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わたしの定番の一つについて (下)

一目惚れなんて、したことがない。

ただ、この時だけは例外だった。
画面の奥の絵画に、その纏う空気に
一目惚れをしたのだ。

骨董屋で運命を感じ
「清水の舞台から飛び下りる覚悟で購入した」
などといったエピソードを披露する ”依頼人” たちの気持ちが
今なら少しわかるかもしれない。

ただ、いくら一目惚れしたとは言え
そんな楽しみ方はわたしの身の丈に合わないことだと
十分に承知している。
まして出会ったのは他の誰かの所有物だし
画面の奥にあるのだから、身の丈の問題ですらない。

それでも身近に置きたい気持ちは消えず
それ以降は毎年
新潮社から出る有元さんのカレンダーを買うことが
わたしの定番のたのしみになった。


好きになるのに理由なんていらない、かもしれないけれど
最近になって、ようやくそれが言葉にできるくらいに
はっきりしてきたと感じている。



押しつけないのだ。


幸福や富、悲しみや苦しみ
生きていれば避けて通れない
おどろおどろしく渦巻くあれこれを
少しも押しつけてこないのだ。
ものすごく自由で、軽やか。
そこにわたしは、救われている。

ごまかしを許さない強い眼差しは
別の瞬間には、こちらを見守る柔和な眼差しになる。

受け止めかたは、その時のわたしに委ねられている。
なんて懐が深いのだろう。


そんな有元さんの展覧会を、楽しみにしていた。
じっと過ごす日々のその先で
静かに光る希望のようだった。

楽しみは、まだもう少し先になるらしい。

いつになるかは分からないから
もう何冊かのカレンダーをめくることになるかもしれない。

だから、空に押し付ける。
作品の纏う空気への愛を。
日々をやさしく包んでくれる感謝を。
出会えたことへの誇りを。


今日も、絵の中のその人は
悠然と見守っている。
いくら経っても書き終えないわたしを。

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