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【これが愛というのなら】「いらない苦労なんてしなくていい」




新しい仲間


私は新しいクリニックで、新しい仲間と出会った。

私ともうひとりの看護師以外は、みんな他のクリニックで勤務したことのある、いわば私の先輩でもあった。

そのクリニックでは、総合病院でもまだ珍しかった電子カルテを取り入れた。

私は電子カルテは初めてだったが、院内システムで似たようなシステムは触っていたので、その作業は得意だった。

クリニックの一般的な業務が分からない私、電子カルテを苦手とするスタッフで、教えあい、みんな仲がよかった。

クリニック出身でない看護師は、しかし、

「お久しぶりです、なぎさん」

そう挨拶してきたのだ。

私は人の顔や名前を覚えるのが大変苦手なので、その一人だろうかと、謝ろうとしたとき、いたずらっこのような笑みを浮かべて若い女性看護師は言った。

「前の病院で私も働いていたんです。ずっと病棟勤務でしたけど、一度外来スタッフになったことがあって。でも、入れ違いになぎさんが病棟に行ってしまって」

そうだったのか。

「でも、ならよく私を知っていたのね」

「先輩から、「使える人ばっかり辞めたり病棟に取られるから、医事課嫌!」って散々なぎさんの話を聞いてました」

「そんなに使えた訳じゃないよ」

ちょっと照れた。

「じゃあ、あなたも先生が開業するからついてきたの?

「……私、その後体を壊して退職して、そろそろ働こうと思ったとき、求人を見て」

彼女は目をそらして言った。

彼女のことは、私は「あん」と呼んだ。

裏切ったのは誰?


クリニックの仕事にも慣れた頃、望からメールがあった。

「時間ありますか?」

「もちろん」

私はすぐに返事をした。

珍しく一緒に出かけるのではなく、望は私の家で話があるという。

簡単な食事の支度をして待っていたのだが、現れた望は、泣いていたのだ。

「どうしたの!?」

私は望を部屋にいれて、タオルを差し出した。

望が目頭に当てていたハンカチは、もう何も水分は吸えないほど、濡れていたのだ。

「…彼氏さんと、別れました」

泣き声を出さないようにか、必死な、押し殺した声で、望は言った。

「一昨日日、別れました。望から言い出しました」

別れるだろう、とは思っていた。

望はスカッシュで知り合った男性と仲が良くなっていたし、彼氏は元カノとの関係を曖昧にしすぎだった。

「でも、昨日彼氏さんの家に忘れ物をしたことを思い出しまして。望には大切な物だったので、彼氏さんにメールをしたんです」

忘れ物に気がついたのが深夜1時。

電話は迷惑だろうと、メールにしたそうだ。

メールした直後、彼氏から電話がかかってきたそうだ。

「びっくりしたけど、望は出ました。でも」

電話の向こう側にいたのは、彼氏の元カノだったらしい。

「別れた後も未練がましく連絡してくるなんて非常識」

そう元カノは言ったそうだ。

「忘れ物があるんです。彼氏さんに代わって下さい」

「忘れ物なんて言い訳、どうだっていいわ。こんなつまらない物、私が捨てておいてあげる」

元カノはせせら笑うように言ったそうだった。

「自分から別れを切り出しておいて、今更惜しくなったの?ご愁傷さま、彼氏はもうあなたとは話したくないって言っているわよ」

「…それは、それでいいのです。でも、忘れ物は、望にとって大切なものだから、着払いで返して下さい」

「苦労知らず」

元カノは吐き捨てるように言ったそうだ。

「あんたが捨てた彼氏は、傷ついて苦しんでいるのに、あんたはこんなちっぽけなものの心配?そうやって気を引いているつもり?でも、あんたが帰る場所はないのよ。私は彼氏をよりを戻すために、頑張ったわ、頑張り続けたわ。ねえ」

「……」

「あんたって、彼氏の言うとおり、甘ちゃんで苦労を知らないようね。そんな人間に価値はないのよ」

望は、話ながら思い出したのか、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼし続ける。

「苦労知らずのお嬢さん。あんたは、もういらないのよ」

そう言って、電話は切られたそうだ。

深夜1時。

彼氏と元カノが一緒にいたという事は。

別れた次の日に、そんな夜中に男と女がいたという事は。

私は、体中が燃え上がるような怒りを覚えた。

「苦労知らずって、そんな悪いことのなのかな?望には価値はないのかな」

たぶん、望は混乱していた。

彼氏との別れを切り出したのも、楽ではなかったはずだ。

彼氏のもとに忘れた物も、ずっと大切にしていたものだ。

そして、翌日には彼氏は元カノとよりを戻して、更に暴言を浴びせられる。

「望はみんなから必要ない子なのかなあ」

「そんなことない、望は大切で、みんなも望を必要としてる。いらない苦労なんて、しなくてもいいの。苦労なんて、背負わなくていいの」

泣き続ける望を抱いて、私はそう言い続けた。

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