地金は売らずにまた会おう

希望の朝はこうもやすやすとくる。

メープル風味のシュガートーストクリームを買ったのだ。

昨晩寝床に入りながらふと(明日が楽しみだなあ、朝にシュガートーストが食べられるぞ)と思い、瞬時にちょろい! と恥じた。

シュガートーストクリームは、まいばすけっとで買ったトップバリュのやつだ。安いし、あとパッケージのデザインが愛すべき適当さで、見た目にはおいしいとは信じられない。そんな程度でも、前の晩から私の朝は輝いてしまう。

いそいそ起き出して塗って焼く。むちゃくちゃいいにおいがしてやっぱり希望の朝だった。

食べてうまい。食パンの表面が焼けた砂糖でざらざらかりかりになって、いつもの食パンより強度が増し、かぶりつくと表面がバリンといってほほの裏側が甘くなる。

パンもクリームも安いやつだから、たいしていつくしむこともなく「うめ~」くらいの感じで雑に食べて、テーブルにつく姿勢も雑だ。そんな様子がこうもきらめく。

娘がよぼよぼ起きてきて、台所のテーブルで娘の席は私の前であり、この人は毎朝私の膝に足を投げ出して乗せる。

娘の足の甲をなでる私の手は冷えて、「なでないでいいよ!」と言われた。

寒い日があって、あたたかい日もあって、12月の末が右往左往するようだ。今日は少し暖かく、ストーブはすこしだけつけてもう消した。

制服に着替えた息子がテーブルの上の弁当を包みながら「ねえ、練り物ある?」と言う。

練り物。

練り物が入っていたほうがよかったかな。今日のお弁当はおにぎり2個と、たまご焼きと、ブロッコリにチーズを乗せて焼いたのと、プチトマトと、ふかしたかぼちゃと、冷凍の春巻きと、みかん。

「練り物……? ちくわとか?」
「えっ? いやいや、ねりもの、じゃなくて、のみもの」

息子は水筒の所在を聞いたのだった。

「いや、急に練り物はねだらないでしょうよ」

弁当に練り物が入っておらずごねる息子を想像し、おそらく息子もそんな自分を想像したんだろう、ふたりで笑った。可笑しいから、弁当に入れる練り物を買ってこよう。

いっぽうの娘は、年末に迫り体積をずいぶん減らした日めくりカレンダーを持ち上げて「軽い……」と驚いて学校へ出かけていった。

練り物の入らない弁当を下げ息子も出かけて、静かになった部屋で私もカレンダーを手に持つ。

今年がもうあと少ししかないことが、重量で伝わる。紙のカレンダーの本質だ。

午前中に在宅勤務でうなりをあげて手持ちの作業を終えに終え、午後から取材に出かける。

経路を調べると電車よりもバスの方がよさそうで、最寄りのバス停から乗り込んだ。車内はどこかの市立小学校で授業を終えて帰るらしい制服の小さな子どもでいっぱいだ。

車両の後ろのほうで、一番後ろの座席に行きたい子と、前の座席に行きたい子がすれ違おうとするのだけど荷物が食い込みあってすれ違えずにいる。

どちらかが引けばすんなりいく、でもふたりともそれに気づかずぐいぐい無理やり、抜け出す感じで前に進もうとしていて突っかかって身動きがとれない。

すぐ横の座席に座っていたおとなが采配をしてやっとすれ違い、着席を待って停車していた車内は一同ほっとした雰囲気だった。

私もほっとしつつ、でもちょっとギクッとしていた。うまくいかない物理的な物事をまさにこの場の子どもたちのように力ずくでなんとかしようとすることが多い。引いた視点で見るとこんなにも明らかにどうにもならない様子なんだな……。

反省しつつ揺られて乗って、バスを降りるところで、目の前をファッションブランドのTheoryのショッパーを肩にかけた人が通った。瞬間「カンペか!?」と思う。

白地の紙袋の真ん中に黒く「Theory」と書かれたシンプルなデザインで、これが、トークイベントの際にディレクターさんが白いスケッチブックに黒のマジックで「10分押してます」などと書いてステージに向けて出すカンペに、絶妙に、見えたのだ。

トークイベントに出ることはたまにあって、とはいえプロフェッショナルに毎日やっているというわけでもなく、それでもはっとさせられた。カンペほど「見てください! お願いします!」と無言で訴えかけるものもそうそうないと思われ、私の深層にも根深く「カンペが出たらちゃんと見よう」という意識があるんだろうなと、白い紙にならぶ黒い文字に急に感心した。

カンペに対する集中力を取材にも応用し、無事に終えて帰途につく。

夜はお好み焼きにした。お好み焼きと焼きそばが好きだから、気を抜くとスーパーでキャベツと粉(もしくは蒸し麺)とソースをゆらゆらして買ってしまう。

ぼんやり脳を使わない買い物をしたことを反省し、ビールは駅からわざわざ家とは逆方向の酒屋に行って、あたりではここでしか手に入らないサッポロの「麦とホップ」を買った。

かつてはどこにでも売っていたのに、気づけばどこも置かなくなって、「麦とホップ」を飲むことが、もはやわざわざでしかなくなった。麦とホップを買う、それがいまの私の丁寧な暮らしだ。

家につくと娘がすでに帰ってきていた。「晩ご飯なに?」と聞くから、「お……」とだけ言ってじらす。

「お……おいも?」
「お……こ……」
「おこわ?」

なんだか、おいもとおこわのほうが食べたくなって失敗だった。とはいえお好み焼きはキャベツの量を手加減したこともあってふんわりおいしくできた。うまいうまいとみんなで食べる。

夜寝る前に、娘が「『ブラッシュアップライフ』おもしろかったねえ」としみじみ、部屋の向こうからぬいぐるみをなでつつ話しかけてきた。

あまりに好きだったから、全話見終えてしまったいま娘はちょっとどうしたらいいか分からなくなっているようだ。

人生をもう1度生き直すドラマだ(これくらいだったらネタばれじゃないですかね??)。「お母さんだったら、2周目の人生があったらどうする?」という。

なにはなくとも、絶対に娘と息子とはもういちど出会いたい。だから、そこまではきっかり同じようにすると言うと、娘の目がかっとあいた。

「同じに暮らしたとしても、金(きん)は売らない方がいい」

娘がまだこの世に登場せず、息子が0歳だったころ、私は自宅購入のため持っていた地金を手放した。

あれからゴールドの相場価格は上がりに上がり、いまや当時の4倍ちかい。


日記エッセイの本『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』大好評販売中です!この第2弾と、エッセイ集が2024年の2月上旬ほぼ同時刊行になります。なにとぞです~!



『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』版元さんの通販↓

Amazon↓

-----

古賀及子(こがちかこ)・まばたきをする体とは
お仕事のご連絡
Twitter @eatmorecakes
Instagram @eatmorecakes


いつもサポートありがとうございます。いただいたお金は新しい本を作るのに使わせていただいております!