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人間も世界ももっと複雑だ

 大女優の岩下志麻は、若手だった頃にある映画監督から受けた演技指導が今も心に残っているという。それは「人間は楽しい時に楽しい顔をするとか、悲しい時に悲しい顔をするとかいった単純なものではない。人間はもっと複雑なものなのだ」というもので、悲しい時でも笑ったり、嬉しい時にも苦しい顔を見せたりする人の心の予測不能な機微を気付かせてくれたと。宇宙人が昨今の映画やドラマをいくらも観ないのは、まさにここで批判されている「単純な」演技や演出が鼻に付くからだ。実にわざとらしい。でも岩下志麻はじめ、こうした機微を演技に反映させる技術を持つ表現者も確かにいる。そうした人たちが増えてくれれば宇宙人だって観るのにな。
 残念ながらわざとらしい演技が蔓延している現在なので、わざとらしくない本の世界に目を向ける宇宙人。冬休みの図書の一冊だった山極寿一×鈴木俊貴『動物たちは何をしゃべっているのか?』には、宇宙人が激しく頷く箇所がいくつもあった。以下はその抜粋と、※印は宇宙人のつぶやき。

――(鈴木)今までも動物の言葉や心理についての研究はありましたけれど、どれも「動物はどれだけ人間に近付けているか」つまり僕ら人間を基準として、それよりも劣る動物たちの能力はどの程度かを調べるものばかりだったと思うんです。いわば人間との差分を測るスタイルです。でもその逆だってありえると思うんです。動物にできてヒトにできないことも山ほどあるわけですから。…認知能力も同じなんです。…だから僕は一度、人間と動物という二項対立から離れて、もっと俯瞰的な視野から言葉や人間の能力とは何なのかを理解する必要があると思うんです。
(※最近は昆虫の研究も進み、人間が知覚できないほど微量な臭気を感知できたり、人間には見えない紫外線を見たり、超音波を聞き取ったりといった虫たちの能力に着目し、AIと掛け合わせて人間にはできない仕事をしてもらう技術も開発中だという。大いに結構だが、宇宙人は、世界中探しても虫の音を美しいと思って好んで聴き入る民族は日本人の他にはいないことが気になっている。文明化していない未開人なら判るかといえばそうでもないし。虫の音を耳障りな音と捉えるグルーブが、人間至上主義の発想と結びついてるのではないのか。単純な二項対立を蔓延らせたのではないのか。)

――(鈴木)森の中だとあれほどおしゃべりなシジュウカラも、鳥かごの中だと全然鳴かなくなるんですよ。安全でエサにも困らない飼育環境下だと、鳴く必要性が薄れるからだと思います。
(山極)霊長類も同じなんです。動物園に入れると、鳴き声が必要なシチュエーションの多様性が失われるから、全然鳴かなくなってしまう。
(※環境と必要性の話なのだ。現代人は百年前の人類より確実に個人能力を落としている。代わりに機械やシステムがやってくれる便利さを手に入れた。クリックや指タッチはできるけど、その他の細かな指の動作はどんどんできなくなっていく。電話番号ほどの数字の羅列も覚えなくて済むから暗記の能力も衰えていく。そのうち喋れなくなったり、歩けなくなったりするのかな。)

――(山極)鈴木さんの研究ですごいと思う点は他にもあって、これまでの鳥類の音声研究は主に求愛の文脈にフォーカスされていたんですね。鳴き声に限らずダンスやディスプレイも含めて。ですが鈴木さんは求愛以外について研究し、シジュウカラが鳴き声によって複雑なメッセージを伝えていることを明らかにした。
(※欧米人がやたら性愛にこだわるのと通底する。米国映画はセックスシーンなしには成立しないし、心理学のフロイトも何でもかんでも性愛に落とし込んで精神分析し、後進のユングを辟易させた。)

――ソ連のドミトリ・ベリャーエフが行った野生のギンギツネの家畜化の実験。彼が人懐っこいギンギツネの個体だけを選んでかけ合わせることを繰り返した結果、40世代くらいで犬みたいになってしまった。人を恐れなくなり、尻尾を振ったりするだけじゃなく、頭が丸くなり、顔が平べったくなり、体も斑ができたりと外見まで変わるんです。特に面白いのは脳が小さくなること。オオカミが犬になるまで3万年くらいかかったのに、狐は人為的に従順な個体を選択するたけでたった50年くらいで犬みたいになった。
(※脳の大きさって、穏和で従順な方が小さいってことだな。サバイバル能力の高いヤツほど脳が大きく、発達してるってことだよな。でも脳が大きくサバイバル能力が高いからといって、本当にサバイバルに適しているかといえばそうでもない。「単純でない」ね。)

――(山極)言語学でいう音象徴ですね。今の例だと、「イ」という母音は文化差を超えて、小さいものを指す際に使われる傾向があるようです(※小さい、ミニ、プチ等)。
(鈴木)「イ」は日本語の母音のなかで、発音時の口腔内の面積が最も小さいので「小さい」を意味するとか、そういう形で音と意味との関連を調べる研究もあるみたいですね。
(山極)…ドナルド・キーンさんが松尾芭蕉について面白いことを書いている。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という有名な俳句は「i」が沢山使われているんですが、それが芭蕉が詠ったニイニイゼミの鳴き声なんだと言うんですね。…「夏草や兵どもが夢の跡」についても詠嘆の「オ」が沢山入っていると。感激したときに「おお」という声が出るのは文化を超えた傾向であり、かつ感情の表現でもある。
(※宇宙人の記憶によれば、古代日本人にとって「イ」音は聖性の高い音で、その好例がイザナギ・イザナミの名前だという。最近数字の「7」を常に「なな」と読み、「しち」と読むべきところも「なな」と読まれていて宇宙人は気持ち悪く思っている。これもAIが聞き取りやすいように、或いは外国人が迷わないように、古典を読まぬどこかの薄っぺらな輩がメディアに通達でもしたのではないかと、宇宙人は疑っている。宇宙人には「しち」の方がきれいに聞こえるのだが。「ななねんまえ(七年前)」とか聞くと虫唾が走る。)

――(山極)サルの場合はその場限りの勝敗をつけ、勝ち負けの態度がはっきりしている。それに周囲のサルが優勢な方を応援して、さっさとケンカを終わらせるんですよ。ウィナーサポートと言うんですが。でもゴリラのケンカには勝ち負けがありません。必ず第三者が仲裁に入りますし、絶対に勝ち負けをつけない形で仲裁するんです。もし一方が負けそうになったら第三者は劣勢の側の応援をして、勝ち負けがつかないようにする。それをルーザーサポートと呼びます。これはゴリラ以外にもゲラダヒヒやマントヒヒで見られますが、いずれも一夫多妻制の種で、オス同士は同格なんです。だから勝ち負けがつけられないんでしょう。
(鈴木)なるほど。ルーザーサポートってかなり高度な行動ですよね。
(山極)『Humankind 希望の歴史』の著者ルトガー・プレグマンが言うには、人間は敵が憎くて戦争をするわけじゃない、仲間のためにやるんだっている結論なんです。人間は本質的に戦争が好きなんじゃなくて、仲間を守るために、或いは信頼を裏切らないために戦場に行く、という主張でした。…動物は滅多に殺し合いをしません。霊長類のケンカは必ず仲直りがセットだし、衝突を避けるためのコミュニケーションもあります。
(※人間はサル以下だな。今の日本政府はさしずめ米国をウィナーサポートしているといったところ? いや、さっさとケンカを終わらせようという意図はないから、ただ単にスネ夫がジャイアンにくっついているだけかな。)

――(山極)チンパンジーが群れ単位で激しく殺し合う現象が起こる地域は、人間の開発によって資源が減少している傾向がある。…チンパンジーはあくまで欲求のために殺し合いをするんですが、人間は共同体の名誉に奉仕するために戦いますよね。動機が全く違うんです。それに人間の総力戦とは規模がけた違いです。どうして人間だけが大量殺戮を伴うような戦争をするようになったのかというと、…言語を持ったこともカギを握っていると思う。国家や民族といったバーチャルな概念が戦争につながったことは度々指摘されますが、言葉んしではそういう概念は共有できなかったでしょう。戦争は、言葉が暴走してしまった例の一つだと思います。利他的な美徳や道徳も、マイナスに作用していますね。
(※既にSNSで戦争や殺人の動機がばら撒かれておるよ。ありもしないバーチャルな動機が。)

――(鈴木)最近ヒットしたアニメなんかを見ると、一から十まで言葉で説明するんですよ。「さっき敵に攻撃された腕が痛むけれど、オレは負けるわけにはいかないんだ。なぜならオレは長男だからだ…」って主人公の内面までをいちいち言語化して視聴者に伝えるんです。視聴者が言葉による説明を求めるんでしょうね。文脈を読む力を使うより、言葉で端的に理解しようという時代の流れがあるんです。
(山極)過剰な説明って、1995年から放映されたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』から始まった気がするんだよなあ。
(鈴木)Windows 95の発売でネットの急速な普及が始まった時期ですね。デジタル化された文字のやりとりが中心になる社会では、文脈を読む力よりも言語情報を処理する方が重要視されているのかもしれません。それでは本当の意味での共感が生まれないと思うのですが。
(※『鬼滅の刃』は宇宙人も初めて見た時違和感を覚えた。「心理描写」というにはあまりに具体的で長いし、残念だけど冒頭の「単純」でわざとらしい演技を更に補足しているように思えた。『呪術廻戦』も同じく。宇宙人が好む『進撃の巨人』にはなかった傾向。)

――(山極)言葉によって、道徳も危機に瀕していると思う。…明文化された法やルールが独り歩きした結果、ルールに反していなければ何をやってもよいことになってしまった。…諸悪の根源は契約の登場じゃないでしょうか。書かれた文字による契約という習慣は、古代フェニキアあたりで始まって世界中に広まったんだけど、契約は共感を不要にしてしまった。「こういう約束ですよね」という言葉による契約さえあれば、相手を思いやったり共感したりする必要がないですよね。相手の感情とは無関係に成立するのが契約ですから。…だから現代は、言語化されない感情や文脈を読むよりも、明文化されたルールや制度にすがる方が生きやすい社会なんですね。
(※ああ、だから宇宙人は弁護士や法律家が胡散臭いと思うのだな。契約とか法律とか振りかざして相手を縛るプロだもの。)

――霊長類の音声にとって距離は重要な要素だということです。霊長類のコミュニケーションは視覚的なものが主体で、音声はその次だと言いましたが、近距離では音声が決定的に重要になることもある。だからコロナ禍でのソーシャル・ディスタンスは、ヒトにとってかなりの負担になったかもしれない。
(※ええと…宇宙人は普段から人と距離を保って暮らしているので、実はソーシャル・ディスタンスは負担でなかった。むしろ歓迎していたよ。これは宇宙人が地球人ではない証左であろうか。)

――(山極)自然は同じことを二度と繰り返さないんです。だからこそ新しい発見があるし、そこに喜びがある。
(鈴木)研究というのは、世界の真理に近づこうという探究だと思うんです。
(※ニュースもワイドショーも同じ話を二度どころか十回も二十回も繰り返すから、テレビ視聴者が去ったのではないのかね。結論のない同じところを堂々巡りするのに公共の電波を使うな、なのだ。有料などもってのほかなのだ。)

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