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日本語教育課程の具体的な考え方

「日本語教育機関認定法」4月1日の施行に伴い、日本語教育業界は、何か慌ただしくなっていますが、今回は、どのように日本語教育課程を編成すればいいのかについて考えてみたいと思います。

このnoteでは、「山の日本語学校物語」というマガジンを連載しているのですが、時間的な余裕がなく、途中で連載がストップしていました。最近、また復活させようと思い、過去の投稿をもう一度読み返しているのですが、ボリュームが半端ない。ちょっと、書きすぎました(笑)

ただ、改めて読んでみると、非常に示唆深く、自分自身「確かにそうだ」と納得する記述もたくさんありました。特に、学校をスタートさせた当時の記録は、今の日本語教育機関の課題でもある「日本語教育課程の編成」作業そのものの手順を踏んでいます。

そこで、今回は、「山の日本語学校物語」のレビューをしながら、どのように教育課程を編成するのかについて書いてみたいと思います。

詳細を知りたい方は、マガジンを購入いただけるとうれしいです。(以前に購入いただいた方は、そのまま読めます)


教育課程編成の留意点

前回の記事では、文化庁から出された「日本語教育課程編成のための指針(案)」(以下「指針」)を読んで考えたことについてまとめました。

前回記事では、「指針」を読んで感じた違和感を中心にまとめましたが、教育課程を具体的に考えるために、今回は「指針」と「認定日本語教育機関の認定申請等の手引き(2024年度申請用)」(以下「手引き」)も参考にします。はじめに、日本語教育を編成するためには何が必要かをざっとまとめておきます。「指針」の留意点には、以下のように書かれています。

それぞれの機関が、本指針を土台とし、自ら掲げる教育理念や教育課程の目的及び目標に基づき、発展的かつ創造的に教育内容を計画、実施し、学習者(生徒)が習得を目指している到達レベルまで見通しを持って学べるように支援し、学習者(生徒)への評価を適切に行うことが重要である。

認定日本語教育機関 日本語教育課程編成のための指針(案)p.2

上記を踏まえ、「手引き」に収められた提出用資料の様式(10)も合わせて考えると、最低でも以下の項目について検討する必要がありそうです。

  • 教育理念

  • 教育課程の設置目的

  • 教育課程の到達目標

  • 対象者

  • 日本語能力の到達目標(Can-do)

  • 日本語能力の到達レベル(A1→C2)*留学の場合、B2までが必須

  • 教育内容**

  • 修業期間、学習時間など時間的な枠組み

  • 評価

  • 修了要件

新規で学校を立ち上げるのであれば、当然考えなければならない項目ですが、既存の日本語学校が、もう一度上記の点について検討し直すというのは、なかなか大変な作業だと思います。

場合によっては、これまでの教育内容を再検討する作業が必要になってくるかもしれません。現在進行中の教育課程を「指針」に沿って作り直すより、初めから考え直した方が、方向性が見えてくることもあるのではないかと思います。

そこで、「山の日本語学校」の教育課程を例に、どのような手順で編成していけばいいのか考えてみたいと思います。

**「指針」には、「教育内容」という表現が使われていますので、ここでも同様の表現を使いますが、私は「学習内容」とすべきではないかと思います。学ぶのは学習者ですから、「教える人」ではなく「学ぶ人」の視点で考えたほうがいいと思うからです。

教育理念

毎日、授業をしながら、自分が所属する機関の「理念」ってなんだろうと考える機会は、なかなかないのではないかと思います。特に、途中から入社して、決められたカリキュラムに従って授業をするということに慣れてしまうと、「理念」なんて気にも留めなかったということがあると思います。

私もそうでした。日本語学校で、長年教務主任も勤めてきましたが、所属する学校の「理念」なんて考えたこともありませんでした。しかし、「理念」は必ずあります。日本語学校を設立するには、多額の投資が必要です。そんな多額の資金を投じて日本語学校を設立しようとするからには、そこには、設立当時の「想い」があるはずです。

まず、学校のホームページの設立者のことばをチェックしてみてはどうでしょうか。見つからなかったら、ちょうどいい機会なので、設置者なり、理事長なり、校長なりに、聞いてみるのもいいかもしれません。

一度、全員で立ち止まって、「なんのためにこの学校をやるんだろうね」ということを話し合ってみることはとても意味のあることです。毎日、目の前に降ってくる仕事に忙殺されると、不満も湧いてきますが、「へえ、そんな想いがあって学校を設立したんだ」ということがわかると、また違った視点で学校を見直すことができると思います。

関係者全員が、「なんのために日本語学校をやるのか」が腹落ちできたら、教育課程の目的や目標も自然と見えてくるのではないかと思います。

以下の記事には、「山の日本語学校」設立当時のことが書かれています。

「ヒラサワは何をしたいのだ」と散々つっこまれながら、理念、教育目標を言語化していったプロセスが書かれています。対象者と教育目標が明確になったとき、自然と学習方法も定まりました。

決して簡単な作業ではありませんが、認定日本語教育機関の申請書類には、理念や目標も言語化して記載する必要があります。ぜひ、考えてみてほしいです。

設置コースと到達目標

到達目標や目的に沿って、修業期間、学習時間などの時間的な枠組みを考えていくのが、「コースデザイン」です。教育課程を編成する際には、目的に合わせて、「進学2年コース」とか「進学1.5年コース」など、まずコース設定をするのではないかと思います。

設置したコースと教育目標とを照らし合わせながら、コースの対象者が修了するときには、どんなことができるようになっていてほしいのかという最終到達目標を考えてみるといいと思います。そして、その最終目標から逆算します。4期制の学校だったら、3ヶ月くらいでコースを区切って考えてみるといいと思います。最終目標に到達するためには、何ができるようになっていればいいのかを段階的に考えていくと、各期の到達目標がイメージしやすくなると思います。

さらに、各期の到達レベルはどのくらいか、その時何ができるようになっていればいいのかを具体的に考えていきます。「日本語教育の参照枠」には、それぞれのレベルの言語能力記述文(Can-do)の具体例があるので、それを参照にするといいのではないかと思います。

「山の日本語学校」の「コースデザイン」については、以下の記事で説明しています。

「山の日本語学校」は、PBL(Project-Based Learning)を採用したので、具体的なCan-doを設定することはできませんでした。その代わり、コース全体を貫く包括的な言語目標を設定しています。上記の記事では、最終的な目標から逆算し、各学期でどのようなプロジェクトを行うのか、また、それぞれのプロジェクトでどの言語目標をターゲットにしたのかを説明しています。

進学コースで、PBLを採用するのは難しいかもしませんが、考え方の参考になるのではないかと思います。また、言語目標については、以下の記事で説明しています。Can-doを意識し、目標は「〜できる」という表現にしています。

教育内容と評価方法

大体の枠組みができたら、次に教育内容を考えます。ここで初めてテキストの検討に入ります。コースデザインを考えるとき、テキストの検討から入ってしまうと、結局、最終目標とのずれが生じてしまい、テキストに合わせて、最終目標を動かすということにもなりかねません。テキストには、テキストを作った人の理念があり、必ずしも学校の理念と一致するわけではないからです。

「山の日本語学校」の場合、テキストは使わないという判断に至りました。学校の理念や目標にあったテキストがなかったからです。

そうは言っても、これまでずっとテキストを使ってきたのに、急にテキストを使わないとか、テキストを変えるというのは、結構勇気がいることです。そこで、これまで蓄積してきた学校の教育内容を洗い出してみるのがいいかと思います。ずっと日本語教育を行ってきたわけですから、学校には、これまでに蓄積された知的財産があるはずです。

知的財産の他にも、学習環境も考慮します。教室に何があるのか、Wi-Fi環境はどうか、学校の周りの環境はどうか、どんなものが使えるのか、どんなネットワークがあるのか、どんな学生がいるのか、学生はどんなデバイスを持っているのかといった学習環境も考えてみるといいと思います。

そのような環境も含めたこれまでの知的財産を並べて、教育目標と合致するか、しないかを検討してみるといいと思います。合致しないと思ったら、思い切って、切り捨てることも必要だと思います。逆に「これはいい」「今後も活かしたい」と思うものがあれば、教育課程の中でどうすればうまく活かすことができるのかを、到達目標やレベルに合わせて考えてみるのがいいと思います。

私は、テキストに書いてあることを全てやらなければならないという考え方は捨てた方がいいと思っています。到達目標がしっかり定まっていれば、テキスト通りに進めなくても、テキストの内容をスキップしても、必要だと思うことを、学習者は自ら学びます。足りないと思ったらそのときに補えばいいのではないでしょうか。学習者にとってのインプットは、テキストに限りません。

教育内容は、各学校で積み上げてきたものがあると思いますので、なかなか一般的な例をあげるのは難しいのですが、PBLでどのように学習内容を決めたのかについては、以下の記事に詳しく書いています。

入学後の3ヶ月間の教育内容とスケジュールについて具体的に説明しています。実際に授業を進めると、スケジュール通りにいかないこともありますが、必要でないものは、思い切って切り捨て、必要なものを補うという形で柔軟に進めました。

評価基準

上記の記事では、目標を設定したあと、その目標が達成できたかどうかを判断するための評価基準にも触れています。学習内容は柔軟に変えていきましたが、目標と評価基準は途中で変えていません。目標と評価基準は、一対のものとして、各期の初めに提示するべきだ考え、期が始まるときに学生に説明しています。

今回の教育課程の編成で、最も悩ましいのが評価だと思います。「日本語教育の参照枠」に記された評価方法は、どれも納得するものばかりです。しかし、前回の記事でも触れたとおり、これまで、日本語教育機関に求められてきた評価基準と「日本語教育の参照枠」の理念に基づいて説明されている評価方法には矛盾がある思っています。ここをどう調整するかは、大きな課題です。

「山の日本語学校」を運営しているときも、評価についてはずいぶんと悩みました。以下の記事では、私が評価について考えたことや、実際にやってみたことについてまとめています。

実際に使用したルーブリックも公開していますし、JLPTやCEFRとの関係についても書いていますので、参考にしていただければと思います。

やはり、目標と同時に評価基準も提示するのが理想だと思います。そうすれば、目標までのプロセスが明確になるからです。「山の日本語学校」では、最終的に、学校の言語目標に則したオリジナルの評価基準を作りました。担当教師とあれこれアイデアを出しながら、オリジナルの評価表を作るプロセスは、大きな学びになりましたし、とても楽しい作業でした。その学校の目標に合わせた評価基準を作るというのも、また一つの方法だと思います。

以上、簡単ですが、「山の日本語学校」の実践を例に、教育課程の編成プロセスを振り返ってみました。日常の業務を回しながら、新たに教育課程を編成するというのは、本当に大変な作業だと思いますが、これをチャンスと捉え、それぞれの教育機関の特色が見えてくるような教育課程になったら、日本語教育も大きく変わるのではないかと思います。

以上、今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!