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米澤穂信『王とサーカス』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2019.02.02 Saturday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

同僚イチオシのミステリーは、米澤穂信さんの長編です。

ミステリー的謎解きの面白さはもちろんですが、個人的には、ジャーナリストとして独り立ちしていく太刀洗万智の物語としての面白さの方に興味を引かれました。

新聞社を辞め、雑誌の海外旅行特集の事前取材で訪れたネパールで、偶然にも王族殺害事件(※)が勃発し、急遽取材することになった主人公ですが、面白くなってくるのは、取材を重ねていく彼女が、自分の記者としての使命を自問自答し始める中盤からです。そこでは、丁度題名の「サーカス」につながる、大きな問いが太刀洗に突きつけられます。それは奇しくも殺されることとなる男・ラジュスワルが、彼女に投げかけたものでした。

ラジュスワルは、情報をほしがる大衆を「刺激的な最新情報を待っている人々」と言い、大衆にとって「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ」と言い放ちます。そして、「お前はサーカスの座長だ。おまえの書くものはサーカスの演し物」であり、「悲劇が楽しまれる宿命」にあると指摘します。

本作の謎解きは、王族殺害事件を背景にしながら、その事件下に起きたラジュスワル殺人事件にまつわる人間模様を解くところにあるのですが、サーカスの団長にならないよう自らの意志で立つ「ジャーナリスト太刀洗」の誕生をひもとく物語でもありました。そしてまた、センセーショナルな記事を求める一般大衆の果たしている役割についても考えさせられた作品でした……。一体、どちらが踊り踊らされているのだろう……と……。

こうして誕生したフリージャーナリスト太刀洗万智が、この後どのような記者となっていくのか、『真実の一〇メートル手前』という短編集になっているようなので、ぜひ手に取ってみたいと思っています。

※「王族殺害事件」(ナラヤンヒティ王宮事件)-2001年6月1日にネパールの首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で発生した、当時の国王一家が皆殺しにされた事件。皇太子(事件3日後に死亡)が犯人とされたが、生き残って事件後に即位した国王の弟の動向などから、彼が行ったクーデターとする説もある。真相は現在も不明のまま。