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怪談市場 土の章

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2000字前後の短い怪談を取り揃えております。すべて投げ銭なのでお気軽にお読みください。いずれ百物語にする計画です。
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記事一覧

怪談市場 第二十話

怪談市場 第二十話

『焼肉』

気が向くと深夜、近所の田んぼ道を散歩する。

ときおり、奇妙な“モノ”を見聞きしてしまう。

先日は女の笑い声を聴いた。

今回は音というより、むしろ匂いである。

午前1時すぎ、いつもの散歩コースを半分ほど消化したところで、突然、濃厚な焼肉の匂いが漂ってきた。見回しても闇に沈む田んぼが広がるだけ。

周囲数百メートル以内に人家はない。しかも、ほとんど無風だ。たとえ風があったとしても、

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怪談市場 第十九話

怪談市場 第十九話

『焼却炉の少女』

昭和の時代からJ中学校に伝わる伝説がある。

ときおり、焼却炉のかたわらで、見知らぬ少女が泣いている。

朝、昼、夕暮れ。晴れ、風、雨。時刻も天候も選ばないが、場所は焼却炉のかたわらと決まっていた。

目撃した誰もが、その顔に見覚えがないと証言する。J中学の制服を身につけているが、どうやら在校生ではないらしい。それ以前に少女は、目撃した生徒の目の前で、まるで焼却炉へ吸い込まれる

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怪談市場 第十八話

怪談市場 第十八話

『夜桜』

A君とI君とH君は同じ大学の遊び仲間だ。

短い春休みが終わって、里帰りしていたA君とI君は、大学近郊に実家のあるH君と約1週間ぶりで顔を合わせた。どうにか留年を免れた3人は、この4月から3年生。

「あー、花見してーなー!」

花があらかた落ち、若葉に覆われた頭上の桜を見上げ、I君がわめいた。

キャンパスには随所に桜の木があり、満開を迎えるとそれは素晴らしい景色が広がるものの、残念

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怪談市場 第十七話

怪談市場 第十七話

『金縛りの恐怖』

「俺が27歳の冬にさ、親父が亡くなったんだけどさ」

ブーちゃん(愛称)は芋焼酎を豪快にあおりながら亡き父の思い出を語る。

「高血圧で高脂血症なのに、『酒タバコやめないと死ぬよ』って医者の忠告ドン無視で、あげくの果てには酔っ払ってサウナ入って、心筋梗塞の発作でポックリ逝っちまった。まあ、生き様も死にっぷりも、豪快っちゃ豪快だーね」

生前は、とても厳しいお父上だったそうだ。

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怪談市場 第十六話

怪談市場 第十六話

『第2倉庫』

A子さんの通っていた小学校には、校舎内に3箇所、倉庫が設けてあった。扉にはそれぞれ、第1倉庫、第2倉庫、第3倉庫のプレートがある。なかでも第2倉庫は校舎の構造上、奥行きが深い設計で、窓がない。一歩足を踏み入れるだけで奥に何かが潜んでいるような錯覚をおぼえ、ドアを閉めればとてつもない閉塞感に襲われる。明かりを消せば完全な闇だ。

そんな雰囲気のせいで、落ち武者の怨霊が現れて刀を振り回

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怪談市場 第十五話

怪談市場 第十五話

『夜の利根川』

家の近くに利根川が流れている。車で20分ほどの距離だ。

夏場はよく、夕涼みがてら夜釣りに出掛ける。海から遡上してくるスズキを狙い、2時間ほどルアーを投げるのだ。河口から数十キロ離れた中流域なので簡単には釣れない。正直言って、釣れない夜のほうがはるかに多い。だが稀に80cmを超える大物がヒットする。そんな幸運に一度でも恵まれた者は病みつきとなり、夜の川通いが日課となる。

夜の、

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怪談市場 第十四話

怪談市場 第十四話

『アメ車』

車にまつわる怪談もよく聴く。たいていは、「格安の中古車を買ったら前のオーナーが非業の死を遂げており、その呪いによって……」的な展開だが、この話はちょっと違う。

ダーツバーを経営するWさんが25年前に体験した出来事だ。

「当時はバブル経済の最盛期。就職活動の学生は内定とり放題、定期預金の利息は7%超、そんな高金利でも借金して株や土地や事業に投資すりゃ確実に儲けが出た。いまと違ってい

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怪談市場 第十三話

怪談市場 第十三話

『深夜ラジオ』

K君は会社をリストラされて以来、深刻化する抑うつ状態に苦しんでいた。

この不景気にくわえ、リストラされた事情が事情なだけに、なかなか再就職先は見つからない。さらに気分は落ち込んで積極性が激減。そんな状態ではせっかくこぎつけた面接も落ちる――負のスパイラルにはまった。すべてが徒労に思え、やがて求職意欲も途絶えて、6畳1DKの賃貸アパートへの引き籠りに入る。抑うつ状態の自覚症状はあ

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怪談市場 第十二話

怪談市場 第十二話

『網戸』

大石君(仮名)の部屋で最近、異変が発生している。知らないうちに網戸が開いているのだ。

彼は現在私立大学の2年生で、アパートで独り暮らしをしている。問題の網戸は、6畳1Kのベランダに続く掃き出し窓の網戸である。それが、ここ1週間で5回、気がつくと30cmほど中途半端に開いているのだ。

「自分で閉め忘れたんじゃありませんからね」と大石君は釘を刺す。建て付けのよくない安アパートは、ややサ

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怪談市場 第十一話

怪談市場 第十一話

『人喰い踏切』

弘美さんは、人が電車にはねられる瞬間を、間近で目撃した経験がある。

「あれは高校に入学してまだ間もない頃。下校途中、進行方向の踏切で遮断機が下りたの。日は暮れかけてたけど辺りを見渡せるほどには夕陽が残っていて、自転車をおりた主婦がひとり踏切り待ちをしていた。買い物帰りらしく、ママチャリのかごには丸々太ったスーパーのレジ袋が詰め込まれ、ネギの頭が飛び出ていたのを覚えてる。鳴り響く

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怪談市場 第十話

怪談市場 第十話

『カエルの合唱』

夏場は深夜に近所の田んぼ道を散歩する。

時間が時間、場所が場所だけに、人に出くわしたことは一度もない。ときおりタヌキが行く手を横切ったり、名も知らぬ鳥から気まぐれに威嚇をうける程度で、至極快適な散歩コースだ。周囲はひたすら田んぼ。鳴き交わすカエルの声でうるさいぐらいだ。そのカエルの声に関して先日、珍しい現象に遭遇した。

「天使のお通り」を御存知だろうか。パーティーなどで、そ

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怪談市場 第九話

怪談市場 第九話

『おじぎ池の主』

釣り好きのヒサシ君(仮名)が、小学校4年生の時に体験した話である。

家の近所に「おじぎ池」という農業用水用の溜め池があった。面積は小学校の体育館ほどで、湧水があるらしく比較的澄んでいる。池のほとりに数本のシダレヤナギが植えられていて、その枝が頭を垂れる様子から地元の人々は「おじぎ池」と呼んでいた。近隣の小川や野池に比べて格段に魚影が濃く、生息する魚の種類も豊富だ。大人の釣り人

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怪談市場 第八話

怪談市場 第八話

『壁に浮かぶ顔』

A君とI君とH君は同じ大学の遊び仲間だった。お世辞にも「一流大学」と呼べる学校ではない。キャンパスは地方都市の、さらに郊外に位置するため交通の便も悪い。よって車を所持し、マイカー通学する学生も少なくない。三人の中ではカーマニアのH君が車を所持してた。バイク派のI君と免許のないA君は、H君の車に乗り合わせ、よく遊びに出かけていた。といっても遊び場のない田舎町のこと、しかも懐に余裕

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怪談市場 第七話

怪談市場 第七話

『ホルモン』

「ホルモン食べに行こうよ、ホルモン!」

年下の友人、マーが受話器の向こうで挨拶もなしに言い放つ。彼はこちらの返事を待たず、迎えの時間を一方的に告げると電話を切った。どうせ私が暇だと決め付け、断るまいと踏んだのだ。その通り、暇である。いや、たとえ忙しくとも、ホルモンの脂が焼ける匂いと生ビールの喉ごしに思いをはせると、もう断ることはできない。

マーは時間通りに迎えに来た。映画や魚釣

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