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ふと、東日本大震災が起きた頃のことを思い起こしている。
2011年のことだから、すでに10年以上経過した。
当時、日記のようにつけていたブログから、率直に感じたところを綴った文章を読み返して、再録しようと思い始めた。

というのは、この10年余りの間に、SNSはより一層浸透し、AIの進展は加速した。この短い時間経過のなかで、人間と社会と技術の相互関係は大きく変化しつつあるのではないか?
そして、東日本大震災に続き、コロナ禍の影響がまだ続くなか、ひとびとの意識や考え方は急速に変化しているようにもみえる。

それを読み解くためにも、まず私自身の心の中を整理する必要を感じている。過去を振り返ることで、それを試みたいと思う。

文章にはあえて手を入れず、そのまま載せることによって、当時の思いを掘り起こしていくことも企図している。私自身の中で、なにが変わり、なにが変わっていないのかも探り当てたい。
その意味で、これはごく私的な記録、エッセイです。

2011年3月18日記

大震災

 我々人類の歴史は、何万年とあるのだろうが、記憶に留められる範囲として紀元前と紀元後とに分けられている。キリストの誕生以前と以後で区分している。それくらいキリストが生まれる前と後では歴史が違うということなのだろう。

 今回、東北を中心に関東に至るまでの広範囲を襲った大地震と津波、そして原発事故。かつてこれほどまでの苦難を日本人が味わったことがあるだろうか。戦争に負け焦土と化した後、GHQの占領統治を経て高度経済成長を果たして見事、復活を遂げた。バブルで饗宴を楽しみ、そのツケとして後の10年を失ったりもした。御巣鷹山の飛行機事故やオウム真理教によるサリン事件など歴史の転換点となるような様々な事件が発生し、人名の犠牲を払いながら、それでも何とか乗り越えてきた。

 だがしかし、未曾有の大災害と深刻きわまる原発事故を同時進行で経験するとは一体誰が予想したろう。『国難』と表現する向きもあるが、これはもはや二つの敵との戦い、『戦争』だ。いくら丁寧に高性能爆弾による爆撃を加えても、あんなに効率よく短時間に、街を綺麗に消し去ることはできやしない。猛烈な勢いで援助活動を行っても、失われた命の数はもはや天文学的なものだ。自然の猛威の前に、ただ茫然と立ち竦むほか手立てがないというのか。

 そして余震はいつやってくるか分からない。また放射能は目に見えず、恐怖は高まるばかりだ。さしたる前触れもなく、生命や財産が失われ、脅かされる事態が唐突に用意された。

 おそらく我々日本人にとって、今回の艱難辛苦が再び歴史を分かつ。これ以前と以後でまったく違ったものになってしまっただろう。

 まだその事実を受け入れる心の準備ができていない。

2011年3月30日記

震災で思うこと

 いま私は恥ずかしながら涙を流しながらこの文章を書いている。先日、齢を一つ重ねて四十に近づきつつあるからか、涙もろくなっているようだ。  
 
 東京消防庁による、待ったなしの状況に陥っている福島原発への放水作業を終えた現場隊長らの会見。あまり稚拙な感情論には陥りたくないが、政府もメディアも今回の原発事故を解決することはできない。これ以上の事態悪化を阻止すること、つまり国民の生命、財産を守れるか否かは、事故現場に携わる消防士、自衛隊員、警察官、東電社員、関係会社職員の努力にほとんど全てかかっている。おそらくこれが現実だろう。

 現場が実際どのような状況にあるのか詳細なところは、現場に行ってその目で確認するほか手立てがない。素人考えでは無人のラジコンカーにカメラを設置して周囲を撮影し、事前に見ておけば作業計画を立てやすいのではないか、などと思うが、当然そんなことは出来得る範囲で全て行われているだろう。今回は失敗が許されない国民の負託を背負った任務であるから、ベテランほか最も優れたメンバーでチームが組まれているに違いない。  

 会見にもあったが、放水車をどこに停めて、ホースをどのように引き回し、実際に水をはき出すかはその場に立たねば判断できない。あらかじめ考えられ得る人員配置や役割分担、そして被ばく量の取り決めなどは行ったろう。

 そしていざ現場に立てば、いちいち本部や役人に無線などで確認し、承認を得ながら作業を進めるような時間的猶予はない。被ばく量を最小限に抑えるためであるし、火事や災害では最前線に立つ者は自己の判断を信じて体を動かすように訓練されていよう。

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 現場で命懸けの作業を行うのとは対照的に、福島原発の事故処理で、政府の対応やパブリックアナウンスメントは非常に頼りないものだ。だがこれはある意味で想定の範囲内ともいえる。3月11日以前に我々が置かれていたのは、回復のシナリオがどうにも描けないでいた経済不況下である。どうして経済的なピンチを乗り越えられないものが、深刻きわまる原子力発電所の放射能漏れというこれまでにない大ピンチをうまく解決できようか。地震、津波、原発事故の前に、既に政府は機能不全、思考停止に陥っていたのだ。  

 危機的な状況下においては、迅速かつ的確な判断をまるでピアノの鍵盤を高速で押し続けるがごとく、次々に打っていかねばならない。しかも滅茶苦茶に打刻すればよい訳ではない。全ての音が万全ではないにせよリズムをもって、きちんとメロディーを奏でなくてはならない。メロディーにならないということは、一音一音が有機的に連なっていないということだし、一音打った後の一音には意味がなければならない。子供でもただ闇雲に急いで鍵盤を押すことはできる。しかしメロディーにはならない。ジャズのアドリブに近いことをせねばならないのに、まったくそれが出来ていない。いまや、ほとんど全ての人が政府の発表を信じていないのではあるまいか。  

 官房長官の「ただちに健康に影響を及ぼすものではないので安心して下さい」という台詞には、憤りを覚える。「ただちに」でなければいつなのか。国民の生命を蔑ろにするのもいい加減にしろ、と言いたい。  

 放射線の恐怖は、浴びるだけでなく、風に乗って飛来する大気に含まれる放射性物質を呼吸で吸いこむこと、呼吸や食物を通じて体の内部に取り組んで体内被曝すること、が怖いのだ。CTスキャンに比べて何倍だとか、何分の一だとか欺瞞に満ちたレトリックでごまかす段ではない。  

 仮に誰かが1ヶ月後に、1年後に、10年後に癌で死んだとしよう。タバコを吸っていたから癌になったのか、癌家系だったからなのか、はたまた福島原発の放射能漏れに拠るものなのか、誰が判別できるだろう。おそらく誰もできない。仮に因果関係を立証できたとしても、それには膨大な歳月と努力が必要なことを、我々は戦後の公害事件で知っている(水俣病訴訟の最後の和解がつい先日なされたことがそれを雄弁に語っている。一体何年経ったというのか)。

 また仮に、福島原発から出た放射線、放射能物質が死因になるとして、責任を取るのは東京電力なのか政府なのか。死の酬いを支払うのは誰になるのだろう。東電も政府も責任を十全に引き受けるような気がしない。原子力災害補償制度によって何がどの程度救済されるのか、未知数と言わざるを得ない。  

 ここでも『自己責任』という世に広まりつつあった奇妙なフレーズが適用されようとしている。

 我々は二度死ぬという図式がもう既に出来上がりつつあるのかもしれない。

振り返りと考察

齢50にもなると、過去を振り返りたくなるものだ。
髪の毛は薄くなり、体力や気力の衰えを痛切に感じつつある。また、記憶がまだらとなり、ヒトやモノの名前はすぐに思い出せなくなった。単なる典型的な劣化である。
その一方で、思考経路や物事の感じ方は、あまり変わっていないようにも思える。

しかし、だからと言って、日記を再録することで、すぐに現代社会の状況を見晴るかすことができるわけでも、論理的に考え通す力が漲るわけでもない。

従って、考察にすらならないという有様ではある。ただし、ただただ感傷的な気分になるわけでもない。

一つだけ言えることがあるとすれば、東日本大震災とコロナウイルスの蔓延という災禍は、それぞれが時代を分断し、区切りをつける出来事であると同時に、ひと連なりの事象として捉えることもできるのではないかということである。

言い換えれば、二つの災禍はそれぞれが時代の転換点でありながら、人間や社会の在りようを連続的に、そして決定的に規定し続ける出来事としてわれわれに作用しているようにも思う。

ここでは、現在進行中のコロナ禍について、暗黙の前提のように取り扱っている。また、世界と日本、国やエリアごとのコロナ禍に関する共通点と相違点を検討しているわけでもない。
加えて、東日本大震災に関する論評の整理やマッピングも行っていないし、災禍と社会・政治・経済状況との相関関係について分析を行ってもいない。さらに、それらとSNSやAIといった技術的な要素との連関も論じなかったとともに、人びとの意識の変化に関する定量的なデータといったものも参照してもいない。

従って、いまここで結論を性急に求めるのははっきりと早計ながら、あえて捻りだすならば、東日本大震災とコロナ禍は、政治や経済の諸相と絡まり合いながら、《人間と社会と技術の相互関係》を通じて得体の知れない恐怖や不安をひとびとの心の奥底に刻み付けて、支配的な時代精神を形づくる決定的な要素となっているのではないか。

二人による単一実行犯として見做したくなる誘惑を抑え、日本という限られたエリア特有の土着性を超えて、われわれは東日本大震災とコロナ禍を捉えられるのか、また捉え返し得るのか?

現下のところ、悲観的にいえば、われわれはそれに失敗しているのかもしれない。少なくとも私は、うまく対処することも、いなすことも、捉えなおすこともできていない。

一見的確に、災禍を通じた社会状況を分析し、ひとびとの意識の変容を捉え、現実的な環境に対応しているように映るプレゼン上手な”文化人”も散見されるものの、私にとっては残念ながら腹落ちしていない。

腹落ちするまでに、どのくらいの時間と工数がかかりそうかすら見通せていないし、そもそも問題設定が適切なのかも検証する必要がありそうだ。

困難な時代のなかで、暗闇からガラクタ細工を作るように、断片的に、徒然なるままに、野戦に従事する。



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