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半年就活して内定をもらった会社を、5か月で退職した27歳の話。

実話に基づく物語。

退職


2024年2月に、社長に退職の相談をした。入社して5か月目のことだ。

27年間一度も就職したことがない自分としては、ずいぶんがんばった方だと思う。


システム下請会社に、中途で入社した。業界・職種・社会人未経験の完全未経験者だ。
会社は社員50人の小さな会社だった。

社員が入るようなオフィスはなかったため、完全オンラインのフルリモート勤務。
毎日10時から19時までが定時だった。

通勤が必要だと地球の環境に悪いためという最もらしい理由から、会社にオフィスはなかった。

東京にちゃんとしたオフィスを持つと、お金がかかるからウチは無理だ。と社長が全体のミーティングで話していたが、本当はそれが真実だろう。

サイト上で出てくる会社の住所は、ほとんど物置きになっているようだ。
社会に出て、知ることもあるものだ。


入社当初、会社に貢献したいと思う気持ちにウソはひとつもなかった。断言できる。

これまで、ブログ運営やYouTuberとして生きていたために、まともな職歴はナシ。ことごとく就活は惨敗し、半年間で66社に落ちた。

この会社に入れなかったらあきらめようと思い、唯一応募した会社が今の会社だった。

そのため、会社員経験なしの自分を拾ってくれたことに、感謝さえ覚えていた。

資格を取ってほしいと事前に社長から言われていたので、業務時間は余裕がなく勉強できないため、平日2時間・休日5時間勉強した。

どうにか資格は取れたが、もうひとつ資格を取ってほしいと言われた。
日頃の業務の勉強で一杯だった自分には難しい話だった。

しかし、業務後に平日・土日を使い、学習を進めた。
それが会社員としての役割だと信じて疑わなかった。

3か月目の面談で、成果を出してくれ・もっと勉強してくれと言われるまでは。


面談

在宅ワークだったので、仕事に関連するミーティングはすべて画面を通じて行われていた。
それは面談の日も同じだった。

テンッ。
GoogleMeetに入室する際に発する機械音とともに、ルームに入室すると、難しい顔をした社長が画面に映っていた。

50代中盤ごろの鬼のお面を人間にとっつけたような、コワモテな男性だ。名前は西野と言う。

いつも真っ黒な服が好きらしく、社内のミーティング時には黒のTシャツを着ている。

入社時の最終面接の際には、好きな色を聞かれた。
とっさに明るい色をアピールした方がポジティブな印象を与えて良いだろうと思い、オレンジと答えると、俺は黒なんだとぶっきらぼうに答えた。

この質問に何の意味があるのか?と戸惑っていると、

黒は絵具で他の色を何を混ぜても黒になる。ウチの会社も黒くなりたいんだと銀歯が入った歯を出し、ニカッと笑った。

サンドウィッチマンじゃないが、ちょっと何を言っているのかわからなかった。

俺が戸惑っているのを見ると、再度俺の反応を見て笑って
大丈夫。ブラック企業は好きじゃないからと言った。

ウチは、社員が一番大事なんだ。そう言った。

社長は何を思ったか、その場で内定が出た。
こんなで長い就活が終わるのかと、思わず拍子抜けしたものだ。

普段から社員を褒めるよりも厳しい言葉を言う社長だった。
今日も厳しいことを言われることはわかっていた。なぜそうなるかも。

GoogleMeetに入った俺を見るや否や、こう言った。

西野「すばる君、仕事は面白いか?」

俺「ええ…楽しいです。知らないことだらけですが、とても楽しいです。」

その言葉にウソはなかったが、教育制度がなかったため、随分と苦労していることも事実だった。

社会人のマナー、敬語のほか、エクセルやWord、Powerpointのほか、システムの勉強も必要だった。

これまでオートフィルすら知らなかった人生を送っていたので、エクセルの本も買い込んだものだ。

西野「そうか。だが、はっきり言って、君の成績は良くない。あと2倍ほどの成績を出してほしいと思っている。」

俺の選択肢にノーはあるのだろうか。
手から汗が出ていることを感じながら、はい。と小さくつぶやいた。

社長の追撃は止まらない。

西野「システムをもっと触ってほしいし、業務で使用するシステムの勉強もしてほしい。エクセルも苦手なのも知っているが、勉強してほしい。難しいことを言っているのもわかるが、資格も取ってほしい。それが君に求める条件だ。」

西野「会社は君の成長をいつまでも待ってられないんだ。それが会社という組織だ。」

口の中が干からびた砂漠のように乾ききり、小刻みにうなずくことが精いっぱいだった。

社長は言い切ったことに満足したのか

西野「君には期待している。次のミーティングがあるから」と言い残し、
画面から消えた。

一人残された不安そうに映る自分の顔がアップで映っていた。
捨てられた子犬が人間になったら、たぶんこんな顔だろう。

社内で閲覧可能な成績表には、一番下にいるのが俺だった。
毎日ずっと勉強を続けてきたが、結果を出していないことはよくわかっていた。

結果を出していないのだから、社長の言い分は当然ではある。
頭ではわかっていた。それが会社なんだと。

でも。でも。
もう一人の自分が心の中で叫ぶ。

社外のメールすら、勝手がわからず、打つのに30分かかっているんです。

毎日新しいことを学ぶことで必死に仕事をして業務時間後の2時間、休日5時間勉強しているんです。
それでようやく、資格も1つ取ったんです。

今でも資格を1つ取らなきゃいけないのに、業務の勉強まで、そんなにたくさん勉強できないですよ。

私は、何をどうやって勉強すればいいんですか?どれから手をつけるんですか?

これ以上何をどう頑張らないといけないんですか?

画面に映るもう一人の自分の頬から涙がつたう。

何も教えてくれないのに、要求だけ高いのはずるいじゃないですか。

あふれた涙が止まらない。

俺だって頑張っているのに。

わかっていた。今はもう学生ではない。

頑張ることなんて、何の価値もない。過程が大事なんてウソっぱちだ。
大切なのは結果を出すことだ。

それができていないのだから、自分が悪い。

わかっているけど、ずるいじゃないか。




目を真っ赤にした画面に映る自分を見て、意外とGoogleMeetって鏡に使えるな…と冷静に考えた後、顔を洗うべく洗面台に向かった。

もっと貢献しなければいけないーーーー

社長のその言葉だけが、それだけが耳に残り続けた。

退職の連絡

1日12時間以上働くようになったのは、面談の後からだった。

現状、仕事が全然できていなかったが、与えられる業務レベルが高い。

1時間だけ残業時間をつけて、あとはサービス残業する日々。
週70時間以上働いていた。

上司からの指示もわからないが、聞いても返信が遅い。
上司のスケジュールは、朝から0時過ぎまでビッシリ予定が詰まっている。
納期までに間に合わない日々が続いた。

とにかく働いていたため、資格を取得する時間を捻出するのは難しかった。

ある日、上司から指示された業務が理解できず、1日に渡ってSlackで質問をしていたことがあった。

その際に、言われた言葉が忘れられない。

「すばる君、君には頼まない。もういいよ。」

1日12時間以上働くことは、上司に、会社に、儲かってほしいという気持ちがあった。だが、もういいとは。

褒められることがなく、どう直せばよいのかもわからなかった。
もう、俺もいいや。その時に思った。

数日後、退職の連絡を上司にチャットで送った。
数時間後、承知しましたとだけ連絡がきた。

退職はスムーズに行われた。
引継ぎ作業も、大した業務を任せられているわけではなかったため、すぐに
終わった。

どうして、こんなにスムーズなのだろうと不思議に思っていると、退職の前日に去年の社員リストを見つけて納得した。

そこには、社内には存在しない名前が少なくとも10人以上書いてあった。

そうか、この会社、退職者が多いのだ。

気がつくと、俺が退職までの5か月間に8人退職していた。

妙な納得感を覚えながら、俺は仕事を辞めた。

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