笛吹きハーメルンとメルヘェン

曇天に怒号がこだました。色白の素肌に、灰色の髪に、塵屑の色の瞳をした子どもはうずくまって頭を庇った。容赦なくゲンコツが落ちる。
「笛の吹き方がなってない」

「もっと楽しく、なめらかに、愉快に!! おまえは1人でサーカスをやるんだよ、子どもを誘い出すんだからもっともっと楽しんで吹け!」
「師匠、そんなこと言われても」
「無駄口を叩くな。その声!! それで笛を吹け!!」

なんて理不尽な……、思ってみるが、子どもは言われた通りに笛をかまえて下唇に当てる。
ぴるる、ぴるるるる、と澄んだ音色。
上背が百九十センチもの大男が、しかしヒョロヒョロした胸のあつみで貧相な肉体の男が、手拍子をつけながら自分の足をおどらせた。
「吹きながら、踊れ。踊れ!」
「…………」
ぴるる~、ぴゅるるるる~っ。

笛を吹きながら、子どもは腰を揺すってタップを踏んで、その場でぐねぐねと身をくねらせた。すかさず師匠の横パンチが頬をはったおした。

「ひゃぐ!!」
「お前、蛇がぐねってんじゃないんだぞ!!」
「ご、ごめんなさい、師匠。うまくできなくてごめんなさい!!」
「まったく、不肖の弟子だな。弟子入りを志願したときはあんなにやる気に満ちていたものを。才能がないとは、なんと不運だ」
「ごめんなさい」

殊勝に頭をさげて、めそめそする。見た目は白っぽくてとにかく美しい少年だった。それは、ハーメルンの好みだ。
そのせいか、ハーメルンは、今度は子どもの頭を単によしよしと撫でた。
「なに、まだ時間はある。練習するぞ。笛を吹き、踊って楽しく演じて町の子どもたち全員を誘い出すようになるんだ。そうして子どもたちはさらってメルヘェンの餌になってもらうんだ」
「はい、師匠」

なんの抵抗もなく頷く子どもは、しかし自然に、質問をした。流れはいたって当然で不自然さのかけらもなかった。
「師匠が言っているメルヘェンって、なんなのですか?」
「お前がきちんと二代目ハーメルンになれたら、わかるさ」

さぁ、と、師匠は笛の練習を誘う。抵抗せず、子どもは笛をくちびるに当てる。
しかしながら――
その塵芥を集めた色の瞳は細く、奧へとすぼまる。

このヒョロガリのハーメルンに兄達全員を連れて行かれた、いちばん末っ子の赤ん坊で自分の足では歩けなかったから、ハーメルンの笛吹き事件のときには現場の町に生きていながら無事だった子どもがいる。彼は今は、町では行方不明で、そして兄達を探しに旅にでてきて、ここにきた。
世間から隔絶された森の奥、ヘンゼルとグレーテルがさ迷って辿り着いたという『お菓子の家』のような『あばら家』に、ハーメルンは住んでいた。

「師匠。メルヘェンとやらが育てば、どうなるんですか?」
「この世がメルヘンに支配されるのさ。おまえも嫌気がさしてこんな森まで逃げてきたんだろう。おれたちにとって最高の世界ができあがるんだよ」

夢中になって話を聞く、ふりをする。彼は、伝え聞いたヘンゼルとグレーテルのような男の子だった。お菓子の家の魔女をかまどに突き落とすような、復讐心と敵愾心に満ちた子どもなのである、が。
「最高の世界。すてきですね、師匠!」
今は、にこっとした。にこにこして無害にハーメルンに笑いかけた。ハーメルンは誇らしげに新しい跡継ぎを見守る。

やがてはハーメルンを、メルヘェンとやら、よくわからない正体不明の子ども喰いの怪物をぶちのめして破滅させる、まだ可憐な男の子――を。




END.

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