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私とオートバイ

 母親が元モトクロッサーだった。
 最も、私が母親のお腹に生を宿した頃には引退していたが。

 幼い頃からその母親に『バイクは楽しいぞ!免許を取れ』と常々言われていた。私はオートバイよりも自動車に首ったけで全く興味が無かった。しかし私が免許を取得できる年齢になった頃に『免許代金と初めてのオートバイは私が払うから免許を取れ』と言われるとこちらに全く損は無いので免許を取得する事とした。

 初めてのバイク教習の日はとんでもない土砂降りだった。雷も鳴っていたし、風も強かった。それでも教習は実施された。支給されたレインコートを羽織り、母親のお下がりのヘルメットを被って、コースへと赴いた。

 オートバイの最初の実技(教習所内の走行)は、コースの外環を20~30Km/h程度の速度で教官の後ろを付いていくというものである。

 教官の指導のままにスロットルを捻る。
 教習車は定番のCB400スーパーフォアという車種だ。

 4気筒のエンジンが徐々に回転を上げて唸りを上げる。私から見て右側のタコメーター(回転計)の針が上がる。4気筒ならではの緻密な動きである。教官の言うままに左手に握っていたクラッチレバーを少しずつ離す。バイクが前に進む。

 その瞬間の感覚を私は一生忘れないと思う。

 私の背中に翼が生えたのだ。

 とんでもない土砂降りの日だった。ヘルメットのシールドには滝行の如く水滴が飛んでくる。コース内に溜まった水たまりがバシャバシャと左右に弾かれていく。

 教習所のコース外環を精々20Km/h前後の速度である。それでも私の背中に翼が生えた感覚がそこにはあった。
 バイクメーカーのホンダのエンブレムは翼をモチーフとしているが、あれは初めてバイクに乗った人の心情を表しているのでは無いかと私個人で勝手に思っている。

 どこまででも飛んでいける。"コイツ"が居ればどこまでも行ける。
 そういう気分だった。

 抽象的で陳腐な表現しか出来ないのがもどかしい。しかし、初めてバイクで走った感覚をピッタリと表せる日本語は無いと私は思っている。

 人生を変えたコンテンツというのは誰しも持っているものだとは思うが、私の場合はオートバイである。跨って走った瞬間にそれを確信した。

 その後無事に自動二輪の免許を取得した。
 ボロボロではあったが、250ccのバイクを買ってもらえた。
 母親は元モトクロッサーで、そういうオフロードバイクを勧めてきたのだが、いざ私が実際に免許を取得すると『危ないから』と言って、普通の単気筒のオートバイを買っていた。

 元々私はインドア派であった。人と話したりするのも苦手だった。

 免許を取得した10代後半もオンラインゲームとネット掲示板に明け暮れた日々を過ごしていたが、バイクの免許を取得してからは休日となれば一人でツーリングをしていた。

 特に目的を決めるわけでもなく、気の赴くままに交差点を、T字路を、山道を右へ左へと曲がっていく。家から数十分の隣町ですら見た事のない景色に溢れ世界はアドベンチャーに満ちていると実感させられた。春の暖かい空気、夏の照り付ける太陽、秋風の冷たさ、初冬の凍てつく雨粒。四季というものがどれほど美しく、そして日々がどれほど変化に満ち溢れているのか、オートバイによってそれを全身で受け止めて日々を過ごしていた。
 ツーリング先では見ず知らずのライダーに話しかけられたりして最初は困惑したが、次第に打ち解けて様々な話をした。その後は大型自動車二輪免許まで取得し、どっぷりと"沼"にハマっていった。


 余談だが今乗っているバイクもそう言った"縁"で所有する流れとなったのである。

 バイクは間違いなく私の性格、世界、人生観を変えた存在である。

 今はパートナーと暮らすようになったり等で生活環境が変わり、バイクは乗る時間より眺める時間が増えた。
 それでも久々に乗るバイクは日本の自然のダイナミックさ、美しさをいつでも教えてくれる。

 パートナーにもバイクの免許を取らないかとは言っているが、元々インドア派の人間なので、まだ先の話になりそうだ。 

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