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「『指の綾子』考」ピリカグランプリ個人賞受賞につき「指の綾子」原文公開など

参加させていただいたnote内掌編小説コンテスト「2023春ピリカグランプリ」にて、拙作「『指の綾子』考」が個人賞をいただきました。

作品はこちら。

受賞発表記事及び講評はこちら。

2021年冬のピリカグランプリに初参加したきっかけは、武川蔓緒さんからのお誘いでした。今回武川さんと並んで受賞出来たことも大きな喜びです。

そもそも武川蔓緒さんとの繋がりは、かつて開催されていた「きらら携帯メール小説」という賞の常連だったことからです。2004年~2009年にわたって続いたその賞は、「1000文字以内、毎月締め切り、最終選考30編の発表の翌週、月間賞、佳作受賞作を発表」というものでした。私は当時「楢山孝介」の筆名を使用しており、「指の綾子」は佳作を受賞した作品でした。

今回の「春ピリカグランプリ」のお題が「ゆび」と知った瞬間、「そういえば昔書いた『指の綾子』ってどんな話だったっけ。題名は覚えているけど中身がさっぱり思い出せないな」と思いました。そのまま書き出し、大きな修正もないまま、するすると書き上げていきました。

その点、以前書いた脳内編集者や脳内校正者とのバチバチバトルはありませんでした。


「指の綾子」は、当時の受賞作をまとめて作った自作の冊子の中に発見しましたので、ここに転載しておきます。




「指の綾子」

 掛け布団から投げ出された綾子の右手が、失せ物を探すように床を這う。綾子を蝕むあらゆるタチの悪い薬や器具や昔の男は遠ざけ、また廃棄したが、指はそれらを求めてさまよっている。
 綾子の体調を気づかい、体温計をあてがうと、注射器と勘違いしてか、一瞬よろこぶように指がはしゃぐ。布団の中に消えてからすぐに、三十四度の表示のまま体温計は外へ投げ出される。同じ反応は幾度も幾度も繰り返された。
 綾子の顔をしばらく見ていない。
 ひと月ほど前、最後に見た顔は、既に人のものではなかった。十年前、二人ともまだ何ものでもなく、若者ぶることもうまく出来ないでいた頃の面影はどこにもなかった。
 そんなものは今の私にだってないのだけれど。
 都会から追い出され、かつて捨てたはずの故郷に舞い戻った私が転がり込める場所は、綾子の部屋しかなかった。アパートの一室を与えられながらも、実質的には家族から見放されていた綾子は、ごみの山の中で朽ち果てようとしていた。私が部屋を片付けると、綾子は布団の中から出てこなくなった。
「将来どうするの、何になりたいの?」
 昔からその手の問いかけに何も答えられなかった綾子は「何かにならなきゃいけないの?」と私に訊ねたことがある。
「なりたいものなんて、何もないのに」何も、何も、と繰り返した。
 そんな綾子も、「好きなものは?」という類の問いには、「自分の指」と淀みなく答えた。肌荒れも指毛も知らない生白い指先は、軽く曲げるとひらがなの「し」に似ていた。十年振りに再会した綾子の指は骨張っていて、漢字の「死」に近付いていた。
 綾子が指だけで部屋を這い回るようになってからしばらく経つ。右手首一つでは冷蔵庫を開けることも出来ず、部屋の扉の把手にも届かない。かといって私がそれらを開けてやっても、中に入るなり外に出るなりするわけでもない。陽の光を嫌う指の綾子は、窓から西日が差し込む頃になると布団に帰る。その時だけ、身体の綾子がもぞもぞと動く気配がする。
 寝ている私の上に指の綾子がよじ登ってくることがある。肉が落ちているせいか、肌色の骨に見える。白いどころか今や黒ずみ始めている。割れてとがった爪が私の首に食い込む。痛みに耐えきれずに振り払うと、その日はもう近付いてこない。
「綾子」と呼びかけても、耳のない指の綾子は振り向いてはくれず、私ではない何かを探し始める。

(了)


十五年くらい前の作品になる。巡り巡って今の作風に似ているともいえる。実際の作品を思い出せないまま、現物にあたらずに書いたので、実在した作品に申し訳ない気持ちにもなる。

ちなみに綾子(「考」の方の)が巻き込まれた撹拌機の事故にはモデルがある。以前私が勤めていた会社の系列工場で実際に起きた死亡事故だ。指だけが落ちたわけではない。

そして今回副賞として、いぬいゆうたさんに朗読をしていただいている。

さらりと書いた一文が、朗読で聴くと、思ってたよりえげつない内容だったことに気付いたりする。自分で書いた文章なのに「これ書いたやつ何考えてるんだ」はいつもの通り。

最後に穂音さんの講評に触れておきます。
自分の作品に対して、誰かが熱意を持って文章を書いてくれる、作品に寄り添って、書かれていない部分にまで想いを馳せ、人に伝えてくれる。作者でも気付かなかった作品の魅力を、数倍に引き出してくれる。創作に関わっていて、喜びが爆発する瞬間です。またこのような瞬間を、反応を、愉悦を、味わいたくて、私は創作を続けるでしょう。ありがとうございました。


2021年冬ピリカグランプリ個人賞受賞作

↑が出来上がるまでの話


ピリカ文庫より「夕グレ」


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