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満たされている人

満たされている人は好奇心がある。興味にもとづいて行動する。これは人と接する時もそうだ。相手に対して興味を持つ。交流する。親しみを持って接する。親しみを持つが、相手にこうして欲しいといった期待はない。言葉のキャッチボールを楽しむ。相手がどのようなリアクションや態度、言葉を取ったとしてもがっかりすることはない。これは相手に期待していないからだ。純粋に相手に興味を持っているので、攻撃したり決めつけてきたり、恩着せがましくなったり、冷酷になったりしない。心のふれあいを楽しむ。

満たされている人にも欲がある。それは親しみの欲求だ。親しみの欲求は、自分が言葉をかけたり、そばにいられるだけで十分だ。試みれることができれば、その欲は満たされる。

そのような満たされている人にも辛いことはある。それは気づきを得られないことだ。相手が自分の顔色を伺って態度を決めた時だ。満たされている人は相手に対して無頓着であるが、相手がこちらから何か得ようとする姿勢を見ることは辛い。だけれども、それを良い、悪いと判断したりはしない。意味づけをしたりはしない。相手にそのような習性があるのだな、と観察した事実として捉える。相手に失望するのではなく、自分が気づきを得られない時に辛いと感じる。

そのため、満たされている人にとって、試せないことが一番辛い。自分で考えて行動してみたい。表現してみたい。観察していたい。そのような自発的な行動を抑制される時に、ストレスを覚える。

しかし、満たされている人は、世の中には流れがある事を知っている。仮に自分がストレスを感じたとしても、どうして自分はストレスを感じているのだろうと考える。時にはリラックスしている時に、悩んだことの解決策を閃く時もある。それを試してみること。試せるだけで、満たされている人は幸せに感じる。

満たされている人にとっては、環境をガラリと変える必要はない。なぜなら日常の中でたくさんの気づきがあるからだ。物事に親しみを持って接していると、気づきがある。その気づきから自分の興味を広げていく。気づいたら情報を調べている。分析している。繰り返し試してみている。その結果、できることが増えている。自分にしか表現できないユニークなものを生み出すことができるようになっている。自分がやってきたことは、一から自分でやってきたことだ。

そのため、できない気持ちがわからないということがない。都度、悩み、つまづく。それでも、どうしていけば新しい気づきを得られるか考える。その歩んでいく方向は必ずしも、「心地よい」、「理想」だと感じる方ではない。そもそも、満たされている人には理想はない。夢はある。満たされている人は、気づきにより幸せを感じるので、将来を決めつけたりしない。理想を掲げない。

夢の方向は、心地よいと感じるものではない場合もある。満たされている人が、なんだかおもしろそう、と興味を抱いた方向である。そのため、人と接したり、表現している中で、なんだか変わった形になることがよくある。これが個性である。ユニークさである。その人らしさである。その人らしさの形は、他の誰かが真似しても決して再現することはできない。

満たされている人の興味の方向は刻々と変わる。興味がたくさんの方向に向いていて、それを自分で選ぶことができる。こうして満たされている人は何者にでもなれるようになる。どんな分野でも活躍する人となる。新しい時代を築いて、再び新しい分野に挑戦する人となる。

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