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打ち直し by 網焼亭田楽

 毎度バカバカしいお笑いでございます。
 最近は、何でもかんでも少し悪くなると交換してしまう世の中になってまいりました。
 車だってそうです。ちょっと運転席側のヘッドライトがつかないんなんて言うと、配線やら何やら細かいチェックなど致しません。ヘッドライト丸ごと交換してしまう場合が多いようでございます。
 テレビだって、調子が悪くなれば修理というよりも調子の悪い部分を交換、下手すればテレビ丸ごと買い換えてしまうなんて世の中です。
昔はそんなことはなかったようでございます。

「おい、よたろう」
「何でございましょう、だんな様」
「布団がちょいとペシャンコになってきたようだ。綿を打ち直してもらうから、布団を運んでくれないかい」
「誰がです?」
「お前さんしかいないだろ」
「何をです?」
「布団だよ」
「どこへです?」
「布団屋さんに決まってるだろ」
「何をしに?」
「打ち直しをしてもらうんだよ」
「何のために?」
「だから、布団がペシャンコになっちまったからだろ」
「だんな様」
「どうした、よたろう」
「新しいのを買いましょうよ」
「何言ってんだよ。布団なんて物は一生ものだ。破れて来たら縫い直す。ペシャンコになって来たら打ち直しをすれば、元通りふっくらするんだよ」
「ああ、それで」
「何だい、よたろう」
「だんな様、あれですね」
「気持ち悪いね。どうしたんだい」
「最近、おかみさんの様子がおかしいと思ってたんです」
「うちのかみさんのことかい?」
「はい。先日も、座布団を持って布団屋さんにいそいそと行ってるところを見ちまったんです」
「別におかしくはないだろう」
「それが、一枚ずつ一枚ずつ、毎日布団屋に通ってるんです」
「そりゃ、いっぺんに運ぶのは重いからだろう」
「いえ、今日のだんな様のお話を伺いまして、おいらピンときました」
「何がピンと来たんだい。うちのかみさんに限って、妙な気は起こさないから大丈夫だよ。それとも何かい。布団屋の若旦那がイケメンだから、うちのやつが毎日通ってるとでも言いたいのかい?」
「いいえ、だんな様。おかみさんは、きっと自分の体を打ち直してもらってるんです」
「何言ってるんだい、布団じゃあるまいし」
「いえ、間違いございません。最近のおかみさん、とてもふっくらしてまいりましたから」
「おい、よたろう。そんなことはうちのやつの前で言うんじゃないよ」
「何でです?」
「自分でも気にしてるんだから」
「何をです?」
「ふっくらして来たことだよ」
「ああ、ぼってりして来たってことですか」
「おいおい。誰もぼってりなんて言ってないじゃないか」
「わかりました、だんな様。だんな様がそこまでおっしゃるなら、このよたろう。口が裂けても奥様の前で打ち直しなんて言葉は口に出しません」
「そうしておくれ。ああ、噂をすれば何とやら。うちのやつが来ちまった。よたろう、言っちゃダメだぞ。頼んだよ」

向こうからふっくらとしたおかみさんが、しゃなりしゃなりと歩いてまいりました。
「あら、よたろうじゃないかい。この間は座布団を運んでくれてありがとう。これ、少ないけどとっておきな」
そう言うと、おかみさんはよたろうに祝儀袋を渡しました。
「おかみさん、どうもありがとうございます。実は試しに行ってみたい所がありまして」
「へえ。よたろう、どこへ行きたいんだい?」
「ちょいとハワイあたりまで」
「夢は大きい方が良いからね。お金を貯めて行っておいで」
「では、行ってまいります」
よたろうは、祝儀袋を持って意気揚々と出かけようとしております。
「待ちな、よたろう。まさか、その祝儀袋に入っているお金でハワイに行けると思ってるんじゃないだろうね」
「いやですよ、おかみさん。あたいはそんなにおバカじゃありません」
「だよね、良かった。銀行に預けにでも行くのかい?」
「いえ、ちょっと布団屋へ」
「何か打ち直してもらうのかい?」
「はい。この祝儀袋を打ち直して、ふっくらさせてもらおうと思いまして」

お後がよろしいようで。
テケテンテンテン。

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