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短編集「Family」

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記事一覧

あとがき

ショートショートを書いてそれぞれの話の後に「こんなことが書きたかった」ということを書いているんだけど、まとめて書いたほうが見やすいので「あとがき」を設けることにした。
では、さっそく。

「カミングアウト」はいきなりの定石外しで、人間ではなくカマキリの家族の話だったというオチ。人間である私からすると、夫を食べたりとか生まれてきた子どもに自分を食べさせるとか、アルゼンチンアリみたいに全てのコロニーが

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姥捨山

その村には齢(よわい)八十を超えると近くの姥捨山に捨てられるという暗黙の了解があった。これは痩せた土地で村を存続させるために続けられる苦肉の策だった。
その日、A氏の母が八十歳を迎えた。
「食料に余裕があるから捨てにいく理由は無いよ」とA氏は母に伝えたが「そんなわけにはいかないよ。アタシは自分で歩いて行くから、見送りは結構さ」と母は息子の申し出を断って家を出て行った。
村に異変が起きたのはそれから

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マネーゲーム

お正月がやってきた。
「じぃじ、お年玉ちょーだい」
「あけましておめでとう。はいどーぞ」
「じぃじ、だーいすき」
「じぃじも好きだよ」
入学式がやってきた。
「じぃじ、ランドセルありがとー」
「いいんだよ。大切にね。それとこれはお小遣い」
「じぃじ、ありがとー!」
ひな祭りがやってきた。
「うわぁ。きれいなお人形! じぃじ、ありがとう!」
「いいんだよ。子どもの時にしか祝ってあげられないことなんだ

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ヒーロー

一枚の写真がインターネット上で話題になっていた。
それは川で溺れていたネコの親子を救出する写真だった。アップロードされた写真を見た様々な国の人々は賞賛の声を上げた。
「君はヒーローだ!」
「川から引き上げるなんて、勇気があるわ! 恋人になりたい!」
「よく見つけたね! きっと君には弱い者の声を聞き取る力があるだね!」
その写真は拡散され有名人もコメントするようになり、ネットメディアは競うように写真

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注文の多い母親

子ども「ただいまー」
母親「おかえり。帰ったらまず、手洗いうがいをしておいで」
子ども「はーい」
母親「よく洗うのよ」
子ども「はーい」
母親「あれ… 泥だらけじゃない。どうせだからお風呂に入っちゃいなさい」
子ども「わかったー」
母親「お湯をかける前にきちんとブラシで髪の汚れを落としなさい」
子ども「はーい」
母親「よく洗うのよ」
子ども「はーい」
母親「さっぱりしたわね。じゃあ、ベビーパウダー

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理想の父親

この前、同僚と飲みに行ったら、まとまった休みが取れずに家族をどこへも連れてってやれないと嘆いていた。他人の顔色を伺うのがマナーとされる日本では、有給休暇を取ることもできない実情がある。俺も子どもの頃にどこへも連れてってもらえない子どもだったから、同僚の気持ちも、その子どもの気持ちも両方分かる。
そこで俺は思いついた。まとまった休みが取れないとしても、たまの休日に家族で出かけることのできる場所がすぐ

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口ぐせ

うちには三人の子どもがいる。
一番上のお姉ちゃんは「ねぇママ、そう思わない?」が口ぐせで、どうやら私の口ぐせを真似しているらしい。
二番目のお兄ちゃんは「つまりね…」が口ぐせで、これは夫が勉強を教えているうちに移ったようだ。
ただ、引っかかるのは末っ子の女の子の口ぐせだ。
「ごちそーさまでした。(よっこいしょういち…)」
「トイレ行きたーい。(よっこいしょういち…)」
「お散歩いくー。(よっこいし

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勇者の遺言書

「早くしてちょうだいよ。こんなとこ、いつまでも居たくないわ」
「まぁまぁ、マユミ姉さん。そう言わずに」
「なぁにマユミ。あんた顔を合わせられないようなことでもしたの?」
「何よそれ?」
「お父さん殺したのあんたじゃないの?」
「ふざけないでよ!」
「カオリ姉さんもやめてよ、こんなところで」
「二人とも大人だろ? あと少しの辛抱だから我慢しろ」
「そうよ。せっかくみんな集まったのだし楽しくしましょう

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家族の風景

「ママー、ご飯まだぁ?」
「もうちょっと待ってね。パパが帰ってきてからみんなで食べましょう」
「ママぁー…」
「だーめ」
「田中さん。食べられる時に食べて体力つけないといけませんよ」
「だーめ。お父さんが帰ってきてから」
「田中さんの様子はどうかね?」
「見ての通り、事故で娘さんとご主人を亡くされてから、人形を手に持ったまま食事を食べようとしないんです。少しでも食べてくれたら違うと思うんですけどね

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幽霊の落し物

「母ちゃんこのシャツ俺のじゃなくて父さんのだよ」
「ごめんね、サイズが同じだから間違えちゃうのよ。名前を書いておこうかね」
「嫌だよそんなの。ダッセェ」
そこで母親は名案を思いついた。
後日、少年はいつものようにサッカー部の朝練へと向かった。その時、ロッカールームで着替えた際にシャツを落としてしまったが、少年は気づかないまま教室へと行ってしまった。入れ違いで部室を訪れた顧問は、慣れた手つきでそのシ

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あさましテレビ

その日、都内で長い渋滞ができていた。事故が起きたわけでもなく、催し物が行われているわけでもなかった。テレビ局はその姿をカメラに収めるためにヘリコプターまで出して空撮を行った。ズラリと並ぶ車の列をなめるように、画面は上下しながらその先にようやく小さな姿を捉えた。
「ご覧くださいっ! カルガモ親子のお引越しです! 雛がはぐれないように最寄りの警察署からは警察官がかけつけました!」
ヘリコプターの中継か

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書き入れ時

「さぁさぁ、どうぞお入り下さい」
「では失礼します」
お盆の時期になると寺の住職は慌ただしく行ったり来たりを繰り返す。
「今日も暑いですからビールなんてどうですか? 死んだ爺さんも喜びます」
そう言うとお婆さんは遺影に目をやった。
「いやいや、せっかくですがこの後もまだ残ってますので…」
「いーじゃないですか。ちょっとくらい。ね?」
「いえいえ、ミイラ取りがミイラになるじゃありませんが、事故でも起

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ダメな母親

「ちょっとたまにはアナタも協力してよ!」
そうやって私は出かける夫に怒鳴ってしまった。
「仕事でいっぱい、いっぱいなんだよ! 分かってくれ!」
うちには二人の子どもがいて、私だけでは二人同時に授業参観を見てあげられない。そこで夫に協力を求めたがあの人はいつものように家を後にした。なんだか自分が情けなくなって涙ぐんでしまった。
「ねぇ、ママ泣いてるの?」
「大丈夫? パパになにか言われたの?」
「う

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カミングアウト

「なぁ、お袋… 俺の親父(おやじ)のことなんだけど… その、知ってることがあれば教えて欲しいんだ」
意を決したような息子の表情を見た母親は重い口を開いた。
「そんなこと聞くなんて、あんたもずいぶんと成長したんだね」
「なぁ…」
「わかったよ。そうだねぇ… あの人は… とっても勇気のある人だった。背は小さかったけど魅力的な人だったねぇ…」
母親は色あせた記憶のアルバムをめくるように訥々(とつとつ)と

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