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【3】シンデレラみたいには、なれない(スピと生きづらさとトラウマとフェミニズムの物語)


自助グループ当日。ハナコは不安を抱えながら、村役場のすみにある小さな集会室に足を踏み入れます。キラキラした装飾もなければ、音楽もかかっていない、とてもシンプルな部屋でした。
そしてそこで、予想外の人物を見つけました。
なんと、シンデレラの、あの「意地悪な姉」がいたのです。

彼女はかつて、シンデレラをいじめた醜悪な女として、国中から悪口を言われました。
ハナコは、あの有名な「意地悪な姉」というくらいだから、不機嫌でムッとした、悪く言えばまるでおとぎ話に出てくる怪物のような女性に違いないと思っていましたが、意外なことに、彼女は物静かで、どこか凛としたたたずまいの、ごくふつうの人に見えました。

自助グループでは、ひとりずつ、自分の話をします。
シンデレラの姉が、彼女の苦しみを語りました。

複雑な家庭環境。美しくなければ男性から選ばれないという恐怖。
完璧に見える女性をねたむ気持ち。そんな自分への自己嫌悪。自分がおかした過ちへの後悔。
そして最後に、強い感情のフラッシュバックや、強烈に自分を責める気持ちが、トラウマ治療を受けることでずいぶんと緩和され、最近は穏やかに過ごせるようになっている、そんな自分を誇らしく思う、と小さな声で結びました。

自助グループですから、シンデレラの姉を責める人は、だれひとりいません。感想を言い合うこともしません。
けれど、その場にいたすべての女性が、シンデレラの姉——彼女の名前はドリゼッタでした——の、ひとりの、かけがえのない、尊厳ある人間としての姿を目の当たりにして、言葉にできない一体感がうまれました。
ドリゼッタが抱える苦しみや、これまで感じてきた嫉妬や恨みは、誰にとっても心当たりのある、普遍的なものでした。ハナコも、この姉の姿にとても勇気づけられました。

自分の番が来ると、ハナコはドキドキしながら、自分が感じている苦しみを語りました。じょうずには喋れず、時系列もぐちゃぐちゃでした。
それにも関わらず、出席している女性たちは、ハナコの話に真剣に耳を傾けてくれました。
アドバイスも、「わかる〜」といった相槌もありません。
ハナコは、自分という物語が、ただただ展開していくことが許される場に、心から安らぎを感じました。
感じるべきではないと教わった悲しみを感じ尽くしてしまうと、そこにあったのは深い海のような静けさで、涙が頬を伝います。


その日の自助グループがお開きになると、
ハナコは、思い切ってドリゼッタに話しかけました。
さきほどの彼女の話に勇気をもらったことを伝え、トラウマ治療というものがどんなものか、聞いてみました。
ドリゼッタは、自分が受けた治療について、快く話してくれました。

まず、トラウマ治療にはいろいろあるけれど、
いずれにせよ、ひとの心を扱うことなので、少し勉強しただけの人ではなく、
きちんとトラウマケアのトレーニングを積んだプロの治療者(可能な限り、精神科医や、臨床心理士や公認心理士という国家資格を持った人)を訪れると良いということ。
そして、治療者と治療方針には合う、合わないがあるので、
あとは自分で調べて、試してみることが大切だということを、教えてくれました。

ハナコは、トラウマというのはたいへんな災害や戦争を経験した人にだけ関係があることだと思っていました。
ですが最近の学者の話だと、たとえば、長期にわたる家庭内での不安定な環境などが原因がトラウマとしてからだに記憶され、そしてそれが生きづらさの根っこになっていることもあるそうです。

ハナコは「ふつう」の家に育ちましたが、両親は仲が悪く、二人が心から信頼し合って、お互いを支え合う様子は見たことがありませんでした。
ハナコは自分がいい子でいれば、両親の仲が良くなると考え、いつも二人の顔色を伺っていました。
けれど、それくらいのことはどこに家でもおこる「ふつう」だと思っていました。
そういえば、ハナコは子どもの頃から、何をしても自分は十分ではないと感じていました。心から安心して、自分には居場所があると思えたことも、ほとんどありませんでした。
スピリチュアルな本を読んで、いくら「私はありのままでいい」と鏡に向かって唱えたりしても、それを本当に信じることはできませんでした。
ひょっとすると、それも、からだに記憶されたトラウマが関係しているのかもしれないと思いました。
ハナコはドリゼッタにお礼を言い、さっそくトラウマ治療ができるところを探し、予約をしました。こうしてハナコは、トラウマ治療という支援につながることができたのです。


続く


お読みいただき、ありがとうございました。わたしという大地で収穫した「ことばや絵」というヘンテコな農産物🍎🍏をこれからも出荷していきます。サポートという形で貿易をしてくれる方がいれば、とても嬉しいです。