イノベーションは個人が起こすのではなく集団脳の累積的文化進化の結果である--ジョセフ・ヘンリック『WEIRD 「現代人」の奇妙な心理 下巻』(白揚社)

面白い&分かりやすいので下巻もサクサク読めたぞ。分厚いが註がたくさんついているので、思ったほど厚くはない。下巻は各章ごとに要約した。

  • 8章 人類の歴史において一夫多妻制が多かったが、一夫一婦制が導入された。そもそも一夫多妻制も文化進化の結果であり、男性のみならず女性にも遺伝的な動機はある。いかに自分の遺伝子を多く残すか、という。一夫一婦制が一夫多妻制に競合する文化として進化したのは、男性のテストステロン(異性獲得のための男性ホルモンで、競争=攻撃を促す)を抑制するためだ。一夫多妻制のもので妻が得られない男性、あるいは妻がいても1人(または上位男性と比較して少ない)の場合、妻獲得のためのプレッシャーが攻撃性に転化するのを防ぐ。社会全体の犯罪抑制につながる。

  • 9章 市場が発達している社会では、非人格的向社会性が高まる。WEIRDな私たちは、市場で同じものをみかけたら安い方と高い方を比べて安い方を買うのが「合理的=当然」と思うが、WEIRDでない人たちは、親族ベースで発想するので、「誰が売っているのか」で判断する。市場があっても、同じ店でしか買わない。では市場を発達させるのは何か? といえばMFP(婚姻家族プログラム)であり、西方教会が1000年かけて徹底的に進めた親族ベース制の解体である。市場は結果であって、原因ではない。自由な都市が生まれたのは、都市間による競争で、都市が発展するのに有利な制度が文化進化したからだ。商習慣は商法になった。

  • 10章 戦争の影響が強いと、共同体内部の平等主義が強くなり、共同体同士では競争が強まる。戦争の影響はWEIRDか非WEIRDかで異なる。前者はより非人格的向社会性が、後者は親族ベース(人間関係に基づく規範)が強まる。ヨーロッパで戦争が繰り返されることでWEIRDさがますます進んでいく。任意団体、企業などのあいだで競争が激しくなると、効率よく、他を参考にする団体が生き残る。個人間の向社会性から非人格的向社会性へ変化する。ただし、非WEIRDである場合は、異なる。

  • 11章 公共時計が、時間節約志向を強める。非属人的な、抽象的単位で労働効率を計算する。都市化、非人格的市場ができ、時給制(賃労働)が生まれる。賃労働は遅延報酬に耐えられる力を労働者に求める。市場と学校は遅延報酬の訓練。労働時間が増加したのは、モノが欲しくなったから(モノの顕示性)。性格を5つの因子に分ける研究があるが、あくまでWEIRDな5つの因子。非WEIRDな社会では、もっと少ない。因子はあとから発見されたものであり、因子があって社会が作られたわけではない。「授かり効果」たまたま自分が手にしたものでも、自分の一部=所有物=アイデンティティとみなし、手放したがらない。WEIRDな社会の特徴。

  • 12章 WEIRD心理の4つの側面。➀分析的思考。➁内的属性への帰属。➂独立志向と非同調。➃非人格的向社会性。個人が科学上の発見をした――という「発見」。アイディアは個人もの、という発想が「発見」には必要。プロテスタンティズムは孤独な宗教、自殺者がカソリックに比べて多い。啓蒙主義は著名な思想家によって作られた、ように見えるが、思想家たちの足元にはWEIRDな文化が堆積している。累積的文化進化プロセスの一部である。

  • 13章 印刷機、蒸気機関、ミュール紡績機、加硫ゴム、白熱電球。いずれも「個人の発明」とされるが、すでにあったアイディアの組み合わせと偶然の産物である。ゼロからイチを作ったわけではない。人間が集団としてイノベーションを作る(集団脳)。どのようなネットワークを築けばイノベーションが起こりやすいのか。徒弟制では親方の下で修行をした後、いくつかの工房を転々とする。自分の技術と他人の技術を組み合わせて、よりより技術を生み出す機会が、制度に埋め込まれている。移動と競争を可能にする都市。MFPは出生率の低下をもたらし、かつイノベーションの原因となったので、マルサスの罠(成長限界)を回避できた。

  • 14章 どうして産業革命がイギリスで起こったのか? ジャレド・ダイヤモンドが言う地理的な条件は西暦1000年の世界の説明にはなるが、産業革命がイギリスで起こった理由にはならない。地理的要因だけでは、人間のイノベーションは説明できないからだ。人間の心理、特にWEIRDな心理と、それを作っていった文化を考慮しないと、イギリスの「必然性」が説明できない。物質的豊かさが産業革命を産んだわけでもない。物質的に豊かだったのは貴族だが、貴族にイノベーションは起こせなかった。貧しい地域でもWEIRD/非WEIRDな心理的差異は観察できる。WEIRDな心理が、豊かさの原因になっても、豊かさが原因となってWEIRDな心理ができたわけではない。

気になること。日本や韓国は、どちらかといえばWEIRDな社会とされるが、本当にそうだろうか? と思う。日本の国会議員の世襲率の高さや、男系男子の天皇制があることが、たとえば夫婦別姓が認められない理由ではなかろうか。要は、いまだに親族ベース制が活きている、ということ。都市と地方の対比でも良いかもしれない。都市では、リベラル(WEIRD)が強くても、地方だと代々この人にお願いしている=(疑似的な)親族ベース制が、みられないか。「世襲議員だって、地元の利権を中央に誘導するのに、合理的なんだ!」という主張を目にするが、その合理性とはすくなくともWEIRDな心理での合理性ではない。非WEIRDな発想である。(むろんWEIRD/非WEIRDで、どちらが合理/非合理という議論ではない。)韓国は儒教やら年長者への尊敬や家族における父親―息子の地位の高さとか、親族ベースっぽいのだが、国会議員の世襲率はうんと少ないのだ。さらに親族ベース制であれば、出生率は高くても良さそうなのだが、こちらもうんと低い。そもそも、出生率は、『ファクトフルネス』によれば、所得の高低と直結しているようなのだが、本当にそうなのだろうか? 本書はハーバードの人類進化生物学部長が書いていて、膨大な実験と統計が根拠として提示されている。今後は、このデータをどう検討していくか、という話になっていくのだろう。なんとなく表層的なところを比較し、本質っぽいものを「分析的」(WEIRDな心理の1つ)に取り出すのではなく、深層にある「ファクターX」を――これですべて説明できないとしても――掘り出すのだろう。


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