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言葉のないドリップコーヒー

コーヒーと会話ってね。ずっと僕のなかでセットだったんです。
なんていうか、たぶんコーヒーと会話って合うよねーみたいな意識きっとありますよね。コーヒーで生まれた余白で、いつもより会話が弾むみたいなこと。だからね、会話をしないコーヒーって逆に僕は思い浮かべたことがなかったんです。

例えば、どこかにコーヒーを飲みにいくときもね。僕はあんまりコーヒー屋さんの飲み歩きみたいなことはしないのですが。飲むとしたらご縁のあるコーヒー屋さんを訪ねていくことがほとんどです。それで、そうやって飲みに行く場合。たいていはカウンターに座るんです。そのコーヒーがつくられる様子を見たいし、お店のひとが動くのも観察したい、それから大丈夫そうなら少し話もしたい。

じゃあ自分がコーヒーを点てるときはどうだろう。
やっぱり西川自由珈琲店にだれかが来てくれるときにも、まずは話をします。「どこから来られました?」からはじまって、やっぱりコーヒー豆をミルで挽いているときは話をします。
ドリップをするときには話さないことが多いです。自分の手元に意識を集中しているので。けれどこんなときにも話しかけないで!とは思っているわけじゃなくて、話しかけられれば普通に答えます。


というわけでね、今日はなんの話かというとね。
ろう者(補聴器等をつけて音声が判別できないかたのことをそう呼ぶそうです)である盛山麻奈美さんがりんごの量り売りをしているところにコーヒーをいれにいったんです。そのときに、僕がコーヒーを点てたときに感じたことのお話でございます。


僕が彼女のことを知ったのは、ぼくの友だちのあつこさんからだった。
「まさくんのコーヒーをねお友だちに送りたいのだけれど、そういうのもできる?」
そうして、送り先として出会わせてもらったのが、写真家の齋藤陽道さんだった。ぼくと同い年。写真をネットだけれど見たときに光ってるなーと思った。そして彼の奥さまが麻奈美さん。

齋藤陽道さんのインタビュー記事

そうしてコーヒーを送ったんだよね。
それから彼が我が子を撮影している神話という自主出版をしている写真集を買わせてもらうときにも、お手紙とともにコーヒーを送った。そしたら彼の名前で熊本からたくさんの美味しいものが詰まった段ボールがその写真集とともに届いた。

手紙をありがとう。いつもいつも嬉しい。

そう書いてあった。出会う前に、会話をしていたから。それは手紙という意味だけれど。

数日前にね、ここのところずっと熊本で住むお家探しを自転車で走りながらしているのだけれど、その休憩がてらに行きたかった橙書店に行ったの。入り口で自転車にロックをかけるときに「きっとなにかの出会いがあるだろうな」と思って店に入って、ちょうどコーヒーを注文してトイレに立ったときに、お店に入れ違いで入ってきた人が麻奈美さんだった。


そのときに「コーヒーの西川です。」「あー!」ってなって。そして、彼女がいつも手にしているスマホの会話アプリ(音声も自動文字起こしするし、文章も打てる)で少し話をしたの。そのときに、「あなたがりんごを売るときにフリーコーヒーしたいです」と話したのね、そしたら今度は18日にりんごを売るよって教えてくれて。

それで18日は車にコーヒーセットを積んで出かけた。

りんご売り場は、お友だちの会社の倉庫のようなところで。
白い空間のなかに、りんごの木箱が積んであって。それから左手の机の上にはりんごチップスや他の食材とともに、齋藤陽道さんの本も並んでた。


僕が入ったときには、すでにお客様がいて。赤ちゃんを抱いているママと、たぶんそのお母さんと、それにお友だちのおばさま。りんごをどれにしようか悩んでいる様子で、けれどもお友だちのおばさまは話しているし、けれども麻奈美さんは手話で返しているし、言葉と手話と電卓が行き来していてとりあえず僕は頭が軽くショートしたような感じ。

お客さんにもコーヒーを飲んでもらいたいし、自己紹介をどうやってしようかと思いながら、とりあえず身振り手振りでコーヒー点てますねーと伝えた準備をはじめた。

そしたら齋藤陽道さんもフラッとやってきて。
「あー!やっと会えたー!」とお互いに軽く抱擁をして(これもはじめましてだから変な感じなのかもしれないけれど、結構こんな感覚で生きております)それからコーヒーを点てはじめた。


そうしてね、みんなのやりとりを見ながらコーヒーをやりながら分かったのね。おばさまは途中まで耳が聞こてていた方で、だから話し言葉はほんとに僕たちのそれと同じで、けれども今は聞こえない。赤ちゃんママのお母さんもたぶんそう。それで赤ちゃんママと赤ちゃんは普通に聞こえている。だからあんなやりとりになっていたのだなぁと。


僕はそこですこし安心して。それからコーヒーを点て始めた。
麻奈美さんはじっと僕がコーヒーを点てるのを見つめてた。
そして、僕がどうして今こんなことをしているのかをまわりのみんなに手話で説明してくれているのが、その動きで伝わってきた。

僕がコーヒーを点てている横で、やりとりされている会話。
けれどもその会話は、音ではなく手話。
だから僕の耳に届いてくるのは服が擦れる音。それから手の動きが視界の端っこの方で動いているなぁという感覚。

そのときの感覚がとてもとても不思議だったの。
たいていこういう初めての場所、ひとでは、僕は自然に会話をはじめてる。言葉を放ちながら、そこにコーヒーを点てる動きを重ねることで、相手に今目の前で起こっていることを、その心に染み込ませるようにやってる。

それもそのときに分かったの。今までは意識することなく、なんとなくやっていたことだったから。

言葉がない。けれどそこに在る。ドリップコーヒー。

なんだか、コーヒーにはまだ僕の知らない扉がたくさんあって。
今回のその体験は、またひとつの僕の知らなかった世界を開いていくような、そんな時間でした。

そのあとは麻奈美さんとたくさん会話をしたよ。iPadで。
たくさんたくさん話をした。

あなたたちを仲間だと思っているから、コーヒー豆いつでも渡すからね。
そしたら私は、りんごを渡すね。なくなったらいつでもおいで。

そうして彼女にりんごをもらって。僕は浅煎りの豆を渡して、そうして彼女と、彼女が呼び出してくれた春陽さんに見送られながら、ウイングスクールに向かって走り始めた。

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