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愛らしいうた

我が腕の中でまどろむ いとし子よ
愛らしいうたを もっと聞かせて

のどの管が抜けた。

正確には、胃管、十二指腸までのEDチューブ、気管挿管チューブのうち、気管のチューブを抜くことができた、ということである。

息子・おもちくんは、呼吸器疾患があり、非常に息が苦しい。言い方がちょっとあれであるが、息が苦しいので、人工呼吸器でのサポートが必要である。

かれこれ4ヶ月、何台もの人工呼吸器と、何種類もの呼吸モードと浮名を流してきたが、漸くその日、抜管することが出来た。

気管挿管されていると、声を出すことは出来ない。
抜管出来たということ、それは、私が、帝王切開で腹を割かれ半分朦朧としながら、手術室の隣の処置室から聞こえてきた産声に安堵したあと、何ヶ月もかけて、初めて、対面で泣き声を聞けたということである。

自分が、泣くと思っていた。
息子の泣き声に、感極まって。

しかし実際は、その少しかすれた、まだ声の出ることに慣れなくてややたどたどしい泣き声は、私の耳から心に、水彩絵の具がぽわっと染み込んでいくように、温かな、それは温かな、静かな静かな感動をあたえ、

『おもちくん、あなたの声は、そういう声なのね』

私は泣くことはなく、静かに息子を見つめていた。

呼吸が不安定であれば気管切開の可能性もあるおもちくんの、貴重な泣き声を聞き漏らさぬよう、その声色をいつまでも覚えていられるよう、耳の神経を研ぎ澄ませ、そしてただ見つめていた。

そして現在、おもちくんは鼻マスクで呼吸をサポートしている。鼻のマスクを取りたくて首振りをしているうちに、自然と首の筋肉も鍛えられているらしい。声を出すのにも慣れてきて、しきりに文句を言われるが、そんなおもちくんをなだめながら抱き上げる余裕が出てきた自分に、少しニヤニヤしている。


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