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専門家がぶっちゃける

 逆さまになって仕事を続ける月面探査機が「学術的目的」のデータを集めているという報道に対し、わが傾聴する武田邦彦先生が「みんな嘘です」と全否定し、大いに笑い転げるタコ・クラゲ型宇宙人。タイ・ヒラメ型宇宙人よ、マユツバで君を動かしてしまったかもなのだ。すまぬ。尤も、武田先生が全否定するのは今回の事業に限らず、宇宙開発事業全般、果ては宇宙人が子供の頃に大爆発した米国NASAのチャレンジャー号にまで遡る。ずっと気付かなかったが、シャトル事故やロケット発射失敗事故など爆発映像が華々しく報道される一方で、その事故の原因はいつも曖昧というか「どうせ詳しく説明しても皆さん判らないからしなくていいでしょ」的な短く素っ気ない一文で済まされてきた。それを不思議とも思わないほど習慣化されてきたが、武田先生は科学者として「ここをこうしなきゃならないのにしなかったから事故になるのは当然だ」と具体的に事故原因にツッコミを入れる。そうだったのか、素人が聞いても判る内容ではないか。なぜ報道しないのか、この国はマスコミも官庁も劣化が激しい。詳細はジャーナリストの有本香氏のネット番組「あさ8」の1月30日の回をご覧下さい。目から鱗がボソボソ落ちます。

 他にも目から鱗がごっそり落ちる良書を読んだので紹介しよう。社会学者の古市憲寿の対談集『謎とき 世界の宗教・神話』。一般知識として知っている程度の世界宗教の曖昧なイメージを払拭する、専門家との対話。古市氏自身が常識から離れた発言をする人だが、この対談では古市氏の方が「一般人」寄りの立ち位置に立ち、我々一般人の曖昧なイメージやモヤモヤを質問の形にして相手にぶつけ、ぶっちゃけ回答を得るという形式が新しく、読みやすい。冒頭は当ブログでもお馴染みのロシア通、佐藤優氏との対談で、キリスト教についてこんな回答があった。

――(佐藤氏)教派や神学者によって異なりますが、カルバン派の影響を強く受けた私の場合、(人間に)全く期待しません。だから聖人もインチキに決まってます。柱の上にずっと座って生活をしていましたということが、どうして伝わるのか。「そういう聖人は売れる」と考えてパブリシティをやったからですよね。我々神学を勉強した人間は、そういう醜いところまで織り込んで聖人を見ています。これは聖人を生み出す側、つまり生産者側の論理なんですね。生産者側の論理だから消費者にはそれを言わないんですよ。…キリスト教自身が、悪い事を沢山してきたことはわかっています。どんなに信仰の篤い人でも、キリスト教の歴史をすべて肯定することは無理です。それなのに、なぜ自分はキリスト教徒なのかということを常に考えないといけないんです。――

 素晴らしいぶっちゃけ発言ですね。上述の武田先生も宇宙開発のみならず昨今注目される防災インフラなり原発建設なりで、「彼らは安全なんか大事じゃないんです。大事なのは自分の出世や利権や金儲けなんです。だから科学者が事故を予測しても握りつぶしちゃうんです」と現場にいた人間として恨み節を陽気にぶっちゃけておられる。図らずも通底しているこの両者はこの先対談することはないだろうが、あったら面白そうだ。
 次の対談者はロシア史学者の三浦清美氏で、宇宙人も納得のロシア人評をしているので、一部を抜粋しておこう。

――(三浦氏)ギリシア正教を受け入れたロシアでは、西欧のキリスト教とは違う信仰の感覚を持つことになりました。彼らの頭では、キリストは神であると同時に人間であると理解しますが、感性では、キリストが人間であるという感覚が西欧より強いんですね。…東方正教会では、神であるキリストが人間になったことの恩寵を強調します。神が人間になってくださった。だったら罪深い人間も、自らの救済のために神になる努力を惜しんではならないという思想が強いんですね。その思想がツァーリにも反映されています。ロシアのツァーリとは、いわば地上における神の代理人であり、人間である神のような存在なんです。ツァーリは、キリストに対しては普通の人間であり、しもべとして仕えますが、人間に対しては神として君臨する。こういう統治者観は、選挙で大統領を選ぶ現代のロシアにも、脈々と息づいています。だから国民も、指導者に絶対的な力を持つ神の代理人を求める意識が強い。それが皇帝から共産党、ある時期はスターリンへ、現代はプーチンへと変遷した。――

 日本のマスコミが悪党だと煽るプーチンを宇宙人は嫌いでない。宇宙人がちょうどモスクワで働いていた頃にプーチンは当時のエリツィン大統領の指名で首相に抜擢されたが、当時はボスの指示を有能にこなす若手能吏という印象で、仕事をテキパキこなしていた。要するに頭がいい。宇宙人はバカが嫌いだから、反対のプーチンはそこだけ取っても好きなのだよ。しかしその後のプーチンについて三浦氏は鋭く切り込む。

――イワン雷帝は、妃のアナスタシアが亡くなってからおかしくなってしまった。恐怖政治を始めて、人格的にもすぐれた息子を殴り殺してしまう。そういう混乱のなかで1598年に万世一系のリューリク朝は途絶え、「スムータ」という大動乱の時代が始まります。さながら戦国時代です。この動乱は20年くらい続きました。一時期はポーランド軍にモスクワを占領されてしまいますが、モスクワが外国人に占領されたのは、ロシアの歴史でもこのとき一回だけです。…(そしてイワン雷帝が途中からおかしくなったように)プーチンも2014年のクリミア併合辺りからおかしくなっている――

 ロシアを離れて久しい宇宙人にはプーチンの変容はピンと来ない。昔からああだったようにも思えるし。それこそ本人に会ったことのある佐藤優氏に聞いた方が正しい見解を得られよう。しかしイワン雷帝については確かにロシア国内でもこのような評価がされていて、エイゼンシュテイン監督のモノクロ映画『イワン雷帝』でも、美しく優しいアナスタシア妃の死後、人相が変わってしまった雷帝の変容振りが巧みに描かれている。その後の「戦国時代」のすったもんだも名画になったりオペラになったりして、結局ロシア文化を磨き上げることになる。もしかしたらプーチンの死後も、彼の治世の悲劇性を芸術的に描いた文化作品に昇華されるかもしれない。日本や米国にはこういう素材は見当たらない。

――(ロシア人には)広大な国土から来る「無限」の感覚があるから、止まるべきところで止まることができない。中庸というものがものすごく難しいのです。狭い国土でぶつからないように気を遣いながら暮らす日本人と一番異なる点かもしれません。――

 モスクワ修行時代、宇宙人が職場のロシア人運転手に「日本は土葬するには土地が狭すぎる(から火葬する)」と言ったら、「ロシアには土地などあり余っているから気にしたことないよ」との回答が来て驚いたのを思い出した。

――ロシアはいつ終末が来てもおかしくないとドキドキしているところがあるんです。それはロシア正教がずっとビザンツ暦を使っていることと関係します。――

 確かに彼らは世界の破綻を今か今かと待ちわびている気配がある。それは必ずしも破滅ではなく、もしかしたら旧世界が崩壊して新しい何か、ひょっとして思わぬ素晴らしい新世界が来るかもしれないという肯定的なドキドキも含まれているが、総じてワクワクよりもハラハラ傾向が強い。しかしそれはいずれも未来に対する不安や期待であって、過去に対するウジウジはあまり見かけない。そういう国民性は確かにある。
 ちなみに、先日紹介したリュドミラ・ウリツカヤの『緑の天幕』にあったセリフが、宇宙人が学生時代に読んだロシアのフォークロアの記述に合致していて、改めてロシア人の世界観を再確認した。それは「この世の不幸は万人に平等に降りかかるもので、いい人間だからとか正しい行いの人だからといって、その災厄から逃れることはできないし、悪人だからといって必ずしも天罰が下るわけでもない」というもの。人間の運命は人知の及ぶところではない、という発想がロシア人の世界観を貫いている。
 その他の対談も興味深い本音トークが冴えていたので、是非本編をお読み下さい。宇宙人ももっと書くかもしれないが。

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