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「違いますよ、お父さん」と僕は言った。

札幌のとある夜のこと。まだやってますか?と車に呼び止められ、コンビニの駐車場で淹れたコーヒーがきっかけで、ご近所さんのお家の夕食にお呼ばれした。

そのお家の旦那さんは、むかし自転車で日本一周をやられた方で、コーヒーを飲んでくださった奥様が「きっと旦那も会いたいと思うんです。けれどお店につきっきりだから。。。もしお酒飲まれるなら行ってくださいませんか?」と僕に伝えてくださった。

なんだかその表情に感じるものがあって、お酒は飲まないんだけれど、旦那さんに会いたくなって暗くなった札幌の大通り公園を抜け、すすきのにあるお店に向かった。

地下。ひっそりと看板が出ていて、なんとなくソワソワしながら階段を降りると案の定すんげー重厚なドアが待ち構えていた。なんてこった、高級店だ。こんなとこひとりでも、誰かとでも来たことないよ。。。しかし躊躇するヒマもなくドアが開いた。(おい!自動ドアかい!笑)

中にはしっかりアイロンの当たったシャツにベスト、すっと背筋が伸びた姿でいらっしゃいませ、とこちらに振り向くマスターがいた。「あ、どうも。。。たぶん奥さんから電話いってると思うんですけど。。。」となんか僕が呼ばれた側なのにソワソワしてしまう自分がいる。店は暗すぎないほどのおたがいの顔がちょうどよく見えるくらいの照明に抑えられていて、昔の金庫を改築したという広くはないが、そのぶん天井が高い店内には重厚感のあるカウンターとテーブルが並ぶ。どないすんねん!ちーん。。。

よかった。ほんまによかった。マスターのほうが話をはじめてくれた。
「来てくださってありがとうございます。じつは奥さんから仕事中に電話が来るなんてまずないんです。珍しく彼女がうったえるように電話をかけてきて、そして自転車の旅の人だからって。西川さんの名前を聞いて、いまネット記事を読ませていただいていたところです。」

まずは一杯と。ワインボトルの、あの氷が入った入れ物から出したワインの栓を抜き、香りを確かめて、うっすーいグラスに注ぐマスター。おい、ワインてどうやって飲むんかいな。ぐるぐるまわして香りをかぐのか?グラスはどこを持つねんな?そんなことを思いながら口をつけた。うん、ワインの味はわからん。けどうっすらと、けど心地よい渋みの赤ワインだった。

それから僕の旅のことを話し、彼がこの業界に入るまえに思い描いていた人生や旅のことをうかがい、そのうち社長さんとおぼしきお客さんが数組来られて、なぜか紹介されてしまい、お兄ちゃんにワインをと言われてさらにワインを飲むことになり、しまいには社長さんたちと仲良くなって、しめのラーメンに連れて行ってもらった。なんて展開だ。笑

そんな夜、社長さんとワイワイなる前に、マスターからこう言われた。
「是非うちの子どもたちに旅のお話をしていただきたいんです。夕食にお招きするので予定を教えていただけますか?」
お母さんのコーヒーを淹れるために一生懸命ミルをまわしていた彼らの表情が浮かんで、その場でスケジュールを決めて、再会を約束してお店を出た。


お父さんと子どもたちでマンションの表通りまで迎えにきてくれた。みんなして僕のコーヒーセットをマンションに運んでくれた。食卓には、ご馳走が並ぶ。お刺身、ジンギスカン、サラダは子どもたちが担当してくださったようだ、そして食後にはおいしいメロンまで。

旅の話がはじまる前に、娘ちゃんは寝てしまった。写真とともに旅のことを少し振り返っていく。終えたあとのお兄ちゃんは少し眠たそう。けれど、せっかくだからコーヒーを淹れようかと話し、やってみる?と聞くとニコッとうなずいた。

最初に会った夕方に彼はもう僕のコーヒーを見ていたので、彼にやらせてみた。道具を壊さないかと心配そうに見守るお父さん。やけどが心配そうなお母さん。だいじょうぶです。どうか彼のこと見守ってあげて。

ひとつひとつ。真剣な顔でやるお兄ちゃん。決して手つきはスムーズじゃない。けれどそこには思いがこもってる。僕はお父さんお母さんの背中にまわって邪魔しないことにした。

彼が淹れたコーヒーができあがった。直接渡してあげてと伝えると、お父さんお母さんはかがんで彼からのコーヒーを受け取った。飲む姿がすこし神妙なのが嬉しかった。

「いやぁこの子がコーヒーを淹れることに興味があったなんて知りませんでした。」

お父さんが僕に言った。僕はこう答えた。

「違いますよお父さん。彼はコーヒーを淹れることが好きなんじゃなくて、誰かのために何かを一生懸命することの楽しさに気づいたから、あれだけ一生懸命だったんだと思うんです。」

お父さんはしばらく何かを噛みしめるようだった。お母さんは、そんな旦那さんをしずかに見つめていた。息子くんは、誇らしげな顔で彼らを見上げていた。


札幌の隠れ家的なワインBAR
クロ・ド・ルパン


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