ジオラマがくれた物語
あんたにもなんかの造形物を見て感動することってあるかい?
いわゆる芸術作品ってのは、その意味を理解する前にその圧倒的な存在感を持って俺たちに何かを迫ってくるよな。
そこには作者の意図ってのもあると思うんだけれども、自分達が経験してきた色んな物事ってのもその存在感を高めるもんだと思ったりするんだよ。
その意味では様々な作品ってのは俺たちの姿を写す鏡のような存在って言う事もできるのかもしれない。
今回は、とある作品から自分が感じ取った何かを捕まえに行く回だ。
あんたも何かを捕まえに行ってくれよな。
俺に何かを感じさせてくれたジオラマ
今回、俺の心に何かを残してくれたのがこのジオラマなんだ。
ちっと、この記事を見てみてもらいたいんだけれども、作品のモチーフはジオラマの王道ガンダムなんだ。
逆襲のシャアでのアムロ・レイの搭乗機であるνガンダムが朽ち果てた姿で描かれている。
いやはや、なんだろうこのストーリー性。
記事の中で伝えられている作品のストーリーもすごい。
逆襲のシャアの中でアムロ・レイが「行方不明」で終わっていること。
つまりアムロ・レイもシャア・アズナブルも生死不明って表現で終わっていること。
その先にある物語ってのを妄想させてくれる強い作品だと思うんだよな。
ちなみにメイキング動画はこっちね。
まあ、このダメージ加工がすげぇ大変らしいんだけれども、そのあたりは実際にプラモデルを本気でこさえているヒトじゃないと実感は出来ない気がする。
俺もその辺の想像はうまく出来なかったんだけれども、大変なんだろうなぁとは素直に思ったんだよね。
俺に物語を感じさせてくれたもの
で、このジオラマが俺を惹きつけた要素ってのを因数分解しようとしてみよう。
多分、俺の中でこのジオラマから物語性を最も感じたのはνガンダムの右手なんだ。
動画を見てもらえるとわかるんだけれども、右手のパーツがもぎ取られたのはダメージ加工の一部として特に解説されているものじゃない。
でもそこにこそ、この作品の物語の極みが込められている用に感じたんだよ。
なんでだって?
逆襲のシャアでアムロ・レイがシャア・アズナブルの乗っていたサザビーの脱出ポッドを捕まえてアクシズに押し付けたのが右手だからだ。
つまりはνガンダムの右手ってのはアムロ・レイとシャア・アズナブルの繋がりの象徴ってことなんだ。
Zガンダムで協力関係を築いた二人も、逆襲のシャアではその分断が描かれた。
分断しながらも共感にたどり着いた二人がたどり着いたアクシズ・ショック。
その先の物語としてのこのジオラマってわけだ。
あの共感の先にあったはずのアクシズ・ショックだったはずなのに、その象徴であるνガンダムの右手が失われている。
実際、アクシズ・ショックを経てもヒトは分かり合うことも出来ず、ユニコーンガンダム、閃光のハサウェイと断絶を続けている。
何たる皮肉だろう。
その皮肉とも言える物語をこの右手の消失が描き出している。
そう俺は感じたわけだ。
νガンダムを地上に導いた物語
もう一つ、俺に妄想を促したのがこの植物にまとわれた姿だ。
つまり、アクシズ・ショックの後にνガンダムが地上なりコロニー内にたどり着いた物語だ。
コロニー内に「不時着」ってのは無理があるから、地球にたどり着いたってのが良いと思うんだ。
だってコロニー内に入るためにはコロニー管理公社に認識されないと無理なので、アムロ・レイとシャア・アズナブルが「行方不明」って物語と矛盾しちまう。
となると、大気圏突入を経ていることになるんだよな。
RX-78ですら大気圏突入を単機で成し遂げたんだから、後継機のνガンダムが出来てもおかしくないもんな。
でもνガンダムが大気圏突入出来ても、流石にサザビーの脱出ポッドは無理じゃんか。
そのあたりとあの右手の喪失ってのがもう一つの物語を妄想させてくれる。
アムロ・レイはシャア・アズナブルを連れてアクシズ・ショックから脱出しようとしたが、それをシャア・アズナブルは拒否したって物語だ。
νガンダムがサザビーの脱出ポッドをアクシズから剥がそうとしたが、シャア・アズナブルはララア・スンの魂に引っ張られていた。
対してアムロ・レイはチェーン・アギの魂によってアクシズ・ショックから飛び立つことが出来た。
でもチェーン・アギはすでに戦死してしまっているので、結果としてアムロ・レイも重力に魂を引っ張られて地球にたどり着いた。
そんな物語を妄想させてくれるんだよね。
なあ、あんたはどうだい?
このジオラマからどんな物語をあんたの中に紡ぎ出せそうだい?
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