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伝説の少女

 屋上に立ち、学校にわらわらと動く生徒たちor教員諸君を、見下すように、蔑むように、睨みつけるように見下ろしている少女は、時代錯誤なCDウォークマンで音楽を聴きながら、鉄パイプを持って立っていた。最初は、僕みたいに同じ趣味や、波長の合う奴が居ない変な奴、と同類のように思ってたけど、その思考はわずか数秒で打ち砕けた。

 僕は微動だにしない鉄パイプの少女に、見惚れていた。下に広がる和気藹々とした空気とは違い、冷たく、張り詰めた空気が続く、その時間と空間が少女をまるで数万人を前に、ギター片手に挑むロックスターに見えた。

 後二ヶ月で15歳になる僕は、彼女に惚れていたのかもしれない。いや、惚れていたというか、尊敬に近いかもしれない。こうやって社会人になっても思い出すほど、僕にとって、なんというか、伝説の少女だった。

 少女は休み時間になると、必ずどこからか鉄パイプを持って、屋上に立っている。側から見れば生徒たちを見守っている番人にも見えるが、少女の眼には怒りがこもっているように見える。少女は、小学校時代にも鉄パイプを片手に、同じことをしていてたらしい。同じ出身の奴らからはやっぱり変な奴、と有名だったらしい。が、それは僕が日々いろんな人間に言われる変な奴とは、ニュアンスが違った。みんな少女の訳のわからなさに変な奴と思っている。それが、当時は羨ましく思えた。いつか、少女が学校の窓ガラスを全部割るんじゃないかとわくわくした。その時見ていたアニメのキャラクターみたいに、宇宙人とか未来人とか超能力者を集めてくれるんじゃないかと、少女に対して大いなる希望を持っていた。

 やがて、少女の名前を知ることができた。「田中夢子」いささか普通な名前であるが、その普通さがいい。そして田中に続く夢子。普通から突然殴りつけてくるように登場するメルヘンチックな名前、夢子。鉄パイプを持つ人間には到底思えない名前、夢子。僕は「田中夢子」にますます興味を持った。

 少女は必ず、CDウォークマンで音楽を聴いていた。スマホやiPodがあるこの時代にも関わらず、なぜかCDウォークマンなのだ。そしてその中身が猛烈に気になった。当時の僕は、日本よりも、海外だ。ヘビメタ、ハードロックだと思っていた中学生だったので、必然的に彼女も同じ音楽を聴くと思っていた。

 ふと、違うんじゃないかと思った時があった。その訳のわからなさ、纏わりつくオーラに、怒りを込めたその眼は、僕よりもはるか先に生きているように思えた。僕は、それに追いつきたくて、ヘビメタ、ハードロックから足を伸ばし、ポストパンクやニューウェーブやグランジみたいな、オルタナの音楽を聴くようになっていた。きっと、ピクシーズを聞いてるんだろうか、はたまたニルヴァーナなんだろうか、ソニックユースかもしれない。スミスとかも結構好きだったりして。なんて、僕の脳内で、何を聞いているか予想しながら、少女「田中夢子」に話しかけれずにいた。

 覚えたての音楽、覚えたての映画、ろくに理解できないような、「田中夢子」が読んでいた文学を読んでみたり、それを迷惑とも知らずにペラペラと自分のように話す僕と、「田中夢子」とは明らかに違った。僕は追いかけたくても、先に行きすぎて、追いつけなかった。

 今思えば、どうしてそんな「田中夢子」に追いつきたかったのか、と思う。やっぱりカッコつけたかったのかもしれない。自分の心地いい空間を作りたかったのかもしれない。みんなと普通に仲良くしたかったのかもしれない。だからこそ、僕は「田中夢子」に憧れていたのかもしれない。あの誰も寄せ付けない、生きてる世界のさらに向こう側にいるような少女と、純粋に話がしたかったのかもしれない。

 その日、僕は「田中夢子」と最初で最後の会話をした。ものすごい短な。

 いつもの屋上。少女は鉄パイプを持ってそこにいて、音楽を聴きながら何かを見下ろしている。僕は、拳を硬く握り、はち切れそうな心臓を感じながら、強く足を踏み込んだ。

 「何聞いてるの。」

 聞こえていないようで、もう一回声をかけそうになった時、少女はゆっくりと振り返る。怒りを籠らせるてるようには思えないその可愛らしい顔を、僕にようやく見せた。

 「何。」
 「何聞いてるの、それ。」

 僕はイヤホンに指を指すと、少女は手招きをした。そっと、僕の耳にイヤホンを入れる。思っていたのとは真逆で明るい、僕の知らない曲だった。そして、僕が聞いてこなかった日本の曲だった。

 「誰?。」
 「オザケン。」

 その知らない四文字は一体誰なのかともう一度尋ねると、「田中夢子」はCDを差し出した。

 「”天気読み”って曲。今流れてるの。」

 二人で、イヤホンを分け合って聞いていた。空は夕焼けが近く、夜を準備していた。僕は、今までみたいに知っている海外の音楽やカルチャーを語ることなく、ただ、じっと聞いていた。
 
 初めて聞いた、その曲の人は「小沢健二」という人だと、15歳になった夜、初めて知った。

 次の日、「田中夢子」は転校した。理由はわからない。いじめとかそういう話は聞かなかったので多分、親の都合だろう。あれからあの曲が聴きたくて、CDショップで小沢健二のファーストを買った。ネットでも調べまくった。まだ渋谷系だって、フリッパーズギターだって、コーネリアスだって知らなかった僕は、少女のおかげでまた世界が広がった。

 結局、「田中夢子」がどうして鉄パイプを持っていたのかは分からずじまいだ。いや、今ならわかるかもしれない。でも、そんなの予想にしかすぎないし、多分、今の僕よりも先に行った考えをもってるに違いない。

 いつしか僕は、そんな15歳から、周りに溶け込んだ社会人になり、普通になっていた。憧れた開放的で、自由で、なんでもできるような大人とは真逆の大人。いや、まだ大人になっていない。僕は大人未満の中途半端な人間になっていた。何をしたいわけでもない。自分を押し殺して、社会に溶け込もうと苦悩する、なりたくないとおもっていたもの、そのものだ。

 何もかもが嫌になった時、僕は”天気読み”を聴く。

聴いている時、たまに考える。「田中夢子」は今は何をしているだろうと。27歳で死んでいたら、最高にカッコいいな、と昔は思っていたけど、今は生きてほしいと強く思う。

 会いたいとは言わない。せめて、今この時、この時間、どこかで一緒に、この曲を聞いていると思いたいから。あの伝説の少女と一緒に聴いた、あの日を思いだして。

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