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怪談市場 水の章

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2000字前後の短い怪談を取り揃えております。すべて投げ銭なのでお気軽にお読みください。いずれ百物語にする計画です。
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記事一覧

怪談市場 第四十話

怪談市場 第四十話

『蟹』

シゲユキ君(仮名)は子供の頃、珍しいカニを捕まえたことがある。

小学4年生の夏休み、父親と弟の3人で水族館に行った。母親は生まれたばかりの妹の世話で家に残り、同行していなかった。それでも久しぶりの遠出に兄弟は大喜びだった。

午前中いっぱい水族館を見て回り、遅い昼食に母親が持たせてくれたおむすびを食べると、午後のひと時を磯遊びに興じた。お盆も過ぎて、海水浴をするには土用波やクラゲが心配

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怪談市場 第三十九話

怪談市場 第三十九話

『雪の足跡』

清水君(仮名)から、次のような話を聞いた。

それは高校2年の冬、日曜日の午前中だった。前の晩は夜更かしをしたため、いつもより遅く起きた清水君は、居間の炬燵で向かい合う両親を目にして不安を覚えた。なにかよくないことでもあったのか、声をひそめ、妙に深刻な顔で話し込んでいる。

「なんか、あったの?」

清水君が問いかけると、母親が内緒話を耳打ちするように答えた。

「どうやら親戚に不

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怪談市場 第三十八話

怪談市場 第三十八話

『婆さんが飛んだ日』

柴田君(仮名)が中学時代に、いまは亡き祖父の正夫さん(仮名)から聴いた話である。

当時、柴田少年はバレーボール部に所属し、日々練習に励んでいた。学校ではもちろん、家でも独りでできる練習があり、自分用のボールを持っていた。使用しないときや長い距離を持ち運ぶときは空気を抜いておく。ある日、なにかの拍子に祖父の正夫さんが空気の抜けたバレーボールを触り、嫌な顔をして吐き捨てた。

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怪談市場 第三十七話

怪談市場 第三十七話

『凍死と素麺』(ケイイチさん 2)

「俺はこれまでに2度、凍死の危機に直面した経験があるんだ」

山歩きが趣味のケイイチさん(仮名)は、そう思い出を語り始めた。

1度目は学生時代、山岳部のメンバーとの冬山登山中に、天候の急変に見舞われてビバークし、遭難しかけたとき。さいわい翌日には天候が回復し、仲間たちの介抱もあって、一時的な低体温症と軽度の凍傷程度で下山できた。

2度目は就職して数年、結婚

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怪談市場 第三十六話

怪談市場 第三十六話

『アスリート金次郎』

D君は、とある地方の旧家で生まれ育った。

彼自身は自分と弟との2人兄弟だが、父親は弟四人、妹2人の7人兄弟である。年末年始ともなれば、独立した弟や、他家に嫁いだ妹たちが帰省し、家の中は一気に賑やかになる。D君にとっての伯父さんや伯母さんだ。従兄弟たちも同行するので遊び仲間も増える。D君にとっては大歓迎だ。

1年ぶりに再会した子供たちが広間でボードゲームやUNOに興じるう

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怪談市場 特別編(R-10指定)

怪談市場 特別編(R-10指定)

『ブルー・サンタクロース』 #Xmas2014

「サンタクロースには、赤いのと青いのがいるんだよ」

そう断言するのは、来春、小学校3年生になる透哉クン(仮名)です。

あれは、ちょうど1年前、クリスマスイブの夜に起きた出来事でした。

早々にベッドへもぐりこんだ透哉クンは、眠れないままサンタクロースを待ちわびていたのです。

(今夜ぐらい、嬉しいことがあってもいいじゃないか)

そんなふうに少

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怪談市場 第三十五話

怪談市場 第三十五話

『旧道の息づかい』

地方都市で工場に勤務するNさんから、こんな話を聴いた。

その日は午後勤のシフトで、通常であれば22時にはあがれるはずだったが、運悪く残業を言い渡されたため、帰路に就いたときにはすでに日付が変わっていた。

車通勤のNさんは仕事場への行き帰り、5年ほど前に開通した片側2車線の広々としたバイパス道路を利用している。だがその夜は深夜の道路工事にぶつかり、警備員の誘導等に従って迂回

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怪談市場 第三十四話

怪談市場 第三十四話

『穴ふたつ』(多岐川先生3)

「そんなの効かないわよ」

放課後のことだった。図書室で調べ物をしている最中に声をかけられ、エミさん(仮名)はかろうじて悲鳴を呑み込んだ。

本に集中しているところへ、気配もなく忍び寄った誰かに耳元で囁かれれば、驚いて当然だ。まして人目を忍び、他人を呪い殺す方法を調べていたのだから、動悸はなかなか治まるものではない。

声をかけてきたのは多岐川先生だった。

色白で

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怪談市場 第三十三話

怪談市場 第三十三話

『川下りの夜』

12年前、間中君(仮名)が初めて買ったカヌーで川下りを試みた夜に遭遇した怪異である。

彼は中学のころから椎名誠や野田知佑のエッセイが大好きで、夏休みや連休にカヌー教室へ通うことが何よりの楽しみだった。高校卒業と同時に自動車免許を取り、デザイン関係の専門学校に通いながら必死にバイトして、ついに念願のカヌーを購入した。

当然すぐにでも水に浮かべたい。しかし遠出するには時間が足りな

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怪談市場 第三十二話

怪談市場 第三十二話

『ロバのパン』(マー4)

年下の友人、マーが10年以上前に体験したお話し。

当時、警備会社でバイトをしていた彼は、親子ほども年の違う警備主任のFさん(仮名)と意気投合した。きっかけは趣味のブラックバス釣りである。休日はもちろん、仕事前、仕事終わり、下手をすると昼休みと、1日に2回も3回も連れ立って近所の野池や川に出向き、暇さえあれば2人でルアーを投げた。

とある休日、マーとFさんは県内でも1

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怪談市場 第三十一話

怪談市場 第三十一話

『押し花』

マサエさん(仮名)が20年ほど前に体験した話である。

当時のマサエさんは、まだ結婚3年目。ご主人と関東地方某所の団地に住んでいた。

夫の勤め先は業績が順調、マサエさん自身も健康な長男を産み、育児に追われていた。夫婦仲もよく、絵に描いたような幸せな結婚生活を送っていた。

ただ一点だけ気がかりなことがあった。団地の同じ棟に、少々問題のある人物が住んでいたのだ。

自殺志願者である。

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怪談市場 第三十話

怪談市場 第三十話

『気合!』

「幽霊の撃退なんて簡単。要するに気合っすよ、キアイ!」

ナオヤさん(仮名)はそう豪語する。彼は学生時代、フルコンタクト空手に打ち込んでいて、全国大会に出場したほどの猛者である。さほど巨体ではないが、全身を無駄のない筋肉が装甲のように覆っている。アーノルド・シュワルツェネッガーというよりはジャン=クロード・ヴァン・ダム系で、卒業して干支がひと回りしても当時の体型を保っている。

バリ

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怪談市場 第二十九話

怪談市場 第二十九話

『サボテンの花』

叔母が亡くなって四十九日の朝、庭でサボテンの花が咲いた。

もう10年以上前に、叔母の家から株分けしてきたボテンだった。

法要が行われる叔母の家へ赴くと、庭先で親株のサボテンもまた、花を咲かせて出迎えてくれた。

僧侶の到着を待ちながら、集まった親類たちが長座卓を囲んでお茶を飲む。菓子鉢を見れば、煎餅や一口羊羹に交ざって柿の種の小袋が目にとまる。亡くなった叔母の好物だった。い

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怪談市場 第二十八話

怪談市場 第二十八話

『天使さま』

物心ついた頃から小学4年生の秋まで、トモミさん(仮名)は時折、天使を目撃したそうだ。

「薄曇りの午後、空を見上げると、雲の切れ間から陽の光が筋になって射しこんだりして、綺麗じゃないですか」

トモミさんはうつむきがちに、上目づかいで語り始めた。彼女の言いたいことはわかる。確かに美しく、厳かな光景だ。雲間から放射状に降る幾筋もの光。西洋の宗教画では天使が舞っていたりする。そんな感想

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