との邂逅で導入は万全。
 毒ガスが発生してからの街のパニックもやりすぎない程度で素晴らしいし、ダメダメ主人公がド根性を見せていく姿は力が入りまくり。主人公家族がアアーッと嘆くリアクション場面はたっぷりあるけど、長ったらしい余計なドラマもなく、あとは「ガ、ガンバレーッ!」の連続である。最新技術のポジティブな使い方もナイス。
 主人公は無職でヒロインはブラック企業の名ばかり管理職と、身の詰まったエンタメをやりつつ若者の苦労も描いて社会派の匂いもほんのりさせてるのがまぁ見事ですね。「取り残される」「見つけてくれない」も暗喩のように思える……これは穿った見方。とにかく100分、ミチミチに充実したグレイトなやつです。時間を忘れて楽しみたい方は是非。

【6月】

2日『フィンガー5の大冒険』 石森章太郎 28分

 1974年。東映まんがまつり初のアイドル劇映画。しかも監督は石森章太郎。大人気のフィンガー5の「末っ子」2人が不良5人組「全ガキ連」に因縁をつけられバスケ勝負をすることに。経験のないスポーツに苦戦を強いられていた彼らのそばに、物語冒頭で現れた花の妖精が現れ……
 フィンガー5の曲と共に描かれる30分足らずの短編でかろうじてストーリーのあるイメージビデオかMVといった印象。にしては口の動きと台詞が合っていなかったり映像がチャカチャカしててグループの可愛さかっこよさが存分には切り取られていなかったりする。しかも肝心のバスケの試合、実況解説までついているのに完全に無人の体育館で行われる。無人の体育館におけるアイドルによるバスケ、ちょっと異様である。よほど多忙だったのであろうか。
 監督のご縁で仮面ライダーV3の人形が登場するのはご愛嬌ながら監督のご一家までカメオ出演していて何してるんスかと言いたくなる。強引なパワーアップ展開も含めて昭和の特撮っぽいと思った。ほら、野球対決とかあるでしょ。ゴレンジャーもラグビーボール使うし。





3日『直撃地獄拳 大逆転』 石井輝男  86分
 1974年。0点!! 慈善家の持つダイヤを巡ってニンジャとニヒルとスケベの三バカが再び跳ね飛び駆け回り、席を外している奴の酒にフケやハナクソを入れ、スカートの中を覗こうとしたり屁をこいたりするルパン三世×ミッション・インポッシブル、ただしIQは一桁!! 
 本筋は保険金に絡むギャングの陰謀ということになってるけどとにかくもう信じられないくらいバカなギャグと下ネタの無駄が多い。序盤、千葉真一が中に隠れていた飾りの鎧兜ごと動き出したはいいが口当てのせいで「ムゴゴッ! ムホホホッ!」としか喋れない場面からして鬼気迫る。接着剤の場面やレストランのシーンなんか1ミリもいらないし飛行機のくだりも気が狂うほどに馬鹿馬鹿しく、ラストの大胆すぎる越境も完全に不要である。
 主演の三バカの面々もヒロインも、何やったら重鎮の池部良も丹波哲郎もあと「あの人」までなんだか楽しそうにこのアホな世界観を演じている。なんつうか頭からシッポまで無駄ばかりだ。しかし無駄とは贅沢の別名ではなかったか? いやそれにしたってアホバカすぎやしないか? 「大逆転」は当たってるけど「直撃」でも「地獄拳」でもねぇぞ?? ……そんな風に0か100の間で心が揺れ動く問題作。観なくていいけど必見!!




5日『エロ将軍と二十一人の愛妾』 鈴木則文 92分
 1972年。せ、せつねぇ……新たなる将軍として選ばれた学問一辺倒で女を知らぬ豊千代。ところが諸般の事情で表に出られなくなり代わりに選ばれたのが豊千代ソックリ、風呂屋で背中流しをしていた角助。黒幕・田沼意次からうまくやれよと言われたこの男、実は性の達人だった! 大奥でスケベ三昧、田舎時代の幼なじみも城に呼び、世をよくしようと思っていた、のだが……
 このタイトル、この冒頭、少しの風刺の匂いはあれど、女の裸が乱れ舞いバカなギャグが飛び交うSimpleスケベ時代劇として走り出す本作。しかし中盤から折り曲げられるように驚くほど暗く重い展開へと突入する。でも女の裸は邦画史上に残るレベルでめっちゃ出るため、ものすごい気持ちになる。エッチな映画なのにその、男/権力者による女へのエッチなことの行使が明確に暴力として描かれるのである。
 肩肘は張ってないのにリッチな映像と演出が頻出する。でもこんなに見事なのにスケベ時代劇なのだ。しかし見終わった後に腹に残るのはもったりとした切なさばかりである。バカとスケベとポリティカルとシリアスが平気な顔をして90分の中に座っている。心底おそろしい作品だと思った。映画は本当におそろしい。




11日『スピード・スクワッド ひき逃げ専門捜査班』 ハン・ジェニ 133分 
 2017年。巨大自動車メーカーと警察長官との癒着を追っていた内務調査班がトラブルと罠によって解散に追い込まれる。あぶれた女刑事は「ひき逃げ捜査課」へ。妊婦の係長とボンヤリしてそうなメガネ青年のいるそこはいかにも閑職だったが──
「ちょっと物足りないな! よしカーアクション入れとくか!」の精神でおなじみの韓国映画が繰り出してきたカーアクション刑事モノ。刑事vs財閥のわかりやすい構図を取り入れこりゃ面白いに決まっている、はずだったのだがしかし。二転三転してその分闇が濃くなる展開と薄暗い雰囲気と車ブンブン&クラッシュの疾走感があまり噛み合っていない印象。
 刑事vs財閥モノとしては『ベテラン』という潔い快作があるゆえか、「上の者にゲシゲシ叱られる」「内務調査班の裏」「恨みと怒りを抱えた財閥の若社長」「メガネくんの過去」「ドン底からの復活」などいろんな要素が入れてある。全部入れで食べごたえをよくしようとしたのだろうが結果お話の筋運びが甘く掘り下げが浅くなり消化不良を起こしている感じだった。
 役者勢とカーアクションは充実しているがゆえに、人物とストーリーの積み重ねが足りない分実に実にもったいない作品となっちゃっている。若社長のあの設定も必要だったのだろうか? 韓国映画の何でもやったらんかい精神がいささか空回りした惜しい作品。続編へのスケベ心がめっちゃ出てる終盤もどうかと思う。




12日『ロッキー』 ジョン・G・アヴィルドセン 119分
 1976年。フィラデルフィアで借金取りをしながらしがないボクサーを続ける男、ロッキー・バルボア。ペット屋のメガネっ娘エイドリアンに声をかけたりジムで邪険に扱われたりの毎日を過ごしていたある時、降ってわいたように世界チャンピオンから挑戦者に指名される。
 スタローンを世界に羽ばたかせたいろんな意味で重要な一本。試合シーンはラスト20分足らず、ラウンドはコンコンすっ飛ばされ、ボクシングは乱暴で(これは当時がこうだったろうから仕方ないけど)かなり食い足りない印象は残るが、今観返すとそこはさほど重要ではないように見える。
 フィラデルフィアの貧困地区の街並みと、ロッキーをはじめとしてそこで営まれる人々の生活が重苦しくなくさらりと、しかし生き生きと描かれるのが魅力的なのだ。高利貸しからダメな兄貴まで、どうも憎めないというか「そういう奴ら」として素描されているのがいい。チャンピオンのアポロも「自己演出に余念のない黒人」であることも、一種の裏返しな苦労を感じさせる。
 ロッキーとエイドリアンのハイパーぎこちない恋愛劇が前半のメインであることからもわかるように、これはアメリカン・ドリームに手を伸ばす男の物語である前に「ひとりの男がひたむきに頑張る」映画なのだ。そこが44年経った今でも人の心を打つ理由……44年も前かよ!!(急に驚愕)




13日『徳川セックス禁止令 色情大名』 鈴木則文 89分
 1972年。おもしろかった、けど『エロ将軍と……』に引き続いてションボリ。女嫌いの殿様の元に徳川家の血を引く箱入り姫様が嫁いだものの、双方愛なき結婚だった上に仲良くもできず、おまけに子作りの作法もなんも知らずみんな大弱り……なスケベ時代劇。
 性知識もないし致したくもない二人だけどどうにかしてやらにゃいかんと頑張ったり、悪い商人が現れて外国人女性軍を使って殿様を仕込みメロメロにさせたり、スケベに目覚めた殿が「下々の者は毎日こんなことしてるのか! けしからーん!」とタイトル通りの政令を出すまでは実に馬鹿馬鹿しくてホンワカするのであるが、しかし。
 中身はこんなんなのにむやみやたらに金がかかっているし、かっこえぇ撮影と演出が炸裂して頭が混乱する。序盤の駕篭屋の猥談~乱行茶屋~殿の入浴のキレまくった編集はどうだ。でもバカ展開からメキメキと笑えない事態になっていく様子を観るにやはりこれは真面目な映画なのである。おっぱいはやたら出るけど反骨と権力(法律)へのジト目が底を流れている。女たちの怨念もかすかに聞こえるようだ。
 反骨心と破局の凄味は『エロ将軍と……』に譲るが、お堅いながら気のいい殿からはじまりエッチなおじさんとなって暴君となり最後は呆然自失となるまで、90分足らずで人間のめくるめく変化をまるで肩肘張らずに演じている名和宏がとにかくすごい。こういうのを名演と言うのかもしれない。姫様にもうちょい見せ場(エロではなく)があったらもっとよかった。いやぁ映画ってすごいなぁ。 




15日『喜劇 特出しヒモ天国』 森崎東 78分
 1975年。笑って怒ってハラハラして泣いた……素晴らしかった……。ヒモの男を引き連れて全国を回る旅ストリッパーたち。自動車のセールスとして月賦の支払いをもらいにきたはずの気弱な山城新伍はあれよあれよでストリップ小屋の支配人になっちゃって、な男と女の絡み合うドタバタ喜悲劇。
 よくもまぁこの短さにこれだけのもんを詰め込んで過不足なくパシパシと小気味良く語り切ってしまえるものだと舌を巻く。縦糸の脱ぐ女たちと横糸のヒモの男たちが右往左往七転八倒、これに時代性の熱と勢いが合わさって通常の映画の体感1.2倍・濃度1.6倍で物語が織られていく。「工事中」のネーチャンから聾唖のカップルまで、出てきてちょいとでも見せ場のあるキャラたちのなんと生き生きとしていることか。
 テーマとしては怪しい説法坊主の殿山があらかた語ってしまっているのでわざわざ書くこともない。観ればわかる。その説法が響く中、小屋に帰ってきてからすぐに靴でも脱ぐように服を脱ぎ胸を露出して出番に備える池玲子の凄味はどうだ。芹明香のモノホンにしか見えないアル中演技はアカデミー賞候補になってもおかしくない。グツグツ煮え立つ鍋のように、人間の生が全編から渦巻くようにあふれ出てきて、流れに呑み込まれるような逸品。邦画ってすごい。




15日『ほんとにあった! 呪いのビデオ』87 KANEDA 65分
2020年。あんまりひどい。どうなっているのか。以下ド長文で褒め3:文句7くらいで書きます。すいません。
 まず短編はほどほどに、悪くはないといった感触。「車に無数の手形がつく」なる古風な現象はさておきその前段階の現象にはオオッと思わせる「異世界」。たくさんのカモメが軽やかに飛び交う中に動かない異物の存在感が光る「船上」。昔のほん呪を思い出させる雰囲気の「物怪」も怖さはさほどでもないがまずまずな印象を持った。
「不審者」も、一味足しちゃって全体がモンヤリしているものの裸足でトイレを歩き回るイメージは鮮烈である。ナレーションの日本語が変なのは相変わらず、でもこれだけだったら「少しは、持ち直してきた、かな?」と感じたであろう。しかし。
 長編「黒く蠢くもの」に登場する新人AD上田、彼がいけない。容認しがたい。彼本人も、彼をこの作品に出したスタッフも許しがたい。土下座をする依頼者(身重)を誰も頼んでもいないのに撮影し、それを嗜められると「面白いかな、って」と言い、「でも面白い映像が撮れたらそれでよくないですか?」と半笑いで開き直る。彼はそういう奴である。 
 今までダメな人や頼りない奴はレギュラー/取材対象としてたくさん出てきたしムッとしたことも一度ではないが、それはあくまで作中の流れにおいてであった。この上田に関してはただただ一個人として不快である。腹が立つ。その後も取材で勝手にスマホ撮影、依頼者の夫の前でヘラヘラ笑って怒られる、監督や演出補の指示もなしに夫に突撃しインタビューを試みて結果仕事には遅刻、「遅れます」とか連絡もしていないし電話にも出ないなど、ただただ不快な奴である。
 この監督になってからのほん呪が十分に面白いか、少なくとも及第点の怖さがあれば「困った野郎が出てきたなぁ」で済んだやもしれぬ。あるいは比較的新興の、他の心霊ビデオシリーズならそのようなアプローチもアリだろう。
 しかしほん呪は87巻を数えるブランドである上、K監督になってからの品質の低下は著しい。そこに明確なイライラの対象となる新人が登場となれば、これは怖さでなくキャラで押し通そう引っ張ろうとする安直さが透けて見える。端的に品がない。志が低い。そのせいでまずまず不気味な長編のキービデオ「どろどろ」の存在感がなくなってしまっている。本末転倒である。今後このイヤな彼がどうなろうと(改心する、祟られる、変わらない、いきなりヒグマに襲われるなど)、その安直さにすがった姿勢は消えないのだ。
 キャラが面白いことは本編の面白さがあってこそであり、今のところ面白くない本編に面白くない上に不快な新キャラが出てきただけである。そして最後には「過去の作品のスタッフが再登場」だ。ふざけるのも大概にしてほしい。嫌な新人の登場という安直に、過去作のスタッフ降臨という安直を重ねた度し難い楼閣である。これで盛り上がると思っているのか。そりゃ一瞬は盛り上がったけど、でも監督はK氏のままなのである。現在にとどまらず過去にすら泥を塗るつもりだろうか。
 マジでひどい目に遭ったと憔悴していると、本編の終わりの終わりの暗転の中で、ナレーションの中村義洋が「がんばろう、ニッポン!」とつけ加える。流行病の時局を見据えたオマケであろうがこの一言で私の怒りは限度を越えた。「おーまーえーがーがーんーばーれーよーーーー!!!!!」と心の中で極限大絶叫。無論これはナレの中村義洋監督にではなく制作陣への憤激である。こんな風に怒っているが怒りゆえにちゃんと見届ける。次の巻も観るし内容いかんによってはさらに激怒する可能性すらあるがきちんと見届ける。本当に勘弁してください。うまいこといってください。私は怖くて面白いものが観たいのです。最後になりますが旧事務所さんお疲れ様でした。スタッフの皆様、新事務所へのお引っ越しおめでとうございます。それはさておき…………許さん!!!




19日『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』 ジェームズ・ガン 133分★
 再見。映画館リハビリ1本目としてこれ以上の作品はなかった。




19日『クリード チャンプを継ぐ男』 ライアン・クーグラー 137分★
 2015年。泣いた。泣いたね。一流の会社に勤め、母親とも仲良く、何不自由ない人生を送る青年・アドニス。しかし彼はひっそりとマイナーなリングでボクサーとして戦っていた。彼はあの伝説のボクサー、ロッキーの宿敵にして親友、世界王者アポロの息子だった── 
 ボクシング映画の金字塔『ロッキー』、その新世代を描く。シリーズは1と2しか観てないのでアレだがそれでも泣かされた。いわば成り上がり物語だった『ロッキー』から、人生に苦悶や悩みなどほとんどないように見えるの青年が「何か」に突き動かされそれを勝ち取らんとする物語へと現代的にアップロードされ、それと共に試合シーンの撮影、編集も何段階ともなくグレードアップされていて没入感が半端ではない。ものごっつい長回しで引っ張り回したと思ったらクライマックスはキレにキレまくる編集でこれでもかと言うくらいに見せつけてくれる。
 ファンムービーやネタ切れな映画に堕することなく、ここまで美しく崇高な「次世代」「魂の継承」を見せつけられたらそりゃー泣きますよホント。大きな欠落を抱えながらかぶりついていくアドニスと老いたロッキーの友情ものとしても胸が熱くなる。これを劇場で観た熱烈なファンは死んじゃったんじゃなかろうか。心底いい映画です。




20日『サッドヒルを掘り返せ』 ギレルモ・デ・オリベイラ 86分
 2017年。あまりにも素晴らしい(そして私も心から愛する)映画、セルジオ・レオーネ監督『続・夕陽のガンマン』のクライマックスの舞台となった架空の巨大墓地「サッドヒル」。撮影後は放置され土を被っていたこの場所を、地元のファンや有志たちが甦らせようとする姿を、当時本作の撮影に関わった人々の裏話を交えて撮るドキュメンタリー。
 裏話や当時の写真はものすごく面白い。フランコ政権に金を払って兵隊さんを借りてロケ地を作ったりエキストラとして動員したりしたとの話にはおおいに感心させられた。動員させられた兵士が出てきて様子を語る場面など「れ、歴史~!!」と興奮する。
 ただ、本筋となるのは墓地の復元である。これは要するに「土をほっくり返す」「土饅頭を作って十字架を立てる」「石を並べたりする」というハイパー地味な作業である。映画のロケ地を復活させるとの夢のある内容だし、墓に名前を書く権利を売って資金にするなどのナイスアイデアも飛び出すがいかんせん作業が地味にすぎる。
 大人の事情もあるのだろうが本編の映像はほとんど使用されないしドラマティックな展開もない。土をほっくり返し土饅頭を作って(略)なのでこの映画の熱烈なファンの私であってもさすがに平坦にすぎ、「これは、大変だなぁ……」と思うばかりな一本であった。今はただ「お疲れ様でした。よかったですね!」と言いたいだけである。いつか行ってみたいし、死んだらここに埋めてほしい。




23日『タイムコップ』 ピーター・ハイアムズ 99分
 1994年。タイムマシンの発明と共に設立された時空犯罪警察「タイムコップ」。その最初の隊員として指名された矢先、謎の男たちに強襲され妻を失った男・ヴァンダム。喪失感を埋めるように働き続けて5年ほど経ったある日、事件の捜査中に驚愕の事実を知る。
 細かいこと、つじつま、タイムパラドクスなどそういうムニャムニャに無駄の無さや細かいギミックでヨッコイショとフタをして、潔くこざっぱりと見せきってしまう実にこの「こんなもんですよね!」という具合の一本である。舞台は2004年ながら街並みがキノコ型タワーになってるなどの変化はなく、ガジェットも厳しいのは車のデザインくらいで、「少しばかりそれっぽく近未来」に止まっているため古びていない。2034年設定にしてもおかしくなさそう。アレクサみたいなんもあるし。
 ヴァンダムアクションの編集がもうちょいとこなれていればさらによろしかったとは思うものの、あんましバチバチキレキレだとこのイイ具合な作品から浮いてしまうかもしれず、こんなもんでいいのやもしれぬ。劇場で観たら物足りないだろうが、テレビやソフトで軽い気持ちで観ると腹持ちのよい映画だと思う。こういうのでいいんですよこういうので。




25日『(秘)色情めす市場』 田中登 83分
 1974年。これはまいった。大阪のドヤ街で立ちんぼをやる娘(なお母親も同業者)の生きざまをジョリジョリ切り取る日活ロマンポルノ。
 カーチャンも同業、弟は知的障害者、カーチャンのヒモ男に「一回どないや?」と言われ札一枚で抱かれエビス顔、女衒に逆らったらブン殴られ、客にはろくな男はおらず……と要素だけ抜き出すとこれ以上なかろうというくらいの不幸ぶり。ここにさらに焼けるような焦げるような苦しみがかぶさかってくるにも関わらず、それをほとんど肯定するでも否定するでもなく、ただ「そのように」描いていてこれがもう滅法に力強い。 
「やさぐれた」という言葉が世界一似合う芹明香の顔、口から流れ出る浪速言葉が匂い立つように素晴らしく、どれだけ曲げられても折れない大阪の女の凄みが全編にある。熱っぽい町と人間の営みを活写する撮影と演出も尋常ではやい。腹の底にもやついた生の力がグッと溜まる、スケベ版『じゃりン子チエ』とも言うべき作品だった。エロ映画を観に来たオッチャンたちはこれを観させられてどう感じたものであろうか。




26日『ざ・鬼太鼓座』 加藤泰 105分
 1981年。死ぬかと思った。実際終わってから10分くらい横になった。佐渡で結成された和太鼓集団・鬼太鼓座(おんでこざ)を描くドキュメンタリー、のはずが、監督が加藤泰であったからか、それはもう筆舌に尽くしがたいどえれぇことになってしまった。
 これは鬼太鼓座の演舞を基礎に据えた上でそこから奔放に飛び立ってしまう「映画」である。引き締まった肉体の躍動美と怒濤の笛太鼓のリズムだけでも十分であろうに、ここに不穏なる電子音楽やイメージショットが差し込まれる。肉体・音楽と電子音・イメージが拮抗し戦っている様を、しかし加藤泰は己の美学で無理矢理に束ねてくくってしまう。
 結果画面に繰り広げられるのは悟りの向こう側のような悪夢のような映像で、さらに重ねて「鬼太鼓座メンバーの日常風景」まで挿入されてしまうのだから脳が揺さぶられ彼我の境は溶けなにがなんだかわからなくなる。これは何なのか? ドキュメンタリーなのかプロモ映像なのか劇映画なのか? おそらくどれでもなくどれでもあるのだろう。どうかしている。魂を取られるかと思った。




27日『ああ爆弾』 岡本喜八 95分
 1964年。再々見くらいだけど本当に面白いしまったく本当にどうかしている。単身殴り込みをかまして刑務所に入りめでたく満期釈放となったヤクザの親分、ところが悪いヤツに組も組事務所も邸宅も盗られていたため復讐を決意するも……
 そんなあらすじのどこが面白いのかと問われればこれ、実はミュージカルなのである。邦画ミュージカルだと『鴛鴦歌合戦』という明るくたのしい作品があるがこちらはまるで別物。悪いヤツ側はモダンジャズだけど、組長側は能楽・浪曲・御詠歌・お経などの邦楽、落語のお囃子に軍歌の替え歌まで繰り出される上、キャラの台詞も時おり能楽歌舞伎調になって、これらがシッチャカメッチャカに入り乱れて全くのカオスなのだ。音楽文化の闇鍋である。
 さらにおそろしいのはこれがもうバッチバチのキレッキレの編集で完全に統率されているところ。ダメでカオスになってるなら悪口を言やぁいい。本作はめちゃ面白いのにカオスなのである。闇鍋なのに箸が進む進む! 「面白いけど……俺は何を観させられているんだ……ッ!?」と脳がじっくりコトコト煮えていくこと必至である。
 主演は濃すぎる演技から「ゴテ雄」とまであだ名される偉大なる俳優・伊藤雄之助、その顔面力がたっぷり堪能できる。その他芸達者な奴らばかり集めて演出も編集も素晴らしいのにこの軽さと喜劇性。たまらねぇですね本当。もっとたくさんの人に観て欲しい、面白い怪作であります。




29日『スーパーティーチャー 熱血格闘』 カム・カーワイ 101分
 2018年。面白かった。廃校寸前の学校の問題児だらけのクラスにやってきたドニー先生が通常映画の10倍の量と早さで存在し発生していく様々な問題を20倍の速度で解決していく音速スーパー教師物語。
 問題児組の抱える悩みが描かれる朝の描写からして実に手早く先生が教室に来てからあれよあれよと言う間に問題児各位のトラブルを解決ヤクザとの揉め事もさらりとかわして先生の過去が判明したと思ったら最大の事件が起きて色々あって学校全体が良くなり「新学期がはじまるぞ!」となるここまで実に96分。早い! 早いッス、ドニー先生!
 問題はこれだ! はいドニー先生来たよ! ハイ一丁あがり! の引き伸ばし絶無の通りいっぺんな青春絵巻が気持ちいいくらいサクサク進む。スパイスのように効いたアクションもタッタカ心地よくアッという間に終わってしまうのだがあまりにもすごい早さなのでやるべきことはやってるのにこう、何というか情感が足りない。ドニー先生も生徒たちもとてもいい具合なのに、ドラマの情感が速度に置いていかれちゃうのである。
 とは言え熱血感動感涙のコッテリな学園モノとは対極に、ノンストレスでワーッと観れちゃうこの軽さはステキだと思うのであった。3ヶ所あるドニーさんのバトルも立体的/左右/タイマンで充実している。全10話のドラマで観たかった感触もあるけど、日曜洋画劇場っぽさもよろしゅうございました。

【7月~12月編につづく】

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。