働くことと俺たちが担っている義務
あんたは今日も元気に働けそうかい?
俺たちは常に「どう働くか」ってことと向き合って生きてきているんだと思う。
今回は、今まで「あんたに向けたつぶやき」の中で書いてきた働き方に関する記事を振り返りながら改めて考えてみる回だ。
もし、読んだことなかった記事が目に止まったら見てみてくれよな。
俺たちに求められた自己プロデュース
今という時代は、様々な意味で俺たちの自己プロデュースってやつを求めてきている。
例えばこんな記事を前に書いた。
この記事では外国人労働者が今後どんどん増えてくるに従って、俺たちの価値ってやつを常にパフォーマンスしていかないと、俺たちの価値ってやつに周りは気づくことすらできないってことを書いた。
そりゃー安い賃金で同じ生産性を出せるやつがくるなら、そっちにお金出したいからな。
それに加えて問題は、人は人の価値ってやつを絶対評価はできないってことだ。それほど、俺たちの価値はデジタルに図れるようには世の中到達していない。
だからこそ「自分の価値」ってやつを周りに説明できる必要があるってことな。
俺たちが生き残っていくためにもな。
働くために最も必要なもの
とは言え、働く意味ってやつが「生き残る」ってだけじゃあ、俺たちはパフォーマンスを発揮できない。
そこには必要不可欠なものがある。「情熱」だ。
好きで初めた仕事でも、この「情熱」ってやつを忘れちまうことが俺たちオッサンにはよくある。日々の忙しさにかまけちまってな。
そんなときに俺たちに必要なもの。それが俺たちの「意思」とその源泉となる言葉だ。
俺にとってのその「言葉」についてはこんな記事を書いている。
ここではとあるゲームの中のセリフを取り上げて、それが俺に与えてくれた「意思」について書いてみている。
「意思」なき日々を過ごすことは命をドブに捨てるようなもの。
これは俺の考え方の根っこの考え方なんだよな。
やる気の源泉はゴールに向かっているという確信
ベースとなる「意思」を再確認できたとしてもやる気を持続するってのはそれとは別の要素がある。
やる気が出ないことってのは、自分がやっていることに確信が持てないときにやってくる。
本当に今の仕事の進め方であっているんだろうかってな。
だからこそ、俺たちは常に計画を見直し、実行しチェックする。いわゆるPDCAサイクルを回し続ける。
そして、その計画が細ければ細かいほど実現できているかどうかを把握しやすくなる。
あんたの行動が計画に則った動きをしていて、それでもうまくいっていないとあんたの感覚がささやくのなら、計画を見直すといい。
その見直しサイクルを細かくすればしただけ、あんたは確信をもって仕事をすることが出来るはずだよな。
最終的には自分の仕事にどうやって満足するか
短期的なやる気はゴールを見失うことがなければ、俺たちオッサンはなんとか維持する事ができる。
なにしろ、我慢することには慣れっこだからな。
それでも「あれ?なんで俺仕事してるんだっけ?」って感じに俺たちの意識がものすごい入り口まで戻っちまうこともある。
そういうときに必要なのは俺たちが俺たちの仕事に対して、どうやって満足しているかを考えることだ。
この答えは、きっと百人いたら百通りの答えがあるし、その百人に更に百人のお客がいればその組み合わせ分の1万通りの答えが出てくる。
大事なのは考え続けること。
俺たちは俺たちの人生を満足する義務があるんだからな。
それが俺たちに命をつないでくれた先代たちへのハナムケになるんだから。
あんたはどうだい?
満足行く仕事ってやつをできているかい?
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