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「今日もコピーが書けません」第12話:民度の差

「新郎のお取引先様より電報をいただいております」

若手営業Hの結婚式には大勢の参加者が出席しており、コピーライターのPは、慣れない礼服に首元が苦しく落ち着かない。洋風の料理は美味かったが、早く式を終えて、二次会をパスして同期のMと居酒屋に行きたかった。

「え〜Fテレビのスポット担当一同様より、ついに年貢の納め時ですね。瞳を閉じれば、H君が開催してくれた数々の合コンが目に浮かびます。もう、あの勇姿を見ることができないと思うと、一抹の寂しさに胸が締め付けられますが、H君の愛と隠蔽能力の高さを信じています。お幸せに。とのことでした」

広告やテレビなど、メディア関係の人間は入社以来、このようなノリで生きてきているため、結婚式など、別業界の人が集まる場で、おおいに滑ることがある。しかし、大きな歓声をあげて喜ぶのもまた内輪の業界人たちであり、新婦のご両親も笑顔を浮かべているため、場の雰囲気はまだ平穏であった。

Pは、こういう「民度の差」が表出する場が大好きという、腐り切った嗜好の持ち主であるため、「面白くなってきたな」と思っていた。

「それでは新郎のお勤め先であるB広告社の直属の上司、C様より、乾杯のご発声をいただきたいと思います」

「え〜Hくん、Sさん、この度はご結婚まことにおめでとうございます。御両家のご家族の皆様、おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりました、Cでございます」

場慣れしているのか、澱みなく挨拶をするCさん。この人はパワハラという言葉が世にない時からパワハラの権化であり、セクハラはもちろん、あらゆるハラスメントを煮込んで熟成させた怪物である。Pの期待は高まった。

「H君は仕事は遅いが手は早く、いつのまにこのような美しいSさんを手篭めにしていたのか、私の監督不行届でございます」

代理店関係者のみが笑う。新婦側の来賓はお通夜のように静かである。Pの背筋に鳥肌が走る。その後もいくつかの不適切な言説、比喩、暗喩、直喩、放言、妄言が繰り返され、新郎新婦両陣営の温度差は274℃を超える。絶対零度の新婦は表情が引き攣っている。氷の魔女である。少しも寒くないわ。

夏のはずなのにゾクゾクしているPを見て、Mが言う。「まったく、この業界は民度が低すぎる。だけど、それを見てそんなに興奮しているお前がいちばん変態だぞ」まったく、勘のいい同期は嫌いだ。

新婦の両親はかろうじて苦笑いを浮かべたまま、ビールの瓶を持って各丸テーブルを廻っている。いちいち羽目を外した奴らとの記念写真を撮るたびに魂の絶対量が目減りしている。ほぼ生きる死霊と化した新婦のご両親にかける言葉が見つからず、「騒がしい会社ですが、Hの真面目な仕事に助けられています」とだけ伝えると、「そうですか、ありがとうございます」と返答された。その言葉には温度がなく、日本語がその順番で並んでいるに過ぎなかった。ルビをふるとしたら「くそったれ」であった。

「それでは、新郎の同僚の皆様より、出し物をしていただきましょう。こちらの映像をご覧ください」

画面には何やら生々しい荒い映像が映る。どうやら隠し撮りのようだ。真ん中にタイトル「2024年4月某日某所」とだけ浮かび上がる。およそ一月前の映像のようだ。

「じゃあ出逢いに乾杯!」
「乾杯!」

どうやら合コンのようだ。参加者の顔はモザイクがかかっている。そこには新郎の姿があった。

「でも来月結婚でしょ?こんなところにいていいの?」
「来月結婚だからこそ、ラストスパートでしょ」

そこにはイキイキと躍動するHの姿があった。これくらいの積極性で仕事にも取り組んでもらいたいものだ。Pは真っ暗に照明が落ちた中で新婦の両親の表情を探す。怒っているのか呆れているのかそれとも笑っているのか、およそ感情が読み取れない顔をしている。

「じゃあさ、連絡先なんて聞いちゃダメ?」
「もしかしたら仕事をお願いする可能性もあゆから、業務連絡しないとね」

どうやらイベントコンパニオンの女性たちであるようだ。

「じゃあ、これで読み取って…」

ここで映像は途切れ、画像に切り替わった。画面いっぱいにスマホのLINE画面が映り、イベントコンパニオン女性と新郎のやり取りが映し出される。

「今日はありがとうございました😊
とても楽しくて時間が過ぎるのがあっという間でした。ご結婚されるなら、今後は連絡しちゃご迷惑ですよね🥺」

「今日はありがとー!
業務連絡だから大丈夫👌」

「じゃあまた誘っていただけます?」

ここで、新郎の返信部分が隠されている。

「ではここで問題です。新郎はなんと返信したでしょうか???」

今世紀最低のクイズ大会が始まる。新郎は焦りと興奮に満ちた顔で、新婦に言い訳したり、思い出そうとしたりしている。

新婦の顔は能面のように冷めている。ふと世阿弥を思い出す。あれは猿楽か。ご両親はなんというか悟り、涅槃、ニルヴァーナと言ったお顔をされている。弥勒菩薩の半跏思惟像を思い浮かべる。南無阿弥陀仏。

Pは思う。結婚式は「民度の差」の博覧会であると。そして、この夫婦も、他の代理店マンの夫婦の例に漏れず、長くないかもしれないな、と思うのであった。

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