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クオルター・ファイツ:後半

※かつて投稿サイトに掲載した作品を再掲載しております。

なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。

お楽しみ頂ければ幸いです。

二部構成かつ完結です。

あらすじ

アニメ好きのMMAファイター、ダラン・ロイナスは日本にいる考察厨に怒りを感じていた。
米国へ訪れた謎民族の女性、ヤカール・ハンデルナと共に少しずつ親密になっていく。

一方、日本では選手育成を目指す矢中隼鷹やなかしゅんこうと教師を目指す描梨恵かくなしけいの二人は同年代ということもあって、これまでの苦労を語るのだった。

Only one war guy


  私はジムで打撃に磨きをかける。
同性同士で組み合う趣味を持たない私はなるべく組技や柔術を使いたくないのでね。

  勿論、そんな偏った練習ばかりしていてトップを目指せるのは限られた人間その人。
なので満遍なく練習をする羽目になるのだが構わない。
トップファイターだからって手を抜く事はしない。

  一部は名が売れたら練習をサボり、若い才能を持て余す選手もいるらしいがおかげで勝ち星をこちらを稼ぐことが出来る。
まあそういう話は置いておいて本当に考察厨が憎い。

  この前もインターネットでは『覇権が来たぞ!』と狂喜乱舞するのは構わないのだが逆張りおじさん(※年齢は不明だが少なくとも過去の発言で年齢が割れているふしだらな奴がいる)がこぞって批判等をする為、声の大きさに弱った人間まで巻き込むのをなんとかして欲しい。

  私と試合を組むファイターは皆、多種多様な筈なのにアスリート然としていて張り合いがない。

  日本では煽り等があったのだが、資本主義がまかり通る世界ではそんな物はなくただ淡々と試合をし興行を盛り上げる日々に明け暮れる。
なんとか日本のクリエイターに私の試合を見て欲しい。ちゃんと考察厨を沈める!犯罪をするわけではない方法で。
その為には組まれた対戦カードで勝ち続ける事。一見関係ないように見えるが地道にやるというのが大事なのだ。

「よっ、ダラン。」

「ケンじゃないか。久しぶり。」

  このジムには私がいるからか様々な国から選手が集まっている。
差別についてだって?国や事情は問わず、最初から仲の良い人間なんていないし、積み重なって生まれるものがあるのさ。
つまりケンとは良きジムメイトで日本人ファイターの一人。

「怪我は大丈夫か?」
先月、会場は別の国で行われた小さな興行で戦ったケンは拳を痛めていた。復帰するにはもう少しかかるだろうと思っていたのに随分と速い回復であった。

「ああ。心配ないさ。
ラングとハグナスも一緒に来てくれてさ。」

ダ・ラング…韓国出身でアニメ嫌い。
きっかけは韓流と覇権アニメを間違えた腐女子と付き合った事が原因。

ザナ・ハグナス…黒人ファイターで寡黙な性格。サブカル等を知らずずっと格闘技に打ち込んできた大人しい選手。

と前置きはいいか。
あの二人もすっかりケンと良き仲間になったか。
タイプの違うトップファイターだから私がいないとすぐに喧嘩(※口喧嘩しかしない上にハグナスはずっと黙ったままだったが)になっていたのに。
するとケンが話題を変える。

「ラングがまた妙なアニメにハマってないか気にしていた。
また独り言が漏れてたのか?」

  何?私が独り言?気軽に見れるとはいえジムで携帯できる端末を使ってアニメを見るわけないじゃないか!キャラクターが崩壊する。

「アニメ恐怖症のラングが私を心配するなんてな。
大方私がアニメの感想をネットサーフィンで探していた時に自分の中で作品に対する気持ちの解釈が変わった瞬間…少し呟いていただけかもしれないのに。」

「それを漏れていると言うんだよ。」

ケンのツッコミは冴えているな。戻ってきたという感じがしたよ。

そしてケンは何かを忘れていた私を気にかけた。

「そういえば日本遠征すると聞いたが随分とドライだな。あんなに嬉しがっていたじゃないか。クールジャパン最高って。」

  ケンの記憶は冬で止まっている。
よりによって私がホテルでシャドーボクシングをしていた時に

「考察厨死ね!彼女のどこが可愛くないのだ?ふざけるな。」

というオタク丸出しの妄想を聞かれていた記憶しかないのだが私は

「あのクールジャパンに行けるだと!きっと盛大な煽り…ま、まあお金が少ないから昔よりは期待できないけど嬉しいぜ!」

とぼやいてた頃にケンへそう話していたか。
ケンは記憶力がいいな。
さすが相手に掛けられた全ての技を記憶し、隙を減らせる数少ない日本ファイターだ。
やはりある程度のハンデがあると皆自分自身の弱点を研究するのだな。
私はさながら考察厨の考察をする下世話な準備をしながら練習を重ね、強くなるのだが。

  そうか。
もう日本へ旅立つのか。
判定になる事は私に限ってありえない。
日本だからではない。

  トップファイターたる者、リスペクトを込めて全ての相手をちゃんと沈めるのが礼儀。
でなければ口だけの考察中を潰すことすらできない。

  近頃日本は不景気だと聞く。
それでもクリエイター達は血反吐を吐きながらもより良い作品を作ろうと努力し改善している。
私の活躍をいざ見せよう!
となった所で少し出かけたくなった。
いつの間にか練習をし始めたケンをよそに、私は外へ出かけていく。

忘れたい血


  口にするのも悍ましい部族の血族。
高潔だという事は嫌というほど耳にしている。我々は優れているという洗脳をね。

なぜワタシが日本ではグン○○というネタにされている儀式が罷り通っている時代錯誤甚だしい人達と一緒にされているのか。

  そんな時にシェイクスピア作品によってワタシは救われたのだ。
舞台。
演技力さえ…ちゃんと表現に磨きをかければ輝ける世界。
せっかく米国へ移住したというのにどこもかしこもワタシを劇団に入れてくれない。
才能がないのだろうか。
分かっている事を更に現実で知る事程悔しいものはない。

  とはいえワタシに帰る場所はない。
意味不明な部族の女として生きたくはないからなんとか抜け出してきたというのに。

悔しくてしかたなく、ワタシはベンチに腰掛けてみた。
いいな米国。
いや、発展途上国はワタシの知らない『アタリマエ』がある。

  ゆくゆくは世界で羽ばたく女優としてこのワタシ、『ヤカール・ハンデルナ』として生きていくのだ。

  何故なら全ての人間が自分の人生を歩める訳ではないのだから。

  悲しい現実に生きる全ての人へ少しでも癒やしが与えられるに越したことはない。

 ふとベンチに腰掛けながらワタシはとある本を読む。

「へぇい姉ちゃん。随分と色っぽい服着てるねえ。」

  うわあ、治安が悪い事を忘れていたとワタシは今になって思い出した。
え?座って三十分しか立ってないのに?

「地球の平均気温が上がっているせいかしらね。それよりもっといい女はいるから他をあたってください。」

  チンピラはわけもなくワタシの腰に手をのばす。
まだ誇りでなんとか善性を保っている部族の方が有り難いと思うぐらいには恐怖していた。

  くっ、部族の秘技でこのチンピラを倒さねば。
しかし三人がかりとは。
ご丁寧に誘拐用の車まで。
ヤカール・ハンデルナの女優人生をここで終わらせてなるものか。
けど、あの秘技は…
すると一人の男がチンピラを気絶させた。
いや、常人なら男性と認識するのすら困難。
なんなんだ今の速さは!

「大丈夫かい?」

  見た目からは年齢は分からないが、ワタシより歳上なのは確実だ。

「は、はい。」

  こんな古典的な出会いなんてあるのか。事実は小説よりも奇なり…ね。

  ワタシ達は二人してベンチに座った。旗から見れば恋人同士に見えそうだ。

  端正で若く、どこか身体が研ぎ澄まされているこの男性からは軟派なイメージはなかった。
この人も何かしらワタシに下心があって助けたのではないかと念の為勘ぐってみたが、次の質問でその悩みはなくなった。

「ミスターディアルナの小説を読んでいるなんて珍しい。この国ではマイナーなのに君、只者ではないね。」

  こっちのセリフと言いたいがまさかディアルナ・アズナの事を知っている人がこの国にいるなんて。

  いや、どちからというと世代はかけ離れている筈なのに。

「それがきっかけでワタシを助けたの?」

  彼は指を振り否定する。
下心無し、か。
本当にいるんだ。
こんなヒーローみたいに女の子を助ける人が。

「失礼だったら申し訳ないけど、君は私より歳下かな?センスは世代を超えるっていうし。
けど、一応聞いておこうと思って。」

  別に女性だからって配慮しなくてもいいのに。けど優しい人だという事は分かった。

「今年で成人を迎えるわ。
あなたは結構私と歳が離れているように見えるけど…」

「私は二十二になったばかり。
ということは結構離れているね。」

  歳上は歳上でも、あまり二十歳半ばには思えない風格がある。まるで私の部族のような屈強さに品が備わったような。

  日本では白馬の王子様というのだろうか。
私には舞台がある。
そういう夢は後からでいい。
そうストイックに生きてきた私は傍から見れば美男美女のカップルにも映るのだろうか。顔なんて私は気にしたことなかった。
舞台に経てば女は変わる。
誰だって変われる。

そう信じていた私になにか変化が起きそうだ。

「ヤカール・ハンデルナ。
あなたを信頼して名前を明かすわ。
もっとも、あなたが私に手をだそう者なら確実に仕留められる秘技があるから大丈夫よ。」

そう自衛してみると彼は笑いながら答える。

「はは。
私はダラン・ロイナス。
現DFAミドル級王者…っていっても浸透していないか。
DFAはメジャーMMAと言うけれどやっぱ数あるコンテンツの一つでしかないのか。」

  彼は悲しく自虐しながらも明るい口調でそういった。

「私は態々わざわざ会場に行かなくても血腥ちなまぐさい戦いには慣れているの。
いや、慣らされたの。
だからきっと目が肥えてしまっているのね。
しまいには誰にも戦って欲しくないと願うくらいに。」

  彼はしばらく黙っていた。
格闘家にいうセリフではなかったと反省している。だからワタシは舞台に立てないのだろう。
傲慢な役者なんて時代じゃないものね。
すると彼はワタシの予想を超えたセリフを言い放つ。

「一緒に日本へいかないか?」

  はぁ?紳士ではあるのかもしれないけどプレイボーイなのかしら。


 それはそれで刺激のある人生かもしれない。けど流石に唐突すぎる。
若いって怖い。

「まだ会って間もないのに誘っちゃうの?
それともチャンピオンも外を歩けばただの人に過ぎないっていいたいの?」

「ミスターディアルナの小説を読んでいる人が書いていたブログがあったんだが、そのブログ管理者が死去してね。
他の人の感想をどうしても知りたいんだ。」

「そう。
けど、感想は誰のものでもない唯一自分が持つ物が全てよ。」

「君は頑固だね。だからこそ、知りたいなって。」

  尖っているなあ。
けど、ワタシも気になっている事を聞いた。

「ワタシも本の感想を言い合える相手を探していたの。
部族の間で流行る読書は規制され、強制された書籍ばかり。
だからこそワタシは抗ってディアルナ氏の作品に出会えたの。
おかげで残酷な現実を生きている人はワタシだけじゃないって分かったから。
そんなワタシが関心する感想をあなたが言えるのなら…考えてもいいわ。」

  無理よ。
ワタシの要望に応えられる人間なんてどこにもいない。

「悪魔は忘れない。
天使だった頃の善性ではなく無知であるが故に犯した悪意を。
だから俺達は悪魔でも天使でもない…奪われた者がこれから亡くし思い出を取り戻すのだ。」

  その言葉は!
ディアルナ作品にある「切り裂かれた魔建まけん」終盤の主人公が、意思のあるペットに飼われていたと思っていたら実は主従関係ではない事に気付いた時のセリフ!

「だから…」

「「だから側にいる。」」

  ワタシとダランは同じセリフを同じタイミングで…つまりハモるという現象が起こった。

  ワタシは関心した。
競技者は捨ててはいけない物まで捨てれば一流になれるという偏見を持っていたから。
紛れもないチャンピオン。
しかも二十二歳。
ワタシはある種の覚悟を持ち、彼についていくことにした。

「分かったわ。
ワタシも日本へいく。
パスポートはあるけど覗き見禁止よ。
さあ、行きましょう。」

  なんだか変わった展開。
助けられて別の国へ行くなんて。
日本だからって油断はしない。
けれど、ワタシは遠征費がない。すると彼が出すといってくれた。
作品で繋がった関係だけど偽りはない。
そう…信じる。
未来の舞台女優として。

教え導く者

  心霊系ドキュメンタリー番組にイタコの力を気に入られ、様々なバイトを受け持つ中で一番稼ぎが安定しない世界に身を沈めていた頃がするあった。
描梨恵かくなしけいという偽名はこの頃に…正確にはレンタル彼女時代に使用していたのだがちょうど良い名前だった。

  心霊番組には様々な人達が心霊現象や超能力に苦しんでいた。
人に理解されないと言うのは想像を超えた孤独を抱える事になる。
私はこの経験を活かしてどうしても教師になりたかった。
代表はそんな私を見込んで居るのかもしれない。
更に矢中君も。

  私と矢中君は公園で話してから少し都市部を散歩していた。
矢中君こと矢中隼鷹君はかつてムエタイファイターだったらしい。

  今はトレーナーとして人を導いている。
私よりも早く指導者として人を救っている彼に、私は羨望の眼差しを向けていた。

  けど、彼には失礼な解釈とも思っていた。
彼は人から好かれやすい。
だからこそ周りに人が集まってくる。
とてもシノギを削れるタイプに思えない。
勿論選手として弱かったと言う訳ではなく、寧ろ過酷な世界で生きて素質を磨き上げている彼は誰よりも強いと感じていた。
同い年。
そして教師を目指す私と指導者として選手を育てる彼。

「この街は比較的治安が安定している方だ。
都市部は規制が厳しいのにパトカーの巡回が少ないのは…昔からいる住人に圧力かけられているって噂があるからかも。
と言っても俺はこの地区はそこまで詳しくないけど、会員の方が教えてくれた情報を元に伝えておくよ。」

  矢中君は私が訪れそうな場所の説明をしっかり教えてくれる。

  しかしこの都市部は色々と細かい説明を近隣住民にさせる程何かが起きるのだろうか?
矢中君が紳士なだけなのかも知れないが、さっきまでヤクザや宗教家がいるビルが平気だった私に少しずつ危機感が生まれる。

「矢中さん…」

「矢中でいいよ。」

「じゃあ、矢中君。ありがとう。
色々案内してくれて。」

  彼はポーカーフェイスだ。
けど嬉しそう。

「もしかして、同い年と話すのは久しぶりだったりするのかな?」

  心霊番組で働いていた時の心細さを私は思い出していたからか彼の照れ隠しは見逃せなかった。

「二十歳超えた訳だしさ。仕方ないさ。」

  都市部の治安以外多くをあまり語らない彼。
けど、私の様子を心配している所から悪い人ではない。
ここからの会話に難儀したので私は近くの自販機にあったジュース買い、彼に渡した。

「え?オ、オレンジジュース?」

  ビル内で初対面とはいえ、ストーキングと悪意ある解釈をした事の私なりの償いだった。

「お礼です。最初にあった時のも含めて。」

「ははは…なんというかさ…君、放っておけないんだよ。」

「描梨でいいですよ。」

「……じゃあ、描梨さん。」

  やはり私達は歳相応の様だ。
誰かに会えば影響され。
誰かに会えば嫉妬をし、そして少しずつ事情を知っていく。
誰かを教え導く者。
しかしまだまだ私達はひよっこなのかも知れない。

「矢中君は、トレーナーになったのはどうして?」

  急な質問だったと後で反省するが彼は少し歩みを止めて考えていた。

そして口を開いたその時に

「おいおいおいおい!てめえら何惚気けてえんだあぁぁん?」

  よくある展開か。
しかも出来れば無い方がいいタイプのトラブルが。
更にやな予感がする。
人間の悪意ともう一つある不安。
このヤクザには悪霊がついている。
本来この手の悪霊は相手を選ぶはずなのだが。

「描梨さん、逃げろ!」

  私は矢中君に勢いよく放り出された。
元格闘家とはいえライセンスの事情も知っていたため、頼もしいが不安が募った。
更にあの生霊が矢中君へ憑依しようとしている。
そういう事か!

  彼の身体を使う為にヤクザを利用していたのか。
目的はあれど理由が不明なタイプの霊である為、私は逃げるタイミングを失った。

  ヤクザが少しだけ大人しくなった瞬間に矢中君が取り憑かれる苦しみを呻き声で表現している。

「くそっ…あぁ…な、何だ…妙な苦しみが…」

  私に簡単な道は辿らせないか。
イタコとしての力を見せなければならないなんて。

「あらあら。
黄金郷ジパングにもこんな輩がいるなんてね。出来れば使いたく無かったけど、腕によりをかける時がここでも来るとは。」

  突如、民族衣装に近代的デザインを取り入れた形容し難いファッションの妖艶な女性が現れた。日本人では無さそうだが。

「何を言ってるの?早く逃げて!」

私は彼女に避難するよう促す。

「ダランが好きな日本でこんな闇を見せられたら私も身を守らないといけないし。」

「えっと…身を守りたいのは私の方なんだけど。」

彼女は大胆すぎる人のようだ。

「そう。
じゃあ、あなたを襲おうとしているのはあのジャパニーズマフィア?それとも堅気そうなガタイのいい青年?」

  このタイミングで分別が出来るということは彼女にも矢中君に何か取り憑いている事が分かるのだろうか?

「あなたも見えるの?」

「見える?
ああ、日本ではそういう表現をするのね。
私に霊感はないけどかつて旅をしていた時に、吸血鬼の末裔とタイマンしたことがあるのよ。」

 巫山戯ふざけたテンションで話しているわけでは無さそうだ。
この女性事態に怪しさを感じたが緊急事態なので手を組んだ。

「矢中君…カタギの青年には悪霊が取り憑いてい
る。私が札を渡すから彼だけは無事に返して!」

  言動的に私よりも歳下だろう。
やや縦の関係を強調して彼女に命じた。

「私は簡単に死なないように…舞台で輝く為に鍛えてきた。
例え世界が生き辛くても…私は…ヤカール・ハンデルナは証明し続けるのよ!」

  事は一瞬で片付いた。
札を手にした彼女…ヤカールという子はヤクザを気絶させ、矢中君に札を貼って悪霊を片付けた。
何処の国のどんな人なのだろうか。

「ふぅ。
秘技を使わなくていいだけ素晴らしい国だわ。」

  ヤカールという子は矢中君を抱えて私に話しかける。
大胆過ぎて感想が追いつかない。

「シャーマニズムなんて毛嫌いしてたけど、悪霊の力には部族の血がある私でも適わなかったわ。ありがとう。」

「は、はぁ。」

  流暢な日本語ではあるが所々聞いた事のないイントネーションがあった為やはり異人のようだ。
このテンションに負けないよう私も彼女へお礼を述べる。

「こちらこそ初対面なのにありがとうございます。」

「あ、忘れていたわ。
そうね。
初対面だったわね。
けど、袖振り合うも多生の縁ということで挨拶。未来の女優ヤカール・ハンデルナよ。」

「描梨恵…です。」

  よろしくといって彼女は去っていった。
いるんだな。
スーパーヒーローって。
私は現実に感服する。

                               ***


「あれ?俺は何を?」

  王道的な反応をする矢中君に安心した私は事情を説明した。
悪霊に取り憑かれた後の事をある程度は説明できたと思う。

  彼は冷静に聞いていた。
潜った修羅場と言うのは誰しも同じ訳ではないらしい。

「ヤカール…一体何者なんだろうな。」

「さあ。
少なくともダランって人の彼女って事しか分からないけどね。」

 だとしたら濃い彼女だ。
すると矢中君は「ダラン?」と神妙な顔つきで反応する。

「え?そこは気にする所なの?」

「ま、まあ別人の可能性はあるけどこれだけの女性を侍らせるなんて一流総合格闘家のダラン・ロイナスかも知れない。」

  期待を裏切らない展開になって来た。
矢中君は思い出したと言ってスマートフォンで私に記事を見せた。

「ダラン・ロイナスが日本での興行にやってきたというのは本当だったのか。
くそっ!サプライズ企画なんて今の日本格闘技界じゃ貴重なのにフライングしてしまった!」

  成程なるほど
彼は生粋きっすいの格闘家なんだな。
すると彼は恥ずかしそうに私にチケットを渡した。

「え?何のチケット?」

  彼は残念そうではあるがちょうどいいと言わんばかりのタイミングでこの興行のチケットを持っていた。

「会員さんが俺にくれたんだ。
隠し対戦カードを楽しみにしていたんだけどなんか冷めたから…」

「あまってる理由の説明にはなってないよ?」

「まあ…うん…」

  理由は聞くのをやめよう。
けれどマーシャルアーツのような流れを私も見てしまったのでその気持ちは分かる。

「行こう。
格闘技観戦なんてした事ないから、この都市部の治安みたいに細かく私に説明してくれると有難いな。」

  矢中君は凄く喜んでいた。
なんか可愛いな。
言い方が良くないかもしれないけどイカつい若手トレーナーが歳相応の嬉しさを見せる。

  きっと、人に好かれやすいと言っても表に出す感情は相手によって選んでるかもしれない。
私はきっと特別感を抱いている。

「う〜ん。ありがとう描梨さ…描梨。」

  私達は未来の女優と関係を持っているかは分からないが、私達にしか分からないミステリアスを持つ格闘家であるダラン・ロイナスの試合を楽しみに会場へ向かう希望を持つ。

  張り合うつもりは無いけど、この都市部の治安に負けない教師に私もなって見せる。
そう心の中で決めた私だった。

―There may be no way―


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