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「ランドスケープと夏の定理」感想、というよりネタバレ【水星の魔女】

機動戦士ガンダム水星の魔女においてSF考証を担当されている高島雄哉氏のSF小説「ランドスケープと夏の定理」を読みました。
少しでも水星の魔女考察という名の妄想に使えるといいな、と思って読みはじめたのですが、こう……なんというか……多分ここが元ネタでは?という部分が散見されるのです。
全てをピックアップするのはなかなか大変なので、特徴的な部分を挙げつつ、主人公・ネルスの姉テアがめんどくさい女であることを交えつつ妄想をお送りしたいと思います。

水星の魔女をスレッタ・ミオリネ二人の物語として作り上げたのは小林監督とシリーズ構成の大河内氏だと思うのですが、おそらくお二方にはここまでのSFの知識は引き出しに持ち合わせていらっしゃらないだろう、むしろSF周りの設定は高島氏が一手に引き受けているのではないか?とさえ思える内容でした。

まとめ

  • この姉、本当にめんどくさい。そしてブラコンこじらせすぎ

  • 水星の魔女のSF部分はこの作品を下敷きにしたのではないか

主人公の姉は過激派ブラコンでミオリネ以上にめんどくさい人

表題作「ランドスケープと夏の定理」主人公・ネルスの姉テアは世界最高の天才物理学者です。
しかしこの人、学問追求と研究一筋だったせいか、生活能力がそんなにありません。
服は脱ぎっぱなしでそこらへんにほうり出されたままですし、自室はちらかしっぱなしで、しかも無重力環境にあるためあちらこちらに物が浮かんでいます。
そして3年ぶりに姉の元を訪れたネルスにテアが与えた部屋は……彼女が(自分の研究の邪魔にならないよう)ほうり込んだまま放置した生活ゴミでなかなか素敵な、もといひどい有様でした。
ネルスが無重力状態でゴミが押し込まれ散らかり漂う部屋をどんな思いで見て、そして清掃にどれくらい時間がかかったのか、読者である私には知る由もありません。
スレッタも、ネルスのようにきっと掃除が大変だったことでしょう。理事長室は重力があって良かったですね。

「部屋、週に2回掃除して」と言われたときのスレッタの表情がこれ。
おそらくネルスも自分用に割り当てられた部屋の惨状を見てこんな顔をしてたのではないか

主人公・ネルスの姉テアは世界最高の天才物理学者です。
しかしこの人、実はとんでもないブラコンです。
物語の始まる3年前、弟を巻き込み失敗した実験結果を悔やみ、弟を元に戻すためにより実験に集中できる宇宙にあがってそこから2年、ひたすら研究に打ち込んだのです。
さらに弟を救うため、自分を十億に増やして(!?)うち九億を結果的に死なせました。
弟を救うために自分を十億に増やす?はあ?
何を言っているのかさっぱりわからないと思いますが、本当にこの姉はやらかしました。

しかもこの後、弟絶対守るウーマンのテアは自分を一千兆(!?)に増やしました。
自分の探究心を満たしつつ、弟のひそかな願いを叶えるために。
この姉、ブラコンの単位がデカすぎます。
もっとネタバレすると、ネルスを狙う追っ手の中に、実は一千兆の姉達のうちの一部が含まれていました。
姉達の一部がネルスを付け狙った理由はなんと「ネルスが姉である自分を捨てて他の女と結婚したから」。
一千兆の姉達がいる世界にネルスをかっさらって引きずり込もうとしたのです。
まさに過激派ブラコンです。
本当にもう、ブラコンの規模が狂っているとしか言いようがありません。

ちなみにオリジナルであるテアは一千兆の自分に対し「ネルスを自分たちの世界に引き込むなんて、やっちゃいけないことだよ」と説得したが失敗したため、逃亡しながら一千兆の自分を消去しつつ戦争を終わらせる=弟を守るための手段を模索します。

主人公・ネルスの姉テアは世界最高の天才物理学者です。
しかしこの人、全然表情が読めません。何を考えているかわかりません。
ミオリネがたまに「一方的過ぎる」と評価を受けるのを目にするのですが、テアもなかなかのものです。
テアの場合、ブラコンが酷すぎて(=ネルスが好きすぎて)、照れ隠しのためか一方的な行動に出ている……のが伝わりにくいのです。最後まで読み終えると理解できるのですが、最初のうちは奇人変人の類に見えました。
「あ、この人めんどくさい人だ。ミオリネをもう少しこじらせた感じなのか」と気がついたらとたんに解るようになりました。

結婚式前の待合室でテアは「弟と二人っきりにしてくれ」と周囲の人々に頼んだり、「そろそろ姉離れしなさいよ。(私に故郷に)帰れって(言うのは)、つまり(また私に)会いたい(=会いに行くから待ってて欲しい)ってことだよね」などと、とうとうネルスに言ってしまいます。
ネルスはこの言葉に対して「姉さんが姉さんで良かったよ」と姉のブラコンっぷりに理解を示し、示されたテアは弟の言葉が理解できずに「はあ?」と睨むのです。

テアのエピソードは他にもあるのですが、だいたい似たり寄ったり転んだりですので割愛します。

もしもこの作品が映像化/音声化されることがあるなら、テア役はぜひともCV:Lynnでお願いしたいです。

水星の魔女との類似点

ネルスには双子の妹ウアスラがいるのですが、実はこの妹は妹どころか人ではありません。
ネルス自身……というより、ある一瞬に置けるネルスの全記憶と自我をコピーしてコンピュータの中に入り込み、そして取り残された存在です。

作中に「量子ゼノン転送」という単語が登場します。
これはある人間の「時間」を凍結し、その意識だけを抜き取ってコンピュータ/別次元の中に送り込むことでパラドックスと生命損傷の危険性を抑えつつ意識が観測した結果を対象となった人間の中に転送させる、という手法です。
SFで時折出てくる、未来の記憶を過去の自分に送る「タイムリープ」がこれに当たります。
この量子ゼノン転送の失敗により生まれてしまった存在がウアスラです。

量子ゼノン転送の元ネタはおそらく「量子ゼノン効果」だろうと推測します。

量子力学において、量子ゼノン効果(りょうしゼノンこうか、: quantum Zeno effect)とは、短時間内での観測の繰り返しにより、時間発展による量子状態の他状態への遷移が抑制される現象[1][2]。観測の頻度を高めていくと、究極的には時間発展が停まり、初期状態に留まり続けることを示唆するため、量子ゼノンパラドックスとも呼ばれる。量子ゼノンという名は「飛んでいる矢は観測している各瞬間で止まっている 」というゼノンのパラドックスに因む[1][2]

量子ゼノン効果
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E3%82%BC%E3%83%8E%E3%83%B3%E5%8A%B9%E6%9E%9C

ネルスの姉テアがコンピュータ内に取り残されたネルスのデータを一部書き換えて「妹」という設定にし、ウアスラという名前をつけましたが、ネルスはこの姉の"勝手な行動"に怒りを覚え、以後三年の間姉弟は事実上の音信不通となります。

かくしてネルスの妹となったウアスラですが綴りを調べるとUrsulaと書くそうです。読みはアーシュラ/ ウルズラ/ウルスラ/ウアズラ/ウーシュラ/オルソラなどになります。
Ursula Paludan Monberg(ウアスラ・パルダン・モンベルグ)という名のデンマーク人ホルン奏者が実在します。
水星の魔女小説版オリジナルエピソードに出てくるユーシュラーはここが元ネタなのかも知れません。
ただしユーシュラーに関しては調べた方によるとYusraの綴りの可能性もあるので、確定ではありません。
(名前の綴りを調べてくださった方、ありがとうございます)

そのウアスラですが、兄と妹という設定をひっくり返すとスレッタ(肉体が現実世界に取り残されたネルス)とエリィ(コンピュータの中に入り込んだネルス=ウアスラ)に繋がるように見えるのです。
フォールクヴァング襲撃でルブリスと同調したエリィの自我と記憶はルブリスの中に吸い込まれたが、自我を形成する記憶をまるごと失ったエリィの肉体はその場に残り、4歳でありながら0歳の状態に陥ってしまったのでは、と想定すると、スレッタ(=元はエリィの肉体)は戸籍上17歳、しかしその実態は21歳、となり取り合えず数字の辻褄は合ってしまいます。
エリィの肉体は人として生きている。しかし記憶はまるごと抜け落ち、4歳児の体を持った0歳の状態になったのではないかと推測します。
エルノラは記憶のないエリィ(スレッタ)を我が子として認められず、ルブリスの中に入ってしまったエリィを求め続けている……こういうことでしょうか。
この展開ですとスレッタが2話の取り調べで「貴方はヴァナディースの一員ではないのですか?」に答えられないのも、8話でカルド・ナボを見て「知りません」と話してしまうのも納得できてしまいます。

16話ではプロスペラが「世界を書き換えたいの」と発言しています。

「世界を書き換えたいの」と語るプロスペラ。
その意図はどこに

これについても「ランドスケープと夏の定理」の中で一千兆の姉がネルスにこう告げています。

「世界を書き換えてあげる」と。

テアが捜し求め、それ故に自分の存在を一千兆に増やして結集させ、討議させ、そして姉達が消えた後に残した「七千兆年後の理論」。
この理論についてはどんなものか定かではありませんが、姉のテアは「十七世紀のニュートンに二十一世紀の高校生でも理解できる共形場理論を見せたとして、何が起こると思う?」とネルスに問い掛けています。
ここに続くテアの言葉をわかりやすくまとめると「未来の理論を過去の人間に手渡したとして、もしかしたらニュートンなら理論は理解できるかもしれない。けれど、実証するだけの道具は当時の技術では作れないからどうしようもない」と答えています。

四百年後の理論でさえ四百年前では実証できない、と世界一の頭脳を持つテアが断言するのです。
もしも七千兆年後の理論を手にする機会があったとしても、兆単位の年数を経て実証された理論では、過去の人間である私たちには到底理解できないのではないか、という論理が展開されたのです。

しかし、一千兆の姉達が結集し、説き明かした「七千兆年後の理論」を読み上げたネルスは、その理論がスムーズに読める、理解できることに驚いて「ぼくたちの(認識の)ほうを書き換えたのか」と驚くのです。

世界とは、マクロの視点で捉えると「自分以外の存在で構成されたもの全て」となりますが、ミクロの視点で見ると「自分自身/ヒト一人に与えられた認識」とも言えます。
このミクロの視点を仏教用語では「一人一世界」と呼びます。
人間一人一人の存在そのものを「世界」とし、世界は複数存在するという思想があります。

〈一人一世界〉となると、一人に一つの世界があるということだから、それでは世界はバラバラにならないかと問われた。そう質問したひとは、世界はひとつでなければならない、ひとつであってほしいと思っておられるようだ。しかし、〈真実〉はどっちかと問えば、バラバラなのだ。もともとバラバラだから、バラバラという言う必要もないものなのだ

〈一人一世界〉あれこれより抜粋
https://insokuji.com/post-631/

彼の世界(=認識)を姉達によって七千兆年後の状態に書き換え(オーバーライド)られたことで、ネルスは遥か遠き未来の理論を理解してしまいました。

プロスペラの言う「世界を書き換えたいの」とは「人々の認識を書き換えたいの」と言うことではないでしょうか。
ルブリスの中に入ってしまったエリィが一個人として受け入れられるように、クワイエットゼロを使って全ての人々の認識を書き換えてしまおうとしているのではないか、と私は考えます。

最後に。

戦争を終わらせるために、そして広い宇宙の何処かに隠れたオリジナルの姉を探すためにネルスが一千兆の姉達に呼びかけるのですが、「そんな(事態を丸くおさめられるような都合の良い)ものないよ」と一千兆の姉達が一斉に答えるのです。

これは17話のミオリネとグエルの問答「そんなものはないよ」に引き継がれているのではないか、と少しだけ思うのです。

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