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クオルター・ファイツ:前編

※かつて投稿サイトに掲載した作品を再掲載しております。

なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。

お楽しみ頂ければ幸いです。

二部構成です。

あらすじ

かつてムエタイファイターだった青年、矢中隼鷹やなかしゅんこうは現在若手ファイター育成やアクシデントで起きた怪我のケアの為に日夜勤務している。

そして教師を目指す大学生、描梨恵かくなしけいもかつては多くのバイトをしていた。
接点の無かった二人にある共通点…それは

「助けたい命への貢献」

そして違う国では世界を獲得した男性、異質な文化の間に生きる女性がいた。

この物語は、自分が無い訳でもエゴイストでもない人達の記録。


Unique Champion


 いい試合だった。
日本で盛んだった総合格闘技。
今や米国に買われ、トップコンテンツの一つとなった。
私は愛国心を程々に持っているだけで、組まれた対戦カードに一喜一憂しながらも卒なく勝利を収めてファンの期待に応えていた。

  今日もまた対戦相手の返り血を浴びながら私はマイクパフォーマンスでアピールを欠かさなかった。

「私はこうしてトップファイターでいられることを誇りに思います。
この醜くも美しい世界に生きる全ての方々に誠意を魅せる為に私は…私は強くある。
リングに立った輝かしきファイターを讃える為にも。」

  こうしてまた、私は勝利を重ねていく。
人間だから、常に勝ち続けるのは難しいが私はまだまだ時間がある。

  そうか。
私は二十二歳になるのか。
試合会場が国を跨ぐ程遠い場所だったので、ホテルで過ごす事になるのだそれもまた一興だろう。
私はホテルへと戻った。

「考察厨 Fuck You!!」

 なぜだ。
なぜ作者よりファンが全面に出たがるんだ?
この粗製濫造されたインターネットの一部共が!

「ちょっと。今日くらいはSNSなんて見るのやめれば?」

偶々たまたま今日同伴してくれているロリーナが正論を言い放つ。

「敵の視察は欠かせない。
最も、視察対象の対策が出来ないのならリングに上がる資格はないがな。」

  ロリーナは少し笑い、ベッドで小綺麗に彼を眺める。

「ダラン。
あなたは米国のトップなのよ?世界中から尊敬され、憎まれ、愛されている。
人の趣味にケチを付けたくはないのだけれど…品格が無ければあなたの大嫌いな考察厨と同じランクにまで落ちぶれるのよ?」

  ロリーナは教養があるな。
その通りなんだよ。
全く持ってその通りだ。

「わかっているさ。
だが、日本ではこんな話がある。
毘沙門天びしゃもんてんは相手を叱咤する時に態々わざわざ位を下げて激怒するという。つまり、そういうことさ!」

  なぜ「感想」で纏めればいいものの、こうもSNS如きで皆湧き立つのか理解に苦しむ。

  好きなアニメ、好きなゲーム、その他全ての作品達は我々格闘家のように生き辛い世界を歩む猛者ではないのか?

  例え名作でなくとも魂を削って仲間達あるいは個人で生み出した我が子をこんな何も持たない奴らにこき下ろされてたまるか!

  それに私は考察厨によって友人を亡くしている。
格闘家にもよく信奉者は集うモノ。
つまりは商売をしている以上はついて回る。

  資本主義が跋扈ばっこする世界では客が強くなっている現実を受け止めなければならないのか。

 好きな作品に感じた自分の唯一無二の気持ち。
それをこんな無責任な存在に邪魔されて嬉しい生物等いるのだろうか。
だから私は観察する。
私はきっとディストピアを語る御老体の気持ちを知っているのに、ディストピアを創造してしまう側に立つトップでもあるのだろうなと罪悪感に埋もれる。

「あなたっていつも全力ね。
今日はあなたの二十二歳の誕生日。
いくら愛されている格闘家といっても個人主義が罷り通る世界で私くらいよ?
あなたの誕生日をWikipediaに頼らず覚えているの。」

あっ!
しまった。そうか。重要な事を忘れてはいけないな。

「ロリーナ。
君がサブカルという沼に沈んでくれていれば。」

「私はそういうの興味ないから。」

「じゃあ…せっかくだから楽しもうか。」

「憎めない人。」

  ダラン・ロイナス。
DFAダーツ・ディファイル・アーマーミドル級王者。

  若手でここまで昇り詰めるファイターなんてどれだけ国や環境に恵まれても総合格闘技ではそうはいない。
それが私なのだ。
あるマネキン作品で一人の女の子が喋っていたように…私も今日を楽しもう。

「私はダラン。
いつだってダランなのだ。」

日本サイド/育成者

「整列。
礼。
呼吸を整えるんだ。
準備を怠るなよ。」

 二十二歳。
若いけれど日本という年齢にシビア過ぎる国ではどういう基準なのだろう。

  この段階で他競技に転向するには速くはない。
小学生から習い事を始めている人間と、中学生から何かを始めた人間とでは差が出来てしまう。

  始める事に遅すぎる事はないが、速いに越したことがないというのが有限たる人生を歩まされる全ての人間に言える現実だ。

 矢中隼鷹やなかしゅんこう
元ムエタイファイターで現トレーナー。
どうして競技というのは残酷なのだろう。どれだけ若くても…現実と戦う以上リスクは避けられない。
永遠という言葉が幻想に過ぎない宗教という事を子供の内から学べるのは貴重なんだがな。

  隼鷹は過去を振り返っていた。
ムエタイファイターであるが、興行に参加する以上は仕事だ。
慣れないルールでも全うする必要がある。

  ファイトスタイル的にKOを狙えにくいのだが、煽りとはいえ生意気な年下の幻想を打ち砕いた感触は最高だった。
性格の良い格闘家なんて先が長くない。
ああいうのはマイクパフォーマンスだとか会場で物販を売っている時にちょっと写真を撮る時に気を遣えばいいのだ。

  懐かしい思い出に浸っていてももう今じゃない。
''隼鷹フィアティーク''としてリングで戦っていた頃はただがむしゃらだった。

  時に頭脳を使い、己の身体能力に藁をも縋る思いで戦っていた。
今度は隼鷹がトレーナーとして、彼彼女らを王者へと歩ませる。

  日本人…いや、アジア人は体格的に勝者として価値上がるのはどの競技でも不利な現実。

  それなのに日本人に限って…差別的な意味合いではなく一部を除いて民度が悪い。
けど、ファンである…お客である以上残酷な現実に身体一つで向かわなければならない。
隼鷹は一人葛藤しながら子供からお年寄りまでに、これまで培ってきた格闘技キャリアを教え導く。

  休憩しよう。
隼鷹は自動販売機に寄ろうとした。
都会と言っても立地によってはネタになりそうな変な場所に自動販売機はあったりする。

  どこかの宗教団体がひっそりと佇むビルの上には学習塾があり、その下にはよく堅気ではない人が賑わっている雀荘がある。

  混沌と呼ぶに相応しい多様性の極み。
ま、まあある意味当然だけどそんな所にある自動販売機に行くのは昼間でも億劫だ。
慣れているとはいえ気が緩めない。
かといって他の自動販売機が無いのは理不尽だ。
そんな不安を抱えながら何を買うか迷っていると

「あの。落としましたよ?」

夫婦がハンカチを落としたのでそれを拾っている女の子がいた。

「ありがとうございます。」

  リクルートスーツに身を包んだ彼女はどこか世界観が違う出で立ちに感じる。

  泥臭い世界ばかりかと思っていたが今思えばああいうのがスタンダードなんだろう。
隼鷹は自分が歪んでしまっている事を自覚しながらも感想を脳内で呟いていた。
すると、その彼女がこちらへ向かってくるではないか。
どうしよう。とりあえず、彼女に自動販売機を譲るか。そう思っていると、

「あの、すみません。こちらに合造学習塾はございませんか?」

  スマートフォンに頼っている様子がなかったから気が付かなかったが彼女はこちらに来るのは初めてなのか。
隼鷹は落ち着いて場所を説明する。

「ああ、このビルにあるよ。三回にいけばすぐ。」

  彼女は隼鷹にお礼を伝えると急いで階段を登っていく。
なんだ?この勇気と行動力は。
女の子の行動力は驚愕する事ばかりだ。

  なんだか不安になってきた。
あの行動力の持ち主が簡単に揺らぐことはないと思うがヤクザに宗教がうろつく学習塾に同年代の女の子を歩かせるわけにはいかない。

  さっきまで自動販売機でその二大勢力に怯えいてた隼鷹が言えた義理はないがボディガードには申し分ないと彼女の後をこっそりつけていった。

上京二年目

描梨恵かくなしけい
偽名としては悪くないセンスだと自分では思う。
高校を卒業し、都市部の大学へ無事合格した後はバイトを探す日々に明け暮れていた。
様々なバイトを大学生にしては経験していると思う。

  レンタル彼女、ガソリンスタンド、コールセンター、ヒーローショー…恵(偽名)はアクションを起こさないと死んでしまう性質なのかもしれない。
いや、ただ単に『イタコ』という望んで得た力から抗いたかった。

  恵(偽名)は皇族や二世タレント、親や兄弟が名のある人物の元に育つ『選べるのなら選ばなかった』普通の人生を追い求める人間を助けたかった。
かく言う自分も有名なイタコであったが為に本来平凡な家庭関係を結べた筈が有象無象の馬鹿な人間達によって祭り上げ、叩き落されて…だから恵(けい)は誰しもが平凡な世界を送っても後ろ指も刺されず、かといって持ち上げられない世界を目指す為に教師を目指していた。

  上京して、なんとか地理を覚えようとスマートフォンに頼りすぎないようにしていた。
余計な情報しか渡さない銭ゲバが嫌いだし、それに翻弄される普遍的な自分自身の未熟さにも蓋を閉じていたから。
というのも、便利なものの活用なんて本の少しでいいと思っていたから。
けれど、この偽名を謳うきっかけとなった『合造学習塾』は胡散臭さの塊だった。

-合格通知

『当塾にご応募頂き誠にありがとうございます。あなたは無事、遠隔面接に合格しました。あとは当塾にお越し頂いて仕事内容をお伝えします。ただし、偽名を用意してください。近頃物騒ですので。』

と、通達があって驚いた。
怪しすぎる。
この時ばかりはもう少し選べばよかったと後悔したが様々なバイトを経験したんだ。
これくらいどうってことない。
それに、この程度の胡散臭さを許容出来なければ教師として何も発信できない。
小学校、中学校の義務教育期間はどんな子供達も平等に教育が出来る。勿論全てじゃない。
障がいを持つ子や異国人等は吐き捨てられてしまう。
それだって恵(偽名)は見捨てたくなかった。
だからこそ…だからこそ自分は前へ進むしかない。
頭の中はそんな考えで一杯だった。
そして辿り着いた合造学習塾周辺。
ハンカチを落とした夫婦に拾ったお礼を言われた後、すぐ側にいた身長は決して高くはないがガタイの良さに圧倒される男性に道を訪ねたのだった。
レンタル彼女時代に体育系の男性に悪い絡まれ方をされたが霊視能力を使って立場を逆転させた経験が必要かと思うぐらいには緊張していたが、彼からはそういった気配は感じなかった。

  むしろ、志と挫折は自分と同等かもと関心していた。しかし、それは所詮第一印象。
そう。能力じゃない。女の勘にすぎない。
生きとし生けるものへ偏見や決めつけはナンセンスだ。

  話を戻し、無事に道を聞けたのでぐんぐん進んでいく。

-ビル内

「ああ?コラ?この近辺仕切れないで何がヤクザだ。ぶち殺すぞ?」

「偉そうに座ってりゃ、金もよこさねぇで命令しやがって。」

「てめえ…ガキがなめた真似を!」

こんな物騒なやり取りと下剋上がひっそりと行われている恐怖。

「○○さんって一人暮らしでしょう?無宗教を気取っているけれど、内心はアイドルに現を抜かすキモオタ。」

「カモに最適かしら。そのアイドルが引退したら破産しそうだけど。」

「改心させましょう。
私達の神が人間という偶像を捨ててくださる。」

  更に勧誘計画も聞けるのか。
シンプルに恵(偽名)はここにいる子供達と同僚達が危ないと察する。
流石に修羅場をくぐった恵(偽名)にとってはこの程度どうってことはないが。

  なんとか合造学習塾に辿り着いた恵(偽名)は様子が変という事だけを感じながら中へ入る。
子供達の声がしない?というか誰もいない?でもこちらに来いと通達はあったけれど。

「どうぞ。」

恵(偽名)は吸い込まれていった。

-中にて

 
   どこかのオネエタレントのような姿に身を包む人を目の前に話が始まった。

「子供達がいないので驚いたでしょう?昔からそうなのよ。
ほら、このビルって私も含めて頭がおかしい連中ばかりでクレームがあってね。
実績があるからここに通わせてるなんて面と言われながらも保護者や社員の要望を聞いて遠隔授業を行っているのよ。」

  悪い人ではなさそうな代表から次々と話をされ、仕事内容を説明された。

  同僚はちゃんといるようでインターネットを使って生徒と塾講師は家にいながらこちらに貢献しているようだ。
だから偽名が必要だったらしい。

「インターネットって素晴らしいわよね。」

  タバコを吹かしながら代表は恵(偽名)に指をさす。

「本来、通達なんて送らないんだけどあなたをここに誘った理由を教えてあげるわ。」

  どういうことだ?
もしかして家系のことが広まっているのだろうか。
けど、この塾へ応募した時なんて最低限の個人情報しか送らなかったのに。
代表は続ける。

「あなたからは国を担えるパワーを感じたの。勘だけれどね。
このビル、変な人多いでしょう?もしそれで怯えるようだったら迎えに行こうと思ったけれど乗り越えてしまった。
いずれにせよ私の答えは変わらなかったけど想像以上の塾講師になれる思ってね。」

「試していたんですか?」

「だから前置きしたでしょう?怯えていたら迎えに行くって。
そう思われても仕方ないからごめんなさい。
ただ、私も自分に慧眼があると信じたかった意地が出てしまったのかもしれないけれどね。」

  いずれにせよ褒められているのは確かだ。
けど、肝心な仕事内容をこれからこなせるのか。
遠隔授業用のパソコンをさらっと渡されて恵(偽名)は塾を後にした。

  これからどうなるのだろうか。
門を開けて階段に向かおうとすると、さっき自動販売機にいた人と目があった。
突っ込みどころはあるがここまでの経緯と男性から感じたオーラで恵(偽名)はこのストーキングされた記憶を揉み消した。

元格闘家と隠匿いんとくされたイタコ

  しまった。
つけていたことがバレてしまった。
隼鷹は不覚をとる。

  しかし驚いた。
ヤクザも宗教も跳ね除けるとは。
格闘家の勘…いや、単純に経験したデータから基づいて彼女から感じる力強さは強固な意思によるものなのだろう。
そういうのって言葉では分からないという事実にショックを受ける。
いや、それよりも今は向こうにとって怪しい状況になってしまったのだが。
彼女は隼鷹に近づき、一言。

「ジュース買えましたか?」

もしかしてバレていたのだろうか?

「ま、まあ。」

「心配になって付けて来たんですか?」

「え?いや…その…。」

  もういい。しっかり話そう。
そう思い、近くの公園まで行くことにした。

-公園にて

  若い男女が公園にいると、ロマンチックな光景を周りはフィクショナライズする。
羨ましい限りと隼鷹は捻くれた感想と共に彼女へどう話そうか悩む。

 たたずまいがかっこいいな。
女子格闘家を目指す子供達に教えてあげたい。
いや、そんなことよりも俺はちゃんと伝えた。

「ごめんな。付けちゃって。」

彼女は別に大丈夫ですといって会話が止まった。

  今まで出会った事のないタイプだから緊張する。
どういう話題にしようか。

「私、描梨恵。大学生です。あなたは?」

おお。
なんとナチュラルな。
流れにのった。

「俺は矢中隼鷹。
これでも昔はムエタイファイターでタイトルも取りまくったんだ。って、歳上じゃないですよね…ごめんなさい。
あれこれ自慢しそうになって。」

彼女はペースを崩さずに話をする。

「私、今年二十二歳なんです。
上京して二年でまだここのこと知らなくて。
教師になりたくて。」

一呼吸置いた後に彼女は話を続けた。

「凄いですね。
ムエタイはあまり馴染みがないのですが…戦っているのは自分だけじゃないだなって。」

「ま、戦っているといっても興行だからね。戦争じゃないからね。あと、二十二歳になるってことは…俺と同い年か。」

  同い年というワードに彼女は食いついたのか急にはしゃぎだした。

「え?同い年なんですか?現役ファイターなんて滅多に会えないから驚いてる。まさかこんな所に。」

「いや、もう俺は引退したんだ。」

  すると彼女はまずいと思ったのか会話を辞めた。
嘘をつくわけにはいかないし。

同い年。
そして教師を目指すか。
彼女の強い意思ならきっと成し遂げてしまいそうだ。

  隼鷹はそう思いながら、自分はなんだったのだろうと卑屈になっていた。
そんなつもりの会話じゃない筈なのに。
隼鷹は自分の人生を誇りに思っている。
けど、志が追いついているかという部分で人知れず葛藤していた。

続く。


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