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あなたの「フェミニズム」は差別的? 『二重に差別される女たち ないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズム』より、日本版解説の一部ためし読み公開

本日8/27、二重に差別される女たち ないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズムが発売されました。中流階級の白人女性が主流のフェミニズム言説に対して、「ブラック・フェミニズム」の立場から「連帯」を訴える、著者のミッキ・ケンダル。

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 © Patrick Thicklin(本書掲載写真)

●NYタイムズ ベストセラーリスト10週間ランクイン
●米「タイム」誌 2020年読むべき本100に選出
●ワシントンポスト 2020年注目すべきノンフィクションブックに選出
●英BBC 2020年ベスト・ブック100に選出

など、世界から賞賛されている書籍の日本版です。ジャーナリストとして長らくご活躍ののち、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授に着任された治部れんげさんに、日本版オリジナル解説をご寄稿いただきました。

「教育を受け、安定した職業に就く日本のフェミニストが本書を手に取って読むと居心地の悪さを感じる記述が少なくないだろう。ただし、目を逸らさずに『白人女性』『主流派のフェミニスト』への批判を自分に置き換えながら読み進めてほしい。」という治部れんげさんの解説を、さらに一部を抜粋して試し読み公開いたします。

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日本版解説 「目を逸らさずに読み進めてほしい」

━━治部れんげ(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授) ※一部抜粋


 原題は〝Hood Feminism(フッド・フェミニズム)〞。〝Hood 〞は治安の悪い低所得層地域や「地元」を意味する。いわば「あたしたちのフェミニズム」だ。著者のミッキ・ケンダルは1976年生まれのアフリカ系女性作家だ。本書は「白人高学歴女性による主流派のフェミニズム」の偽善を鋭く指摘するエッセイ集である。
 フェミニズムはそもそも「すべての女性を代表する運動のはずなのに、すでにニーズのほとんどが満たされている人々が中核になっている場合が多過ぎる」(P13)と著者は言う。批判の矛先は、女性が経営幹部など高いポジションを積極的に取りに行くべき、と主張するシェリル・サンドバーグなど白人女性リーダーたちに向かう。それはこんな具合だ。
 「白人女性の優先順位によって定義されたフェミニズムは、有色人種の女性を安い賃金で雇い、家事をさせることで成り立っていた」(P10)

 著者は、ジェンダー・人種・社会経済階層など複数要素が「交差」して生み出す問題を提起している。
 家事労働者の賃金は総じて低い。対照的に家事を外注する女性たちは大企業の管理職や役員、大学の研究者として男性と同等の社会的地位と高賃金を得ていることが多い。著者に言わせれば「白人女性たちのフェミニズム」は、自分たちが「男性並み」になることを優先するばかりで、貧しく教育を受けておらず肌の色が違う女性たちの生活改善には目を向けていない、と
いうことになる。
 全編にあふれる著者のストレートな怒りにひるむ読者もいるだろう。強い主張を理解する補助線となるのが、地域特性に関する情報だ。ケンダルが住むのはシカゴ市中心部の南にある街ハイドパーク、世界最高峰の研究機関のひとつであるシカゴ大学がある地域だ。同大学はミルトン・フリードマンを始め、数多くのノーベル賞受賞者を輩出してきた。
 物理的な距離は近いが、シカゴ大学の教授陣、学生たちと地元住民の間に「ほとんど交流はなかった」(P17)とケンダルは書く。「その象牙の塔は月ほど遠く感じられた。手っ取り早いのは、大学の管理人または用務員になるか、食堂で働くことだ」という一文は、アメリカ社会の格差を表している。同じ問題はシカゴ以外でも起きている。
 著者自身は貧困地域の複雑な家庭で育った、本好きで勤勉な少女だった。実の親と折り合いが悪い時は、親戚や友達の家で過ごした。つまり、セーフティネットがあった。学費を稼ぐために軍隊に入る計画性もあった。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校等で学び、今や名の通った作家で、かつて「月ほど遠い」と感じていたシカゴ大学に講演で呼ばれることもある。教
育を通じた階層上昇を果たした今も、著者は自分が育った地域と友人たちを忘れることはない。
 むしろ、高等教育を受けフェミニズムを学んだことで、著者の違和感は募っていく。大学の図書館で出会ったフェミニズムの研究書は、ケンダルらのような困難な状況に置かれた女性について書かれているが、著者はほとんどが恵まれた社会経済階層の人々だった。主体性を奪われ、単に憐みの客体とされるのはごめんだ。最も困難な人を救うはずのフェミニズムは、現実を変えることにもっと注力すべきではないか。こうした問題意識が様々な事例を通じて示される。 

 アメリカでは既に多くの読者がケンダルの苛立ちを共有しており、原作は
20万部も売れている。本書は2020年7月5日の週から10週間、ニューヨークタイムズのプリントハードカバーの、そして2021年3月14日の週から10週間、ペーパーバックのベストセラーリストに入った。ワシントン・ポスト、BBC、「TIME」など主要メディアから「読むべき本」「注目
すべきノンフィクション」に選ばれてもいる。
 背景には、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動や人種差別問題の是正が議論される社会状況がある。著者が繰り返し書くように、2016年のアメリカ大統領選挙では、投票した白人女性の53%がドナルド・トランプを選んだ。人種とジェンダーの「交差性」をテーマにした本書は、根深い問題に新たな角度から強烈な光を当てた。

(※この先は本書でお読みください)

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◆書誌情報◆
『二重に差別される女たち ないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズム』
ミッキ・ケンダル=著 川村まゆみ=訳 治部れんげ=日本版解説
四六・並製・336ページ
本体2,800円+税 ISBN: 978-4-86647-150-1
2021年8月27日(金)発売
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK291

全国の書店・オンライン書店にて発売中

〈内容紹介〉
・連帯はいまだに白人女性のためのもの ホワイト・フェミニズムの罪――中・上流階級の白人女性以外を排除するフェミニズムとは
・銃による暴力 セイ・ハー・ネーム――銃に命を奪われた黒人女性たちにも名前はあった
・#FASTTAILEDGIRLSと自由 レイプ・カルチャーへの抵抗――被害者非難より加害者にならない教育を
・降り注ぐ家父長制 コミュニティーに内在する家父長制の害――白人カルチャーを模倣した根深い性差別との闘い
・〇〇にしては、かわいい コミュニティーの内外に存在するカラリズムとテクスチュアリズム――白人至上主義の美学
・恐怖とフェミニズム ホワイト・フェミニズムよ、白人至上主義の家父長制から抜け出し、異人種への恐怖を手放して、全女性のために立ち上がれ
・人種と貧困と政治 投票権は民主主義の柱である 万人のために確約せよ
・教育 教師によるいじめ、学校から刑務所へのパイプライン、常駐警官への依存を断ち切る
・アライ、怒り、共犯者 ホワイト・フェミニズムはプラットフォームと人的・物的資源を差し出して、真の支援を

「ミッキ・ケンダルはフェミニストたち――特に白人フェミニスト――に書状を突きつけた。ムーブメントの担い手である我々が記憶にとどめるべき人種差別の歴史と、インターセクショナルな視点及び人種差別反対主義に焦点を当て、前進する必要性を訴えている」
――ダイアナ・アンダーソン、『Problematic』著者

「『フッド・フェミニズム』〔原題〕はフェミニスト必読の1冊だ。メインストリームのフェミニスト・ムーブメントの欠陥を問いただし、黒人女性たちについて知るべき知識を提供している。ケンダルはアイデンティティーの多くの交差点に巧みにスポットライトを当て、怒りの美しさとパワーを示している」
――エリカ・L・サンチェス、『I Am Not Your Perfect Mexican Daughter』著者

「ミッキ・ケンダルの本は、こんにちのフェミニストたちにアクションを起こせと呼び掛けている。わたしは本書で動かしがたい事実と説得力に富む議論を学び、極めて重要な闘いに挑む準備ができた。『フッド・フェミニズム』〔原題〕は万人が読むべき1冊だ」
――ガブリエル・ユニオン、『We’re Going to Need More Wine』著者

「経済について語る前に、誰もが1年間サービス産業に従事すべきだ。それと同じく、白人のレディは、フェミニズムを語る前に全員この本を読むべきだ。本書に書かれた言葉は真実である」
――リンダ・ティラド、『Hand to Mouth』著者

著者略歴
ミッキ・ケンダル(Mikki Kendall)
ライター、講演家、ブロガー。彼女の論説は米「ワシントン・ポスト」「ボストン・グローブ」や英「ガーディアン」各紙、米「タイム」「Salon」「Ebony」「Essence」各誌をはじめ、さまざまなメディアに掲載されている。米NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)の「Tell Me More」、衛星テレビ局アルジャジーラの「The Listening Post」、英BBCの「Woman’s Hour」にも出演し、人種、フェミニズム、シカゴで発生する暴力、科学技術、ポップ・カルチャー、ソーシャル・メディアについて自論を展開。全米各地の大学でも講演を行なっている。SF・ファンタジー作品が対象のローカス賞候補となったアンソロジー『Hidden Youth(隠された青春)』を共同編集。ヒューゴー賞編集者部門候補の「Fireside Magazine」の一員でもある。軍を退役したあと、家族とともにシカゴ在住。
訳者略歴
川村まゆみ
お茶の水女子大学文教育学部音楽教育科卒業。主な訳書に『世界で一番美しいアメリカン・ギター大名鑑』『真空管ギター・アンプ実用バイブル』『ザ・ローリング・ストーンズ楽器大名鑑』『ジミ・ヘンドリックス機材名鑑』『スティーヴ・ルカサー自伝』『誰がボン・スコットを殺したか?』など。

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