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【5】シンデレラみたいには、なれない(スピと生きづらさとトラウマとフェミニズムの物語)

トラウマ治療とフェミニズムについての学びのおかげで、
ハナコは少しずつ、ほんとうに少しずつ、変わっていきました。

自分の気持ちや感覚を否定したりせずに、
ただそのままに感じられるようになりました。
いちいち感情に「よい」「わるい」「波動が高い」「低い」といったラベルを貼らずに、すべてが自分のたからものだと思えるようになりました。
いい気分でも、そうじゃなくても、そのとき、そうある自分のそばにいることができるようになりました。

スピリチュアルな考え方自体は、ハナコはやっぱり好きでした。
何か大きなものに守られていたり、自分がその一部であるといった感覚は、毎日を過ごす上で、かけがえのないこころの拠り所です。
けれど、特定のメソッドや「先生」に固執したり、次から次へと本を買ったりすることはやめました。
結局、そういうものにこだわりすぎると、
今度はそのメソッドが提唱する「あるべきスピリチュアルな姿」に無意識に自分を押し込めてしまうと気づいたのです。(そして何より、お金がいくらあっても足りませんでした)


スピリチュアル・ライフコーチを目指すことはやめました。
自分の、本当の本当の本当の気持ちを感じてみると、
正直なところ、ハナコは別に、心の底から他者を癒したい、導きたいとは思っていませんでした。ハナコは、ただ、人に認められ、そして自分を認めたかったのです。
成功すれば自分に自信を持てると思って、「自分ビジネス」に興味を持ちましたが、今となっては、成功してもしなくても、
今の、このハナコのままでも、
自分を認めてくつろいだ気持ちになれることを、ハナコは知っていました。それに、今はまだ、人をどうこうする前に、まずはハナコ自身が時間をかけて癒される必要がありました。もし将来、ハナコが人の手助けをする立場になったとしても、それはハナコ自身がしっかりとその準備ができてからだと決めました。

ハナコは、かつて自分がスピリチュアルや自己啓発にのめり込み、自分を見失っていたことに客観的に気づいていましたが、そんな自分を責めることはしませんでした。ハナコは、ただ、安心したかったのです。
そのとき、そのときで、手が届く範囲にあった道具を使って、不安に押しつぶされそうな自分をなんとか救おうとしていました。
ハナコは、不器用な方法ではあったけれど、
自分のいのちを守り、生きよう頑張ってくれた自分に、思いやりのまなざしを向けることができました。




おとぎ話とは違って、特別なことは何も起こらず、人生が激変したりもしませんでしたが、今も時々トラウマ治療に通ったり、自助グループに顔を出したりしながら、ハナコはごくふつうの日常を送っていました。

ある日、ハナコが見慣れた道を散歩していると、ふと、「自分」がここにいる、ということを強く感じました。
当たり前のことなのですが、そんなふうに感じるのは、初めてのことでした。誰もシンデレラみたいにはなれないし、ならなくていいのだと、心の深いところで理解ができた気がしました。
同じように、たとえシンデレラが望んだとしても、ハナコのようにはなれないし、なる必要はありません。

ハナコは、心の軽さを感じていました。
「自分という存在に対して、一切の責任を負わないでいいんだ」という気づきのおかげでした。

自分がどんな行動や言動をするかには、責任を取れます。
でも、自分がなぜ存在し、なぜ生きて、なぜこんなふうに色々なことに思いを巡らせているのか、ハナコにはわかりませんでした。
生まれる国も、家族も、性自認も、誰を好きになるかも。なぜそうなったのか、わかりません。そして、それでいいのだと気づきました。

なにかが、まさにハナコのようないのちを求め、
そして今、まさにそのハナコがここにいる。
そしてハナコを望んだその "なにか" は、
ハナコを見て、とっても満足している——そう考えると、ハナコはなんだかほっとしました。

これまでずっと、自分がここいにてもよい存在だと証明することに奔走してきましたが、いい意味で、どうでも良くなりました。
そう、いい意味で、そんなことはハナコの知ったことではなかったのです。

そして、責任を取れないことに責任を取らせようしたり、
むりやり変えさせようとしたり、
それを理由に生きるのが難しくなる世界ではなく、
ハナコ自身も含めた誰もが、自分と、自分の大切な人と、
人生というこの世での、つかのまのくつろぎの時間を、
安心して過ごせる世界であって欲しいと、心から願いました。


そしてハナコは、そんなふうに思う自分のことを心から愛おしいと感じ、
わずかに微笑むと、涙がしずかにハナコの頬を伝いました。



おしまい



お読みいただき、ありがとうございました。わたしという大地で収穫した「ことばや絵」というヘンテコな農産物🍎🍏をこれからも出荷していきます。サポートという形で貿易をしてくれる方がいれば、とても嬉しいです。