イスラーム法研究者がサブジェクト・ライブラリアンになった件について:下積編(2)アジア研究図書館

 今回は前回に続いて,下積編の1つ,アジア研究図書館カウンタースタッフとしての業務について紹介する.表題にあるイスラーム法と筆者の関わりや問題関心については,前回の内容を参照されたい.


アジア研究図書館について

 アジア研究図書館は2020年10月に,上廣倫理財団寄付研究部門U-PARLの運営のもと開館した.同図書館は2010年から構想されていた「新図書館計画の中核」として実現され,UPARLもまた,同図書館開館のためのアジア資料に通じた専門家実働部隊として2014年に開設された.同図書館周りの沿革については以下を参照されたい.

佐川英治(2022)「アジア研究図書館について:館長挨拶」https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/about(accessed on 2024/04/18)

アジア資料のハブ図書館

 アジア研究図書館の特徴を挙げるとすれば,2つに言及しておこう.1つは,アジア資料へのアクセスの拡大である.同大学にはアジア資料を扱う附属図書館/室が複数存在している.しかしながら各図書館/室の利用規定は統一されておらず,なかには教員であっても貸出できない場合もあった.アジア研究図書館は,アジア研究に係る部局で利用方法がサイロ化していた資料群を移管・集約し,学内構成員が広くアクセスできるようにした点で,研究環境の増進に果たした役割は大きい.
 また独自に,購入と寄贈によって蔵書構築も行なっていた.UPARLをはじめとした運営機関のスタッフが各アジア地域の選書委員となって,研究動向に合わせた選書を年度ごとに進めていた.寄贈についても,それまでは各部局で対応はするものの,マンパワーが足らず,利用のための資料整備が後手にまわりがちだった.しかし,アジア研究図書館にアジア資料寄贈の窓口を集約させることで,後述の柳橋博之氏旧蔵資料のように,寄贈の手続きを効率化し,人的リソースを短期間に集中させた.その結果,迅速な資料の利活用に接続させることが可能となった.

独自の資料分類法

 アジア研究図書館の特徴のもう1つは,資料分類法にある.その方針としては,以下を参照するとして,ここでは簡単な仕組みを説明することとする.

アジア研究図書館「資料の探し方」https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/material

 通常の図書館で採用されている分類は,日本十進分類法NDCにもとづく主題分類である.たとえば社会科学に関する主題なら300番台に,そこから政治に関する主題まで示すなら310番台に,さらに国家と宗教の関係を示すなら316番台と分類する(316番台としたのは,図書館によってはさらに小数点以下を設定して,細かい分類を行うこともあるからである.参考:国立国会図書館収集書誌部(2017)「国立国会図書館「日本十進分類法(NDC)新訂10版」分類基準」https://www.ndl.go.jp/jp/data/NDC10code201708.pdf)
 一方で,アジア研究図書館の分類は3つの分類の積で構成される.1つは地域分類と呼ばれ,アジアの各地域に1〜6の数字が振られ,そこから主権国家単位の下位番号が当てられることもある(たとえば,パキスタンなら南アジアの4に加えて,4−03と表現される).2つめの要素は言語分類と呼ばれ,使用言語コードが加えられる(パキスタンに関するウルドゥー語資料ならば4-02 XiU).3つめは主題分類と呼ばれ,NDCにアレンジを加えた10進法分類が用いられている.アレンジのいくつかを紹介すると,「120東洋思想」と「200歴史」には,地域分類が存在するためにこれ以上の下位区分は設けられないものの,対象とする時代区分がa-dで表現される.また「167イスラーム」と「168ヒンドゥー教,スィク教,ジャイナ教,ゾロアスター教,マニ教,ミトラ教」では,主題ごとにa-f,xの記号が加えられる(先の4-03 XiUの資料の内容がクルアーン解釈に関するものであれば,4-03 XiU 167a).こうしたアジア研究図書館独自の分類法は,NDCでは埋没しがちな地域性を重視した排架を実現するとともに,公共図書館でおもに用いられている和書と洋書のエリア分けすることが,同一地域の研究動向全体を見渡すことを妨げてるいう問題を解決しようとする意図がある.加えて,洋書として欧米諸語以外にもさまざまなアジア地域の特殊言語を扱う図書館での排架に,ある程度の秩序をもたらす効果もある.
 すこし脇道にそれた話をすると,アジア研究図書館開館に際して,分類法を模索したU-PARLは,筆者の現在の職場を度々訪れて分類法についての調査と交流と行っていたことを,口頭レベルで聞き及んでいる.所属する図書館の分類は確かに,一般的なNDCに依拠した排架とも異なっており,いくつの部分においてアジア研究図書館分類と共通する方針を垣間見ることができる.所属図書館の分類法の特殊性と,その沿革の影響で迷路化している点については,折に触れて紹介することになるだろう.
 さて,以上のようなU-PARLによる図書館を「つくる」経験は,いくつか出版によって公開されている.下記の書籍はいずれもU-PARLが2020年のアジア研究図書館開館に向けた軌跡を辿るものであり,図書館情報学の観点と同時に図書館史への示唆に富むものである.

  • U-PARL編(2019)『世界の図書館から:アジア研究のための図書館・公文書館ガイド』勉誠出版.

  • U-PARL(2020)『図書館がつなぐアジアの知:分類法から考える』東京大学出版会.

アジア研究図書館での目録業務

 ここからは,3年にわたる筆者の業務内容に触れていく.カウンタースタッフ(正式には事務補佐員)として採用されたといえど,利用者接遇はほとんどなかった.昨今の大学生は思っているよりも勤勉で,総合図書館の2階や3階の閲覧席は,試験期間でないにもかかわらず,それなりの学生が作業していた記憶がある.とはいえ,筆者のいた4階アジア研究図書館は,所謂穴場スポットとして,多くは決まった学生が机を求めて来館していた.一部,資料を求めて書架の間を往来する教職員や,主に海外からの留学生からレファレンスを求められることがあったくらいである.ちなみに,最初のころは駒場で任期の切れた先輩研究者が参照資料の関係もあってか,足繁く通っていたのを観測している.その先輩も,1年後にはめでたく九州へと就職していった.そういうわけで,カウンターが作業場ではあったわけだが,表向きに図書館らしいことをしていたかと言われれば,答えに窮する.
 実を言えば,業務のほとんどは目録作成であった.先述の通り,アジア研究図書館は大学関係者を中心とするアジア資料寄贈の窓口となっていた.一方で,寄贈図書を受入れるには所蔵登録が必要である.たとえ所蔵登録できたとしても,今度はそれを排架するスペースが必要となる.そのため,同図書館ではまず,キャパシティの問題から既に所蔵している重複資料の受入れは,原則として謝絶していた.すると受入れ可能な資料は,総合図書館にない資料となるが,その多くはNACSIS-CATにもレコードが作成されていない資料である場合が多い.そうしたコストをクリアしても,寄贈を受入れ続ければ当初のキャパの問題も深刻になる.そこで当局は,キャパ問題については,寄贈資料は総合図書館の地下にビル6階分の広さをもつ自動書庫に収めてしまい,利用の観点から寄贈目録を刊行してそれを開架におくことで,またコスト問題については,4階の暇そうなカウンタースタッフ(筆者)を投入することで対応することにした.目録であってもそれを出版形態に持ち込むことで,図書館としての成果になることも勘案された.以上が,筆者がカウンターにいながら,せこせこ目録作業をしていた経緯である.その過程で,2023年9月までに作業および担当したのは,寄贈資料からなる3編の目録である.

ユネスコ・アジア文化センターACCU識字教育資料目録

 1つは,アジア研究図書館開館前から作業が進められていた,ユネスコ・アジア文化センターACCUが寄贈したアジア各地域の識字教育資料の目録である.これらのうち筆者は,主にアフガニスタンとイランで出版されたアラビア語とペルシア語資料の書誌の素案を担当した.この作業は,同図書館開館後2021年4月に発足した上廣倫理財団研究開発部門RASARLにとっても初めての業務であり,所属の先生方とスタッフが形式や採録規則について,意見を交わしながら進められた.資料の内容や特徴については,以下の刊行報告や解説を参照されたい.

  • 河原弥生(2022)「『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録 1』(アジア研究図書館叢書1)刊行報告」『東京大学アジア研究図書館ニューズレター』7: 1-2.

  • RASARL(2023)「『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター 識字教育資料目録』(アジア研究図書館叢書 2, 3)第 2 巻・第 3 巻刊行報告」」『東京大学アジア研究図書館ニューズレター』11: 1.

  • 河原弥生(2024)「「識字教育資料からアジアの社会をみる:ユネスコ・アジア文化センター寄贈コレクション」令和 5 年度東京大学アジア研究図書館展示および記念セミナー開催報告」『東京大学アジア研究図書館ニューズレター』14: 8-12.

  • U-PARL(2022 [original in 2014])「ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)寄贈識字教育資料」東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門コレクション https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/japanese/accu

 目録全体の書誌の校正については,地域専門問わずひととおり目を通した.筆者の担当言語にはそれほどの苦労はなかったが,その他の言語で,識字教育という目標の達成のために,必ずしも本という形態をとらない資料が多くあったことが印象的である.たとえば,ポスターや蛇腹折されたパンフレットにすることで,内容の通読性を上げることを試みた資料や,カードや実物など視覚的に訴えることを主とした資料がそれには含まれていた.そうした物理的な本の形態に沿わない資料は,普段見慣れない資料からの書誌の採録という観点でもよい機会となった.この目録は,2022年3月にRASARLの成果として刊行され,その全文は大学レポジトリからも利用できる(https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2005512).

大野盛雄氏寄贈資料

 2つめは,東洋文化研究所(以下,東文研)から移管された大野盛雄氏寄贈資料(以下,大野文庫)の目録である.氏は1976-8年と1982-4年に同研究所所長を務め,長年フィールドワークを中心に,イラン農村部の土地調査に係る研究を進めていた.彼のフィールドノートや調査資料,原稿などは現在,東京大学総合研究博物館に所蔵され,『東京大学総合研究博物館所蔵大野盛雄教授旧蔵人文地理資料目録』(https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKoukoga/Ono_collection/top.php)として公開されている.アジア研究図書館が受贈したのは,それまで東文研が所蔵していた,氏がイランで収集したペルシア語の資料(現地大学調査による統計資料を含む)である.この資料群の特徴は2点,イラン研究者による土地制度や農業に関する研究書と,イランの大学が定期的に行っていた農地調査の統計資料の豊富さである.いずれもイラン・イスラーム革命前の資料がほとんどである.前者については,パフレヴィー朝以前からの土地所有の歴史を紐解くものであったり,農地拡大の変遷に触れた内容の資料のバラエティが印象に残っている.後者については,大野自身も参加していた調査資料であり,面積や生産高など,制度からはわからない当時の農業の実態を示す貴重な一次資料である.
 しかし,この作業は未完のまま引き継ぐこととなった.RASARLの担当教員からは,筆者の所属研究室の後輩が残りの目録作業を進めていることを聞いている.この目録もいずれ他の目録同様,RASARLの成果として刊行されることが予定されている.

柳橋博之氏旧蔵資料目録

 3つめは,2022年度東京大学を退職した柳橋博之氏の旧蔵書目録(以下,柳橋氏目録)である.これはアジア研究図書館スタッフとしてというよりも,それと同時に氏の指導学生であった筆者に対して,目録作成の現場経験を買われて,同図書館への寄贈をスムーズにするために話が転がり込んできた次第である.
 資料の寄贈/受贈のプロセスは,図書館によってさまざまではあるが,概ね寄贈者が選定した寄贈資料が図書館に送られてくるか,図書館職員が寄贈者のもとに赴いて資料の選定をして受贈資料を確定するか,のいずれかであろう.しかしどちらも,受贈資料を利用可能にするための負担は図書館が負う.こうした負担の問題は,各図書館で寄贈が限定されたり,受贈したものの所蔵登録されないまま資料が閉架に放置されていることの原因となっている.柳橋氏目録のプロセスは,寄贈をめぐるコストの非対称性を是正するためのモデルケースとしても位置付けられる.具体的には,寄贈者と図書館の間で寄贈について,規模と資料の内容をあらかじめ伝えておき,図書館側の内諾を得た上で,寄贈に際して図書館の業務に沿う書誌データを資料と一緒に提供することとした.これによって,図書館としてはすでに書誌データが作成されているため,寄贈から所蔵登録までのハードルが下がり,利用者にとっても資料に素早くアクセスできるようになる.もちろんこのプロセスは,寄贈者の協力があって実現するものである.さらに寄贈者やその協力者が目録作業に通じている必要もあるが,今回の柳橋氏目録は,そうした歯車が合致した一例である.
 当該目録は既にACCU目録と同じように大学レポジトリに公開されている.その内容や特徴については,目録の解題や筆者による刊行報告で触れられているため,紹介だけにとどめておく.

図書館業務と博士学生支援

 最後にすこし雇用の話をしよう.筆者がアジア研究図書館の開館にあわせて採用されたときは,短時間勤務有期雇用教職員という雇用形態であった.これは一応,大学教職員の枠組みの中にあり,時給制ではあるものの,勤務日に応じて年次有給休暇や,わずかだが期末賞与の制度が備えられていた.2020年10月時点で,同図書館のカウンタースタッフとしてこの枠で採用されたのは5人と記憶している.しかし3年の月日の中で,休学や現地調査などでその職を離れざるを得ないスタッフもおり(休職制度はなかったはず),2023年前後には,当初採用された職員は筆者しかいなくなっていた.では,その欠員をどうやって補っていたかといえば,筆者のような時短職員を再度雇用していたが,それも従来の水準には戻らず,代わりに同図書館では2021年10月よりオンキャンパスジョブ(以下,OCJ; https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/news/20210929)というTAやRAに準じる博士課程学生の経済支援制度で補充を行っていた.ただしこの制度は,TAのように週単位の就業時間の制限があり,一方で休暇や賞与制度はなかった.私が辞めたあとの枠も今のところ,OCJの再募集で対応しているようだ.もちろんOCJには,機動性という利点がある.時短職員は附属図書館全体の構成員であり,アジア研究図書館の運営管理をするU-PARLやRASARLと必ずしも連携しているわけではない.その点,OCJは同図書館業務の過程で,教員が専門としない言語能力を要するときに半年からでも採用ができる.時宜に応じて,作業チームを構築できる点でOCJの導入は大学他部局でも進められている.
 筆者も現状のOCJ制度は,TAやRAと組み合わせて,博士課程学生のわずかながらも経済支援につながると感じている.一方で将来的にこの制度が経済支援の最適解かと問われれば,疑問を感じるところもある.RASARLの限られた予算のなかで,果たして現実に物価高などの事情を反映した給与算定は実現されるのか.それは前回紹介した目録係でのジュニアTA給与——これも文学部の事業予算からでている——が,いつになろうと最低賃金の変更でしか更改されないこととよくにている.事業費としての人件費があくまで予算計画の余白をうめるにすぎないかぎり,博士課程学生の支援といえども,それは実質的に専門技能の搾取にほかならない.そうなれば,経済的支援の選択肢が増えていく昨今では,院生側からTAやOCJに人材が供給されなくなる日も近い(というより,もう来ている).筆者が経験した研究室からの半強制的な人員供出であっても,その裾野が狭くなれば,目録のような規則がありながらも言語ごとのローカルルールの多い,いわば職人的なスキルを要求される作業のためのスタッフは,容易に断絶し得,それが元の水準に回復することはより困難となる.
 もちろん,関係者もそれを等閑視してるわけではない.筆者の観測範囲ではあるが,2023年度には東洋文庫の目録作業の外注化にともなって,大学内での事務作業よりも高い時給で,かつ一部在宅可能な院生向けの募集が告知された.しかしそれでも,人手を集めるのに苦労をしているようだ.博士学生にとって学位取得は最優先事項であり,そのための経済的リソースの確保もまた重要な問題である.後者のために学位のためのリソースが削減されることは本末転倒ではある.そうなると学位を進めるための,また自らのスキルを向上させるための拘束が,経済的支援にもつながればベターな選択となる.図書館での専門作業もそうした選択の一つとして,適正な労働環境が実現される必要が,より専門的な知を構築・維持する図書館自身にとっても求められている.

 アジア研究図書館のカウンター席は,2023年9月で離れることになった.コロナ禍を図書館スタッフとして経験しながら,新しい組織の末端として手探りながら,のびのびと自分の好きな作業に没頭させてもらった.体調不良や研究上の都合で,シフトに穴を開けることも多かったが,監督する立場にあったRASARLの教員の方々は,充実した職場環境を提供することに努めてくれた.この場を借りてお礼申し上げたい.次回は次の職場,とはいっても同じアジア研究図書館の中であり,RASARLともご近所付き合いのあるU-PARL特任専門職員としてのエピソードを紹介する予定である.

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