絨毯の染み

グラスから水滴が落ちて染みを作った。
それを指摘すると、どうせすぐ乾くと取り合ってくれなかった。
わたしもそう思う。ただこの時はなんとなく気になっただけなのだ。

わたしは彼が嘘をついていることを知っている。
彼はわたしが自分の嘘を見抜いていることを見抜いている。
お互い承知の上だ。
彼は妻子がありながらわたしを抱く。
わたしはお金をもらって彼に抱かれる。
そこに感情はない。ただひたすらにドライなだけだ。

彼はいつも絨毯でわたしを抱く。
ベッドでも車でもない。特に意味はないのだろう。

また水滴が落ちた。
氷の浮かぶグラスに彼は口を付け眉をひそめる。
まったく美味しそうに見えないその表情をとがめると、彼はひどく不味いと吐き捨てた。

彼が死んだ。
わたしがその理由かも知れないし、他の原因があるのかも知れない。
一つ確かなのは、もう彼がいないということだけだった。

絨毯に染みができた。
わたしの家にある絨毯は灰色で、今のわたしに見える世界の色だった。
染みを作った水が涙だと気づいたとき、わたしは彼を愛していたことに気が付いた。
ただひたすらにドライではなかったのだ。


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